第3話 モンスター・パニック・サービスと空の火事①
───町から見えた光景で、分かっていたことだが。
火の手が上がった空の麓は、町から少し離れている。
そこへ辿り着くには、深く鬱蒼とした森を抜けなければならない。
森の中には、牙を剥いた野生が潜み、実力のない旅人なら命を落とすのも珍しくはない。
───だが。
彼らモンスター・パニック・サービスにとっては、取るに足らない散歩道だった。
彼らは、町で出会った少女との一悶着を引きずるかのように、
言葉少なに、森を進んでいく。
「しっかし───」
唐突にコマが、ぽつりと言葉を放った。
「毎度毎度いい加減、かち歩きで現地に行くのもウンザリだぜ」
肩を落としながら、コマは心底気だるそうに呟いた。どうやら歩くのが本気で面倒らしい。
「今回のヤマで『バギー』の修理費用には届くのか?」
「何言ってんの?」
コマの言葉に、フライヤは杖の先端で、タバコに火を点け───。
「まだ折り返しにも来ていないわよ」
彼をも超える、煩わしそうな顔で返した。
「嘘だろ?アレを直す為に半年も費やしたんだぜ、まだその程度なのかよ?」
フライヤの回答にコマは驚きの顔を隠そうともしない。
「ちゃんと金勘定できてんのか?」
コマは顔をしかめたまま、詰め寄る。
その半端な私見は、やがて───。
「だいたいキチンと節制してたらそのタバコだって───」
「うっさいわね!!」
フライヤの地雷を見事に踏み抜いた。
気がついた時には既に遅く、コマは額から汗を垂らす。
「ここまでの交通費!現地での聞き込み!宿代!調査費用だってタダじゃないのよ?」
「そ、それは分かってるが───」
「何をよ?何を分かっているって言うのよ!?言ってみなさいよ!!!」
コマの浅い共感も虚しく、フライヤの怒号は森中に響く。
「私はねぇ!バギーが直るまでは、分け前は抑えましょうって、みんなで………み・ん・な・で決めてから!ギャンブルだって!酒だって!ずっと、ずっと、ずぅ~っと我慢してるんだから!タバコくらい良いじゃないのよ!嗜好品ナメんじゃないわよ!?」
その美貌とは裏腹に、吐き出る歪んだ節制論。
だが彼女をよく知るコマは反論できずにいた。
「アンタ自身が無味乾燥で、出費が殆どない人生だからって、調子にノってんじゃないわよ!?」
「い、いや別にそんなつもりは………」
もはやコマに、討論の武装はなかった。
あったとしても出すべきではない。
これ以上刺激すれば、火に油だと分かっている。
コマはただ、静かにやり過ごすしかなかった。
「大体ねぇ!バギーだってねぇ!?アンタが無茶してせいで派手に壊れたんじゃない!?」
「そ、そうだっけか?」
「しらばっくれてんじゃないわよ!」
「ガストンのジジイ、修理費用フッかけやがって……」
「話をすりかえてんじゃないわよ!」
全ての返答を、間違え続けるコマは、彼女から目を逸らすことしかできないでいた。
「とにかくねぇ!バギーの修理費用は、貯まるまでは貯まらないの!わかる!?」
「わかった!わかった!悪かったって!」
コマは、自身の落ち度を連呼する。
それしか彼女の怒りを鎮火させる術がなかった。
「さっさと稼いで、次の依頼に行くわよ!!」
フライヤはズンズンと先へ進む。
そして、その背を見送りながら────。
「足で稼ぐとはよく言ったものだ………」
今度はサカキが、地雷を踏んだ。
「………サカキ?」
ゆっくりと振り返ったフライヤ。
鋭い眼光が、より細くなる。
「シバくわよ?」
───その後。
再び噴火したフライヤの怒りが収まるまで、
たっぷり、数十分を要した。
* * *
「だが姐さん真面目な話───」
一行は再び、森の奥へと足を進める。
するとコマが懲りもせず、フライヤの怒りに再び油を注ぐ覚悟で意見を述べる。
「“ああいう奴”を行く先々で助けてるのもどうかと思うぜ?明らかに余計な出費だ」
「そ、それは───」
うつむいて切なげな表情へと変わるフライヤ。
(よくそこまで表情を変えられるもんだ)
呆れ顔でフライヤを見つめるコマ。
何か言いたげだったが、その言葉を飲み込んでいた。
「だってしょうがないじゃない!可愛いかったんだから……」
「言い訳になってねぇよ」
開き直るフライヤにコマがため息をついて返す。
そんな二人のやり取りを横目に、サカキは別のことを考えていた。
先程の失言も悪気はなく、ただ気がそれていただけだったようだ。
(腑に落ちん───)
サカキが思い返していたのは、“あの少女”の事だった。
(………見間違えか?)
長い旅の中で、既視感など珍しくもない。
だがあの少女の顔。
それが先ほどから、記憶の奥をしつこく揺らしていた。
「だいぶ近づいてきたわね」
タバコの煙を深く吸い、
フライヤが森の木々の割れ目から、空を見上げる。
そこには、町で確認した時よりハッキリと、空に穿たれた“大穴”。
そこから漏れ出す“黒煙”が見てとれた。
遠目では陶器が割れた様な形状だった。
近くで見ると、周囲には無数の亀裂が走っている。
まるで、硝子にひびが入ったように───。
それは、より“攻撃的”に開いたのだと思わせる形状となっていた。
その時、先頭を歩いていたコマの鼻が、ぴくりと動く。口論を交わしながらも、周囲への警戒を怠っていなかった彼の足が止まった。
「止まれ」
何かに気づいたコマは、咄嗟に腕を伸ばしてフライヤの行く手を塞いだ───が。
その手がちょうどフライヤの顔に当たり、咥えていたタバコを挟んでしまう。
ジュゥゥと鈍い音がする。
そしてコマの手とフライヤの鼻先の間から、うっすらと煙が上がった。
「「ぬおおおおおおおおおおおお!!」」
灼熱の激痛に地面をゴロゴロと転がり、悶える二人。
サカキは「なにやってるの?」と呆れた顔で見下ろす。少女への思考は、そこで途切れた。
「お、恐らく………ここが“境界線”だ」
火傷に苦しみながらコマが立ち上がる。
同じく鼻先を負傷したフライヤは、次はコマの頬を焼かんとばかりに顔と杖を近づけ睨みを利かす。
「…………“匂う”のか?」
「逆だ………この先がまったく匂わねぇ」
サカキの問いにコマは目前の景色に指を差す。
「大将、何でもいいからあの辺りに何か放ってみろ」
サカキは疑問を持ちつつ、周囲を見渡す。
近くに手頃な“巨岩”があったので彼は片手でそれを、ボコォと持ち上げ、そのまま迷いなく、目前へとブウンと放った。
「誰がそこまでデカいのを投げろと………」
コマの呟きもお構いなしに、巨岩は恐ろしい速度で突き進み、そして見えない“何か”に触れた途端───。
一瞬にして消え去ったのだった。
「───ッ消えた?」
先に驚いたのはフライヤだった。
サカキも多少の反応を見せたが、動揺する素振りはなかった。
「───“転送魔術”か」
サカキは目を細め、静かに言葉を放つ。
「ということは、あの岩は………」
「今頃どこかの“召喚先”に転送されているだろうよ」
コマの表情も苦く、ただ目前の光景を見つめていた。
「まさか“牧場”の奴らがこれを仕掛けたのか?」
「早計ね」
思考を深めるコマを、フライヤが遮る。
同時に彼女の眼に小さな魔法陣が浮かび、片眼鏡の様に重なった。
《《それ》》を通して、周囲を見渡すフライヤ。
視線が走る。しばしの沈黙の後、彼女は結果を報告する。
「このあたり一帯が、ドーム状に転送魔術で覆われてる」
フライヤは吸い切ったタバコを指先で摘む。
「その壁に触れた瞬間、一瞬で別の場所に転送されてしまう仕組みね」
そう言った彼女は吸い殻を指で弾く───。
弧を描いて飛んだそれは、岩と同じく地に落ちる前に消えた。
「何も知らない素人が触れたら終わりね………町の人たちが消えた理由、これで説明がつくわ」
「なるほど……」
やはりサカキの反応は淡かった。
フライヤは構わずに、空を見上げる。
「そしてこの転送魔術の壁に亀裂が入り、中から煙が上がっている。意外とシンプルな原因ね」
空からゆっくりと視線を下ろし、フライヤの視線は地面に至る。
「それにしても───ずいぶん古い魔術ね」
再びフライヤの視線が走る。
地面、空間、境界。全てをくまなく見渡して呟く。
「だけど、かなり高度で精密………ここまで近づいてギリ視えるってどんな技術よ。一人でできるレベルじゃないわ」
フライヤは指で顎を擦りながら、関心混じりで観察を続け、一歩、踏み出す。
魔術の気配が濃い地点まで。
「無人で発動し続けて、プロが限界まで近づかないと分からないほど希釈で、触れたものは問答無用で消し飛ばす魔術の壁───」
魔術を辿るように、視線を流しながらわずかに眉をひそめた。
「目的は限られているわね」
片目に当てられた魔法陣が消える。
彼女の憶測は、やがて一つの結論にたどり着いた。
「中で何かを隠しているとしか思えない」
そのままフライヤは、杖を取り出す。
そのままクルクルと回し、パシッともう片方の手で受けとめた。
「解除できるか?」
「まぁ待ちなさいな」
即答だった。
フライヤの視線は、後方の町へと向いている。
「不用意に解除なんかしたら、《《中身》》がお披露目になるわ。町の人たちに余計な不安を与えてどうするの?」
フライヤは、常に配慮をもった仕事をする。
例えどのような状況であっても。
それが今日まで、このチームの評判を保ってきた所以でもある。
その強みを、遺憾無く発揮している様を見たサカキとコマ───。
(露わになった脅威を目前で解決すれば、報酬を上乗せできる気もするが……)
(品行方正なことで………)
各々は、思ったことを絶対に口にするまいと心中に封印していた。
フライヤは杖を垂直に構え、地面へ突き立てる。
すると先端の水晶が輝きだし、その光は転送魔術を覆う様に広がっていく。
光は、周囲の景色を模した壁へと変容し、森全体を包み込む。
やがてそれは、周囲の景色を“擬態した壁”へと変わった。
森も、空も、隙間なく繋がり、そして煙すら、覆い隠された。
───完全な“偽装”だった。
フライヤの魔法は、完璧に空の火事が現れる以前の景色を作り出した。
その業を目の当たりにしたサカキとコマは、「おぉぉ〜〜〜」と声を漏らしながら、拍手喝采をフライヤに贈った。
「よしなさい!照れる!」
まんざらでもない表情で、嬉しがるフライヤ。
「さ~ら~に!今日のフライヤちゃんは張り切って行くわよ」
鼻歌混じりに、フライヤはカニ歩きで、杖の末端でガリガリと地面に魔法陣を描いていく。
「頑張ってフライヤちゃん」
「しばくわよ?そこのチンピラ」
そんな軽口を交わしながらも、地面には大きな魔法陣が完成する。
彼女はその中心に立ち、静かに目を閉じた。
「全解除するわよ」
その一声で、杖の水晶だけではなく、呼応するかの様に、地に描かれた魔法陣も大きな光を放った。
その直後。
目前に仕掛けられた、転送魔術の壁が薄くなっていくのが見てとれた。
徐々にその先に隠された景色が、露わになっていく。
三人は、思わず息を呑んだ。
魔術の向こうに隠されていた景色。
その先にあったのは───。
空に浮かぶ“都市の亡骸”だった。
「あれは………遺跡か?」
三人が目前にしたのは、古めかしい石造りの建物の群れ。
人の気配はなく、一見して滅び去った文明であると理解できる。
紛れもない“遺跡”だった。
その光景を見つめていた三人だったが、やがてコマが口を開いた。
「火の手が回っている」
各所には、その体感的な古さとは釣り合わない“新鮮な炎”が、遺跡を包んでいた。
「都市全体というか、中心部のみが抉れて、浮き上がっているわね」
「空の火事の原因は、コレか」
遺跡はその地盤ごと削り取ったかの様に浮かび、地層が剥き出しになっていた。
そしてサカキの言う通り、空の火事は、遺跡の火災から上がった黒煙が、転送魔術の壁から漏れ出したものだった。
「ありえない、あれは炎魔法なの?いやでも………まさか───」
既にフライヤの疑念は、空の火事から遺跡を包む火災の原因に移っていた。
確かに、その不可解さは彼女にしか分りえない。
そんな彼女の疑念を余所に、コマが遺跡を見つめる。
「あの遺跡、浮いているってことはやはり───」
「《《共通点》》で判断するのが、早計だって言ってんの」
コマの憶測をフライヤは雑に切り捨て、視線を遺跡に戻す。
火災への疑念。これ以上の追及は不毛と判断し、彼女は強引に断ち切った。
「確かに“牧場”と同じ浮遊魔法を使っているけど、時代も、式も、全く違うわ」
遺跡を浮かせている魔法の解析は、そこまで難しいものでなかった。
彼女にとっては、取るに足らない疑念である。
「ほんとアンタって疑り深いわね」
「慎重だと言ってくれ」
フライヤの嫌味に、コマは矜持で返した。
すると───。
「ちょっと待て!!」
唐突にサカキが叫ぶ。
二人は何事かと彼の方を向くが、サカキは一点して宙に浮かぶ遺跡から目を離さないでいる。
「フライヤ、さっき『全解除』と言ってたな?」
「それが何よ?」
サカキの疑問に、フライヤは拍子抜けた表情のままだった。
「ならば………魔法で浮いている遺跡は、いったいどうなる?」
しばしの沈黙の後。
フライヤの口から溢れた言葉は──────。
「………………………………………………………あ」
忘れ物に気づいたかの如く漏れた、母音だった。
その言葉を合図にしたかの様に、遺跡の炎が一瞬にして消え去った。
刹那の鎮火の後、宙に浮いていた遺跡はゆっくりと傾き始め、墜落する。
落下した遺跡の先端部分はやがて地に接着し、そこを起点に全体へと衝撃を走らせた。
高音、低音が入り混じり、各所に亀裂が入る。
激しく倒壊を始めた建物。
それはまるで。子供が積み木を薙ぎ倒すかの様に、
あっけなく、容赦なく。
そして、見事なまでに崩れ去っていった。
その光景を、三人は、ただ黙って見守ることしかできなった。
清々しい程に崩れ去った“元”遺跡で出来た瓦礫の山。
それを見つめている三人の静寂。
最初に口を開いたのはフライヤだった───。
「………………テヘ♡」
「テヘじゃねぇわ!!!」
自身の頭に拳をコツンと当てて舌を出し、
全力で誤魔化しにかかるフライヤに、コマは本日一番の大声で両断した。
「どーーーするんだよ!これ!!!」
両手で頭を抱え、狼狽えるコマ。
「もし遺跡が、文化的な遺産だったとして、バレたらこの国に損害賠償されかねぇぞ!?」
どの国にも属していない彼らにとって、各国を渡り歩き、滞在するための体裁というのは非常にデリケートな所があった。
それ故に現地での必要以上での“荒らし行為”といのは、その後の評判や活動に大きく影響を及ぼす。
それ故に、この状況に対するコマの反応は至極、真っ当なものだった。
「よりにもよってあの《《頑固勇者》》がナワバリにしているこの国で!これ以上厄介ごとを増やしたら、ますます動きにくくなるぞ?」
「し、仕方がないじゃない!転送魔術の先で、遺跡が浮いてるなんて、誰が思うのよ!!」
開き直ったフライヤがコマに対して反論するも、流石のコマも退くことはできなかった。
ギャー!ギャー!ギャー!と口論を交わし、騒ぎ慌てふためく二人。
だが、サカキは顎に手を当て、崩壊した遺跡の残骸を見つめた後、二人に呼びかける。
「───なぁ?」
「「アアン!?」」
冷静さを失った二人は、苛立ちに身を任せて睨み叫ぶ。
しかしサカキは、至って冷静に二人に問いかけた。
「───遺跡って………浮いてたか?」
「「浮いてなかった」」
サカキの質問は提案であり、その提案を承諾した二人は、口を揃えて即答した。
「そうよ!転送魔術の術が解けたら、そこには既に瓦礫の山があった!!煙はそこから上がっていたのよ!」
「目撃者は、姐さんのカモフラージュ魔法で一人もいねぇ」
「いけるな………完璧なアリバイだ」
今までの口論が嘘のように、三人の意見は高速で纏まっていく。
後は、口裏を合わせて町に報告すれば問題はない。
その弁明に確信を持った三人は、思わずハイタッチした。
「───だけど、今回の原因って生物なんだよね?もし、あの遺跡の中にいたとしたら、衝撃に巻き込まれて死んでるかもしれないよ?」
「確かに、早急に調べる必要が─────うん?」
唐突な、意見の介入。
サカキは思わず言葉を止め、フライヤとコマと共に、三人はゆっくりと後ろを振り返る。
そこには───。
「やぁ!!」
町に置いてきたはずの少女、アンジュが笑顔で立っていた。
「「「うおおおおおおおおおお!?」」」
意表を突かれたアンジュの登場、三人は揃って驚愕する。
「て、テメェ!なぜここに!?」
「来ちゃった♡」
アンジュに詰め寄るコマに、フライヤ同様舌を出し、媚びた表情をするアンジュ。
「まさか………付いてきてたのか?」
「うん!」
サカキの問いに、悪びれる様子もなくアンジュは答える。
「まさか、全く気が付かなかったわ………」
───“尾行する”
その気になれば素人でも、それなりに実行は可能である。
それ故に、フライヤの驚きはやや大袈裟にも感じた。
「アンタ達、ずーっと仲良く騒ぎながら歩いてんだもん!楽勝だった!」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
飄々と答えるアンジュに、コマが鋭い瞳で詰め寄った。
「“俺の鼻”や“大将の意識”を出し抜いたってのか?てめえ一体───」
拷問しかねない剣幕のコマ対し、アンジュは「むー!」っとむくれてコマに顔を近づけた。
「さっき言ったじゃん!ワタシはただの旅のホームレスだって」
「言ってねえよ!なんだ旅のホームレスって!?」
アンジュの言い分に調子を狂わされるコマの苛立ちは、増していくばかりだった。
「テメェが、俺らの仕事を狙った密猟者じゃないって言い切れんのか?」
「証拠は、ないけど………」
コマの尋問に対し、示すものがないアンジュ。
彼女は、指をいじくりながらうつ向くも、やがて顔を上げる。
「ワタシは、本気でアンタ達を手伝いたいんだってば!」
「的を射ねえ回答をペラペラと………」
町では見なかったアンジュの本気の表情。
だがコマは、彼女の意見を受け入れる様子は微塵もなく、寧ろ目を血走らせた。
「こうなったら………本当に切り刻んで───」
「やめろ、コマ」
コマの殺気を、サカキが寸前で止める。
そのまま静かにため息をつき、アンジュへと歩み寄る。
「君、名前は?」
「………………………アンジュ」
僅かな間の後、言葉を選ぶように、アンジュは名乗った。
「アンジュ、恩義だけでここまで着いてくるには、律儀が過ぎるな」
サカキはアンジュをを見下ろし、視線を合わせる。
「他に意図があるんだろう?」
「そ、それは───」
静かに問いただしたサカキに、アンジュは動揺し、慌てて目を逸らす。
(信用は………していないということか)
アンジュの反応にサカキは質問から、相談へと会話の舵を切る。
「ここまで付いて来たのなら、少なくとも本気だという事は信じよう」
サカキは可能な限り、声色を和らげ、自身の圧を緩める。
「最後まで聞くと約束するから、話してみるといい」
その姿勢に、アンジュはわずかに息を整えた。
「………………」
誤魔化すこともできないと理解した上で、慎重さを手放さぬまま、言葉を選び始めた。
「ワタシは………火にまつわる事件を追っている」
「───火?」
アンジュの言葉に真っ先にフライヤが反応し、わずかに目が細くなる。
「正確に言うと《《火の性質を持った生物》》が起こした事件」
アンジュは駆け引きをするかの様に、緊張したまま話す。サカキ達の反応を観察する様に、言葉を選び続ける。
「ワタシはその生き物を探して旅をしているんだ。そして………町でアンタ達が“生物が起こす事件の専門家”だって噂を聞いた時、こんなチャンスは、滅多にないと思った」
記憶を辿って言葉を重ねるごとに、アンジュの目に少しずつ力が戻っていく。
「まぁその前に、ちょっと死にかけたケドね」
アンジュは指で頬を掻き、己の生死に関わる事を照れる。
妙な感情を見せた後、彼女は深呼吸して、サカキ達を正面から見つめた。
「なぁアンタ達って生物専門の何でも屋なんだろ?」
言葉の勢いに身を委ね、アンジュは───。
「世界中の生物を相手にしてきたハズだ」
賭けにでた。
「知らない………?炎を全身に纏った、山のようにデカい───火の鳥を」
「───ッなっ!?」
サカキの表情が強張る。
ほんの一瞬、だがそれで十分。
アンジュは見逃さなかった。
「なぜ───」
「知ってるの!?」
ようやく出会った、手がかりと思える言葉の反応。
アンジュは食い気味で詰め寄る。
その目は、希望を逃すまいと強い光を宿し、煌めいていた。
そして───サカキは答えた。
「はわぅ!?ち、違う!いやあ〜、まぁ!べ、別にい!!」
誤魔化した。
それも、最悪の形で。
実にわかりやすい反応で、両手で顔を覆うサカキ。
隠す気があるのかすら怪しい。
「ごめんねぇ!仕事上どんな生物のことにも過剰に反応するのよこのデカブツは~!」
間髪入れず割って入るフライヤ。
杖でサカキを横殴りに吹き飛ばしながら、笑顔で代弁した。
更にコマがアンジュの前に立ち、彼女の顔に触れかねない距離で睨みつける。
「そんな御伽噺みたいなバケモン、俺らが知ってたとして、お前に教える義理があんのか?コラ」
「むーーーー」
アンジュは、コマの威嚇に全く動じなかった。
むしろ、確信を深めている。
明らかに誤魔化された三人の態度に不貞腐れる。
「とにかく町でも話したケド、ここから先は本当に危ないかもしれないの」
見かねたフライヤが、アンジュの視線を外すよう、話題を変えようと試みる。
「貴方を邪険にするつもりではなくて、もし戦闘にでもなったら貴方の身を守れる保証がないの」
フライヤは真面目な表情で、正当化した理由を以て、話を現在へ引き戻す。
「そういうことだ、その鳥の事は知らないし、本当に知らないし、知らぬのだ!」
「下手か!!」
致命的に見苦しいサカキの言い訳に、フライヤが吠えた。
「と、とにかく!」
調子は、完全に崩れている。
それでも、サカキは立て直そうとする。
必死だった。
「我らの知見に興味があるのなら、この仕事が終わってからでもよかろう。かと言ってフライヤの魔法を解除するわけにもいかない。今はこの辺りの安全な場所で、おとなしく隠れてるんだ」
サカキは自身の発言力を取り戻そうと、無駄に言葉を重ね、説得する。
「ふーーーーん」
だがアンジュは、じーーーっとサカキを見つめたまま離さなかった。
「いいのかなぁ~?」
アンジュの口元が、ニヤリと悪戯っ子の様に、歪んだ。
「たしかこの国での厄介ごとは、困るとかなんとかって………言ってたよね?」
「うッ………!」
アンジュは町から付いて来た。
つまり魔術解除から遺跡崩落までの、一部始終を見られていたという事である。
彼女のその一言で、サカキは見事に、動揺を取り戻した。
アンジュは一歩、踏み込む。
「言っちゃうぞ?町の人たちに───バラしちゃうぞ?世間に!みんながあの遺跡を壊しちゃった事を!!!」
「ぐぬ!!」
「あらやだ!このコ、強請る気よ?ますます気に入ったわぁ~」
アンジュの脅しにたじろくサカキと、何故か体をくねらせ高揚するフライヤ。
「なぁ?別にアンタ達の邪魔をしようってワケじゃないんだ」
ニヤついていたアンジュは、やがて真面目な表情に戻り、再び真っ直ぐにサカキを見つめ直した。
「見学でいいから連れてってよ!自分の身は自分でなんとかできるし、それに───」
アンジュは自身の倍の身長はあろうサカキに歩み寄り、彼の顔に近づけようと背伸びをし───。
「ワタシって、とっても《《頑丈》》なんだ」
ニヒヒヒと無邪気に笑った。
気がづけば三人は、言葉を失っていた。
もはや完全にアンジュのペースに飲まれた三人は、互いを見合ってしまった。
「どうする?サカキ」
フライヤが、楽しげに問う。
「さっさと行こうぜ。手前で勝手に死ぬなら、構う必要はねぇだろ」
コマは興味を失ったように背を向け、遺跡へと歩き出す。
「アンジュ………」
サカキはため息混じりでアンジュに向かい───。
「離れるんじゃないぞ?」
短く、同行を許可した。
「───ッやった!!」
アンジュは喜びの余り、両手を挙げ、飛び跳ねた。
その喜びのまま、駆け出し、三人の後を追う。
───ふと。
視界の端に、違和感が引っかかった。
アンジュの目に周囲の植物が映り、足が止まる。
(あれ、枯れかけてる…?)
周囲全てではないが、一部の植物が萎れていた。
それも、遺跡に引き寄せられるように。
その様子が気になったアンジュだが、先へ進む三人の背中が目に入る。
そして、アンジュは───。
「まっ、いっか!」
とりあえずは気にしないのであった。




