Ep.2-9 緊急依頼
「D級への昇格を考えていまして、推薦をお願いできますか」
ギルドの片隅、久しぶりに顔を合わせたダードに、ユリウスが単刀直入に切り出した。ダードは依頼票を片手に、じろりと三人を見渡す。
「今更聞くまでもねえだろ」
短く言うと、彼はさっさと帳面を取り出し、その場でさらさらと推薦状を書き始めた。
「え、いいんですか、そんな簡単に……」
「お前らの働きは、あちこちから聞こえてくるからな。むしろ遅すぎたくらいだ」
同席していたダードのパーティーメンバーの面々も、口々に頷いた。
「あたしも一筆書いてやるよ! 期待の新人には、ちゃんと箔つけとかないとね」
快活に笑ったのは、パーティーの紅一点のメイス使いだった。
かくして、月見草の灯火のD級昇格は、拍子抜けするほどあっさりと決まった。
――――――――
一方、同じ頃。
「あの、リリーさん、俺たち推薦をお願いしたいんすけど」
ドニーが恐る恐る切り出すと、リリーはしばし黙って三人を眺めた。
「……ふぅん」
値踏みするような視線に、ガレットが思わず背筋を伸ばす。
「うちと合同で、D級の依頼を一つ受けてみな。その内容次第で考えてやる」
にこりと笑うその笑顔は柔らかいのに、なぜか有無を言わせぬ圧があった。
「……分かりました」
殊勝に頷くガレットの隣で、ドニーだけが露骨に肩を落としていた。
――――――――
昇格の手続きを終えた直後、ギルドの奥の部屋から慌てた様子で依頼票をもって出てきたミラが、三人を呼び止めた。
「昇級に喜んでるところで申し訳ないんだけど……緊急依頼を受けてもらえないかしら」
いつもの柔らかな笑みが、珍しく引き締まっている。差し出された依頼票には、緊急の朱印が押されていた。
「北東の街、ここからだと馬車でまる一日かかるわね。ついさっき伝書鳩で急報が届いたの。ここ数日、オークの群れに連日襲われてるって」
ちょうど居合わせたダードが、横から書状を覗き込んだ。急いで書かれたのだろう、文字は乱れ、要点だけが並んでいる。
「……数は書いてねえのか」
「そこまでは。ただ、街の防柵は越えられてないみたいで、今の所の被害は放牧中の家畜くらいで持ち堪えてるみたい」
「持ち堪えてるってことは、押し返せてねえってことだな」
ダードは顎に手をやり、しばし黙り込んだ。
「あの街の常設警備は、精々十五人ってとこか。それで凌げてるってなら……敵は十から三十ってところか。ただそれは襲撃に来た奴らだけだ、全体でどのくらいの規模かは分からんな」
「そんな大雑把な見積もりで平気なんですか」
ユリウスが尋ねると、ダードは肩をすくめた。
「平気じゃねえが、情報はこれだけだし、やることは変わらねえ。……あいつらしつこいからな、警備の連中が疲弊するとマズい。俺たちだけでも、すぐ駆けつけたほうがいい」
カウンターの奥で外から戻ってきた職員と何か話していたミラが、ユリウスとダードに告げた。
「救援物資と移動手段は、ギルドが手配するわ。急いで用意して!」
――――――――
早馬車が街道を駆ける中、荷台では即席の作戦会議が開かれていた。
「先に俺たちと月見草で先遣隊として現地入りする。街の守りを固めつつ、救援本隊が来るまでに周辺の索敵と作戦を詰めておく」
ダードの言葉に、三人は頷いた。
「改めて、こっちの面子を紹介しとくか。俺たちは『翡翠の剣』、B級のパーティーだ。研修の時も後詰めに来ていたから顔は見てるだろうが、こいつはうちの前衛のマルタだ」
「よろしくね! あんたらの噂は色々聞いてるよ」
にっと笑うマルタの隣、寡黙な男が小さく会釈した。
「レンジャーで弓使いのヴィート。口数は少ねえが、腕は確かだ」
「……よろしく」
短い一言だけで、ヴィートはまた黙り込んだ。
「んで、魔法使いのレンゾ」
小さな丸眼鏡の奥、理知的な目をした男が、興味深そうにユリウスを見た。
「お前の話は、ダードから聞いてる。……楽しみにしてたぞ」
「光栄です」
ユリウスが淡々と返すと、レンゾはわずかに口の端を上げた。
――――――――
森を抜け、視界が開けたその瞬間だった。
ローワンが異変に気づいたのと同時に、ダードが叫んだ。
「――止まれ!」
御者が慌てて手綱を引き、馬車が急停止する。開けた草原の向こう、隊列を組んで進む一団の姿があった。
「鉢合わせちまった……街に向かうつもりだな。数は……」
ユリウスが素早く数え、絶句した。
「二十……」
こちらは七人。しかも、街を目指して移動中の敵と、ここで鉢合わせてしまった格好だった。相手はすでにこちらに気づいたようで騒がしい様子が伝わってくる。
「やるしかねえな」
ダードの声に、迷いはなかった。
「前衛は俺とマルタ、エレナで行く! ユリウス、レンゾは後方から魔法を、ローワン、ヴィートはそっちの護衛につけ!」
「了解!」
全員が馬車を飛び出ると、すでに敵はこちらに向かって突進しはじめていた。
それを見たエレナとヴィートが弓を構える。と、次の瞬間にはもうエレナの矢は放たれていた。距離を合わせるべく静止していたヴィートを置き去りにするように、一射、また一射。呼吸を挟む間もない連射に、矢筒に仕込んだ10本を撃ちきる間に先頭のオークが次々と倒れていく。
「この距離から五体……!」
瞬く間に五体を沈黙させたエレナの隣で、ローワンが最高速に達したスリングを放った。
「――当たれ……!」
間合いを測っている前衛の横を追い越すように放たれた礫が、たまたま一体のオークの側頭部に命中した。巨体がぐらりと傾き、そのまま崩れ落ちる。ローワンはその結果を見届ける前にショートソードを抜き、後衛の護衛の体制をとった。
「やるぅ! 負けてらんないね!」
マルタの歓声が上がる。遅れてヴィートの矢もまた、二体を射抜き、さらに二体の脚を狙って動きを封じた。前衛が接敵するまでの間に、二十体のうち十体ほどが、既に戦線から脱落していた。
「行くぞ!」
タイミングを測り、ダードとマルタが同時に前へ出る。エレナも即座に加勢し、三人の陣形が自然と噛み合った。まるで長年組んできたかのような連携に、ダードとマルタが思わず口元を緩める。
「――やるじゃねえか!」
「息ぴったり!」
ユリウスとレンゾが、敵との距離を慎重に詰めていく。魔術の届く距離は、弓よりも短い。ローワンとヴィートは、二人を挟むようにして両脇を固めた。
射程範囲が見えてきたところで、レンゾが詠唱を始めた。
「〈打ち砕け、迸る礫よ、颯にのりて……〉」
その詠唱を追い越すように、ユリウスが氷の魔法を放った。
「――貫け」
短い一言とともに放たれた冷気が、ダードたちの側面から回り込もうとしていたオークたちのすぐ目の前で実体となり、その足首や太ももを貫いて足止めした。
「……!!」
驚きに固まったのは一瞬だった。レンゾはすぐさま我に返ると、声に出して残りの詠唱を続けた。
「〈……打てよ、礫よ、飛べ!〉」
ユリウスの一言に比べれば、何倍もの時間がかかる詠唱だった。それでも、放たれた礫弾は、回り込もうとしていた二体のオークを正確に撃ち抜いた。動揺を最後まで声に出さず、詠唱を乱さなかったその胆力もまた、彼の実力の証だった。
足止めされ機動力を失い回り込むことに失敗したオークたちは、ろくな抵抗もできないまま、ダード、マルタ、エレナの手によって次々と沈黙していった。
森に静寂が戻った時、そこに立っていたのは、七人全員の無事な姿だった。
「……終わった、のか」
肩で息をしながら、ダードが辺りを見渡す。ローワンも念入りに目をこらして森の中を見つめるが、おかしな気配はない。
マルタが馬車から短槍を持ち出し、念入りにとどめを刺して回った。
「よし。二十体しっかりあるね。殲滅完了だ」
マルタが淡々と告げると、ダードが呆れたように笑った。
「D級に上がったばかりの即席連携でこれは出来過ぎだ。もっと早く推薦してやるべきだったな」
――――――――
戦闘の後始末を終え、街へ向かう一同が一息ついたところで、ローワンがぽつりと呟いた。
「僕、一体しか倒せなかったな……」
肩を落とす彼に、マルタがからからと笑いながら肩を叩いた。
「何言ってんの。D級になったばっかりの新人が、突発のオーク戦であれだけ立ち回れたら、もう百点満点だよ!」
「そう、ですかね……」
「慌てずちゃんと自分の役割を果たせたんだから、大したもんだよ。敵を倒すだけが役割じゃないさ」
照れくさそうに頬をかくローワンをよそに、レンゾは険しい顔でユリウスを見つめていた。
「……お前」
「なんでしょう」
「師匠は、誰だ」
唐突な問いに、ユリウスは一瞬きょとんとした。
「特には。基礎魔法は地元で一通り習いましたが、それだけです。それ以降はほとんど書物と、自己流の研究だけです」
「……独学、だと?」
レンゾの声が、わずかに震えた。
「詠唱破棄での超早期発動を、複数同時展開して……それを、独学……?」
レンゾの戸惑いを理解できていないユリウスが、言い訳をするように自身の行動を説明しようとした。
「はい、はじめは氷槍で一体ずつ攻撃をと思いましたが、先ほどのような形となったなら、足止めにまわるのが最も的確かと思いまして、組み直しました。攻撃の威力はレンゾさんに叶わないでしょうし……?」
さらりと答えるユリウスに、レンゾは天を仰いだ。
「……さらに即興で組み換えだと……? こいつは、本当にヤバいな。とんでもない奴が出てきた」
その様子を見ていたエレナが、得意げに割り込んだ。
「すごいでしょ、ユーリはもう『閃光の魔術師』って二つ名まで持ってるからね」
「エレナ、それはもうやめてください!」
顔を赤くして声を上げるユリウスに、周囲がどっと笑った。
レンゾだけは笑わず、じっと自分の杖を見つめていた。
「……俺は、まだまだだ。修行し直さねえと……」
その呟きは、誰の耳にも届かないまま、夕暮れの風にさらわれていった。
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