Ep.2-5 小さな英雄
翌朝、三人は商業組合の事務所を訪れた。応対に出た職員は、ユリウスの顔を見るなり、安堵したように表情を緩めた。
「本当に来てくださったんですね……。実は、地元の冒険者に何度か調査を頼んだのですが、巣の場所すら特定できずに撤退が続いていまして」
「詳しい被害状況を教えていただけますか」
話を聞くと、どうやら被害は聞いていたよりずっと深刻らしかった。
街道の魔物が出るという噂が噂を呼び、余計な尾ひれまでついて行商の足も止まってしまっているようで、組合がいくら噂の尾ひれを否定しても改善していない。
「街道沿いの荷馬車が、ここ二月ほどで五件襲われています。幸い死者は出ていませんが、荷はほとんど奪われ、御者も大怪我を負っています。地元の連中は、街道からかなり離れた森を中心に探したようですが、手がかりすら掴めなかったとか」
組合は何でも協力するのでどうにか解決してほしいと、三人に懇願した。
「では馬車の用意をお願いできますか? 私とローワンで現地を視察して、居場所を探ってみましょう」
商業組合の職員は何度もお礼を言いながら、すぐに荷馬車と御者を用意した。三人は御者に地形を聞きつつ、問題の街道へと向かった。
――――――――
三人は荷馬車に揺られ、被害の多く発生している現場へ向かった。
「これは……森ではなく、崖側を疑うべきかもしれませんね」
道すがら、御者台の後ろでユリウスが地図を睨みながら呟き、森を眺めていたローワンが振り返った。
「なんで?」
「この一帯は、内陸に向かうにつれて森が深くなりますが、荷馬車を襲うなら、街道から近い場所に巣を構える方が効率的です。地元の冒険者が森を中心に探して見つからなかったのなら、彼らの想定していない方角にある可能性が高い。……この地図を見る限り、街道の反対側は、海に面した崖になっています」
「崖にゴブリンの巣なんて、あるものなの?」
「本来は珍しいでしょうね。常食しているであろう獣なんかは森の方が多いですし。ですが、あり得ないとまでは言い切れません」
途中まで退屈そうにしていたエレナだけが、防風のために植えていると思われる木々の合間から見える海を見て、一人ではしゃいでいた。
「ねえ、終わったら海行こうね!」
「ちゃんと終わったらね」
「あとで案内しますよ。なので、戦闘になったらしっかり仕事をお願いしますよ」
「わかってるって!」
まだソワソワしているエレナに残りの二人は苦笑し、また地形の観察に戻った。
――――――――
被害が多く出ているという街道の途中で荷馬車をとめてもらった。
念の為御者の護衛としてエレナをその場に残し、ローワンとユリウスの組み合わせで周囲を探ると、すぐに異変を見つけた。
「……ここ、足跡がある」
しゃがみ込んだローワンが、街道脇の柔らかい土を指差す。
「向きから見て、崖の方角から街道に出て、また戻っていってる。それに、こっちの灌木の周り、下草が不自然に倒れてる。何かが繰り返し通った跡だと思う」
「確かに。さすがローワンです。辿ってみましょう」
示された方向を辿るように、二人は慎重に進んでいった。潮騒が近づき、やがて視界が開ける。切り立った崖の下、岩と岩の隙間に、人一人がようやく通れるほどの暗い裂け目があった。
「……こんなところに洞窟があるなんて……地元の人は知らなかったのかな?」
ローワンの言葉に、ユリウスが答えた。
「ここは地元の人は危険だから普段は近寄らないようにしている場所です。洞窟があるのを知っている人はいるかもしれませんが、知られていても誰も近づかない場所、ということですね。だからこそ見落とされていたんでしょう」
「潮の様子はどう?」
「今はちょうど引き始めています。しばらくは足場も安定しているはずです」
二人は物陰から、しばらく裂け目の様子を観察した。時折、潮騒に混ざって中から低い唸り声のようなものが漏れ聞こえてくる。地面に残る足跡の数と大きさから、ローワンは慎重に見積もりを立てた。
「……足跡の種類はそんなに多くない。たぶん、十体はいないと思う」
「洞窟自体もそれほど大きくなさそうですね。だとすれば――」
ユリウスの目に、いつもの理屈っぽい光が宿った。
「霧の魔法を、燻煙代わりに使いましょう。中に流し込んで、飛び出してきたところを射抜く」
大まかな作戦を考えつつ、すぐに荷馬車に戻ってエレナを呼び寄せた。
「すみません、すぐ終わると思いますのでここで待っていてもらえますか?」
「は、はい。なるべく早くお願いします……」
可哀想に、御者は少し怯えている。周囲を軽く確認したところおそらく大丈夫ではあるが、一人では心細いだろう。
エレナを連れてすぐ崖の上に戻り、作戦の詳細を詰めていく。
エレナがこのまま崖の上で待機し、同じく崖の上から霧の魔法で追い出し、出てきたところを射る単純な作戦だ。
「霧の魔法って、前に使ったやつ?中、あとで入る時に煙くならない?」
「ええ、あくまで視界と呼吸を塞ぐだけの、無害な霧です。時間と共に消えます」
三人は灌木の陰に身を潜め、ユリウスが洞窟の入り口に向けて詠唱した。白い霧が裂け目の奥へと吸い込まれていく。しばらくして、咳き込むような声とともに、次々とゴブリンが飛び出してきた。
「――もらった」
エレナの矢が、寸分違わず飛び出す個体を射抜いていく。一体、また一体。混乱したまま外に出てきたゴブリンたちは、まともな反撃をする間もなく、次々と射抜かれていった。出入り口のすぐ一歩先がまた崖になっているおかげで、射抜いたゴブリンは崖下に落ちて入り口に溜まることすらなく、あっけなく片付いた。
六体を数えたところで、それ以上の反応はなくなった。三人はしばらく息を潜め、霧が完全に晴れるのを待つ。
「……行きましょう」
裂け目の入り口に立つと、魔物特有の体臭と汚物の混ざったような嫌な匂いが鼻をついた。間違いなく、長い間ここを巣として使っていた証拠だ。
先頭にエレナ、中央に灯りの魔法を灯したユリウス、殿にローワンという並びで、三人は裂け目の奥へと足を踏み入れた。
狭い通路を進んだ先、開けた空間の奥から、ひときわ大きな影が飛び出してきた。他の個体より一回り大きい、統率個体と思しきゴブリンだった。
「――閃光!」
短い合図と同時に、ユリウスの手のひらから閃光が弾けた。視覚を潰され、統率個体が怯んだように動きを止める。その隙を、エレナは見逃さなかった。
狭い洞窟内の壁に当たらないよう鋭く真っ直ぐに伸びたショートソードによる突きが、確実にその喉元の急所を捉える。
統率個体はそのままドウと倒れ少し痙攣したのち動かなくなった。
洞窟の内部は、それほど広くはなかった。三人は念のため奥まで確認して回ったが、他に潜んでいる気配はない。外に出て周辺を一通り探索してみても、それらしい影は見当たらなかった。
「……終わった、みたいだね」
肩の力を抜くエレナに、ユリウスも小さく頷いた。
「はい。これで、依頼は完了です。討伐証明部位を切り取って……あ、このような場合は埋められませんし燃やすべきですかね……」
三人は力を合わせて統率個体を引き摺り出し、干潮で現れた崖下の岩棚に他のゴブリンと合わせて集めた。
「炎の魔法を使います。これは火種の魔法と違って激しく高温で燃え上がります。危ないので私の背後に回ってください」
エレナとローワンが下がったのを確認すると、ユリウスは詠唱を始めた。
詠唱の言葉は、ところどころ聞き取れない箇所がある、長く複雑なものだった。そして詠唱が完了するとユリウスの手の向けられた先のゴブリンの死体が突如燃え上がり、悪臭が鼻をついた。
初めてみるユリウスの炎の魔法に、エレナとローワンは目を丸くしていた。
「これで大丈夫です、少し下がります」
完全に火がついたのを見届けたところで三人は少し距離をとり、そして炭化したのを確認してその場を後にした。
魔法を使ったユリウスは魔力がギリギリだったようで、帰りに崖を登るのを辛そうにしていた。
それを見たエレナがユリウスに話しかけた。
「ねえ、ユーリ。ユーリはやっぱりすごいよ。手紙も誇張なんかじゃなかった。ちゃんと英雄だよ」
「それはどうも……」
はぁはぁと荒い息ではあったものの、ユリウスは満更でもないといった表情だった。
「でも、私が冒険者としてやっていけるのは、ローワンの観察眼やエレナの戦闘力あってこそです」
三人は、なんだか照れ臭い感じがしてすこし黙ったまま荷馬車に戻った。
御者はまだ終わったと思っていなかったのか、怯えた表情で尋ねた。
「どうです? いました?」
「ええ、いましたよ。終わりましたので戻りましょう」
「巣の掃討はまた明日ですかね?」
「いえ、ですから終わりました。死体の処分でだいぶ魔力を使ってしまったので、少し横にならせてください」
そういうと、ユリウスは荷台に寝転んだ。
「お、終わった!? もうですか??」
億劫そうに目を閉じたユリウスの代わりにエレナが答えた。
「そ。ユーリは英雄だからね」
――――――――
翌日、商業組合に報告に向かうと、職員たちは一様に絶句した。
「あの、本当に……もう終わったんですか? あの、崖の……? じゃあ御者が言ってたのは嘘じゃなく……」
「はい、統率個体を含め、全て討伐しました。おそらく出払っていた個体もいないと思います」
「な、なんてことだ……。地元の連中があれだけ手こずったのに……」
呆然と呟く職員の様子は、瞬く間に町中に広まっていった。三人が組合を出る頃には、既に噂は先回りしていたらしく、道行く人々が興味津々な視線を向けてくる。
「あれが噂の、王都の……」
「地元の冒険者が匙を投げた依頼を、あっという間にって話だぞ」
「やっぱり、あの噂は本当だったんだな……!」
その一言に、ユリウスは思わず足を止めた。
「……あの、それは、少し違うというか」
「いやいや、謙遜しなくていい! 驚くべき索敵技術に、閃光魔法での連携攻撃! 噂通りじゃないか!」
「実際に見た奴の話じゃ、統率個体を一撃だったって話だぜ!」
弁明しようとするユリウスの声は、興奮した町の人々の声にかき消されていった。誇張のはずだった手紙の内容が、皮肉にも自らの功績により裏付けてしまった今、噂が収まる気配は、微塵もなかった。少なくとも、統率個体との戦いを三人の他に実際に見た人などいなかったはずだが、内容は合ってるだけに否定もしづらい。
「……なぜ、こうなるんでしょうか」
がっくりと肩を落とすユリウスの背中を、エレナとローワンは、笑いを堪えながらさすり続けた。
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