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Ep.2-7 閃光の魔術師

港町から王都への道のりを終え、三人はその足でギルドへと向かった。


「報酬は今日中に出るかな?」


歩きながら、エレナが弾んだ声で尋ねる。ユリウスは少し考えてから、いつもの調子で答えた。


「恐らく、今日は難しいでしょう。指名依頼は、依頼主である商業組合からの完了確認が届いて初めて、正式な報酬が支払われます。定期馬車で二日の距離ですから、組合からの確認状が届くのは、早くても明日以降のはずです」


「えー、そうなんだ」


「新人研修の座学でやったでしょう、それ」


ローワンが横から口を挟むと、エレナはきょとんとした顔をした。


「え、こんなのやったっけ?」


「やったよ。指名依頼の処理、講師の人がわざわざ時間割いて説明してたじゃないか」


「……全然覚えてない」


「やっぱり寝てたんじゃ……」


じとっとした目を向けられ、エレナはばつが悪そうに視線を逸らした。


「き、聞いてはいたもん! ……たぶん……忘れただけで……」


尻すぼみに反論の勢いを失っていくエレナを傍目にユリウスがまとめる。


「今日はひとまず、討伐の報告だけしておきましょう。報酬は、確認が届き次第ということで」


ローワンは素直に頷き、エレナも渋々といった様子で頷いた。


――――――――


ギルドの扉をくぐると、カウンターの向こうでミラが待ち構えていた。


三人の姿を見つけるなり、口元に隠しきれない笑みを浮かべている。


「お帰りなさい、三人とも。……お疲れ様、よく頑張ったわね」


「あ、ミラさん! ただいまです!」


「今、報告しようと思ってたところで――」


言いかけたユリウスを、ミラは片手でやんわりと制した。


「大丈夫よ、もう聞いてるから」


「……え?」


三人が同時に目を丸くする。ミラはにやにやとした笑みを隠しもせず、カウンターの下から一通の封書を取り出した。


「商業組合から、早馬で先に届いてるのよ。あなたたちが定期馬車でのんびり帰ってくる間にね」


「早馬……?」


「よほど急いで報告と感謝を伝えたかったんでしょうね。流通を止めてたゴブリンの巣を丸ごと片付けてもらったんだもの、無理もないわ」


差し出された封書には、丁寧な文字で完了の確認と、重ねての礼が綴られていた。ユリウスがそれに目を通し、わずかに眉を上げる。


「……なるほど。定期馬車より、早馬の方が速いというのは、考慮に入れておくべきでした」


「珍しいね、ユーリが読み違えるの」


エレナがからかうように言うと、ユリウスは小さく咳払いをした。


「輸送手段の速度差は、本来私の専門分野のはずですが……失念していました」


「まあまあ、そのおかげで、報酬はもう今日出せるわよ」


ミラはそう言うと、帳面を捲りながら手早く計算していく。


「討伐証明と、組合からの確認、両方揃ってるから問題なしね。指名依頼の割増分も込みで……はい、これ」


カウンターに置かれた革袋には、ずしりとした重みがあった。三人で山分けした後の取り分を確かめ、エレナが目を輝かせる。


「おお、思ったよりある……! ひとり大銀貨4枚分ってことは、合わせると金貨で1枚超えてる……!」


「初の金貨超えおめでとう! 予想通り、あなたたちは早かったわね」


「討伐証明部位に加えて、統率個体の討伐も加算されていますからね。それに指名依頼の割増も」


革袋を受け取ったところで、エレナがふと、テーブルに置かれたままの封書に目を留めた。


「ねえ、この手紙、まだ続きあるの?」


「ああ、そっちは組合長さん個人からの、追伸みたいなものね」


促されるまま、エレナは残りの文面に目を通し――やがて、こらえきれないといった様子で口元を歪めた。


「……ちょっとユーリ、これ見てよ」


差し出された手紙には、依頼時の紹介文よりもさらに輪をかけた美辞麗句が連なっていた。索敵の天才と、名高いご令嬢の慧眼はもちろんのこと、瞬時に統率個体を無力化した閃光の魔術師殿の手腕はまさに神業と、近隣でも評判になっている――といった調子だった。


「……なんですか、これは」


「南じゃ随分、英雄扱いみたいじゃない? 閃光の魔術師殿?」


にやにやと笑うエレナに、ユリウスは頭を抱えた。


「一度きりの閃光魔法一発で、なぜここまで話が膨らむんです……」


「ほらね? 愛情が乗っかると、話ってどんどん大きくなるんだって」


ローワンが以前自分の言った台詞を得意げに繰り返すと、ユリウスはますます深く項垂れた。


ミラは帳面を片手に、笑いを堪えるように肩を震わせていた。


「まぁまぁ。噂ってそういうものよ。じゃ、また何かあったらいつでもどうぞ」


にこやかに手を振るミラに会釈を返し、三人はギルドを後にした。


――――――――


「思ったより稼げたね! さて、何に使おっか」


宿への帰り道、革袋の重みを確かめながら、エレナが上機嫌に言った。


「私はまた借金の返済に回すけど、二人はどうする?」


「私はいつも通り学資貯蓄ですね」


「僕は、特に……」


言いかけたローワンの言葉に、エレナがぴたりと足を止めた。


「あ、そうだ。ローワン、防具」


「……え?」


「前に工房で見てたやつ、あったでしょ。革の胸当て。あの時は値段見て諦めてたけど、今なら」


エレナに指摘され、ローワンは自分の取り分を見下ろした。今までの依頼とは桁の違う金額が、そこにはあった。


「……買える、のかな」


「買えるでしょ、これだけあれば。なんならパーティーで出そうよ」


「いや、それは悪いよ、僕のだし……というか、自分で出したい」


「防具の有無は、生存率に直結します。むしろ、これまで後回しにしてきたことの方が問題でした」


ユリウスが淡々と付け加える。


「今日、行きましょう。せっかくですし」


「う、うん……」


まだ実感の湧かない様子で頷くローワンを、エレナとユリウスは笑いながら急かした。


――――――――


裏路地の工房に足を踏み入れると、いつものように親方が快く出迎えた。


「おう、また三人揃って。今度は何の用だ?」


「今日は、ローワンの防具を」


エレナが言うと、親方はローワンへと目を向けた。値踏みするような、しかし親しみのこもった視線だった。


「ああ、確か前に見てたな、革の胸当て。……あん時は、値段見て固まってたか」


「あ、覚えてたんですね……」


気まずそうに頭を掻くローワンに、親方はからからと笑った。


「そりゃ覚えてるさ。若いのが値札見て黙り込む顔は、忘れねえもんだ」


しかし心の中でつぶやいたセリフは、決して口には出さなかった。


(そして帰ってこなかった奴に、値引いて売ってやりゃよかったって何度も後悔したこともな)


親方は棚の奥から一着の胸当てを取り出した。以前見せてもらったものより、一回り丁寧な作りをしている。


「今のお前さんの体格なら、こいつがいいだろう。芯に薄い鋼板を仕込んであるが、革が柔らかいから動きは殺さねえ。剣より索敵向きのお前さんには、こういう軽さの方が合うはずだ」


「……いくらですか」


「調整まで含めて、大銀貨四枚だ。うちのにしちゃ少し張るが、質は保証する」


ローワンは自分の巾着の中身を確かめ、小さく息を呑んだ。以前なら手も出せなかった額が、今ならぴったり払える。それだけのことが、なぜだかひどく胸に迫った。


「……買います!」


「よし、決まりだ」


親方は満足げに頷くと、革紐の長さや留め具の位置を、その場でローワンの体格に合わせて調整し始めた。慣れた手つきで革を締め、動きを確かめさせる。


「どうだ、動きにくくないか」


「あ、うん……全然平気」


腕を上げ下げしてみせるローワンの表情には、これまでにない、確かな手応えがあった。エレナがその様子を見て、満足げに笑う。


「よかったね、ローワン」


「……うん」


短い返事の奥に、色々な感情が滲んでいた。革の胸当てすら手が出なかったあの日から、そう長い時間が経ったわけではない。それでも、今の自分は確かに、あの時とは違う場所に立っている。


「代金は、俺が」


ローワンは、迷いなく巾着から大銀貨を取り出した。自分たちに気づかれないよう、いつのまにか支払いを済ませていたエレナのことを、今更ながらに思い出す。今度は自分の手で、自分の稼ぎで。


親方はその様子を見て、何かに気づいたように目を細めたが、何も言わずに代金を受け取った。


「大事に使いな。命を守る道具だ」


「はい。……ありがとうございます」


「うちで買ったもんの調整は安くしてるから、気軽に持ってきてくれ」


深々と頭を下げるローワンの背中を、エレナとユリウスは、少し離れたところから見守っていた。


「なんか、ローワンが眩しく見えるね」


「彼なりの、けじめでしょう」


工房を出ると、夕暮れの光が石畳を橙色に染めていた。新しい胸当てを身につけたローワンの足取りは、行きよりも心なしか軽やかだった。


「よし、今度こそ本当に稼ぐぞー!」


「稼ぐって言うか、今日もう十分稼いだよ?」


「もっと稼ぐの! 目標は高く!」


「その台詞、聞き飽きたよ……」


呆れながらも笑うローワンの声に、以前にはなかった余裕が滲んでいた。三人は夕暮れの道を、宿への帰り道をゆっくりと歩いていった。

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