Ep.1-1 桁違い
「エレナぁ! いつまで寝てるの、パン焦げるわよ!」
階下から響くロゼッタの声で、エレナは飛び起きた。
窓の外はもうすっかり明るい。慌てて着替え、寝癖のついた黒髪を無理やり櫛で梳かしながら階段を駆け下りると、香ばしい匂いと一緒に、腰に手を当てて笑うロゼッタが待っていた。かつて娼館の片隅で育った孤児だったとは思えないほど、貫禄のある宿屋のおかみさんぶりだ。
「はいはーい、起きてます起きてます」
「まったく、こんな日まで寝坊とは、とんだ大物ぶりだよ。今日は大事な日だろ、冒険者登録なんだから」
「もうわたしもローワンも登録は済んでるの。今日は初回講習ね!」
軽口を叩きながらも、ロゼッタは山盛りのパンと卵料理を上機嫌でエレナの前に置いた。
「ロゼさん、ローワンはもう出た?」
「とっくにねぇ。鞄の中身、何度も確認しては忘れ物ないか聞きに来てさ。可愛いもんだよ」
想像がついて、エレナは笑いを噛み殺しながらパンにかじりついた。今日もロゼのパンは最高に美味しい。早朝焼き上げたパンは、この宿の宿泊客だけでなく、早朝仕事に向かう労働者たちからも買い求められ絶賛されている。
食べ終えた皿を流しに運ぼうとすると、ロゼッタがその手をひらひらと振って止めた。
「いいから、さっさとお行き。荷物は?」
「バッチリ」
エレナは胸を張り、腰の使い古したショートソードと、背の黒塗りの弓に軽く触れてみせた。父の形見と、母の形見。十五年間、いつだって傍にあったものだ。
ロゼッタの目が、それを見てふっと細くなった。
「……いつのまにか、随分似合うようになったんだね」
それだけ言うと、いつもの調子でにっと笑う。エレナも、いつもの調子でにっと笑い返した。
「行ってきます、ロゼさん」
玄関の扉に手をかけ振り返れば、ロゼッタが朗らかに大きく手を振っていた。それで十分だった。
朝の光が降り注ぐ石畳の道を、エレナは軽い足取りで歩き出す。
冒険者ギルドの尖塔が、王都の朝靄の向こうに見えていた。
――――――――
冒険者ギルドの扉をくぐると、独特の喧騒がエレナを包んだ。酒の匂いはまだしないが、代わりに武具の油と紙とインクの匂いが混ざり合っている。受付でギルドカードを受け取り、案内された講習室に入ると、想像していたよりずっと多くの新人たちがひしめいていた。今日この講義に参加している者だけで、十五人はくだらないだろう。登録のタイミングは人それぞれでも、講習はまとまった人数が集まってから、こうして一斉に行われる仕組みらしい。
隅の席で、そわそわと膝の上で何度も鞄を開け閉めしている、見覚えのある気弱そうな顔立ちの少年を見つける。ローワンだ。
「あ、エレナ! お、おはよう。ちゃんと寝坊しないで来られた?」
「寝坊はしたけど間に合った。ローワンこそ、朝から百回くらい鞄開けてたんだって?」
「か、母さんから聞いたの!?」
真っ赤になるローワンの隣に腰を下ろすと、やがて講師役の職員が現れ、講習が始まった。ギルドの成り立ち、依頼の区分、報酬体系――淡々と語られる内容に、ローワンは食らいつくようにペンを走らせている。一方でエレナは頬杖をつき、正直あまり真剣に聞いているようには見えなかった。
「――さて。新人はまず、討伐系の依頼を受けることができない。代わりに、半月に一度実施される新人研修クエストを、メンターの同行のもと三回達成する必要がある。これは実力を測るためだけでなく、実際に命のやり取りをする現場に、身体と心を慣らしていくためのものだ」
十五人ほどの新人たちの中から、講師がふと視線を止めた。
「そこの君。何か質問があるようだな」
指名されたのは、教室の前方に涼しい顔で座っていた、綺麗に整えられた身なりの少年だった。膝の上には、既に自分でまとめたらしい講習用のノートが広げられている。
「はい。確認ですが、その三回という回数は、事前の適性検査や実技試験の結果に関わらず、全員に一律で課されるという理解でよろしいでしょうか」
「その通りだ。名は?」
「ユリウスと申します」
「良い質問だ、ユリウス君。……勘違いする新人が多いんだが、これは実力を試すための足踏みじゃない。どれだけ剣が振れようと、魔法が使えようと、規定の三回は必ず踏んでもらう。例外はない」
ユリウスは静かに頷き、ノートに何かを書き足した。エレナはそれを横目に見ながら、少しだけ興味を引かれたように口の端を上げた。
「では、これはエレナ嬢に聞いてみようか。今のところ一番居眠りに近い顔をしているようだから」
「起きてますよ」
エレナは即座に頬杖を外し、少しむくれたような顔で姿勢を正した。周囲から小さく笑いが漏れる。
「新人研修クエストに臨むにあたって、持参すべき装備・道具を挙げられるか」
「はい。まず飲み水は最低二日分。携帯食も同じく二日分は欲しいところです。傷薬は消毒液と痛み止め、それと止血布を多めに。あとは体力回復用の中級ポーションを二本ほど。火種は雨天でも使える魔石式のものが確実。あとは緊急時の撤退合図用に、笛か発光の魔道具。武器はまぁ、個人の適性と環境にあわせて。スコップ、タープ等は必要に応じてパーティー共通で……あ、地図は基本ギルド支給ですよね? 油紙になってます? なってないなら雨避けのケースも要りますね。服装も言います?」
すらすらと澱みなく答えるエレナに、講師も、隣のローワンも、周囲の新人たちも、少し驚いた顔をしていた。前方のユリウスまでもが、ちらりとこちらを振り返っている。
「……見事だ。危険地帯への出入りには、相当慣れているようだな」
「まあ、それなりに」
エレナは何でもないことのように肩をすくめた。実際、この程度のことは物心つく前から、父に叩き込まれていたことだ。
講習の終わり、ローワンのノートは端から端まで真っ黒に埋まっていた。
「ローワン、字が汚くて自分でも読めないんじゃない、それ」
「よ、読めるよ! ……たぶん」
講習室を出ると、廊下には掲示板の前に人だかりができていた。「新人研修クエスト、本日午後の部・参加者募集」の張り紙の下に、パーティー編成の説明書きがある。三人一組、講習を受けた新人同士で自由に組んでよいとのことだった。
「よーし、パーティー組まなきゃね! 強い人、一緒にやろーよ!」
エレナが両手を口元に添えて呼びかけると、周囲の新人たちがざわついた。だが、誰も名乗り出ようとはしない。
「……いくら名誉騎士爵の子だっつっても、亜人じゃなぁ……」
「しかも、女だろ……」
聞こえよがしではないが、隠す気もない囁きが、あちこちから漏れ聞こえる。ローワンが慌てて何か言おうと口を開きかけたが、言葉より先に、一人の少年がまっすぐエレナに歩み寄っていた。
ユリウスだった。
ユリウスは、数日かけて今日の参加者の事前調査をしていた。新人研修とはいえ、ここで組んだメンバーがその後もパーティーを組み続けることは珍しくない。であれば、ここで最も有望な者と組むのがこの先効率よく稼ぐ近道だ。そしてユリウスの調査の結果、突出したポテンシャルがあると踏んだのがこの英雄の娘、エレナだ。先程の講義での質問への回答も、調査の結果と違わず抜きん出た経験を持っていることを示していた。
「私と組んでください。私は常人の三倍ほどの魔力があり、基礎魔法は習得済みです。お役に立てます」
淀みない自己推薦に、周囲の空気が一瞬止まる。ローワンだけが、隣で目を丸くして固まっていた。
エレナは、その真っ直ぐな物言いに一瞬きょとんとしてから、満面の笑みで手を差し出した。
「よろしく! いいね! 頑張ろう!」
「――こちらこそ。よろしくお願いします」
握手を交わすと、エレナはそのまま隣のローワンの肩をぽん、と叩いた。
「よし、三人できたね!」
ユリウスがちらりとローワンへ視線を送る。
「……なるほど」
短い呟きの意味に、ローワン本人だけが気づいていなかった。
「では、メンターの方に結成完了を報告しに行きましょう」
言うが早いか、ユリウスはさっさと先に立って歩き出す。エレナがその後を追い、ローワンは一拍遅れて、二人を小走りで追いかけた。
メンターへの結成報告を終え、午後の研修クエストに向けて装備を整えながら、ローワンはやっとユリウスに声をかけた。
「あ、あの、ユリウスさん。よろしくお願いします」
「ユーリと呼んでください。呼び捨てで構いません」
即答だった。ローワンは一瞬、目を輝かせる。パーティーを組んだばかりの相手が、こんなに気さくに接してくれるとは思っていなかったのだ。
「え、そ、そんな、いきなり呼び捨てだなんて――」
「戦闘では、一瞬の遅れが命取りになります。少しでも短い呼び方に慣れておいてください」
ユリウスは至って真面目な顔で続けた。
「……ローワン、は、ちょっと略せないですね」
ローワンの表情から、輝きがすっと引いていった。
「そ、そういう理由なんだ……」
肩を落とすローワンの隣で、荷物の最終確認をしていたエレナが、当たり前のようにひょいと顔を上げる。
「ユーリはさー、魔法で戦いたいよね?」
自然に呼び捨てられているその響きに、ローワンは目を剥いた。
「え、エレナは、もうユーリって呼んでたの!?」
「え? 今初めてそう呼んだんだけど?」
「あ、当たり前のように言うね……」
「だって今本人がそう言ったもんね?」
躊躇なく即座に距離を詰めてくるエレナに、ユリウスもわずかに虚を突かれたような顔をしたが、すぐにいつもの涼しい表情に戻った。
――――――――
午後、集合場所に現れたメンターを見て、ローワンとユリウスはほぼ同時に「おじさん」という単語を思い浮かべた。
日に焼けた精悍な顔立ち、無駄のない身のこなし、そして纏う空気の重み。歳の頃は三十前後だろうが、実年齢以上の貫禄が全身から滲み出ている。傷だらけの防具は、年季の入った実戦の証だった。
「今日の担当メンター、ダードだ。よろしくな」
短く名乗ったダードに対し、ローワンとユリウスの脳裏に浮かんだ感想はほぼ同じ、「ずいぶん貫禄のあるおじさんだ」というものだった。
一方、エレナだけは違った。四十を超えてなお最前線に立ち続けていた父を間近で見てきた身としては、三十前後のダードは、むしろ「お兄さん」に分類される年齢だ。
「ダードさん、よろしくお願いします!」
屈託のない挨拶に、ダードは一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。
「元気なのはいいことだ。だが森に入ったら、その元気は喉の奥にしまっとけ。獲物に気づかれる」
三人は頷き、森の入り口へと足を踏み入れた。
木漏れ日の下、下草を踏みしめながら進む。想像していたよりも森は静かだった。虫の羽音、遠くの鳥の声、風に揺れる葉擦れの音――それだけが辺りを満たしている。
「新人研修で使う森は、あらかじめ間引きされてる。だが油断するなよ。間引きが甘い日も、たまにある」
先頭を歩くダードが、時折足を止めては周囲の気配を確かめながら、低い声で説明する。木の根の避け方、足音の殺し方、風向きの読み方――実戦に裏打ちされた助言のひとつひとつに、ローワンは緊張した面持ちで頷いていた。ユリウスは黙って周囲の地形を観察し、時折視線だけを動かして何かを確認している。
そうして半刻ほど歩いた頃だった。
ローワンは、ふと前方の茂みの奥で、何かがちらりと動いた気がした。息を呑み、目を凝らす。緑色の何か――だが、それが本当に敵なのか、風に揺れた葉の影に過ぎないのか、確信が持てない。喉まで出かかった声を、ローワンは飲み込んだ。もし勘違いだったら。
「――来たか」
ダードが低く呟いた、その直後。
「行くよ!」
エレナが誰よりも早く飛び出していた。
「あ、馬鹿野郎、陣形を――」
ダードの制止が終わるより早く、ユリウスの声が響く。
「閃光いきます! さん、に、いち!」
詠唱の一節すらない。呪文を組み上げる過程をまるごと省き、術式だけを直接展開する――威力を犠牲にした簡易版とはいえ、即興でそれを成立させるのは、本来なら熟練の魔術師でも簡単には扱えない領域の技術だ。短い光が茂みの奥で弾け、姿を現した五体のゴブリンの視界を一瞬奪う。エレナはその隙を見逃さず、既に一体目へと斬りかかっていた。
「――崩すな……と……」
ダードの言葉が終わる頃には、もう遅かった。
現れた五体のゴブリンは、すべて地に伏していた。
森に静寂が戻る。
ローワンは剣を抜くことすらできないまま、がくがくと膝を震わせて立ち尽くしていた。さっき自分が見たあの影は、やはり本物だったのだ――そう気づいても、今はそれを誰かに伝える余裕などなかった。ダードは、口を半開きにしたまま言葉を失っている。
「完璧です。さすが英雄の娘ですね」
ユリウスだけが、いつもの涼しい顔で淡々と評した。
「楽勝! いえーい!」
エレナは剣を振って血を払うと、満面の笑みでユリウスに手を突き出した。パン、と小気味よい音が森に響く。
しばらく呆けていたダードは、やがて額に手を当てて深く息を吐いた。
「……こいつら、あと二回の研修、いらねえんじゃねえか……?」
呟きながらふとローワンの方を見て、言葉を止める。
「……あ、こいつは別か」
まだ足の震えが収まらないローワンは、その視線に肩を跳ねさせた。ダードはしかし、笑うでも呆れるでもなく、存外真面目な顔でローワンに向き直る。
「お前、剣も抜けなかったな」
「す、すみません……!」
「謝ることじゃねえ。……いいか、しっかり怖がれ。慣れた頃が一番死にやすい。この研修はな、慣れさせるためのクエストじゃねえ。冒険者稼業の怖さを、しっかり分からせるためのクエストだ。だから、しっかり怖がれ。いいな?」
思いがけない言葉に、ローワンは目を丸くした。ダードはそのまま、三人全員を見渡して続ける。
「まずはしっかりと怖がれるように。次は、怖さを忘れずそれでも身体が動くように。そうやって怖さと初心を忘れないように強くなっていくのが、生き残るコツだ。ローワン、まずはそれでいい。殺気を向けられ、命の取り合いをする恐怖を忘れるな。それを忘れたやつから死んでいく。冒険者っていうのはそういうもんだ」
そこで一度言葉を切り、今度はエレナとユリウスに視線を移す。
「エレナ、ユーリ、お前らはもう少し普通の人間を知れ。でないといつか足を引っ張られるぞ。……とはいえ、動きだけでいえばもう中級者レベルだよ、何なんだお前らは……」
深く長いため息とともに吐き出されたその言葉に、エレナは得意げに胸を張り、ユリウスは涼しい顔のまま小さく一礼した。
「よし、それじゃあ後片付けだ。ローワン、スコップ出せ」
「は、はい!」
浮かれた空気が、その一言で切り替わる。ローワンは慌てて背負っていた荷から携帯用のスコップを取り出した。
「死体は放置しない。これも冒険者の基本だ」
ダードは横たわるゴブリンたちを見下ろしながら、淡々と続けた。
「放っておけば臭いに釣られて、もっと厄介な魔物が寄ってくる。腐りゃ疫病の元にもなる。だから埋めるか、燃やすか、それもできなきゃせめて臭い消しを撒く。……森の中じゃ火は使えねえ。木に燃え移ったら洒落にならん。今回は埋める」
四人がかりで穴を掘り、五体のゴブリンを埋めていく。土の匂いに混じって、埋めてもなお消しきれない微かな血の匂いが鼻をかすめた。さっきまでの高揚感はどこかへ消え、代わりに重たい実感だけが残る。命のやり取りをした、その後始末。これもまた、冒険者という仕事の一部なのだと、誰も口には出さなかったが、それぞれの胸に刻まれていた。
土を被せ終えると、ダードはそれだけで踵を返した。
「さ、帰るぞ。ギルドで報告だ」
ダードはそう言って、来た道を引き返し始めた。ローワンは震える足を叱咤して、その背中を追いかける。振り返れば、盛られたばかりの土の跡だけが、静かな森の中に残っていた。
――――――――
ギルドに戻り、討伐証明の受付に並ぶ。新人研修クエストの証明は、討伐した魔物の耳を提出する決まりだ。
「討伐証明、ゴブリン五体分になります」
エレナが革袋から取り出したゴブリンの耳を、受付台の上にどさりと積み上げる。受付嬢は数を数えかけた手を止め、二度見した。
「――五体!? 会敵した数は」
「五体です」
「丸ごとですか!?」
その声に、周囲の冒険者たちが一斉に振り返った。
新人研修クエストで会敵しても、大抵はメンターに一匹釣り出してもらって切り伏せるのが精一杯だ。運が悪ければ、成果なく逃げ帰るのも珍しくない。それが常識だった。
「おい、聞いたか? こいつら、初めての研修でゴブ五匹だってよ! やるなぁ!」
誰かが叫んだのを皮切りに、ギルドの中がざわめきに包まれた。
「メンター無しでか?」
「いや、同行はしてる。だがほとんど手を出してねえって話だぞ」
「まだ十五かそこらだろう、あの嬢ちゃん」
好奇の視線と称賛の声が、あっという間にエレナたちを取り囲む。ローワンはその熱気に気圧されて縮こまり、ユリウスは涼しい顔を保ったまま、しかし満更でもなさそうに口の端を上げていた。
異例の戦果に、ギルドからは規定を超えた特別報酬が支払われることになった。通常、ゴブリン一体の討伐報酬は銀貨三枚が相場だが、今回は会敵数を丸ごと討伐した功績を鑑みて、一体につき銀貨五枚に色がついた。五体分で銀貨二十五枚――それでも新人の初回研修としては破格の数字だ。
三人で山分けした銀貨を革袋に収めながら、エレナは満足げに頷く。
「これでまた、ちょっとは返済が進むね」
何気ない一言に、ローワンが首を傾げた。
「返済? 何の?」
エレナは何でもないことのように、胸元の古い羊皮紙をぽんと叩いた。
「借金だよ。両親から相続した分。ざっと大金貨……五百枚くらいかな、今」
一瞬の沈黙のあと。
「「「――は!?」」」
その場にいた冒険者たちからギルド職員まで、居合わせた全員が同時に声を上げた。
「い、いくらなんでも桁がおかしいだろ!!」
「大金貨五百枚って、一生かけたって返せる額じゃねえぞ!」
「てか相続した借金なら、払わなくていいやつじゃないのか!?」
口々に飛び交うツッコミの中、エレナはけろりとした顔で肩をすくめる。手の中の銀貨二十五枚が、急に頼りなく思えてくるほどの桁違いだ。
「まあまあ、いろいろ事情があるのよ」
その隣で、ユリウスだけが何かを考え込むように顎に手を当てていた。彼の脳裏には既に、この規格外な借金の内実への疑問が芽生え始めていた。
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