プロローグ・上
一頭の小型の竜が、
翼を広げて大空を舞っている───。
見下ろした景色には、大海原が広がり、
海に浮かぶ島々も、竜の視線からすれば小粒程度の大きさにしか見えない。
竜は大きく羽ばたくと、さらに空高く舞い上がり、やがて雲の中へと突っ込んでいく。迷う事なく一直線に突き進み、突如竜は急激に速度を落とすと、今度は大海原へ向かって急降下───。
───と思いきや。
その翼を使って器用に減速しながら、
竜は《《空の上》》に着地した。
そこには、青く揺れる草。
まばらに立つ柵。
そして、遠くから聞こえてくる呑気な男たちの声。
世にも珍しい“空の草原”である。
「───っ!?おーい、帰ってきたぞ!!」
空に人の声が響く、竜はその声に反応し、顔を向ける。
「よーしよしよし、よく帰ってきたな」
つなぎ姿の作業員たちが竜に駆け寄る。
まるで牛や馬を扱うような手慣れた様子で、竜の首元を撫でる者や、言葉をかける者───。
どう見ても、“普通の竜”と“普通の作業員”である。
ここが地上であればだが。
「───おい、お前怪我してるじゃねぇか」
「“召喚先”でか?………すまないな」
竜の外傷を見つけた作業員が、その帰還を労い、そっと触れた瞬間───。
「ギャウ!!」
「おわっと!?」
落ち着いていた竜が突如、手を差し伸べた作業員に向かって牙を向ける。
「わはは!何やってんだ!」
「不用意に手をだすからだ」
「どけ、俺に任せろ!よ〜しよし大変だったな〜、もー大丈夫だぞ〜?」
張り合う様に別の作業員が竜に手を差し伸べて宥めようとした、そして───。
「ギャウウウ!!」
「ぎいやゃああああ!」
振り向いた竜は、約束事の様にその手にガブリと喰らい付く。
悲鳴が上がり、笑い出す同僚達───。
実に他愛もない牧場の風景に見える。
ここが天空でなければだが。
「おかしいな?さっきまで大人しかったのに」
「グレンさんに報告するか?」
「いや、“召喚戻り”で気が立ってるのかもしれん、少し様子を見よう」
「おりゃああー!『育成班』舐めんじゃねえ!」
口々に意見を交わしながら、作業員達は竜を取り囲みながら必死で宥める。
そんな中───。
一人の作業員が別の存在に気づいた。
「おい、あれ………」
───指の先。
そこには、空を突き進む一隻の小型飛空艇が飛んでいた。
風に煽られ、機体は傾きながらも、
背筋は伸び、視線は真っ直ぐ、
操縦桿を握る手には、どこか使命感めいた力が籠っている。
「ミコトじゃねぇか」
その姿を見た作業員達が呟いた。
「あの急ぎ方は………アレだな」
「ああ、アレだ………」
「“直訴”だな」
「もう何回目だよ?アイツもめげねぇな」
作業員たちは、ミコトと呼ばれた少女の行き先について、ケラケラと笑いながら談義をしている。
「よ〜し、からかってやろう………ぅおおおーーい!ミコトーッ!!」
卑しい笑みで一人の作業員が、大声で叫んだ。
「オメーがこの前よこしたエサの配分表だがなー!?ぜーんぶ間違ってたぞ?お陰で新参者の哺乳種が腹壊しちまった!!」
男は、ミコトに向かって大嘘を放つ。
「どーすんだ!?グレン班長相当怒ってたぞ?」
「おい!冗談キツいぞ?」
流石に悪ふざけがすぎると感じたのか、他の作業員が止めに入る。
注意され尚も笑う作業員、ほんの軽い冗談だった。
「だーいじょうぶ、ちゃんと反抗してくるって!なんたってあいつは───」
すると───。
ミコトの動きが、ピタリと止まった。
小さな飛空艇の上で。
少女の顔色はみるみる青ざめ───。
そのまま操縦桿から手を離し───。
直立不動のまま、カクンと首を垂れ───。
そのまま飛空艇から真っ逆さまに落下した。
「オイ………オイオイオイ!!!アイツ落ちたぞ!?」
「や、やばい走れ!死ぬ気で受け止めろぉ!!!」
「ギャウウウーーー!!!」
その場にいた作業員と、興奮していた筈の竜までもが血相を変え、ミコトに向かって全速力で駆け出した。
────ここは天空に浮かぶ巨大な島。
“空の牧場”『スカイ・ファーム』
この世界で、最も生物を愛し、育て、そして戦わせる。
至極矛盾した主義を、持ち合わせた場所である。
「嘘だって!ごめん!!ミコトォーーーー!」




