Ep.2-4 里帰りの誤算
「ユリウス君、ちょっといい? 変な依頼が来てるんだけど」
ギルドのカウンターで、ミラが困ったような笑みを浮かべて手招きした。三人が近づくと、ミラは一枚の依頼票を差し出した。
「〈指名依頼〉?」
エレナが首を傾げる。依頼票の宛先には、はっきりと「ユリウス殿」と書かれていた。
「指名依頼って、手数料が割高になるやつですよね。……差出人は、南の港町の商業組合?」
ユリウスが眉をひそめながら文面を読み進める。読み進めるうちに、その顔色がみるみる青ざめていった。
「な、なんで私が指名されているんですか……」
「詳しい事情は、添えられていた手紙に書いてあったわ」
ミラがもう一枚の紙を差し出す。それは公式の依頼票とは違う、私信めいた柔らかい文字で綴られていた。ユリウスがそれを読み上げる声は、途中からどんどん小さくなっていった。
「……『王都で大活躍しているというユリウス君達に、ぜひお力添えいただきたく』……『驚くべき索敵技術を持ったメンバーもいらっしゃるとか』……」
「へえ、王都で大活躍してるんだ、ユーリ」
にやにやと笑うエレナに、ユリウスは頭を抱えた。
「……両親です。私が実家に送った手紙の内容を、恐らく親戚や近所に吹聴して回ったのだと思います」
「手紙書いてたんだ?なんて書いたの?」
「いや、それはなんというか……三人で頑張ったというか……」
がっくりと肩を落とすユリウスに、ローワンも笑いを堪えきれない様子だった。
「驚くべき索敵技術って……」
「……すみません、あの時の手紙で、ローワンの索敵についても、少し大げさに書いてしまったかもしれません」
「大げさ、で済むかな、これ」
呆れたようなエレナの一言に、ユリウスはますます小さくなった。
ミラが、これまでの受付では見たことがないくらい満面の笑顔で聞いた。
「で、どうするのかしら。内容はちゃんとした指名依頼だから、受けるなら報酬はしっかり出るわよ」
「内容自体は実際にゴブリンの被害が出ているという、真っ当なものです。報酬も3割り増し……行かない、という選択肢はないと思います……」
観念したように立ち上がるユリウスの背中を、エレナとローワンは楽しそうに見送っていた。
――――――――
道中、二日目の夜を過ごした宿場町の食堂で、エレナがふと切り出した。
「ねえ、結局、手紙になんて書いたの?」
「……別に、大したことは」
「大したことないなら見せてよ。もう内容ばれてるようなもんだし」
「手元にはありません……両親の元にはあるでしょうが……」
言葉を濁すユリウスに、エレナは容赦なく追及の手を緩めなかった。ローワンも興味深そうに身を乗り出す。
「その……閃光魔法が『完璧です』と評されたとか、ローワンの索敵眼が『駆け出しとは思えない』とか、その程度のことです」
「その程度って言うには、割と盛ってない?」
「盛ってはいません。……多少、実際よりも輪郭をくっきりさせて書いた自覚はありますが、嘘は一つも書いていないはずです」
生真面目な顔で言い切るユリウスに、エレナとローワンは顔を見合わせた。
「輪郭をくっきりって……」
「事実の中から、印象的な部分を選んで書いただけです。手紙というのは限られた紙面で近況を伝えるものですから、多少の強調は――」
「それを世間では『盛る』って言うんだよ、ユーリ」
エレナに即座に切り返され、ユリウスは口をつぐんだ。
「……しかし分かりません。なぜここまで話が大きくなったのか、私にも見当がつかないんです。手紙に書いたのは、事実の範囲内のはずなのに」
心底困惑した様子のユリウスに、ローワンがぽつりと言った。
「たぶん、そこに愛情が乗っかると、話ってどんどん大きくなるんだと思うよ」
その一言に、ユリウスは何も言い返せなかった。
――――――――
潮の匂いが漂う港町に、三人は降り立った。二日に渡り定期馬車の硬い座席に打ち付けられた尻を労りつつ、停車場から見える街の風景を観察する。
ここからは見えないが、もう少し南にいくと港がある。海街特有の潮風とどこか生臭いような匂いがした。
そこから十五分ほど歩いたところに、ユリウスの両親が身を寄せる家があった。
「ここが、ユリウスの……」
「……お恥ずかしい限りですが」
案内された先は、決して立派とは言えない、こぢんまりとした家だった。玄関先に立った瞬間、扉が勢いよく開いた。
「ユリウス! よく帰ってきたわね!」
「おおお、無事だったか!」
飛び出してきたのは、ユリウスによく似た顔立ちの、けれど彼よりずっと日に焼けた壮年の男女だった。女性の方は、目に涙まで浮かべている。
「お父さん、お母さん、その……お手数をおかけして、申し訳ありません」
「何言ってるの、久しぶりに顔が見られて嬉しいに決まってるでしょう!」
母はユリウスをぎゅっと抱きしめた後、ようやくエレナとローワンの存在に気づいたように目を見開いた。
「まあまあ、この子たちが……!」
「初めまして、エレナです!」
「ローワンです、よろしくお願いします」
「テオドールだ! テオと呼んでくれ!」
父親が名乗るより早く、豪快な握手とともに愛称を差し出してくる。エレナとローワンが戸惑い気味に頷く横で、ローワンはふと妙な既視感を覚えていた。
(……ユーリが「呼び方は効率の問題です」とか言って、あっさり愛称呼びを許容してくれたのって、お父さん譲りなんだなきっと……)
「エルサよ。二人ともよろしくね」
続いて名乗った母親――エルサは、テオドールほどの勢いこそないものの、やはり気さくな笑みを浮かべていた。
「あなたたちが、手紙に書いてあった……」
エルサはそこで言葉を切り、まじまじとエレナを見つめた。
「……本当に、英雄ベルナルド様のお嬢さんなの? こんな、可愛らしい……」
「え、あ、はい、そうですけど」
想定外の反応に戸惑うエレナに、エルサはさらに驚いた顔をした後、なぜか嬉しそうに笑った。
「まあまあ、思ってたよりずっと普通の、良い子じゃないの」
「お母さん、それは失礼では……」
たしなめるユリウスをよそに、テオドールも豪快に笑っている。
「いやいや、もちろん良い意味だよ! さあさあ、上がってくれ。大したもてなしはできんが」
ユリウスの性格から想像していたのとはまるで違った感じの両親に、エレナとローワンは戸惑いながらも家に入った。
ユリウスの後に続いて家に入りながら、エレナはちらちらとユリウスとテオドールの顔を見比べていた。目元や鼻筋は、驚くほどよく似ている。瞳の青さだけは母親譲りのようだ。だが、物腰はまるで正反対だった。
不意に、エレナがローワンの耳元にそっと顔を寄せる。
「――似てるけど、似てないね」
他の誰にも聞こえないよう、小さく囁かれた一言だった。だが、ローワンの意識は、その言葉の中身よりも、触れそうなほど近づいたエレナの気配の方に持っていかれてしまう。
「……う、うん」
上ずった声で頷くローワンの顔が、ユリウスに続いて、じわじわと赤くなっていった。
――――――――
家の中は質素だったが、掃除は行き届いており、居心地は悪くなかった。夕食には、この港町ならではの魚料理が並んだ。
「金はないから、これくらいしか出せんが」
「いえ、とても美味しいです」
「そいつはよかった!」
ローワンが素直に感想を述べると、テオドールは照れくさそうに頭を掻いた。
「ローワンの料理の腕は確かです。ローワンが褒めるのであれば、それは本当に美味しいということです」
「そうやって手紙に書いたんだね……」
ローワンの鋭いツッコミに、ユリウスは少し咳払いをして恥ずかしそうにした。
エルサはというと、料理そっちのけでユリウスの隣に座り、矢継ぎ早に質問を浴びせている。
「それで、ちゃんと三食食べてるの? 宿はどんなところ? お友達とは仲良くやってるの?」
「食事も睡眠も問題ありません。宿の主人夫婦も良くしてくれていますし、エレナとローワンとも……」
「そう、良かった」
安堵したように呟くエルサの目が、少しだけ潤んでいるように見えた。
「あなたが実家を出て一人で頑張るって言った時、正直、心配で仕方なかったのよ。ちゃんと友達はできてるのかしらって」
「お母さん……」
「手紙にはいつも、立派な活躍のことばかり書いてあるでしょう。それも嬉しいけど、お母さんはね、あなたがこうして、気の置けない友達と笑いあってる姿を見られる方が、よっぽど嬉しいのよ」
その言葉に、ユリウスは何も言えなくなってしまった。
昨日の晩にローワンに言われた(そこに愛情が乗っかると、話ってどんどん大きくなるんだと思うよ)という言葉を思い出して、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。
エレナとローワンは、そんな親子のやり取りを、どこか温かい気持ちで眺めていた。翌朝には、依頼主である商業組合で詳しい話を聞いて、いよいよ本題である街道の調査に向かうことになる。だが今夜だけは、三人ともその話を切り出さず、ただ賑やかな食卓を囲み続けた。
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