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第3話 モンスター・パニック・サービスと空の火事①


 ───町から見えた光景で、分かっていたことだが。


 火の手が上がった空の麓《ふもと》は、町から少し離れている。

 そこへ辿り着くには、深く鬱蒼《うっそう》とした森を抜けなければならない。


 森の中には、牙を剥いた野生が潜み、実力《ちから》のない旅人なら命を落とすのも珍しくはない。


 ───だが。

 彼らモンスター・パニック・サービスにとっては、取るに足らない散歩道だった。


 彼らは、町で出会った少女との一悶着を引きずるかのように、

 言葉少なに、森を進んでいく。


「しっかし───」


 唐突にコマが、ぽつりと言葉を放った。


「毎度毎度いい加減、かち歩きで現地に行くのもウンザリだぜ」


 肩を落としながら、コマは心底気だるそうに呟いた。どうやら歩くのが本気で面倒らしい。


「今回のヤマで『バギー』の修理費用には届くのか?」

「何言ってんの?」


 コマの言葉に、フライヤは杖の先端で、タバコに火を点け───。


「まだ折り返しにも来ていないわよ」


 彼をも超える、煩《わずら》わしそうな顔で返した。


「嘘だろ?アレを直す為に半年も費やしたんだぜ、まだその程度なのかよ?」


 フライヤの回答にコマは驚きの顔を隠そうともしない。


「ちゃんと金勘定できてんのか?」


 コマは顔をしかめたまま、詰め寄る。

 その半端な私見は、やがて───。


「だいたいキチンと節制してたらそのタバコだって───」

「うっさいわね!!」


 フライヤの地雷を見事に踏み抜いた。

 気がついた時には既に遅く、コマは額から汗を垂らす。


「ここまでの交通費!現地での聞き込み!宿代!調査費用だってタダじゃないのよ?」


「そ、それは分かってるが───」


「何をよ?何を分かっているって言うのよ!?言ってみなさいよ!!!」


 コマの浅い共感も虚しく、フライヤの怒号は森中に響く。


「私はねぇ!バギーが直るまでは、分け前は抑えましょうって、みんなで………み・ん・な・で決めてから!ギャンブルだって!酒だって!ずっと、ずっと、ずぅ~っと我慢してるんだから!タバコくらい良いじゃないのよ!嗜好品ナメんじゃないわよ!?」


 その美貌とは裏腹に、吐き出る歪んだ節制論。

 だが彼女をよく知るコマは反論できずにいた。


「アンタ自身が無味乾燥で、出費が殆どない人生だからって、調子にノってんじゃないわよ!?」


「い、いや別にそんなつもりは………」


 もはやコマに、討論の武装はなかった。

 あったとしても出すべきではない。


 これ以上刺激すれば、火に油だと分かっている。

 コマはただ、静かにやり過ごすしかなかった。


「大体ねぇ!バギーだってねぇ!?アンタが無茶してせいで派手に壊れたんじゃない!?」


「そ、そうだっけか?」


「しらばっくれてんじゃないわよ!」


「ガストンのジジイ、修理費用フッかけやがって……」


「話をすりかえてんじゃないわよ!」


 全ての返答を、間違え続けるコマは、彼女から目を逸らすことしかできないでいた。


「とにかくねぇ!バギーの修理費用は、貯まるまでは貯まらないの!わかる!?」

「わかった!わかった!悪かったって!」


 コマは、自身の落ち度を連呼する。

 それしか彼女の怒りを鎮火させる術がなかった。


「さっさと稼いで、次の依頼に行くわよ!!」


 フライヤはズンズンと先へ進む。

 そして、その背を見送りながら────。


「足で稼ぐとはよく言ったものだ………」


 今度はサカキが、地雷を踏んだ。


「………サカキ?」


 ゆっくりと振り返ったフライヤ。

 鋭い眼光が、より細くなる。


「シバくわよ?」


 ───その後。


 再び噴火したフライヤの怒りが収まるまで、

 たっぷり、数十分を要した。



          * * *



「だが姐さん真面目な話───」


 一行は再び、森の奥へと足を進める。

 するとコマが懲りもせず、フライヤの怒りに再び油を注ぐ覚悟で意見を述べる。


「“ああいう奴”を行く先々で助けてるのもどうかと思うぜ?明らかに余計な出費だ」


「そ、それは───」


 うつむいて切なげな表情へと変わるフライヤ。


(よくそこまで表情を変えられるもんだ)


 呆れ顔でフライヤを見つめるコマ。

 何か言いたげだったが、その言葉を飲み込んでいた。


「だってしょうがないじゃない!可愛いかったんだから……」

「言い訳になってねぇよ」


 開き直るフライヤにコマがため息をついて返す。

 そんな二人のやり取りを横目に、サカキは別のことを考えていた。

 先程の失言も悪気はなく、ただ気がそれていただけだったようだ。


(腑に落ちん───)


 サカキが思い返していたのは、“あの少女”の事だった。


(………見間違えか?)


 長い旅の中で、既視感など珍しくもない。

 だがあの少女の顔。

 それが先ほどから、記憶の奥をしつこく揺らしていた。


「だいぶ近づいてきたわね」


 タバコの煙を深く吸い、

 フライヤが森の木々の割れ目から、空を見上げる。


 そこには、町で確認した時よりハッキリと、空に穿たれた“大穴”。

 そこから漏れ出す“黒煙”が見てとれた。


 遠目では陶器が割れた様な形状だった。

 近くで見ると、周囲には無数の亀裂が走っている。

 まるで、硝子にひびが入ったように───。


 それは、より“攻撃的”に開いたのだと思わせる形状となっていた。


 その時、先頭を歩いていたコマの鼻が、ぴくりと動く。口論を交わしながらも、周囲への警戒を怠っていなかった彼の足が止まった。


「止まれ」


 何かに気づいたコマは、咄嗟に腕を伸ばしてフライヤの行く手を塞いだ───が。


 その手がちょうどフライヤの顔に当たり、咥えていたタバコを挟んでしまう。


 ジュゥゥと鈍い音がする。

 そしてコマの手とフライヤの鼻先の間から、うっすらと煙が上がった。


「「ぬおおおおおおおおおおおお!!」」


 灼熱の激痛に地面をゴロゴロと転がり、悶える二人。

 サカキは「なにやってるの?」と呆れた顔で見下ろす。少女への思考は、そこで途切れた。


「お、恐らく………ここが“境界線”だ」


 火傷に苦しみながらコマが立ち上がる。

 同じく鼻先を負傷したフライヤは、次はコマの頬を焼かんとばかりに顔と杖を近づけ睨みを利かす。


「…………“匂う”のか?」


「逆だ………この先がまったく匂わねぇ」


 サカキの問いにコマは目前の景色に指を差す。


「大将、何でもいいからあの辺りに何か放ってみろ」


 サカキは疑問を持ちつつ、周囲を見渡す。

 近くに手頃な“巨岩”があったので彼は片手でそれを、ボコォと持ち上げ、そのまま迷いなく、目前へとブウンと放った。


「誰がそこまでデカいのを投げろと………」


 コマの呟きもお構いなしに、巨岩は恐ろしい速度で突き進み、そして見えない“何か”に触れた途端───。


 一瞬にして消え去ったのだった。


「───ッ消えた?」


 先に驚いたのはフライヤだった。

 サカキも多少の反応を見せたが、動揺する素振りはなかった。


「───“転送魔術”か」

 

 サカキは目を細め、静かに言葉を放つ。


「ということは、あの岩は………」


「今頃どこかの“召喚先”に転送されているだろうよ」


 コマの表情も苦く、ただ目前の光景を見つめていた。


「まさか“牧場”の奴らがこれを仕掛けたのか?」

「早計ね」


 思考を深めるコマを、フライヤが遮る。

 同時に彼女の眼に小さな魔法陣が浮かび、片眼鏡の様に重なった。


 《《それ》》を通して、周囲を見渡すフライヤ。

 視線が走る。しばしの沈黙の後、彼女は結果を報告する。


「このあたり一帯が、ドーム状に転送魔術で覆われてる」


 フライヤは吸い切ったタバコを指先で摘む。


「その壁に触れた瞬間、一瞬で別の場所に転送されてしまう仕組みね」


 そう言った彼女は吸い殻を指で弾く───。

 弧を描いて飛んだそれは、岩と同じく地に落ちる前に消えた。


「何も知らない素人が触れたら終わりね………町の人たちが消えた理由、これで説明がつくわ」


「なるほど……」


 やはりサカキの反応は淡かった。

 フライヤは構わずに、空を見上げる。


「そしてこの転送魔術の壁に亀裂が入り、中から煙が上がっている。意外とシンプルな原因ね」


 空からゆっくりと視線を下ろし、フライヤの視線は地面に至る。


「それにしても───ずいぶん古い魔術ね」


 再びフライヤの視線が走る。

 地面、空間、境界。全てをくまなく見渡して呟く。


「だけど、かなり高度で精密………ここまで近づいてギリ視えるってどんな技術よ。一人でできるレベルじゃないわ」


 フライヤは指で顎を擦りながら、関心混じりで観察を続け、一歩、踏み出す。

 魔術の気配が濃い地点まで。


「無人で発動し続けて、プロが限界まで近づかないと分からないほど希釈で、触れたものは問答無用で消し飛ばす魔術の壁───」


 魔術を辿るように、視線を流しながらわずかに眉をひそめた。


「目的は限られているわね」


 片目に当てられた魔法陣が消える。

 彼女の憶測は、やがて一つの結論にたどり着いた。


「中で何かを隠しているとしか思えない」


 そのままフライヤは、杖を取り出す。

 そのままクルクルと回し、パシッともう片方の手で受けとめた。 


「解除できるか?」


「まぁ待ちなさいな」


 即答だった。

 フライヤの視線は、後方の町へと向いている。


「不用意に解除なんかしたら、《《中身》》がお披露目になるわ。町の人たちに余計な不安を与えてどうするの?」


 フライヤは、常に配慮をもった仕事をする。

 例えどのような状況であっても。

 それが今日まで、このチームの評判を保ってきた所以でもある。


 その強みを、遺憾無く発揮している様を見たサカキとコマ───。


(露わになった脅威を目前で解決すれば、報酬を上乗せできる気もするが……)


(品行方正なことで………)


 各々は、思ったことを絶対に口にするまいと心中に封印していた。


 フライヤは杖を垂直に構え、地面へ突き立てる。


 すると先端の水晶が輝きだし、その光は転送魔術を覆う様に広がっていく。

 光は、周囲の景色を模した壁へと変容し、森全体を包み込む。


 やがてそれは、周囲の景色を“擬態した壁”へと変わった。

 森も、空も、隙間なく繋がり、そして煙すら、覆い隠された。


 ───完全な“偽装”だった。

 フライヤの魔法は、完璧に空の火事が現れる以前の景色を作り出した。 


 その業を目の当たりにしたサカキとコマは、「おぉぉ〜〜〜」と声を漏らしながら、拍手喝采をフライヤに贈った。


「よしなさい!照れる!」


 まんざらでもない表情で、嬉しがるフライヤ。


「さ~ら~に!今日のフライヤちゃんは張り切って行くわよ」


 鼻歌混じりに、フライヤはカニ歩きで、杖の末端でガリガリと地面に魔法陣を描いていく。


「頑張ってフライヤちゃん」


「しばくわよ?そこのチンピラ」


 そんな軽口を交わしながらも、地面には大きな魔法陣が完成する。

 彼女はその中心に立ち、静かに目を閉じた。


「全解除するわよ」


 その一声で、杖の水晶だけではなく、呼応するかの様に、地に描かれた魔法陣も大きな光を放った。


 その直後。

 目前に仕掛けられた、転送魔術の壁が薄くなっていくのが見てとれた。

 徐々にその先に隠された景色が、露わになっていく。


 三人は、思わず息を呑んだ。


 魔術の向こうに隠されていた景色。

 その先にあったのは───。


 空に浮かぶ“都市の亡骸”だった。


「あれは………遺跡か?」


 三人が目前にしたのは、古めかしい石造りの建物の群れ。

 人の気配はなく、一見して滅び去った文明であると理解できる。


 紛れもない“遺跡”だった。

 その光景を見つめていた三人だったが、やがてコマが口を開いた。


「火の手が回っている」


 各所には、その体感的な古さとは釣り合わない“新鮮な炎”が、遺跡を包んでいた。


「都市全体というか、中心部のみが抉れて、浮き上がっているわね」


「空の火事の原因は、コレか」


 遺跡はその地盤ごと削り取ったかの様に浮かび、地層が剥き出しになっていた。


 そしてサカキの言う通り、空の火事は、遺跡の火災から上がった黒煙が、転送魔術の壁から漏れ出したものだった。


「ありえない、あれは炎魔法なの?いやでも………まさか───」


 既にフライヤの疑念は、空の火事から遺跡を包む火災の原因に移っていた。


 確かに、その不可解さは彼女にしか分りえない。

 そんな彼女の疑念を余所に、コマが遺跡を見つめる。


「あの遺跡、浮いているってことはやはり───」


「《《共通点》》で判断するのが、早計だって言ってんの」


 コマの憶測をフライヤは雑に切り捨て、視線を遺跡に戻す。

 火災への疑念。これ以上の追及は不毛と判断し、彼女は強引に断ち切った。


「確かに“牧場”と同じ浮遊魔法を使っているけど、時代も、式も、全く違うわ」


 遺跡を浮かせている魔法の解析は、そこまで難しいものでなかった。

 彼女にとっては、取るに足らない疑念である。


「ほんとアンタって疑り深いわね」


「慎重だと言ってくれ」


 フライヤの嫌味に、コマは矜持で返した。

 すると───。


「ちょっと待て!!」


 唐突にサカキが叫ぶ。

 二人は何事かと彼の方を向くが、サカキは一点して宙に浮かぶ遺跡から目を離さないでいる。


「フライヤ、さっき『全解除』と言ってたな?」


「それが何よ?」


 サカキの疑問に、フライヤは拍子抜けた表情のままだった。


「ならば………魔法で浮いている遺跡《アレ》は、いったいどうなる?」


 しばしの沈黙の後。

 フライヤの口から溢れた言葉は──────。





 

「………………………………………………………あ」






 忘れ物に気づいたかの如く漏れた、母音だった。


 その言葉を合図にしたかの様に、遺跡の炎が一瞬にして消え去った。

 刹那の鎮火の後、宙に浮いていた遺跡はゆっくりと傾き始め、墜落する。


 落下した遺跡の先端部分はやがて地に接着し、そこを起点に全体へと衝撃を走らせた。


 高音、低音が入り混じり、各所に亀裂が入る。

 激しく倒壊を始めた建物。

 それはまるで。子供が積み木を薙ぎ倒すかの様に、

 あっけなく、容赦なく。

 そして、見事なまでに崩れ去っていった。


 その光景を、三人は、ただ黙って見守ることしかできなった。


 清々しい程に崩れ去った“元”遺跡で出来た瓦礫の山。

 それを見つめている三人の静寂。

 最初に口を開いたのはフライヤだった───。


「………………テヘ♡」


「テヘじゃねぇわ!!!」


 自身の頭に拳をコツンと当てて舌を出し、

 全力で誤魔化しにかかるフライヤに、コマは本日一番の大声で両断した。


「どーーーするんだよ!これ!!!」


 両手で頭を抱え、狼狽えるコマ。


「もし遺跡《これ》が、文化的な遺産だったとして、バレたらこの国に損害賠償されかねぇぞ!?」


 どの国にも属していない彼らにとって、各国を渡り歩き、滞在するための体裁というのは非常にデリケートな所があった。


 それ故に現地での必要以上での“荒らし行為”といのは、その後の評判や活動に大きく影響を及ぼす。

 それ故に、この状況に対するコマの反応は至極、真っ当なものだった。


「よりにもよってあの《《頑固勇者》》がナワバリにしているこの国で!これ以上厄介ごとを増やしたら、ますます動きにくくなるぞ?」


「し、仕方がないじゃない!転送魔術の先で、遺跡が浮いてるなんて、誰が思うのよ!!」


 開き直ったフライヤがコマに対して反論するも、流石のコマも退くことはできなかった。


 ギャー!ギャー!ギャー!と口論を交わし、騒ぎ慌てふためく二人。

 だが、サカキは顎に手を当て、崩壊した遺跡の残骸を見つめた後、二人に呼びかける。


「───なぁ?」


「「アアン!?」」


 冷静さを失った二人は、苛立ちに身を任せて睨み叫ぶ。

 しかしサカキは、至って冷静に二人に問いかけた。


「───遺跡って………浮いてたか?」


「「浮いてなかった」」


 サカキの質問は提案であり、その提案を承諾した二人は、口を揃えて即答した。


「そうよ!転送魔術の術が解けたら、そこには既に瓦礫の山があった!!煙はそこから上がっていたのよ!」


「目撃者は、姐さんのカモフラージュ魔法で一人もいねぇ」


「いけるな………完璧なアリバイだ」


 今までの口論が嘘のように、三人の意見は高速で纏まっていく。


 後は、口裏を合わせて町に報告すれば問題はない。

 その弁明に確信を持った三人は、思わずハイタッチした。


「───だけど、今回の原因って生物なんだよね?もし、あの遺跡の中にいたとしたら、衝撃に巻き込まれて死んでるかもしれないよ?」


「確かに、早急に調べる必要が─────うん?」


 唐突な、意見の介入。

 サカキは思わず言葉を止め、フライヤとコマと共に、三人はゆっくりと後ろを振り返る。


 そこには───。


「やぁ!!」


 町に置いてきたはずの少女、アンジュが笑顔で立っていた。


「「「うおおおおおおおおおお!?」」」


 意表を突かれたアンジュの登場、三人は揃って驚愕する。


「て、テメェ!なぜここに!?」


「来ちゃった♡」


 アンジュに詰め寄るコマに、フライヤ同様舌を出し、媚びた表情をするアンジュ。


「まさか………付いてきてたのか?」


「うん!」


 サカキの問いに、悪びれる様子もなくアンジュは答える。


「まさか、全く気が付かなかったわ………」


 ───“尾行する”

 その気になれば素人でも、それなりに実行は可能である。

 それ故に、フライヤの驚きはやや大袈裟にも感じた。


「アンタ達、ずーっと仲良く騒ぎながら歩いてんだもん!楽勝だった!」


「そういう問題じゃねぇんだよ」


 飄々と答えるアンジュに、コマが鋭い瞳で詰め寄った。


「“俺の鼻”や“大将の意識”を出し抜いたってのか?てめえ一体───」


 拷問しかねない剣幕のコマ対し、アンジュは「むー!」っとむくれてコマに顔を近づけた。


「さっき言ったじゃん!ワタシはただの旅のホームレスだって」

「言ってねえよ!なんだ旅のホームレスって!?」


 アンジュの言い分に調子を狂わされるコマの苛立ちは、増していくばかりだった。


「テメェが、俺らの仕事《ヤマ》を狙った密猟者じゃないって言い切れんのか?」

「証拠は、ないけど………」


 コマの尋問に対し、示すものがないアンジュ。

 彼女は、指をいじくりながらうつ向くも、やがて顔を上げる。


「ワタシは、本気でアンタ達を手伝いたいんだってば!」


「的を射ねえ回答をペラペラと………」


 町では見なかったアンジュの本気の表情。

 だがコマは、彼女の意見を受け入れる様子は微塵もなく、寧ろ目を血走らせた。


「こうなったら………本当に切り刻んで───」

「やめろ、コマ」


 コマの殺気を、サカキが寸前で止める。

 そのまま静かにため息をつき、アンジュへと歩み寄る。


「君、名前は?」


「………………………アンジュ」


 僅かな間の後、言葉を選ぶように、アンジュは名乗った。


「アンジュ、恩義だけでここまで着いてくるには、律儀が過ぎるな」


 サカキはアンジュをを見下ろし、視線を合わせる。


「他に意図があるんだろう?」


「そ、それは───」


 静かに問いただしたサカキに、アンジュは動揺し、慌てて目を逸らす。


(信用は………していないということか)


 アンジュの反応にサカキは質問から、相談へと会話の舵を切る。


「ここまで付いて来たのなら、少なくとも本気だという事は信じよう」


 サカキは可能な限り、声色を和らげ、自身の圧を緩める。


「最後まで聞くと約束するから、話してみるといい」


 その姿勢に、アンジュはわずかに息を整えた。


「………………」


 誤魔化すこともできないと理解した上で、慎重さを手放さぬまま、言葉を選び始めた。


「ワタシは………火にまつわる事件を追っている」


「───火?」


 アンジュの言葉に真っ先にフライヤが反応し、わずかに目が細くなる。


「正確に言うと《《火の性質を持った生物》》が起こした事件」


 アンジュは駆け引きをするかの様に、緊張したまま話す。サカキ達の反応を観察する様に、言葉を選び続ける。


「ワタシはその生き物を探して旅をしているんだ。そして………町でアンタ達が“生物が起こす事件の専門家”だって噂を聞いた時、こんなチャンスは、滅多にないと思った」


 記憶を辿って言葉を重ねるごとに、アンジュの目に少しずつ力が戻っていく。


「まぁその前に、ちょっと死にかけたケドね」


 アンジュは指で頬を掻き、己の生死に関わる事を照れる。

 妙な感情を見せた後、彼女は深呼吸して、サカキ達を正面から見つめた。


「なぁアンタ達って生物専門の何でも屋なんだろ?」


 言葉の勢いに身を委ね、アンジュは───。


「世界中の生物を相手にしてきたハズだ」


 賭けにでた。


「知らない………?炎を全身に纏った、山のようにデカい───火の鳥を」


「───ッなっ!?」


 サカキの表情が強張る。

 ほんの一瞬、だがそれで十分。

 アンジュは見逃さなかった。


「なぜ───」

「知ってるの!?」


 ようやく出会った、手がかりと思える言葉の反応。

 アンジュは食い気味で詰め寄る。

 その目は、希望を逃すまいと強い光を宿し、煌めいていた。


 そして───サカキは答えた。


「はわぅ!?ち、違う!いやあ〜、まぁ!べ、別にい!!」


 誤魔化した。

 それも、最悪の形で。

 実にわかりやすい反応で、両手で顔を覆うサカキ。

 隠す気があるのかすら怪しい。


「ごめんねぇ!仕事上どんな生物のことにも過剰に反応するのよこのデカブツは~!」


 間髪入れず割って入るフライヤ。

 杖でサカキを横殴りに吹き飛ばしながら、笑顔で代弁した。

 更にコマがアンジュの前に立ち、彼女の顔に触れかねない距離で睨みつける。


「そんな御伽噺《おとぎばなし》みたいなバケモン、俺らが知ってたとして、お前に教える義理があんのか?コラ」


「むーーーー」


 アンジュは、コマの威嚇に全く動じなかった。

 むしろ、確信を深めている。

 明らかに誤魔化された三人の態度に不貞腐れる。


「とにかく町でも話したケド、ここから先は本当に危ないかもしれないの」


 見かねたフライヤが、アンジュの視線を外すよう、話題を変えようと試みる。


「貴方を邪険にするつもりではなくて、もし戦闘にでもなったら貴方の身を守れる保証がないの」


 フライヤは真面目な表情で、正当化した理由を以て、話を現在《いま》へ引き戻す。


「そういうことだ、その鳥の事は知らないし、本当に知らないし、知らぬのだ!」

「下手か!!」


 致命的に見苦しいサカキの言い訳に、フライヤが吠えた。 


「と、とにかく!」


 調子は、完全に崩れている。

 それでも、サカキは立て直そうとする。

 必死だった。


「我らの知見に興味があるのなら、この仕事が終わってからでもよかろう。かと言ってフライヤの魔法を解除するわけにもいかない。今はこの辺りの安全な場所で、おとなしく隠れてるんだ」


 サカキは自身の発言力を取り戻そうと、無駄に言葉を重ね、説得する。


「ふーーーーん」


 だがアンジュは、じーーーっとサカキを見つめたまま離さなかった。


「いいのかなぁ~?」


 アンジュの口元が、ニヤリと悪戯《イタズラ》っ子の様に、歪んだ。


「たしかこの国での厄介ごとは、困るとかなんとかって………言ってたよね?」


「うッ………!」


 アンジュは町から付いて来た。

 つまり魔術解除から遺跡崩落までの、一部始終を見られていたという事である。

 彼女のその一言で、サカキは見事に、動揺を取り戻した。

 アンジュは一歩、踏み込む。


「言っちゃうぞ?町の人たちに───バラしちゃうぞ?世間に!みんながあの遺跡を壊しちゃった事を!!!」


「ぐぬ!!」

「あらやだ!このコ、強請《ゆす》る気よ?ますます気に入ったわぁ~」


 アンジュの脅しにたじろくサカキと、何故か体をくねらせ高揚するフライヤ。


「なぁ?別にアンタ達の邪魔をしようってワケじゃないんだ」


 ニヤついていたアンジュは、やがて真面目な表情に戻り、再び真っ直ぐにサカキを見つめ直した。


「見学でいいから連れてってよ!自分の身は自分でなんとかできるし、それに───」


 アンジュは自身の倍の身長はあろうサカキに歩み寄り、彼の顔に近づけようと背伸びをし───。


「ワタシって、とっても《《頑丈》》なんだ」


 ニヒヒヒと無邪気に笑った。


 気がづけば三人は、言葉を失っていた。

 もはや完全にアンジュのペースに飲まれた三人は、互いを見合ってしまった。


「どうする?サカキ」


 フライヤが、楽しげに問う。


「さっさと行こうぜ。手前で勝手に死ぬなら、構う必要はねぇだろ」


 コマは興味を失ったように背を向け、遺跡へと歩き出す。


「アンジュ………」


 サカキはため息混じりでアンジュに向かい───。


「離れるんじゃないぞ?」


 短く、同行を許可した。


「───ッやった!!」


 アンジュは喜びの余り、両手を挙げ、飛び跳ねた。

 その喜びのまま、駆け出し、三人の後を追う。


 ───ふと。

 視界の端に、違和感が引っかかった。

 アンジュの目に周囲の植物が映り、足が止まる。


(あれ、枯れかけてる…?)


 周囲全てではないが、一部の植物が萎《しなび》れていた。

 それも、遺跡に引き寄せられるように。


 その様子が気になったアンジュだが、先へ進む三人の背中が目に入る。


 そして、アンジュは───。


「まっ、いっか!」


 とりあえずは気にしないのであった。




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