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第5話 少女と龍


 ズズゥン───。


 鈍い地鳴りの音が遺跡の外から聞こえてきた。

 アンジュは思わずギョッとなり、慌ててフライヤに駆け寄る。


「えっ?今の音は?」

「ぐふふ……」


 アンジュがスカートをギュッと掴むと、フライヤは垂らした涎をを慌て拭い、キリッと表情を作り変え、遺跡の外に視線を向けた。


「始まったわね」

「始まったって……何が?」


 アンジュの質問に、フライヤは優しさとは違う不敵な笑みをアンジュに向けた。


「───あの龍は生きてるわ」

「えっ?」


 フライヤが放った言葉にアンジュは困惑する。


「ゴメンね、さっきは手遅れだなんて言って。確かにあのコは全身傷だらけ、でも致命傷って訳ではなかったの」


 アンジュの頭を撫でながらフライヤはもう片方の手で彼女の手を掴む。


「恐らくこの場所でひとしきり暴れた後に、気を失ってたってところかしら?」


「暴れてたって………何で?」


「決まってるでしょ?」


 ズウゥゥウン────!!


 二人の会話を待つわけもなく、明らかに強さを増した地鳴りが響いた。

 崩落から何とか原型を保っていた遺跡内部も、みるみるうちに崩れ始める。

 フライヤはアンジュの手を引き、衝撃音とは反対の方向へ足を運ぶ。


「巨獣だろうがなんだろうが、単独で生きている野生生物が、がむしゃらに暴れまわる理由は一つ、それは───」


 遺跡の反対側から外に出たフライヤとアンジュは衝撃音の方向へ目を向ける。


「恐怖で、我を忘れている時よ」


 視線の先の光景にアンジュは絶句した。

 既に息絶えたと思っていた龍が、その巨体をうねらせ周囲の瓦礫を弾きながら暴れていたのだった。


 アンジュはその光景に動揺するも、目を凝らしてその状況をよく見る。

 そこでは龍とコマが対峙していた。


 コマは両手の双剣を構え、瓦礫の舞う足場を滑るように駆け抜ける。剣は光を帯びていたが、刃ではなく峰で打っていた。


 その動きはしなやかで、宙を跳び、地を蹴る。 

 その軽快な連撃で回避と攻撃を繰り返す。

 まるで舞のような連撃は、まるで風を裂く獣のようだった。


 一方の龍は吠えながら全身をうねらせ、尾で石柱をなぎ払い、瓦礫を吹き飛ばして戦場を引っかき回す。理性を失ったその意識はもはや、本能のみで動いていた。


 コマの双剣が龍の頬を打ち、衝撃で火花が散る。

 だが、その一撃は致命傷にはならず、龍の怒りをさらに煽るだけだった。


 コマの表情に焦りはない。

 むしろ、相手の動きを誘導するように、軽やかな足取りで崩れた石の上を飛び移りながら、次の一手を探っていた。


 その光景にアンジュは圧倒されつつも、胸に言葉にできない違和感を覚える。


(───何か、おかしい)


 次の瞬間、龍が尾を振る。

 瓦礫が弾け飛び、まるで流れ弾の様にアンジュとフライヤに目掛けて飛んできた。


「キャアアア!」


 悲鳴を上げたアンジュをすぐさま抱えながら、フライヤは高くジャンプし、その破片を交わしながら地面へと着地した。


「大丈夫?アンジュちゃん」


「う…うん、ありがと……」


「貴方の悲鳴って、結構可愛いのね」


 余裕を見せるフライヤに抱かれたアンジュは、目を見開きながら礼を言った。


「それで?せっかくアンジュちゃんを安全圏まで連れてったのに何してるのよ?コマくん」


「るせぇな…」


 フライヤの煽りにコマが不機嫌そうに答えた。


「この野郎、手ェ抜いてやってんのに、調子乗りやがって」

 双剣を構えながらコマは龍を睨みつけ───。


「悪いが、楽しくなる前に───」


 柄《つか》に力を込め、地を蹴る。


「一旦寝てろ」


 コマは高く飛び上がり、龍へ目掛け突っ込む。

 対峙していた龍もコマの接近に正面から大口を開け、飛びかかった。


 向かってくる龍に対し、コマは凶悪な笑みを浮かべ、口の中に向かって双剣の峰を振り放った。


 直後、彼の一振りから強烈な衝撃派が放たれる。


 その一撃は龍の口内を打ち抜き、あまりの衝撃に龍の胴体はのけ反り、「ガハァ!」とえずきと鳴き声を交えた音を漏らしながら、口から血を流した。


 「す、すっご………」


 アンジュは無意識に声を上げた。

 だがフライヤの視線は冷えたままで、コマの表情には、手応えどころか、余白すら感じられた。


「………ダメね」

「浅かったか」


 強烈な一撃を受けてもなお、龍の視線はコマへ向いていた。のけ反った体を再び正面に据え、衝撃を受けて大きく空いた口を食い縛る。


 ガッキン!と牙と牙が重なる音が周囲に響く。

 再び巨体をうねらせた龍はその長い体を激しく回転させた。


 「───なっ!?」


 コマの反応は既に手遅れだった。

 高速で弧を描く龍の尾は、鞭の様にしなりながらコマめがけて襲いかかる。


 咄嗟にコマは双剣で尾を受け止めるも、恐ろしい威力に達した龍の攻撃を受け切る事はできなかった。


 「───ッチィ!!」


 吐き捨てる様な舌打ちを放った後、コマは弾き飛ばされる。彼の体は遺跡の外は愚か、フライヤが展開したカモフラージュ魔法障壁にまで吹き飛ばされた。


 その軌跡は、粉塵を纏った雲を描き、フライヤが作り出した魔法障壁に激しく激突した後───。


 森の中へ落ちていった。


「派手に飛んだわねぇ…」


 口笛を吹きながらフライヤは感心する。


「ちょ、ちょ、ちょ、アイツ大丈夫なの!?」


 アンジュは至極真っ当にコマの無事を案じる。

 だがその心配をよそに、コマを排除したと判断した龍が、ぐるりと不気味にアンジュとフライヤに顔を向けた。


 血走り、真っ赤に充血した龍の瞳とアンジュの瞳が会う。

 龍は大きく吠えながら大きく口を開け、周囲の瓦礫を巻き込みながら二人に向かって突進する。


 フライヤは表情を変えることなく、アンジュを自分の後ろに庇い、ラフに杖を構えながら「プッ」っとタバコを吐き捨て、静かに目を閉じる。


 龍のスピードは衰えるどころか、寧ろ加速しながら突っ込んで来る。

 アンジュは恐怖で身動きが取れず、フライヤの後ろで硬直していた。


 そして龍が二人に届こうとした時、フライヤの目がゆっくりと開く。


 彼女の目は、コマのものよりも凶悪で、残忍な笑みを浮かべていた、そして───。




 「そこまでだ………」




 サカキが龍の尾を掴んだ。


 尾をサカキに掴まれた龍はビタリと止まり、その巨体は一直線に伸び切った。


 だが、サカキの体は微動だに動くことはない。

 一直線に伸びきった龍の巨体はアンジュとフライヤにギリギリ届く事はなく、フライヤは残念そうに、龍の鼻先をピンと、指で弾いた。


 「少々勢いづいたところ申し訳ない、だがこのまま突っ込めば、フライヤがお前を殺していた」


 龍は振り返り、サカキを睨みつける。


「彼女が、一番手加減ができないものでね」


「あら、失礼しちゃうわ」


 二人の会話を理解できるわけでもなく、ただ掴まれた尾を解放させるべく、龍は大きく吠えながら激しくのたうち回る。


「それにしてもよく暴れる、私も活きのよい獲物は嫌いではないが───」


 サカキは龍の尾を掴んだ腕を軽く持ち上げる。


「少し………落ち着け」


 低く、重く呟いたサカキが、そのまま腕を振り下ろす。


 瞬間、龍の巨体が波打ち、鞭のように尾から頭へと力が走る、その波が顎に至った時───。


 ズガァァン!という轟音と共に、龍の頭が大地に叩きつけられた。


 「………ッ!?」


 龍を一撃で地に沈めたサカキの力に、アンジュは絶句した。


 地面に叩き付けられた龍は、その場で昏倒し意識を失った。

 沈黙を確認したフライヤは杖を下げ、構えを解いた。


「それで?このコはどうするの?このまま大人しくしてくれるとは思えないんだけど?」


「そうだな………牧場が保護しにくるまで、我らが抑えつけることも容易くはないが…」


「保護?本気で言ってるの?」


 サカキの発案にフライヤの眉間にシワが寄る。


「まさかとは思うけど、あなた───また悪いクセ出してないわよね?」


 それは感情的な叱責ではなく、冷淡に詰め寄る指摘だった。

 フライヤの言葉にサカキは、返事を返す事はなく、ただ龍を見つめていた。 


「この暴れ様………このコをなし崩し的に保護して、牧場まで連れて行ったとして、他の種と共存できると本気で思っているの?新種イコール保護確定って訳じゃないのよ?」


 フライヤは表情を変える事なく辺りを見渡す。

 周囲は崩落後よりも更に荒れ果てており、それがそのまま、龍の強さと気性の荒さを物語っていた。


「牧場へ連れていって、バジルが苦労するのは知った事じゃないけど、グレンがなんて言うかしらね?」


「だか、フライヤ───どんな生物にも必ず適応できる世界があるとは思わないか?我々がそうだったように」


「簡単に言わないでくれる?野性に規律や道徳を問うなんて、それこそ本末転倒よ」


 フライヤとサカキの問答が続く中、龍が意識を取り戻しその目がカッと開く。

 そのまま大きく叫び声を上げながら、サカキの手から逃れるべく暴れ出した。


「あら?聞かれていたかしら?」


 さして驚く様子も見せず、フライヤは杖を持ち直す。


「悪いが、生殺与奪の前に、今は逃すわけにはいか──────ッ!?」


 サカキは掴んでいた尾に再び力を込めようとするが、龍はたちまちに空へと飛び上がる。


 自らの体とサカキとの綱引き状態となり、サカキの手を振り解こうとする龍に、サカキも離すまいと、もう片方の手で龍の尾を掴みにかかる。


 拮抗していた両者だが、龍の力に足元をズリズリと引きずられ始めサカキは“わずかに”その姿勢を崩してしまった。


「───何してるのよ!?」


 終始平静を保っていたフライヤの表情は、そのサカキの姿を目の当たりにし激しく動揺する。


「遊んでないで、さっさと寝かしなさいよ!!」


「信じがたいが、こやつ………中々、強い」


「冗談よね?アナタが言う“強い”は有象無象が言うのとは意味が違いすぎるのよ?」


「冗談で済むならそうしたいところだが………」


 思いもよらぬ龍の底力にサカキの額にも少量の汗が垂れ始める。


「どうやら、ウダウダと論議を交わしている場合じゃないみたいね………」


 龍とサカキの力比べ、その様子を静観出来かねなくなったフライヤの杖の水晶鈍い光が宿る。


 その光からは稲妻が溢れ、呼応するかの様に彼女の結った髪もに浮き上がり始めた、すると────。


「このクソヤローが………調子に乗りやがって」


 遺跡の外へ吹き飛ばされた筈のコマが、フライヤの後ろに立ち尽くしている。

 彼の体は草木や泥にまみれているが、外傷と呼べるものはなかった。


 だがそれ以上に彼の表情は、怒りと闘争心に満ち溢れ、苛烈そのものになっていた、


「あー燃えるぜ───おい、大将」


 龍を押さえつけているサカキに対し、コマは目を血ばらせて言った。


「こいつ、殺してもいいよな?」


 双剣は峰ではなく、刃が向けられていた。


「あら、珍しく気が合うじゃない?」


帰還したコマに振り返ることもなく、魔力を溜めているフライヤの表情もまた、不気味に微笑んでいた。


「二人とも…………ぬぐ………」


 サカキは二人を静止するべく叫ぶも、龍の力に翻弄され意識が散漫となる。


 最早フライヤとコマにとって、サカキは標的を押さえつけている役目としか認識していなかった。


「悪いけど………仕留めるわよ?」


「フライヤ!」


「許可は求めてないわ」


 サカキの命令を無視し、コマはそれまでの戦いが余興だったと言わんばかりの速度で、龍の胴体に向かって飛びかかる。


 フライヤは溜めた魔力を雷と変え、龍の頭部めがけて解放しようとしたその時────。


 突如、龍の体から閃光が放たれた。


 唐突な光に目を眩ませる三人。


 それでもサカキはその手を離すことなく龍の尾を握り締めていたが、サカキはその手に違和感を覚え、目を凝らし自身の腕を目をやる。


 「───何ッ!?腕が………」


 彼の腕は、その逞しさを完全に失い、痩せ細っていた。


 龍へ向かって突進していたコマは、その変容に合わせる様に、その勢いを急激に失墜させ、地面に落下する。


「───ッな、なんだと?」


「コマ君!?」


 コマの顔は急激に青ざめていき、サカキ同様に全身が痩せ細っていく。

 龍との距離を保っていたフライヤには、未だ影響はなかったが、フライヤは血相を変えて叫ぶ。


「サカキ!放しなさい!」


 その呼びかけにサカキは思わずその手を離してしまう。拘束が解けた龍は空高く飛び上がり、全身で弧を描きながら空中に鎮座する。


 フライヤは、即座に別の魔法を発動させるべく杖を構えなおす。

 すると彼女の周囲に、小規模な魔法陣が描かれ、彼女を包む様に半透明な壁が生じていく。


「サカキこっちへ!コマ君も拾って!」


「こンの……舐めん…な………っておい!大将?」


 フライヤの元へ駆け出すサカキ。

 その途中でコマを拾い上げ、彼女が発動した魔法壁が塞ぎ切る前に、その中へ飛び込んだ。


 魔法壁が完全に閉じたのを確認したフライヤはサカキとコマの方を向く。


 二人の体は見る影もなく骨ばって痩せ細っていた。

 彼女は二人に向け魔法眼鏡を再び展開し驚愕した。


 「生気が、失われている………?」


 フライヤが驚いたのは二人の肉体的な変化ではなく、体内から生きる為の源と呼べる様な“生気”そのものが失われていた事だった。


 サカキも、コマも、自身の消耗を表に出す事はなかったが、フライヤは即座に二人に向かって回復魔法をかけた。


「よ、余計なことを………」


「黙らっしゃい!生気の自然回復なんて、途方もなく時間がかかるのよ?」


「すまない………だが助かった」


 フライヤの回復魔法により、二人は徐々に本来の姿へと戻っていった。

 その執念深さともいえる生命力の強さにフライヤは呆れた様にため息をつきながらも、安堵の笑みを見せた。


「これは、魔法障壁か?」


「あんた触る気?ソレ、触ったら爆ぜるからね」


 魔法壁に触れようとしたサカキをフライヤは静止する。


「この防御壁は触れるもの全てを物理的に破壊する攻防一体の魔法、触ったら無事じゃ済まないわよ?」


「ヤツが襲ってきた時の保険か」


「とりあえず、この中にいれば安全よ」


 サカキは魔法壁の中から龍へと視線を運ぶ。

 龍は目を閉じ静かに空中に居座っていた、するとフライヤが周囲の更なる異変に気がついた。


「───植物が枯れていく?」


 フライヤの目に映ったのは、萎れてたいたものの、まだ青々しさを残していた植物たちが、急激に枯れていく様だった。


 みるみる内に枯れ草と化した植物は、徐々に風化していき、やがて完全に消え失せてしまったのだった。


「植物の生気が、あのコに吸収されてるわ」


 フライヤは龍を睨みつけ呟いた。

 龍の姿は完全とまでは言えないが、発見した時よりも傷の数が減り、回復の予兆を見せている。


「アンタ達の生気も、あのコに奪われたとみて間違いないわね」

「他者の生命力を、餌にしているというのか?」


 彼らにとっても未だ類を見なない龍の行動に、警戒心を強める。


「転送魔法を力尽くで相殺する力に、周囲の生命力を吸い取る能力か」


 サカキは龍の力の感触を思い出し、拳に力を込める。


 すると、深く目を閉じていた龍が目を開き、周囲を見渡す。


 植物は枯れ果て、自身と対峙していた者たちは防御に徹する。

 その光景を見た龍は、いままで以上に、天に向かって大きく咆哮を上げ────。


 その牙を、

 自身の巨体に向けて、

 かぶり付き始めた。


「───ッ何を!?」


 龍の思わぬ行動に、フライヤが驚愕する。


 龍は自らの胴体を噛みちぎらんとする勢いで喰らいついていた。


 回復の兆しをみせていた龍の純白の巨体はみるみる内に、己の血で染まっていく。


「自らを………食べているの?」


「空腹で追い詰められたとはいえ、俺らの一片や雑草じゃあ足りないってことか?」


 フライヤの傍にいたコマが口を開く。


「危険すぎる。今はこんな山中での被害で済んでいるが、コイツが人里に迷い込んだら、どれほどの被害が出るか、計り知れねぇぞ?」


「激しく同意ね、放っておいても積める徳はないわ、可哀想だけど、このコはここで駆除しておくべきよ」


「しかし………」


 龍がもたらす被害を危惧するコマとフライヤに対し、未だ判断を揺らがせている様子のサカキ。


「まだ御託を並べる気!?」


 その優柔不断さに、フライヤの堪忍袋が切れた。


「その根拠のない温情で、今までも取り返しのつかない被害が起きてきたのを忘れたの?」


「大将───あんたのその懐の深さは美徳だが、今回に関しては過ぎるぜ………このままだと救える命が救えねえ」


 叱責と警告は決して彼を卑下する事が目的ではない。ただ自分たちがこの地へ来た本来の目的を見失わせない為の指標だった。

 

 サカキにもそれは十分わかってはいた。

 いた筈だからこそ、迷いを断ち切れずにいたが、


「やむを、得ずか………」


 腹を括った。 


「決まりね………コマ君。まだ夜じゃないし“月”は出ていないけど行ける?」


「一瞬で仕留めてやるさ。姐さんこそ壁を開くタイミング外すなよ」


「コマ君にピッタリなサイズで空けてあげる。でもすぐに塞ぐからね?死にかけたら仇を取ってあげるから安心して逝ってらっしゃい♡」


 正式に討伐の許可を得たフライヤとコマは、活き活きとしたやりとりを見せる。

 その後ろで腕をブンブン回しながら、一歩前に出るサカキ。


「では私も───」


「アンタは───」

「大将は───」


「「周囲を巻き込むから、手を出すな」」


「そこまで邪険にしなくてもいいじゃないか……」


「アナタは最後の手段なの!いいから私たちに任せておきなさいな」


 サカキの前に陣取るフライヤとコマ。


 準備万全と言わんばかりにコマは双剣を構えて、タイミングを見計らっている。


「───準備はいい?コマ君」


 コマの無言の合意にフライヤは不敵に笑い。




「いくわよ………3…2…い───」




 ──────そして。




「ちょーーーーーーっとだけ待ったぁ!」



 アンジュに水を差された。



「アンジュ!?」(忘れていた……)

「アンジュちゃん!?」(忘れてた………)

「テメェ………」(忘れてた………)


 アンジュの唐突な登場に、三人は揃って腰を抜かす勢いで振り返る。

 だが彼女の目線はただ一つ、龍へと真っ直ぐに向けられていた。


「いやゴメン!あまりにも盛り上がってるもんで、割って入るのに迷っちゃって………」


 アンジュは冗談めかして笑いながら場にそぐわない軽口をたたくが、ただの野次馬にしては足取りが真っ直ぐすぎた。


 その目は誰とも合わず、ただ龍だけを見つめている。


「それよりもさ、アイツのあの顔………いや目を見てよ」


 まるで、あの龍に何か“違和感”を感じ取ったかのようにアンジュは龍へと指を差す。

 三人は思わずその指先を目で追う。


「あいつ………泣いてるよ?」


 その言葉に、サカキとフライヤは思わず息を呑む。

 アンジュが指した龍の目からは、大粒の涙が流れていた。


「確かに………涙を流してるわね」


「泣いてるって事は、悲しんでるって事だよね?」


 アンジュの言い分はどこか子供じみていた。

 だが、サカキとフライヤは否定の言葉を飲み込んでしまう。

 それが真っ直ぐすぎて、嘘には聞こえなかった。


「馬鹿馬鹿しい………爬虫種《はちゅうしゅ》だって眼球の潤滑の為に涙を流す、あのヘビも同じ事だ」


 コマはアンジュへ振り返る事もなく、再び戦闘姿勢を取ろうと身構える。


 だがアンジュはただ、首をかしげて不思議そうにコマを見つめた。まるで、自分の感覚の方が間違っているのかとでも言うように。


「なんでそんなに俯瞰で物事を考えるの?」


「───んだと?」


 それは未熟でも無責任でもない。

 彼女にとってそれが、本当の“まっすぐ”だった。


 悪意もなく、素直な感情で疑問を投げかけられたコマは、煽られたと感じたのか、龍へ向けていた殺意をアンジュに向けながら振り返った。


 だがアンジュはその殺意を無視しているのか、それとも気づいていないのか、構うことなくフライヤに向かって声をかけた。


「フライヤさん、あの龍は恐怖で暴れているっていってたよね?その恐怖で追い詰められて、悲しくなって自分を傷つけているとしたら?」


「気持ちは分かるけどアンジュちゃん、それはただの憶測よ。それがこの瞬間を迷っていい理由にはならないの」


「もっと言うとね、あの龍ってこんなにデカいのに、アンタ達と………えーっと、その“牧場”だっけ?そこでも知られてなかった龍なんだよね?」


 アンジュの言葉は、不思議と胸に引っかかった。


 決して見当違いだとは思えない、そんな気がしてしまった。無論フライヤにはアンジュに構っている暇がなかった、しかし───。


「もし───この龍が、周囲の生命力を吸収するのを嫌がって、隠れて耐えてたとしたら?その限界が来て、イヤイヤ周囲の生命力を吸い取ってるのだとしたら?」


「───ッ!」


 ───フライヤに迷いが生じた。


「それが、悲しくて悲しくて………自分で自分を止めようとしてるんだったら?」


 フライヤは言葉を返せないでいた。

 彼女が構えていた杖を下げかけたのを、コマは見逃さなかった。


「テメェ、これ以上邪魔をするんならマジで───」


「邪魔はしないって約束したもんね!アンタ達がアイツを倒すって言うならワタシには止められない…………けど!」


 アンジュはさらに足を前へ進め、龍と三人の間に立ちつくした。


「ちょっとだけ、時間をくれない?」


「───何をする気だ?」


 サカキの問いにアンジュはニカッと笑みを見せ、フライヤが作り出した魔法壁に手を伸ばした。


 その行動にフライヤは我に返り、慌ててその手を引き止めようと駆け寄った。


「やめなさい!その壁は触れただけで、身体が弾け飛ぶのよ!?」


 声を荒げたフライヤにアンジュの手が一瞬ピタリと止まるも、彼女は再び魔法壁へ手を伸ばした。


「言ったでしょ?ワタシは“頑丈”なんだ───それに」


 アンジュは手を伸ばしたまま、サカキに振り向いて言い放った。 


「さっき言ってたよね?『どんな生物にも必ず適応できる世界がある』って、もしかしたらワタシがそうなれるかもしれない」


 そう言ったアンジュは魔法壁に手を突っ込んだ。


 魔法壁に触れたアンジュの手は───研磨機に生肉を当てた様に弾け飛ぶ。


 その痛みに、アンジュの表情は一瞬だけ歪むも、構う事はないと、そのまま手を突っ込んだ。


「何をしてる!?やめ────!?」


 アンジュを強引に引き戻そうとしたサカキの腕がピタッと止まる。


 アンジュの手先は───壁をすり抜けるかの様に、魔法壁の外で“修復”されていった。


「ワタシは昔、炎よりも紅い火炎に、全身を焼かれた…」


 そうアンジュは小さく漏らす。

 まるで壁抜けの奇術を見せられてるかの様な光景に三人は唖然となる。


 アンジュは足を止める事なく前へ進み続けていき、壁の向こうではその歩幅の分だけ、腕が生える様に“修復”されていく。


「その日からワタシは、死にたくても死ねない体になった………」


(この娘………やはり!)


 町で出会った頃から沸いていたサカキの疑念が確信へと変わった。


 アンジュの顔はやがて魔法壁へと届く、その顔は見るも無残に飛び散っていくが、やはり壁の向こうで再構築されていった。


 とうとうアンジュは壁の向こうへすり抜けた。


 服までは修復する事はできないのか、彼女の全身の肌が露わになる。

 四肢を削り取られた痛みにアンジュはよろけ、その場に膝をつくが───。


「これくらいの傷、なんてことない」


 アンジュはニカっと笑って立ち上がった。


「傷って、そんなレベルのダメージじゃないハズなんだけど………」


 奇術を見物したかの様にフライヤが呆然としていると、アンジュは振り返りフライヤに向かってピースサインを送り───。



「限りなく、無事!」



 独特な報告をするのだった。


「おい!お前ェエ!」


 アンジュは己の全裸を恥じる事なく、腰に手を当て龍に向かって叫んだ。


 龍はその声に自身の体にかぶり付いたまま、視線のみをアンジュに送った。


「腹減ってんのか!?飯は口で食べるに限るんだぞ?」


「何を伝えたいのか、全然わかんないけど」

「無駄に同意しちまったぜ」


 アンジュの不可解な理論にフライヤだけでなく、コマまで思わず賛同してしまった


「そんでもってむやみやたらに食べたくないって言うんなら!」


 アンジュは龍に向かって両手を大きく広げて叫んだ。


「ワタシはどうだ?なんと時間制限なしの、食べ放題だ!」


 アンジュの提案に龍は彼女をジッと見つめるも、自傷行為を止める事はなかった、が───。


「どうした?どんと来い!」


 大声で叫ぶアンジュの呼びかけに、龍は鬱陶しさを感じ、龍は巨体から口を離し、その涙を振り解くかの様に頭をブンブンと振り、そのまま咆哮を上げながらアンジュに向かって突進してきた。

 

 魔法壁の中にいたサカキとフライヤは、一瞬動揺するも、一才逃げようとしないアンジュを無意識に見守ってしまう。

 突っ込んできた龍にアンジュはニヤリと笑って。


「───本当にそれでいいの?」


 その言葉に、龍は目を見開きアンジュの胸元に触れない所でピタッと止まった。


「お?通じた?」


 嬉しそうに龍を見つめるアンジュ。


 龍もアンジュをじっと見つめ両者は見つめ合っていた。突進の勢いのままに、アンジュの胸元すれすれで止まった龍の息遣いが、熱気となって彼女の胸元を撫でる。


「生き物はみんな、何かを食べて生きながらえてるってのが普通だと思ってたけど、お前にとっては食べる事そのものが、普通ではないのかな?」


 言葉が通じているのか否か、アンジュにとってはどうでもよかった。

 アンジュは構うことなく龍に向かって語り続ける。


「腹減ってるんでしょ?だったら………」


 そう言いながらアンジュは龍の鼻先にそっと手を触れ────。



「───いいよ?」



 アンジュのその目はサカキにも、フライヤにも、コマにも魅せる事はない、まるで恋人が見つめている様な、愛情に包まれた視線だった。


 龍はアンジュをじっと見つめ、再び空中へ後退り、空へ向かって大きく咆哮した。


 すると再び龍の体が光に包まれていき、アンジュの体がみるみる内に萎れていく。


「うひょおおお!何これ?今までにない感覚!おもしろ!」


 萎れていく側から一瞬でアンジュの体は元の姿に戻り、そして再び萎れていく。


「───なんという光景だ」


 萎れては元通り、萎れてはまた元通りになる状況にサカキも驚きを隠す事はできなかった。


「ありえない………生命力を吸われているのと同時に回復している。そんな回復魔法、聞いたことないわ」


「姐さんでもわからないのか?」


 アンジュを魔法眼鏡で見つめているフライヤもその原因をつきとめることはできないでいた。


「彼女の体の中に、魔法の域を超えた無尽蔵の“何か”がある」


「《《あの状態で》》生きている訳だ………」


 コマは、町でアンジュを見つけた時のことを思い出し、声を漏らした。 


「どしたぁ!こんなものか?ワタシはまだまだイケるぞ!?」


 アンジュは大盤振る舞いをしてるかの如く、「わーっはっはっは!」と声高らかに笑い声を上げながら自らの生命力を吸収する龍の食事を促すかの様に、挑発を繰り返した。


 珍妙な“餌やり”はしばらくの間、続いた。

 龍の体に付いていた傷は徐々に治っていき、龍本来の姿を取り戻していった。


「────綺麗」


 龍の顔つき、牙、爪、角、鱗、それぞれの部位に危険性を感じる風貌はあるものの、傷だらけで満身創痍だった発見当初の姿よりも、その優美な純白の姿にフライヤは思わず声を漏らした。


 アンジュはと言うと、ケロッとした表情で何事もないかの様に立ち尽くしている。

 その様子をみたサカキも思わずホッとして、一息ついた。


 その時、徐々に生気を吸う力が弱まっていくのをアンジュは感じた。


「ん〜〜?もう腹一杯になったのか?」


 まだまだ余力を残しているかの様にキョトンとした表情を見せたアンジュ。


 龍といえば、先程まで獰猛に暴れていたのが嘘の様に穏やかに佇んでいた。


 アンジュはその様子を確認すると「ムフー!」っと満足気に腰に手を当てた。


「なら良かった!さて!勢いで飯を食わせてしまったけど、この後のお前の事、どうしよ?」


 龍の前で堂々と腕を組んだものの、アンジュの脳内では既に《《ひとり会議》》が始まっていた。

 議長は、次の一手が思いつかず、頭をかきむしった。


「腹はいずれまた減るだろうし、みんなへの言い訳考えないと、うーん………」


 行き当たりばったりで龍に食事を与えた事は後悔はしていない、だがその後のことを全く考えてなかった。


「でも、ワタシにはお前が悪い奴には見えないんだよなぁ………」


 アンジュは再び根拠のない見解を深め、その思考にふけていた。 


「まぁ落ち着いたのなら、もう少しみんなも考える時間作ってくれるよね?」


 深く考えることをやめたアンジュは龍に笑顔を向けた、すると彼女は龍の頭にある何かに気がついた。


 龍がボロボロだった時には気が付かなかったが、龍の額には小さな模様が描かれていたのだ。


「あれは………紋章?」


 小さすぎてよく見えないが、なにかの印にも見てとれた。


 そして、紋章が僅かに発光し、やがて収束して一筋の光線となり、アンジュの胸元へ目掛けて放たれた。


「何をする気だ?」


 生気の吸収が収まったと判断したフライヤは魔法壁を解除し、中から出てきたサカキは龍の行動に警戒する。


「およ?何これ?」


 アンジュは、胸元に当てられた光からは痛みは感じず、寧ろ心地よさを感じさせる暖かさを感じていた。


「これも吸収なのかぁぇあ───?」


 自分に当てられた光を見つめていたアンジュは唐突に喘ぎ声にも似た声を発しながら上の空となる。


「あ………あぁ…………」


「アンジュ?どうした?」


 アンジュの妙な言動に、サカキは声をかけるが、アンジュは反応することなく、声を漏らし続けていた。


 そして光は、かつてないほどの強い眩きを放ち、周囲を白く塗りつぶした。





「ああ、あ──────────ぎゃ………」






「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ「アンジュちゃん?」あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ「まずい!」ああああああああああああっぎゃあああああああああああああああああああゔあぁああああああああああ「何があった?」ああああああああああああぐぎぃあぁぎゃあああああああああああああああああああああああ「ダメ!光が強すぎてなにも見えない!」ああああああああああああああ「アンジュは?」ああああああああああああああおがあああああぁざああああああああざぁあああああんああああああ「大将!」あああああああああああああああああああああああああああおどぉあああああああざあああああんあああああああああああだああああああああああああだあああああずぅあああああげあああああでぇああああああああ「匂いで龍の位置を特定する!そこを狙え!」あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああおああああああいでああああああああああああああああああああ「くそ!匂いが消えていく」あああああああああああ「アンジュちゃん!」あああああああああなあああああああああああああああああああああああああぃああああああああああああでぇあああああああああああああああああああああああ「ダメだ時間がない!コマまだか?」あああああああああああああああああやああぁあああああっだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ「大将!あそこだ!」あああああああああああああああああああああぐぁぎあゃあああああああああああああああああああ「サカキ早く!」ああああああああああああああああああっがあああああああああああああああああああああああああああああ「大将!ためらうな!」あああああ」





「打ち抜け!」




 コマが指示した方向は、強すぎる光で何も見えなかったが、サカキは構うことなく構えた拳を打ち出した。


 ───その刹那。

 彼の一撃が放った衝撃は、凄まじい音を放ちながら周囲の瓦礫をも吹き飛ばし、その先の木々も巻き込みながら地平線の彼方へと消し飛ばした。


 三人の視界を奪った閃光は消え去り、砂煙が消え去ったそこには、大掃除をしたかの様に、空虚な空間が残っていた。


「───やったの?」


 フライヤはサカキの凄まじい一撃の跡を見つめながら、それを放った張本人に問いかけた。


「いや…………手応えがない」


 放った拳の握り締めたまま、サカキが答える。

 その答えはフライヤにとっては重要ではなかった。

 フライヤは周囲をくまなく見渡しながら叫ぶ。


「アンジュちゃんは!?」


 フライヤは杖から風の魔法を放つ。

 その風は、僅かに残っていた粉塵を吹き払い、周囲の視界を確保する。


 ───そこには龍の巨大な姿は消え失せていた。


 そして───。


 傷一つ付いていないが、完全に気を失って倒れているアンジュの姿を発見した。


「アンジュちゃん!」


 あれほど生気を吸収されてもピンピンしていたアンジュが、目前で倒れているのを見たフライヤが叫ぶ。


「コマ!ついてこい!」

「───ッひぎぃんに!」


 アンジュの元へ駆け出したサカキは、コマの眼帯の紐を掴み、強引に同行させた。

 掴んだ紐はピーーン!と張り、眼帯がコマの眼窩《がんか》の奥深くまで深く食い込み、彼は悲鳴を上げた。


 「………息はある」


 アンジュの元へ駆けつけたサカキはアンジュの容体を確認する。アンジュら意識は失っているが、眠っている様に深く息をしていた。


 サカキのその一言に、フライヤは安堵で肩の力が抜けた。


「あれだけの生気を吸収され、絶命どころか傷ひとつ付かんとは、まさか本当に“朱魂《しゅこん》”の………フェニックスの力を?どう思うコマ」


「ぬぐおおおおおお!」


 サカキはコマの見解を求めるも、コマは自らの眼帯を両手で押さえながら、のたうち回っていた。


 ため息をついたサカキは、再びアンジュに目をやると、彼女の胸元にある模様に気がついた。


「これは………?彼女にこんな墨、入ってたか?」


「うっせえ!こんな貧弱な女の体なんざ知るか!」


「むぅ………むむっ?こんな所にも紋章が!いやこれはホクロか………うーむ」


 まじまじとアンジュの“裸体”を見つめていたサカキと、八つ当たりの様に失言を放つコマ。


 その様子を見ていたフライヤは杖を構え、先程龍に放つ為に溜め込んだ、致死量の雷魔法を解き放った───。





          * * *





 遺跡から帰還したサカキ達は町へと戻り、手早く事態の解決と町の安全の保証を町長に伝えた。


 報告を受けた町の人たちは喜びに溢れ、町の経済を取り戻す為に活気を取り戻し始めていた。


 サカキ達は町で宿を取り、即座の退去を控えた。

 アンジュの回復を待つために。


 その夜───。


 アンジュは「むにゃむにゃ」と気持ちよさそうに眠っていたが、やがて十分に休んだように、ぼんやりと目を覚ました。


「むぅ〜ん………あ、あれ、こ、ここは?」


「さっきまで龍にご飯をあげてなかったっけ?」とつぶやきながらも、アンジュは布団から起き上がると、目の前に座っていたフライヤに気がついた。


「アンジュちゃん!目が覚めたのね?」


 フライヤの呼びかけに徐々に意識がはっきりしてきたアンジュはポカーンと彼女を見つめた。

 

「フライヤさん………?」


「よかった………本当に………」


 フライヤは心からの安堵をアンジュに向けた。

 誰かにに心配されたのは、ずいぶん久しぶりのことだった為、アンジュは照れた様に顔が赤くなる。


 気が緩んだその瞬間、アンジュにかけられていた布団がずり落ち、上半身があらわになった。


 彼女は遺跡で服を失って以降、町に戻るまで、ずっと何も身につけていなかったのだ。


 その事実に気がついたアンジュは────。


「キャアアアアアア!」


 本日、もう何度目になるかわからない悲鳴が宿の中を駆け抜けた。


「ごめんね〜荷物を勝手に開けるのも悪いかなって思って。でもあんな姿でもノリノリだったんだもん。てっきり気にしない方かと思って、私みたいに」


「いや………別に好きってワケじゃ」 


 フライヤは笑って、回収しておいたアンジュのリュックを渡した。

 彼女の「私みたいに」という言葉は聞かなかったことにして、アンジュはそっと服を身にまとう。


 フライヤに「その後のことを説明するわね」と言われ、アンジュは一緒に宿の外へ出た。

 そこには、腰を下ろしているサカキの姿が見えた。


「アンジュ!!」


 今までにない厳しいサカキの呼びかけに、アンジュは一瞬、体を強張らせる。


「………無茶をしすぎだ。確かに我々も迅速な解決に舵を切った落ち度はあるかもしれん、かと言ってそれは自らの身を差し出して犠牲を強いることの理由には断じてならんのだぞ?そもそもあの龍の腹を満たしてその後でどうするつも────」


「ちょっと待って!」


 サカキの叱責をアンジュがせき止めた。

 

「なんだ?話はまだ終わってな────」


「その話が入ってこないんだよ!なんだよそのワイルドヘアー!」


 アンジュがビシィ!と指差した先は、サカキの逆立った赤毛、だった物体だった。


 彼の力強い逆毛は、嘘の様に黒く焦げ上がり、縮れ、丸く膨れ上がり、アフロの様に見事な形状となっていた。


 よく見ると体中にも、黒く焦げたような跡が点々と残っていた。


「ああこれはね?乙女の体をまじまじと見つめる輩共に制裁を加えただけだから、気にしないで頂戴」


 フライヤの制裁を甘んじて受け入れたサカキは「次はないわよ?」と言われながら、回復魔法をかけられ、元通りになった。


「とにかく!この町で見かけた時から君は、少々無茶に走り過ぎる!」


 サカキはアンジュの身を案じた説教を続けるが、響いてないのか彼女は指先を弄りながら、サカキの話を聞き流していた。


 その様子にサカキはため息をついた後、自身の背後に忍ばせていた物を取り出した。


「しかし……その君の無茶は、一つの種が滅ぶのを、防いだみたいだな」


 そう言いながら取り出した物をアンジュの前に差し出した。

 布で包まれたそれを、アンジュは首を傾げながら受け取り、包まれた布を解き中身を確認した。


「───これは?」


 アンジュが目にしたもの、それは彼女の両手で持てる程の大きさの“卵”の様な物体だった。


 “卵”には、謎の模様が大きく刻まれていて、その模様にアンジュはどこか見覚えがあった。


 それは何だったのか思い出せずにいると、フライヤも腰を下ろして、アンジュと同じように物体を見つめた。


「───あの龍よ」


 その言葉にアンジュは思わずフライヤの方へ顔をむける。 


「この中から、僅かだけど、あの龍と同じ生体反応を感じるわ…………恐らく───まだ生きてる」


 アンジュの無事を確認した際、サカキ達はその傍らに落ちていたこの物体を見つけ、回収していたのだ。


 その後、フライヤがこの物体を調べた結果、卵状に姿を変えた龍だと判断し、保管する事に決めたのだと言う。


「無闇な殺生をせずに済んだ───君のお陰だ。モンスター・パニック・サービスを代表して、心から感謝する」


「い、いやあ!べっつにー!」


 サカキの笑みと心からの謝辞を受け、照れるに照れ切ったアンジュはボリボリボリと頬を掻いた。


「でもコイツ、なんでこんな卵みたいになっちゃったのかな?」


 落ち着きを取り戻したアンジュは、当然の疑問をサカキにぶつけた。


「正直言うと全くわからん。先ほども話したが、もはや龍とも呼べぬこの生命体は、この世に認知されていない完全な“新種”である可能性がある」


「───新種?」


「どの文明、どの歴史にも記録がない、学術的に初めて確認された存在のことよ。まあ平たく言えば、“未知なる存在”ってやつね」


「未知なる───存在」


 その響きに、遺跡で感じた高揚が胸を突いた。


「話は、それだけじゃねぇだろ?」


 その言葉に我に返ったアンジュは、声の元へ振り返ると、そこにはコマの姿があった。


 だがコマもサカキ同様に、フライヤの雷魔法を受け、焦げ上がりアフロとなった髪を携え、両手を腕に組み、彼らしいキザな姿勢で壁によりかかっていた。


 その滑稽な姿にアンジュは思わず。


「おお〜!未知なる存在!」


 新種を見る目で、叫んだ。


「この町で死にかけていた時から、コイツの回復力は尋常じゃねえ」


 同じくコマもフライヤの回復魔法をかけられるも、組んだ腕とその目つきを変える事なくアンジュを睨む。

 

「そうだな、アンジュ。どうやら君にも未知なる力があるみたいだ」


「それは………その、なんと言うか」


 コマの疑いがましい視線と、サカキの探るような言葉に、アンジュはたじろいだ。


(この話題になるとこうだ、当然と言えば当然か)


 アンジュの心境を鑑みたサカキは、話題を変える。

 

「それよりも今はこいつだな、再び活性化する様子はないし当分は無害だろう。そして君のその胸の紋章」


 サカキはアンジュの手にある“卵”を軽く指で突き、それから彼女の胸元へと指を向けた。


「ん───?あっ何これ、いつの間に!?」


 サカキに指を刺され、自分の胸元を見たアンジュは自身に刻まれた紋章に驚く。


「やはり今までは無かったものか」


 腕を組み、サカキは推論を述べる。


「君とこの生命体には何かしらの絆が生まれたのかもしれんな」


「───絆?」


「この生命体と君に、何かしらの関係が生じた可能性があるということだ」


 アンジュはサカキの言葉に龍の額の紋章を思い出し“卵”に再び目をやった。“卵”に刻まれた紋章と龍の額にあった紋章は、全く同じものだった。

 その事実をサカキ達へ伝えようと思ったアンジュだったが。


「その可能性がある以上、君は我らの依頼対象の範疇となるワケだが………」


 サカキのその発言にアンジュは戸惑い、言わんとしていた事を忘れてしまった。


「ど、どういう事?」

「待ってました!」


 アンジュの問いかけにフライヤは自ら望む本題に入れた様で、「キャッホーイ」と両手を挙げ歓喜に沸いていた。


「君が寝ている間に、皆で話し合ったのだが───君の安全が保証されるまでは、君とこの“卵”を引き離すのは、危険と判断した。なので君と“卵”その両者を“牧場”に連れて行こうと思う」


「───ッえ?」


 サカキの提案にアンジュは思わず聞き返す。


「もちろん強制的に拘束するつもりは無い、あくまで君の意見を聞いた上で結論を出すつもりだからゆっくりと考え────」


「行く!」


「そうか、行くか………ってえ?」


 即答したアンジュにサカキも思わず聞き返した。


「よいのか?手荒な真似は絶対にさせないと誓うが、未知なる生物の調査にまきこまれるんだぞ?君の体にもアレや、コレやと専門家が触れることになるかもしれないのだぞ?」


 ワナワナと両手をクネらせながら、サカキは不気味な比喩で心配を口にした。

 その仕草にアンジュを含めフライヤとコマも素直に気持ち悪いと思ったが、アンジュは即時に気持ちを切り変える。


「それよりもアンタ達みたいな凄腕に、生物関連の依頼を出すって、その牧場ってのは相当な場所なんだろ?」


 アンジュは目を輝かせながら、希望をもった表情を見せた。


「そこの人たちなら、火の鳥の情報を持ってるかもしれない!」


「そ、そうか………わかった」


 アンジュの底抜けなポジティブさに感心すら感じたサカキは、自身の配慮が杞憂だっと事に気づき、ゆっくりと立ち上がった。


「では依頼完了の報告も兼ねて、君には牧場までの同行を依頼しよう」


「決まりね!アンジュちゃん!安心して!牧場まではすぐには着かないからね!しばらくは一緒に寝られるわね!やったわね!よろしくね!アンジュちゃんはどんな寝相が好き?」


「う、うん!………うん?寝相!?」


 抱きついて頬を寄せてくるフライヤに照れながらも、謎の発言が気になるアンジュ。


 ワイワイと盛り上がっている3人を尻目に、コマだけは誰にも聞こえない小さな声で呟き、鬱陶しそうにアンジュを睨んでいた。



         * * *




 町を後にする為、荷物をまとめた一行とアンジュはは、出口に向かって歩き出していた。


「牧場かぁ〜楽しみだな〜。ねぇねぇ!どこにあるの?その牧場!」


 自身のリュックのベルトを両手に持ち、上機嫌な様子のアンジュは旅行気分で三人に聞く。

 振り返ったサカキとフライヤはそれぞれ手をあげ、人差し指を“空”に向けた。


 「───上?」


 アンジュが首を傾げるとサカキとフライヤは「うんうん」と首を縦に振る。


「牧場って山の上にあるの?普通牧場って平原っていうか広い場所にあるモンじゃないの?」


「山じゃないわ、そのもっと上よ」


「───え?」


 フライヤの回答にアンジュは更に混乱する。


「“牧場”といのは私たちが簡潔にそう呼んでいるだけで、つまり、ええい!」 


 「見せた方が早いわね」と言ったフライヤは、杖をクルリと回し、水晶からふわりと映像を映し出す。


 その映像を見たアンジュ思わず目を丸くした。

 そこに映ったのは───。


 天空に浮かぶ巨大な島々。

 その中心の島にそびえ立つ、巨大な“大樹”だった。


「ここは───この世界で唯一“召喚獣”を育成し、世界各地へ派遣転送する“転送士”が在籍する特殊機関。それが〈空の牧場〉スカイ・ファームよ」


「へぇ〜」


 思っていた反応と違ったフライヤはキョトンとしながらアンジュに聞いた。


「言ってる意味わかる?」


 アンジュは“卵”をギュッと抱えたまま、笑顔で元気よく答えた。


「わかんない!」


 それでも、なんだかすごく。

 ワクワクしていた。



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