Ep.2-3 可愛いイチオシ達
依頼のない休日、三人は連れ立って街を歩いていた。市場を冷やかし、屋台の匂いに誘われるまま歩いていると、通りの端に見覚えのある顔を見つけた。
「あ、あれ……」
エレナが指差した先、露店のカフェスタンドで、私服姿の女性が一人、のんびりとカップを傾けている。ギルドの制服ではないその姿に、一瞬誰か分からなかったが、すぐに気づいた。
「ギルドの受付の人だ」
「声かけてみよ!」
エレナが駆け寄ろうとして、ふと足を止めた。
「……あれ、名前、なんだっけ」
「……そういえば、私も知りません」
ユリウスも珍しく言葉に詰まる。ローワンも首を傾げるばかりだった。毎日のように顔を合わせているのに、誰一人として、彼女の名前を知らなかった。
三人が近づくでもなく遠ざかるでもなく、微妙な距離でひそひそと相談しているのに気づいたのか、女性の方から声をかけてきた。
「あら、みんな揃って、どうしたの?」
「あ、えっと……」
気まずそうに口ごもるエレナに、女性はくすりと笑った。
「ふふふ、ミラよ」
「ミラさん! そう、ミラさんだ!」
安堵したように声を弾ませるエレナに、ミラは悪戯っぽく片目をつぶってみせた。
「今更よね。もっと早く聞いてくれてもよかったのに」
「ごめんね、なんかいつも受付にいるから、当たり前すぎて……」
「いいのいいの。それより、みんな休みの日は街をぶらぶらしてるのね」
飾らない口調で笑うミラに、エレナはなんだか嬉しくなって、思わず口にした。
「今日のミラさんって、受付にいる時よりずっと話しやすいね」
「あら、そう見える?」
「なんでかな……制服じゃないからかも?」
「ふふ、それはあるかもしれないわね。一応ギルドの決まりでは、受付担当者は特定の冒険者やパーティーを贔屓せず、平等に扱うことってなっているのよね。だから、カウンターでは少しは気を使っているの」
「そっかぁ、そういうものなんだ」
「まあでも、休みの日くらいは素で喋らせてちょうだいな」
悪戯っぽく笑うミラに、三人はますます好感を抱いたようだった。
促されるまま、三人はミラの隣のベンチに腰を下ろした。世間話をするうち、ふとミラが思い出したように言った。
「そういえば、ずっと思ってたんだけど。ユリウス君って、このパーティーのリーダーなのよね?」
「……え?」
素っ頓狂な声を上げたのはエレナだった。ユリウス自身も、心当たりがないという顔をしている。
「いえ、うちにリーダーという役職は、特に置いていませんが……」
「あら、そうなの? てっきりそうだと思ってたわ。だって、私がカウンターにいる時、いつもユリウス君が窓口対応してるじゃない」
「それは、事務的な手続きは私が担当した方が円滑だからで……」
「ふうん、そういうものなのね」
ミラは特に深追いする様子もなく、頬杖をついた。
「でも、リーダーがいないパーティーも珍しくないわよ。うちのギルドに来る子たちを見てても、決めてるところと決めてないところ、半々くらいかしら」
「決めた方が良いことも、あるんですか?」
ローワンが興味深そうに尋ねる。ミラは少し考えてから答えた。
「そうねぇ。土壇場で誰かが決めないといけない時、揉めずに済むのは大きいと思うわ。誰かが決めて、みんながそれに従う、っていう流れがあると、判断が早くなるもの」
「じゃあ、決めた方がいいのかな……」
「一方で、決めたら決めたで、その人にばっかり責任とか評価が集まりがちになるのよね。上手くいってる時はいいけど、こじれた時に、その人一人が矢面に立たされる羽目になることも、案外あるのよ」
エレナとローワンは、思いのほか真剣な顔でミラの話に耳を傾けていた。ユリウスも、腕を組んで考え込んでいる。
「なるほど……。うちは役割がはっきり分かれているので、今のところそういったことで揉めることはないですが、大きな作戦になった時は、また事情が変わってきそうですね」
「そうそう、その通り。大人数が絡む話になればなるほど、誰かが最終判断を下す仕組みは大事になってくるものよ」
しばらく話し込んだところで、ユリウスがふと我に返ったように居住まいを正した。
「……申し訳ありません、せっかくのお休みのところ、仕事の話に付き合わせてしまって」
殊勝に頭を下げるユリウスに、ミラはきょとんとした顔をした後、めいっぱい柔らかく笑いかけた。
「いいのよぅ。みんなは私の可愛いイチオシ新人パーティーなんだから」
「……っ」
不意打ちの笑顔に、ユリウスは何も言えなくなってしまった。
そんな彼の様子を、エレナとローワンは、何も言わずに顔を見合わせていた。
「事務手続きは私が担当した方が円滑」という、いつもの生真面目な理屈を、二人はもう何度も聞かされている。それがどこまで本当で、どこから先が別の理由なのか少し気になったが、あえて口には出さなかった。
果実水のグラスもすっかり空になった頃、エレナが大きく伸びをした。三人は礼を言って腰を上げ、もうしばらく涼んでいくというミラに手を振って別れた。
――――――――
月見草の灯火の三人がミラのいたベンチを去ってすぐ、通りの向こうからまた別の聞き覚えのある声が近づいてきた。
紅蓮の牙の三人が、ミラの前で足を止めた。
「あ、ミラさーん! こんな可愛い私服姿で会えるなんて、運命っすね」
軽薄な調子で駆け寄ったのはドニーだった。
「おいおい、ナンパかよ」
「なんて軽薄な……みっともない……」
呆れた声を上げるガレットと、眼鏡を押し上げながら冷ややかに睨むフィンに両側から挟まれ、ドニーは首をすくめた。
「んなつもりねえって! ただの世間話だろ!」
ガレットもあいさつ代わりに軽く片手を上げた。
「あら、あなたたちもお休みなの?」
「今日は依頼もないんで、ぶらぶらしてただけっすよ」
そんなやり取りの後、ミラがふと思い出したように言った。
「そういえば、今年の新人多いけど、ちゃんとパーティー名がついてるのって、まだあなたたちと月見草の灯火だけなのよね」
「へえ、そうなんすか」
「みんな結構、適当な呼び名で済ませてる子が多いのよね。だから受付でも、名前のついてるパーティーは覚えやすくて助かるわ」
得意げに胸を張ったのは、他ならぬガレットだった。
「そりゃそうだ、俺たちのセンスは伊達じゃ――」
言いかけて、はたと動きを止める。
「……いや待て、しまった。あいつらにパーティー名つけろなんて教えなきゃよかった。今なら俺たちだけの特権だったのに」
心底悔しそうに顔を歪めるガレットに、ミラは思わず頬を緩めた。
そんなやり取りの中、フィンが眼鏡を押し上げながら、誰へともなく尋ねた。
「今日はミラさん、お一人で?」
「ふふ、一人だけど、さっきまで月見草の子たちが来てたのよ」
「……そうでしたか」
わずかに残念そうな響きを滲ませながらも、フィンは平静を装って頷いた。ガレットに促されるまま、三人はミラの周りに腰を下ろす。
しばらく他愛のない世間話が続いた。ギルドの近況、最近受けた依頼の愚痴、噂話――特にフィンは、いつになく熱心に相槌を打ち、時折こちらから話題を振っては、会話を途切れさせまいとしていた。
「――なんてことがあってね、私もちょっと甘かったんだけど」
「なるほど、それは災難でしたね。しかし、そういった厄介な依頼主との交渉においては、事前に条件を明文化しておくことが肝要かと思います。口約束のみで進めてしまうと、後々の齟齬が」
「……なあ、フィン。お前今日、随分と喋るな」
ドニーが横目でちらりとフィンを見る。
「別に、いつも通りだが」
「いや、絶対いつもより喋ってるって、早口だし」
気まずそうに眼鏡を押し上げるフィンをよそに、話は続いていった。だが、日が傾き始めた頃合いを見て、フィンがふと居住まいを正した。
「……あ、せっかくのおやすみ中に付き合わせてしまってすみません」
一瞬の沈黙の後、ミラが盛大に噴き出した。ミラの中で、ついさっきのユリウスの姿とぴったりと重なって見えていた。
「ちょっ……あはは、あはははは!」
「え、な、なんで笑うんです?」
戸惑うフィンに、ガレットとドニーも、何が起きたのか分からず顔を見合わせている。
ひとしきり笑ったミラは、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、めいっぱい柔らかく笑いかけた。
「いいのよ、いいのよ。あなたたち〈も〉、私のイチオシ新人パーティーだもの」
「……〈も〉?」
首を傾げるフィンに、ミラはそれ以上何も答えず、ただくすくすと笑い続けるばかりだった。
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