第1話 ハードワーク少女と空の牧場①
スカイ・ファームとは───。
天空に浮かぶ大小の島々からなる、生物の育成機関である。
島ごとに環境が区分けされており、平原や密林、寒冷環境や海洋に至るまで、
様々な環境を再現した区域が、あらゆる生態に適した育成環境を支えている。
その空に浮かぶ、諸島とも呼べる島々の中心地。
そこには『中央棟』と呼ばれる本部島があり、スカイ・ファームの象徴ともいえる巨大な大樹がそびえていた。
大樹は、根元からの内部を施設として改装され、各所に人の手が加えられた“巨大ツリーハウス”でもある。
所員たちはその内部を行き交いながら、本日も各々の役割を果たしている。
───その大樹の“最上階”。
この牧場で最大の権限を持つ最高責任者の部屋、『所長室』がある。
そこでは、スカイ・ファーム各職務の“班長”達が、定例の報告会を行なっている最中であった。
「先日の報告通り───」
班長の一人が淡々と語る。
彼が言葉を放つ度、所長室の空気は、時計の針が刻むリズムに合わせて動いているかのように整然としていく。
「“平原区”にて育成中の「パルドッシュ」「ゴスペルティリオ」「ゼブロイド」の3種の繁殖期に伴い、安全な出産を促す為、後日中央棟へ移送、適切な保護の元で分娩管理を行う予定です」
つらつらと小難しいことを、小難しく語る男性。
“一人目”。彼の名は「グレン・フォード」
『スカイ・ファーム育成班』の班長であり、牧場に存在する全ての生物の飼育と管理を統括する責任者だ。
若く清潔感のある顔立ちに、凛とした目つき。
その鼻頭には上品な鼻掛け眼鏡が掛けられ、身を包む特注の作業服は、“つなぎ”ではあるものの、どこか軍服のような様相を漂わせていた。
頭のてっぺんからつま先まで、真面目と厳格を纏った男である。
彼はその表情を崩すことなく、静かに報告を締めくくった。
「報告は以上です。リゼ、先日“樹海区”で暴走した「林鯱」の経過はどうですか?確か隔離施設で保護していると聞きましたが」
「んん〜〜〜〜〜?」
グレンが視線を送った先、来客の為に用意された上質なソファー。そこで寝そべってだらけている女性の姿。
「今は大人しく眠ってもらってるよ〜?行動パターンから原因が分かるまでは、もちょっと待ってね」
寝そべりながら足を組み替え、スリッパをつま先でぶらつかせながら、彼女は手元のタブレットを片手で華麗に操作する。
その気の抜けた口調とは裏腹に、彼女の目だけは、危険生物さえ好奇心の矛先と捉えるかのような、歪な熱意に満ちていた。
“二人目”。彼女の名は「リゼ・ピクトグラム」
『スカイ・ファーム科学班』の班長であり、牧場内のありとあらゆる電子機器は、彼女の“作品”である。
ショートボブの髪に、巨大な分厚いレンズの眼鏡を頭に引っかけ、ヘラヘラと笑いながらヨレヨレの白衣を羽織っている。
一見整った顔立ちをしているが、目の下の濃いクマと、照り返す髪。全体的にもっさりとした雰囲気から察するに、手入れをされているのは、頭の中だけ。
その姿は、科学者というより過労技術者そのものだった。
「………そうですか、経過報告は怠らない様頼みますよ?」
「はいは〜い♪」
グレンは特に表情を変えず、リゼの報告を受け入れた。
「おい、グレン」
二人の班長のやりとりに、割って入る一人の男。
もとい、壁のような巨体の大男。
「わかってるだろうが、繁殖組のゴスペルティリオは特に気性が荒い。視界に入ったものには、なんでも突っかかる………。林鯱と鉢合わせたら殺しあうぞ、なんなら訓練班で預かろうか?」
“三人目”。彼の名は「バジル」
『スカイ・ファーム訓練班』の班長を務め、生物たちへの戦闘訓練や矯正調教を仕切る男だ。
褐色の肌に分厚いドレッドヘアを後ろで束ね、漆黒のサングラスをかけている。
そして額にそびえる“一本角”。
紛うことなき“鬼”の種族である。
筋骨隆々な上半身には服は着ておらず、身につけているのは、どこか異国の民族衣装を思わせる様なズボンだけ。
屈強な体と鋭い口調。常に威圧感をまとう風貌から、 戦慄する要素を、余すことなく全身で体現していたが───。
実際は、その人柄に厚い信頼を寄せられている。
「誰にむかって言ってんだ、ねぇ?園長」
「うむ……」
リゼの言葉に報告会を静観していた“牧場の長”が声を低く響かせながら返事をする。
「所長って呼んでね?」
リゼの呼びかけに『スカイ・ファーム所長』はそう答えた。
齢にしておよそ数千年。
このスカイ・ファームを設立した張本人にして、全班長の上に立つ総責任者である。
───だが、外見はどこからどう見ても、ただの“喋る木”だ。
バジルですら見上げる身の丈と、頭頂に広がる草木。輪郭だけなら圧倒的な存在感ではある。
顔の位置と思える箇所に開いた二つの穴が“目”。
その間から飛び出している尖った小枝が“鼻”。
まるで子供が作った手作り人形。
威厳など、欠片も感じ取れない。
「牧場で所長って言われましてもねぇ〜?」
「馴染まねぇよな!」
「んも〜」
ケタケタと笑いながらリゼとバジルが嘲笑している様を、所長は呆れ混じりに容認し、グレンは「やれやれ」とため息をつく、すると───。
コンコンコン───。
所長室の扉が鳴る。
「────誰かね?」
威厳を取り戻したい所長は、可能な限り声を低くし、ノックの主に話しかける。
室内の誰もが「無駄な努力を………」と呟き、冷めた視線で所長を見つめていたが、どうやらドアの外にいる者だけには、通じたらしい。
「す、すいません………雑用のミコト・クラマです………」
「おお、ミコト君か!入りたまえ!」
「は、はい!!」
オドオドとした声色と名乗りに、所長は入室を許可した。
所長室の扉は、いかなる種族が尋ねようとも入室できるように相当の大きさで作られている。
それは扉というより、もはや“門”と呼ぶにふさわしい大きさで、開く者の体格に合わせた取手が大量に取り付けられていた。
その中でも一際小さいサイズの取手が、握った者の性格を表しているかの様に、弱々しくカチャカチャと震えながらゆっくりと回り、静かに開けられた。
「し、失礼します………」
ミコトと呼ばれた少女が、恐る恐る顔を覗かせる。
「ミコトだーー♡」と、両手を振るリゼをはじめ、班長たちからは邪険にされるどころか、歓迎の意向があった。その空気にミコトは、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「………ん?なんだ、怪我してんのか?」
バジルがミコトの体のあちこちに貼られた絆創膏に気づき、眉をひそめる。
「あ、いや、お気になさらず!」
ミコトは、慌てて袖で隠しながら、ブンブンと両手を振る。
道中、先輩方の悪戯を間に受け、気を失って牧場から落ちかけた。
なんて、口が裂けても言えないのだろう。
「お忙しい所、すみません…………班長方」
深すぎるほど深く頭を下げ、非もない自身の入室を謝るミコト。
「それに、園長」
「所長ね?」
「はっ!すみません!すみません!すみません!すみません!」
顔面蒼白になったミコトは、機械仕掛けのように頭を下げ、腰を折り続けた。
所長は「いいよいいよ」と言いながら枝をニョキニョキと伸ばし、手のひらの様に動かしながら、彼女を宥めた。
深く頭を下げたままのミコト。その視線が、ふと横へと動く。
その先には、報告用の資料を片付けているグレンの姿があった。
グレンは、ミコトの視線に気づいてはいたが、無言のまま目を合わせない。
「では、私は仕事に戻りますのでこれで……」
「あ、うん!」
所長の返事に軽く会釈をし、グレンは出口へ向かう。
ドアノブに手をかけた彼は、未だ俯いているミコトの姿を背中で捉え、「やれやれ」と呟きながら小さくため息を吐いた。
「ミコト………私に用があるのでしょう?」
「───えっ?あっ、はっはい!」
ミコトは、グレンの呼びかけに跳ねるように返事をし、そして慌てて所長の方へくるりと向き直り、ぎこちなくなりながらも、深く一礼する。
「ではみなさん!園長!失礼します!」
ミコトはグレンを追いかける様に所長室から飛び出し、バタンと扉を閉めた。
「………な?馴染んでねぇだろ?」
「………………………」
バジルの言葉に沈黙する所長。
そんな所長の机には───。
《今月の目標『威厳とは何か?』》と、書かれた額縁が立てられていた。
* * *
所長室を後にしたグレンは、足早に大樹の出口へと向かう。
その後ろをトトト………と、小走りで着いていくミコト。
追いついたと思えば距離が空き、また追いついたら距離が空く。
そんな距離感のまま、両者は無言状態だった。
ミコトは気まずそうに背後からグレンの様子を伺おうしたその時、唐突にグレンが口を開いた。
「所長室までわざわざ来るなんて、何か入り用ですか?午前のスケジュールは相当の業務を与えた記憶がありますが?」
「あ、え?えっと…………い、頂いたお仕事は、全部終わりました」
唐突な呼びかけにミコトは慌てて進捗を報告する。
「───あの量を?まさか、手を抜いたわけではないでしょうね?」
「そんなことはありません!!」
グレンの言葉に、ミコトは自分でも驚くほどの大きな声を出した。
珍しく語気を強めたその様子に、グレンも思わず目を丸くする。
意外といえば意外だが、当然といえば当然の返答だった。
「完遂したのであればよろしい、ならどのような要件で?」
「そ、それは………えっと、あの───」
再び萎縮したミコトは、スカートの裾を握る手にぐっと力を込め、その小さな顔を真っ直ぐに上げた。
「そろそろ本格的に『転送魔術』の修行を───」
「やはり、その話ですか………」
予想通り過ぎるミコトの懇願に、グレンは眼鏡に指を当てながら、深くため息をついた。
「貴方もしつこいですね………転送魔術の修行はまだ早いと話したでしょう?」
グレンの言葉にミコトは小さく俯いたあと、ぽつりと口にする。
「で、でも毎日雑用ばかりで………」
「雑用ばかり?」
足早だったグレンの足が止まる。
今度は彼の琴線に触れてしまった様で、ミコトはハッと我に返り額に汗を流した。
グレンはぐるぅと音を立て振り返り、ミコトに顔を近づける。
「日々貴方に課している全ての業務は、育成班の補佐を主軸とした、生物管理の根幹となる部分を多岐に渡り振り分けています。生物の特性や構造を知ることは転送魔術の基本中の基本。あなたが“雑用”と呼ぶその崇高な業務からは、寧ろ学ぶことが多いと思いますが?」
多量の言葉責めにミコトは思わず後ずさるが、負けじと両手を握りグレンに対峙する。
「で、でも…!この牧場にお世話になってからもう一年、もうそろそろ───」
「再三ですが」
ミコトの意見はあっさりと上書きされる。
「貴方の祖父を筆頭とする『クラマ』の血統は戦闘───とりわけ攻撃に特化した系譜です。対して転送魔術は、転送対象の状態、構造、生命反応、果ては精神の揺らぎにまで影響する極めて繊細な術式。貴方の鋭すぎる魔力は、対象を“転送する”どころか、“消滅”させかねないのです。そのクラマの魔力をろくに制御できない貴方に教えるべき“修行のカリキュラム”など存在しません。“基礎”を積んで人は初めて、“稽古”を受ける資格を得るのです」
「で、で、で、で、でも!」
たたみかけ過ぎるグレンの説教に、ミコトも反論すべく、必死で頭を回転させる。
だが残念ながら、回るのは思考ではなく、彼女の視界だった。
「何か、廃棄物とかで、練習する………とか?」
「灰になると分かっているのにですか?掃除の手間が増えるだけです」
気がつくと涙目になり、空回りながら必死で案を出すミコト。
対するグレンは、表情を変えることなく却下し、冷たく背を向けた。
「泣いて変わる道理なら私も楽なんですがね………。午前の業務が終わったなら、午後の業務をこなしてください、空いた時間は自習で結構。では失礼します」
「……………はい」
ミコトはグレンの後を追うこともできず、うなだれたまま、涙で肩を揺らし、その場に立ち尽くすことしかできなかった。




