第2話 ハードワーク少女と空の牧場②
『スカイ・ファーム』───。通称“牧場”
この機関で育成されている生物たちは、畜産や酪農だけでは語れない、《《ある目的》》の元で管理されている。
牧場に在籍する各役職の所員達の中には、“ある魔術”を使える者たちがいる。
生物たちはその魔術の力によって、世界各地の戦場、自然災害の現場、あるいは人の力では及ばない極地へと瞬時に「転送」され、それぞれの個性を発揮する。
その魔術こそが────。
“有機体分解及び、再構築術式添付送信魔術”
────と仰々しい名前がついているが、この名称を扱うものは殆どいない。
通称「転送魔術」と呼ばれる高難易度の魔術であり、これを扱う者を「転送士」と呼ぶ。
ただし、転送士は一方的に生物達を転送することはできない。
“転送の妥当性は現場にあり”
転送された生物を“受け取る者”が存在して、初めて転送魔術は、需要と供給を発揮する。
生物を呼び出せるほどの“魔力”
命を力として託せられるほどの“信頼”
その力を正しく使いこなす“技量”
この三つの資質を、誠の意味で併せ持つ者だけが扱える、超特異魔法。
つまりは、転送士よりも更に希少───。
「召喚士」と呼ばれる者達である。
* * *
中央棟を後にしたミコトは、再び一人乗り用の飛空艇に乗り込み、午後の業務へ向けて、雲の間を飛んでいた。
その体には、先程の作業員たちから「お詫び」として渡された安全ベルトが、ガッチリと装着されている。
「少しは、認めてもらえてるって思ってたのに………」
ミコトはため息混じりで落胆する。
“転送士になりたい”
一年前、ミコトはその一心で、スカイ・ファームに押しかけ、かつて世界に名を馳せた“元転送士”。スカイ・ファーム育成班長、グレン・フォードに弟子入りを懇願し「転送士見習い」になった────ハズだった。
グレンはまず、「現時点での魔術制御の力量を測る」という名目で、食用の生肉を試験素材に指定し、それをミコトに転送魔術の第一段階である“分解”をさせてみた。
だがミコトが放った魔術は、肉の構造を読み取るどころか暴走し、魔力の出力を制御しきれずに肉をズタズタに引き裂き、焦げた煙とともに黒く炭化し、辺り一面に飛び散った────。
その有様を見たグレンは、何も言わずに訓練を中止し、「修行」ではなく「雑務」のメニューをミコトに与えて以来、修行について語ることはなかった。
そして、そのまま一年が過ぎた。
ミコトは何度も修行の再開を頼み込んではみたが、あれこれ理屈を突き詰められ、まったく相手にされなかった。
グレンを疑っているわけではなかったが、転送士を目指す彼女にとって、雑務を与えられる日々は、焦燥感を募らせるには十分な状況だった。
「ちゃんと見てくれてるって、思い込んでたのかな………」
元々気の弱い彼女にとって、師匠の前に上司であるグレンに、私見を申すという行動は、ただ単に精神的体力を消耗する結果を招き、その度に虚しく撃沈していた。
その様はスカイ・ファーム所員の中ではすっかり有名な光景となり「直訴」という通り名として名物化していた。
意気消沈していたミコトは気を取り直すべく、飛空艇から中央棟へ目をやる。
「………イデア・コア」
ミコトの視線の先───。
スカイ・ファーム中央棟の大樹には、幹から樹冠にかけて、埋まる様に包まれている巨大な宝石の様な球状の結晶体があった。
大樹に生い茂る葉よりも深く美しい緑色の光を纏い、神々しい存在感を放つそれは、牧場の心臓部。
スカイ・ファームそのものと言っても過言ではない存在。
永久“回廊帯”生成結晶───『イデア・コア』
「今日もとっても綺麗………」
ミコトにとってコアを見つめることは日課とも言える行動だった。
その光を見ていると、焦りも悩みも、ほんの少しだけ遠ざかる気がした。
* * *
───その後のミコトは、とにかく働いた。
彼女の主な仕事は、牧場の各地区に赴き、現場の作業を補佐することである。一見、臨機応変で多才なる役割にも思えるが。
要は“雑用”である。
それは牧場の生き物達への餌やりに始まり───。
育成班の育成記録の伝達、訓練班が使用する調教用具や訓練器具の清掃、『遊園区』に訪れた観光客への風船配り。
そして生物達の入浴や毛繕い、ケガの治療に必要な備品の配送、食堂で提供される料理の仕込み。
さらには職員達の愚痴の傾聴、トイレ掃除、灰皿の交換(マスク支給)など、とにかく───。
「やれ」と言われたことをやるのがミコトの仕事だった。
元来、真摯な性分の彼女は、与えられた仕事を全て丁寧に、さらには質の良い成果を挙げ、へこたれるどころか意気揚々と完璧に、そして笑顔でこなしていった。
そんな彼女の口癖は───。
「他にやれることはありませんか?」
彼女は、グレンに与えられた仕事以上に、自ら追加発注を求めた。
周囲の所員達も当初は「便利なヤツだ」と思い、次々と雑用を押し付けていったが、純粋無垢に働く彼女の姿に次第に心を痛めていき、やがて最低限の割り振りを心がけるまでに至った。
今では『ミコトが仕事を求めてきた時の《《傷つけない断り方》》(改訂版)』というマニュアルが、リゼ発案の元、ミコトとグレンには極秘で擦り出され、各職員に配布し、重宝されている。
そして今日も、彼女は働いた。
働いて、働いて、働いて────。
やがて空の牧場にも訪れる夜を迎えたのだった。
その夜、ミコトは全ての仕事を終えて『居住区』へ帰ってきた。
スカイ・ファームの『居住区』は牧場の所員達が寝泊まりする為の離れ島。いわゆる社員寮である。
遥か高い天空に浮かぶ島、スカイ・ファームで働く所員達が、日々定時と共に地上に戻るというのは、あまりにも非合理的である為、全職員が住み込みで働いている。
「た、だいまぁ〜」
特に誰かと同居している訳ではないが、帰宅後の挨拶も彼女の日課だった。
「つ、疲れたぁ〜」
全力の出し方しか知らないミコトにとって帰宅という行為は、一日の疲労を一気に受け止める瞬間である。
ヘトヘトになって自室に戻る彼女は、そのままベットへと倒れ込んだ。
(明日の仕事って何するんだったっけ?あと妖精種の分子構造の復習もしなきゃ………でもゴハンまだ食べてないし………お腹すいたな。お風呂にも入りたいし………一旦部屋に戻って、少し寝てから………あれ?今なにしてたんだっけ………?あ、もう部屋だった)
ミコトは疲労のあまり思考がまとまらず、ボーっとしながら天井を見つめる。
そのまま睡魔に身を委ねてしまおうかとも思い、姿勢を変えたミコトの視界に、飾ってある写真が映り込んだ。
(お母さん───)
写真に写っているのはミコトの母親だった。
幼少の頃のミコト共に撮影されたもので、ミコトを抱き抱え、陽気に笑っている姿を遺していた。
写真をしばらく見つめていたミコトは、ガバッと起き上がり、夕食用に支給された食料を、そっと床に置いた。
「………ちょっとだけ」
そう呟いたミコトは、手のひらにゆっくりと魔力を集めた。その掌に、かすかな光が灯る。
そのまま彼女はそっと目を閉じ、転送魔術を構成し始めた。
* * *
転送魔術は、大きく四つの段階で構築されている。
「分解」「圧縮」「発信」そして「再構築」
なかでも第一段階の「分解」とは、生物を《《生きたまま分解》》。つまり転送対象の意識を保ったまま、細胞単位で解体するという、常軌を逸した工程である。
生物の最大のポテンシャルを召喚先で損なわない為に、転送前と寸分も変わらない完璧な状態を維持したまま、生物を分解しなければならない。
当然の様に失敗という結果は、そのまま死に直結する。
ミコトは、この第一段階で躓いてしまった。
“最初の失敗”以来、進歩はないまま。
「だいじょうぶ………きっとできる」
ミコトは食料に向けた転送魔術に集中する。
───クラマの血がなんだ。
───上手くいけばグレンもきっと見直してくれる。
───修行をつけてくれる。
そう言いたげに、ミコトは目を見開く。
すると、自身の手に込められた転送魔術が安定していくのを感じた。
「これなら………いけるかも!」
思いもよらぬ手応えにミコトの表情は緩み、成功を確信した。そして彼女は食料に向けて両手をかざし、転送魔術を放とうとした。
その刹那───。
目前の食料と、牧場で暮らす生物たちが、ミコトの頭の中でぐにゃりと溶けて重なった。
彼女のイメージで転送魔術を受けた生物は、全身が切り刻まれ、血を吹き出し、悲鳴を上げ、絶命し、炭化していった。
「い、いや…………や……めて」
その光景を想像してしまったミコトが、我に返った時にはもう遅かった。
──────グシャ。
部屋の中に生々しい音が響く。
転送魔術は一瞬で不安定になり、制御できなくなった力は、食料を一瞬で炭と変え、部屋一面に散らばった。
その光景を目の当たりにしたミコトは、その場にへたり込む。
焦げた匂いが鼻をつき、喉の奥がきゅっと締めつけられた。
呼吸は荒くなり、視界は歪み、心痛のあまり、気を失いそうになる。
「なんで………なんで、私はいつも、こう………」
彼女は両手を見つめる。思考は空回りするばかりで、何がどうなってるのかすらもう、わからなかった。
わかることは一つだけ───。
これが実践なら、彼女は生物を殺していた。
「やっぱり………私には………」
呟いた声はあまりにも小さくて、自分の耳にも届いたか怪しかった。
気持ちが追いつかないまま、目頭が先に反応して、ぽたりと膝の上に涙が落ちる。
顔を上げることもできず、涙は絶えることなく溢れ続け、いくら拭っても止まらなかった。
床に炭となって散らばった《《残骸》》を呆然と見つめ、動けずにいたその時。
彼女の部屋の外から唐突に声が響き渡る。
『ミーーコーートーー!』
その声にビクゥ!と反射し、心臓を大きく鳴らしながらミコトは恐る恐る窓へと視線をやる。
ワーピクシーたちだった。
顔をぎゅうぎゅうに押しつけながら、無邪気に笑っている。
「あ、あなたたち………」
『『『遊ビニ来ターーー!』』』
* * *
【スカイ・ファーム個体記録】
《ワーピクシー》
【精霊種】人型
体長:十五センチ/翼長四十センチ
体重:百七十グラム
生息地:スカイ・ファーム『中央棟』
制御難度:クラスE
召喚獣適性:偵察・結界
◆スカイ・ファーム中央棟の大樹『シャーマン・デボン』樹冠部分にて飼育され、群れで生活している精霊種。人型だが全身は細かい羽毛で覆われており、長い両手から皮膜を張り翼として形成され飛行することも可能。
◆人語を理解し、スカイ・ファームの規定により「召喚獣」として認定され、主に森林の探索や魔除けを目的として召喚される。だがイデア・コアによる回廊帯の魔力で実態化している為、長時間の召喚は不可能なのが弱点である。
* * *
突然の来訪者に未だ心臓をバクバク跳ねらせながらもミコトは律儀に窓を開け、ワーピクシー達と対面する。
「遊びにって………あなたたち今は《《朝ごはん》》の時間でしょう?」
夜行性であるワーピクシーの生態を熟知していたミコトは、外を確認するまでもなく、口を開いた。
「それに、みんな傷だらけじゃない」
ミコトは《《彼女ら》》の身体の所々に刻まれた生傷を見つけ、心配した様子で優しく手を触れる。
「まさか“召喚戻り”じゃ?」
『ウン!』
「うんって………」
ワーピクシーたちは、つい先刻まで召喚獣として世界のどこかに飛ばされていたのだろう。身体についた傷も、そのときのものに違いない。
だが機嫌が悪くないところを見ると、召喚士の扱いが悪かったわけではなく、やむを得ない事情があったのだ。
だからと言って、ミコトの心配が和らぐ事はなかった。
「早く育成班の所へ戻ら無いとダメじゃない、きっとみんな心配してるよ?」
『エーヤダ!』
即答で拒否するワーピクシー達。
『ミコトガ遊ンデクレタラ治ルモ〜ン!』
彼女ら中の一匹がミコトの顔に抱きつき、すりすりと頬擦りをする。
「………もう」
先程まで悲観に暮れてていたミコトの表情は、じゃれてくるワーピクシー達の無邪気さに当てられ───。
「少しだけだよ?」
『キャーキャーキャー♡』
つい顔をほころばせ、彼女らを部屋に招き入れたのだった。
『ミコトの部屋、汚ネ!』
『ゲロマミレ!』
『ズボラ女子!』
「…………片付けるからちょっと待ってね」
* * *
飛び散った残骸を片付けた後、ミコトはワーピクシー達と談笑していた。
彼女はベットの上に座り、ワーピクシー達は思い思いに、ミコトの腕や膝、頭の上などに乗ってゴロゴロしながらミコトに話しかけている。
ミコトは彼女らの傷に触れぬように優しく撫でながら、彼女たちの話に耳を傾けていた。
ワーピクシー達は、日々暇を見つけてはミコトの部屋に遊びに訪れ、こうやって彼女と戯れるのが何よりの楽しみだった。
『ミコトォ〜』
「うん?」
ミコトはワーピクシーの頭を撫でながら返事をする。
『イツニナッタラ転送士ニナル?』
『ピク達、転送サレルナラ、ミコトガイイ!』
『早ク転送士ニナレ〜』
予想していなった彼女らの要望に、ミコトの撫でる手が思わず固まる。
『チョット!撫デルノ雑イ!』
「───なれるのかな?」
『アン?』
「わたしの魔術ってね?みんなを傷つけてしまうの」
ミコトは微笑みながら答える。だが自嘲気味に笑ったその表情には、心悲しげな感情と、どこか諦めの色を含んでいた。
「相手は生きている命なのに、私が転送すると………」
ミコトの掌は気がつくと小刻みに震えていた。
「それを思うと、怖くて………」
ミコトはワーピクシー達を撫でるのを止め、窓の外に目をやり、未だグレンが残業しているであろう中央棟と大樹に包まれるイデア・コアを見つめた。
「グレン班長も、それを見越してるから相手にしてくれないのかな?」
自分の力が、誰かを傷つける。それを誰よりも示してくるのがグレンなのだ。だからこそ、彼は励ましの言葉すらかけることはない。
背中を押してくれるわけでもなく、否定してくれるわけでもなく、ただ遠くから仕事を与える。
その日々を思い返し、ミコトの手は力なく崩れて膝の上に落ちる。
「やっぱり私は雑用くらいしか向いてな───」
『何言ッテルノ?』
『馬鹿ナノ?』
『馬鹿!』
『卑屈!』
『万年下ッパ!』
「ひ、ひどい」
募り切った不安から、思わず口から漏れた皮肉に対し、畳みかける暴言を吐かれたミコトは、そのまま横にバタリと倒れたくなる。
だがワーピクシー達は、おかまいなしと言わんばかりに、ギャーギャーと飛び跳ねながら、騒ぎ立て続ける。
『ダッテ!グレンガ言ッテタモン!』
「グレン班長が?」
ワーピクシーの口から出たその名に、思わず彼女の鼓動がドクンと反応する。
『ソレ言ッテイイノ?』
『転送士ノ本質ノ話?』
『ソレソレ!』
『ミコトニハ絶対ニ言ウナッテ言ッテタジャン!』
『ジャア言オウ!』
『ウケル!』
「転送士の本質?言うなって、な、何を?」
目まぐるしく叫び合うワーピクシー達について行けず、混乱するミコトを他所に、盛り上がり切っている彼女達は、ミコトの前に一列に並び、語り始めた。
『『『アノネェ〜〜〜』』』
『────────』
『────────────!!』
『─────────────ッテ言ッテタ!』
「……………え?」
ワーピクシー達の言葉を聞いたミコトの瞳に、光が灯る。
「それが───転送士の本質?」
もしグレン班長が言った《《それ》》が本当だったら。
そう思いつつも、何かが喉につっかえた様な気持ちが自分の中の何かと混ざり合い、考えても考えても、答えが出そうで出ない。
ミコトの心中で葛藤が起きた───。
───その時。
ズウウウウウン────!!
ミコトの部屋が、居住区が、島が、スカイ・ファーム全土が多く揺れた。
部屋がぐらりと大きく揺れ、書籍類が崩れ、棚の上の食器は床にぶつかって砕け散る。
「な、何!?何が起きたの!?」
突き上げるような振動にミコトは思わずベッドから飛び降りた。
外では、住居区にまで届くほど、各地区の生物達の叫び声が一斉に上がっていた。
獣の遠吠え、竜たちの羽ばたき、魔物たちの低い唸り。まるで、“見えない脅威”が牧場を通り抜けたようだった。
窓に駆け寄り外の景色を見渡したミコト。
外気は澱み、空は巨大な何かに圧し潰されているような重みを帯びている。まるで何か、異なる意志がそこに宿ったかのように。
その異変は、視界の先で明確に姿を変えていた。
普段から“日課”としていたからこそ、ミコトは、その異変にすぐに気がついた。
「なに、あれ…………イデア・コアが………」
彼女の視線の先で、中央棟の大樹に包まれていたイデア・コアが、深い翠色の輝きを失い、薄暗い紫色へと変化していた。
既に居住区の者たちも騒ぎ始めている。
明らかな非常事態にミコトはワーピクシー達に向かって呼びかけた。
「みんな!早く戻───っ!?」
その呼びかけは彼女達の異変で中断された。ワーピクシー達の姿は半透明になり、苦しみに悶えながらうずくまり、そして───。
『泣イテイル…』
『イデア・コアガ…泣イテイ……ル』
『怖イ、嫌ダ…ミ………コ…ト……助……』
一匹残らず消え去った───。
「み、みんなァーーーーーー!」
ミコトはその光景を、見守ることしかできなかった。




