第2話 ホームレス少女と威圧的な便利屋②
屋敷の中から、何かが壊れる音がした。
「聞こえた?」
「ああ…」
コマとフライヤは、顔を見合わせる。
二人は「またか」という表情で眉間にシワを寄せ、小さくため息をついた。
やがて、入り口の扉がそっと開き、様子を窺うように、サカキが外へ出てきた。
「待たせたな…」
「「待たせたな…」じゃないのよ!!!」
町長への挨拶を済ませてきたサカキに、フライヤが食ってかかる。
「アンタってばまたクライアントの設備壊してきたんでしょう!?いい加減にして!」
フライヤの怒号にサカキは、わずかに首を傾けた。
「一つ聞きたいんだが………」
「………何よ?」
「扉って“設備”に含まれるのか?」
「じゃかましいわ!!」
「…………はぁ」
サカキの持論にフライヤが吠える。
その隣で、コマが深く息を吐いた。
無遠慮な二人に、尖った指でサカキは頬を掻く。
それでも、表情は一切変わらない。
フライヤはタバコに火を点ける。
煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐いた。
強引に気持ちを切り替えている。
「────それで、話はついたのね?」
「ああ。あの黒煙で町の人々が困っているということが分かった」
「んなこたァ到着する前からわかってンだよ」
サカキの回答にコマが辛辣に吐き捨てるも、サカキは気にせずに続けた。
「あくまでここへ立ち寄ったのは、町の長への挨拶にすぎん。寄り合いで解決できる範疇を超えたからこそ|“モンスター・パニック・サービス”《われわれ》がここにいる────」
二人の呆れと疑念を滲ませた視線を受けながら、サカキは歩き出す。
「───いくぞ」
一言で、空気が変わる。
その号令に二人の態度は一転し。
「「了解」」
二人は迷いなく従った。
* * *
『モンスター・パニック・サービス』
彼らは“傭兵”でもなければ、一国に所属する“勇者”でもない。
その生業は、生物を相手にする“便利屋”だ。
この世界には、人智を超えた存在が溢れている───。
依頼を受け各地を巡り、それを調べ、守り、捕らえ、そして必要とあれば排除する。
それが、彼らの仕事だった。
町の長への謁見を終えた三人は、現地へ向かうため、町の出口へと足を向けていた。
「待ってる間に、分かったことはあるか?」
「聞き耳なんだけど───」
フライヤは尖った耳を指で弾きながら答える。
「あの煙の真下にある森、前から立ち入り禁止らしいわ」
どこか他人事のような口調だったが、その内容は軽くない。
「ずいぶんと昔から曰くがあって、足を運んだ人たちは、次々と行方不明。帰ってきた例はないみたい」
「行方不明?」
サカキは眉一つ動かさず、言葉だけを受け取る。
「空の火事だけじゃないわね。もっと根深い」
空に空いた穴、立ち入りを拒まれた森、帰らぬ人間。議題は上がるが、どれも輪郭が曖昧だ。
「それに軽く“観察”も試してみたけど………なぁ〜んにも視えなかったわ」
「そうか………コマはどうだ?」
「右に同じく、なんも“匂わせて”ねぇ」
コマは鼻を鳴らす。
「目視で分かる事といやぁ、あの煙は黒煙だ。なら中で何かが燃えている」
情報は断片的で、確証には至らない。
それでも、サカキは動じない。
この地で遂行する使命。
必ず解決させるという意思。
そのどちらも、微塵も揺らいではいなかった。
「とにかく、現地調査だな」
三人が言葉を交わしながら歩く中、前方にざわめきが立ち上る────人だかりができていた。
通行人たちは足を止め、その中心を気にしている。
その様子に、サカキはふと足を緩め、人混みの奥へ視線を向けた。
───その瞬間。
その表情が、僅かに強張る。
「おい、何があった?」
「ぬぁあ!?ぬぅ、ぬぬぬぅ!!ぬ、ぬぅ、盗人が出たみたいなんだ!」
声をかけられた町人は、サカキの風貌に一瞬言葉を失いながらも、どうにか答える。
「す、すまない!驚かすつもりは………」
「アンタの顔は万物を萎縮させるんだから、少しはその気軽さを抑えなさいよね」
フライヤに咎められ、サカキはわずかに肩を落とす。だがすぐに、人だかりの中心へと視線を戻した。
────そこには一人の少女が倒れていた。
崩れ落ちた体の上に、材木や植木鉢、壊れかけた柵が折り重なっている。
半ば、埋もれていた。
小さな手が、かすかに伸びている。
指先は乾いた泥に沈み、助けを求めた痕跡すら掻き消えかけていた。
全身には、痣と傷が広がり、土埃と血にまみれ、
顔は呼吸を放棄したかの様に、地面に埋まっていた。
まるで、生きたまま災害に呑まれた様な有様だった。
「あそこまでやる必要があったのか?」
「いぃ!いぃいやぁああ!!違う!違うんだよ!!」
「キリがないのよアンタはァ!!!」
酷い有様の少女の姿に、サカキの表情は更に苛烈となる。
町民は怯え、フライヤが割って入る。
実に不毛な反復だった。
「もういい!私が聞くからアンタは下がれ!しっしっ!」
「そんな……………」
ぞんざいに扱われ、追い払われたサカキは、意気消沈し、人混みから距離を取る。
「それで、何があったの?」
サカキに変わって町民に問いかけるフライヤ。
だが彼女もまた、僅かに訝しい目つきを宿していた。
「ぬ、盗人が出たのはそうなんだが………少女は無関係なんだ」
「────は?」
町民の発言に理解が追いつかず、フライヤの目が丸くなる。
「最初は食堂から食料を盗んだガキがいてな。店主に追い詰められたところに、あの娘が割って入ったんだ」
「────は?」
町民は少女を指差す。
理解が追いつかないフライヤは、同じ言葉を繰り返す。
「店主も同じ反応だったよ。そして、あの娘はこう言ったんだ───」
“話し合えばわかる!”
“人が物を盗むというのは、そこまで追い詰められたってことだ!”
“この子が食料を盗んだことはワタシが詫びる!そして一緒にアンタの店で雑用でもなんでもしてケジメをつける!!”
“そんでもって………できればワタシにも何か食べさせて欲───”
「食べさせて欲………?」
「言い切る前に、庇ったガキに壺で殴られてあのザマだ」
「気のどくが過ぎるわね………」
「あの全身の傷もその勢いだ。元から空腹で衰弱していたみたいでな。ガキは逃げちまうし、店主も面倒に巻き込まれるのが嫌だったのか、さっさと退散したよ」
「それで………生きてるの?」
野次馬ばかりで誰一人介抱する素振りを見せない。
その様子に、フライヤの苛立ちがわずかに強まる。
「さ、さぁな……さっきからピクリとも動かねえ。もしかしたら既に───」
「死臭がしねぇ」
会話にコマが割って呟く。
その直後───。
倒れていた少女の指がピクリと僅かに動いた。
「か……か…か……」
少女は声を振り絞りながら立ちあがろうとする。
だが力が入らずに再び突っ伏す。
ゴロゴロゴロゴロゴロ───。
代わりに腹の音が場違いなほど大きく、響いた。
そして────。
「か、限りなく………餓死」
独特過ぎる台詞を呟いた────。
* * *
「生きてる!」
「生きてるぞ!?」
「信じられない……」
瓦礫に埋もれ、虫の息だった少女が生きている。
町民達はどよめき、様子を見ていたサカキ達もわずかに動揺した。
「関わらない方がいい………構うだけ損だ」
ただ一人、コマだけが興味なさげに呟く。
「ただの自業自得だ、中身のない善行が招いた結果なんでぃ───ッ!?
言い切る前に、コマの頬に強い衝撃が走る。
「ぐへぁあああ!!」
「はーい!よっこいしょー!」
彼の顔には、フライヤの杖先の水晶が深くめり込んでいた。
フライヤは、満面の笑みで杖を振り抜く。
コマは、その勢いのまま、薙ぎ払われ、吹き飛んだ。
「もう我慢できない!」
障害物を排除したフライヤは、全力疾走で走り出す。
「あんなに可愛い女の子が倒れてるってぇのに!」
その目は爛々と輝きながら───。
同時に道徳的に歪んだ、卑しい笑顔を放っていた。
「お腹を空かせてるのなら、助けない理由が無さ過ぎるわ!」
フライヤは、町民をも薙ぎ払いかねない勢いで少女の元へと駆け寄る。
少女の目線が朦朧としたまま、フライヤと合う。
「───アンタ………誰?」
「ん〜〜〜!?あたしはね〜通りすがりの善意の大魔女、フライヤちゃんよ!!」
「善意?あっえっ………何ぐぇええ!?」
「さぁ食べなさい!たんと食べなさい!」
「ごぼっ!?ごぼぼぼぼぼぼーーーーー!!!」
少女の意図も問わず、フライヤは次から次へと食料を取り出し、満面の笑みで少女の口へと強引に捩じ込む。
「オイ…それは俺らの食糧じゃ───」
吹き飛ばされたコマが、地面に伏せたまま口を挟む。
「あァん?」
言い切る前に、フライヤの殺意の眼光が飛んできた。
「非常食の方だったか………」
己の眼光よりも、鋭い目線で威嚇されたコマは、素直に言及を退けた。
その様子を確認したフライヤは、グニャアとと音を立てるように表情を歪める。
二重人格をも思わせる表情の変化を以て、満面の笑みで、再び食料を与え始めた。
町民たちは、ただ見ていることしかできない。
触れてはいけないと、理解していた。
その中で───。
サカキだけが、静かに少女の顔を見つめていた。
* * *
「いやぁご馳走様でした!!やー限界だった!!!」
フライヤから“食料”という名の“慈愛”を受け切り、少女はすっかり回復していた。
両手を上げ、大きく体を伸ばす。
「なんとなくドロボー側を庇っちゃった。あわよくばご飯を恵んでくれないかと思ったけど………ドン引きされちゃった!やっぱ必死と決死は違うね!」
殴られた頭を掻きながら、誰に対してもなく少女は快活に喋りだす。
フライヤが笑顔でその口元を拭う。
少女はすっかりと慣れた様子で特に抵抗もしない。そこへ、頃合い静観していたサカキが歩み寄る。
「───ッでっか〜〜〜!!!」
その巨体に少女は驚くも、好奇心が勝った瞳でサカキを見上げる。
「落ち着いたのなら問題なさそうだな。そろそろ行くぞ」
サカキの呼びかけに、フライヤは名残惜しそうに荷物をまとめ、コマも砂埃を払って立ち上がる。
その様子を横目に、サカキは少女に視線を向ける。
「君も気をつけ───」
「ちょ〜ぉっと待って!!!」
早々に立ち去ろうとしたサカキの言葉を遮り、少女が叫んだ。
「お礼がしたい!」
「いや、礼には及ばん」
「いやいやいや!!ご飯の恩は、お金よりも深く、命よりもリアル!」
「───リ、リアル………?」
サカキは丁重に断ろうとするが、彼女の独特すぎる持論に言葉に詰まる。
「アンタら………この町の人間じゃないよな?ワタシも!!」
少女は両手を広げ、意気揚々と言葉を重ねる。
「その山積みの荷物に物騒な装備、どっかで戦うことを前提とした状態だね。もし町の自衛団なら、周囲の目線が妙によそよそしいし───」
少女は「ふーむ」と呟きながら、まじまじとサカキ達の装いに目をやり、結論に辿り着く。
「アンタら、この町に雇われて“あの煙”を、なんとかしに来たんだろ?」
ビシッと少女が指差す先。
その指した空からは───煙が上がっていた。
(………妙にするどい)
フライヤは内心で呟く。
隠密性を求められる生業ではないものの、少女の“的確な憶測”に感心する。
「アタシもあの火事の噂を聞いて、この町に来たんだ!」
《《探し物》》を見つけたと言わんばかりに、少女は目を輝かせる。
「助けてもらったんだし、目的は一つってことで!!手助けさせてくれない!?」
「初対面とは思えない程、グイグイ来るな………」
少女の押しの強い“恩返し欲”にサカキは呆れる。
「身売り・殿・生贄!なんでもやるよ!」
満面の笑みで親指を立て、歯を光らせる。
不謹慎極まりない売り込みだった。
「明るい顔でなんつーことを………ちょっとサカキ!」
フライヤが跳ねるようにしてサカキに取りついた、
その巨体を蜥蜴の様に登り、耳元でまくしたてる。
サカキは律儀に片腕でフライヤを支えながら耳を傾ける。
「こんな所で足止めなんてしてる場合?」
「お前が助けたんだろう………」
「何よ?文句あんの!?」
「い、いや………あの状況で見過ごせなかったのは同意するが………」
「このまま、ずっと、この子に構ってたら私───」
悩ましくも深刻な表情になるフライヤ。
「連れてっちゃうわよ?可愛いすぎる」
「そうじゃないでしょ」
大幅な脱線に、サカキはため息と共に話を切った。
そのまま少女に目をやる。
「君を助けたのはフライヤの厚意だ。それ以上でも以下でもない」
サカキは、フライヤを地面に降ろしながら少女に語る。
「我らは“必要以上の見返り”は求めない主義だ」
(それはそれで、言いたいことはあるんだケド………)
何か遺恨があるのか、フライヤが呆れ顔で、サカキに目をやる。
「それに我らの仕事にはいかなる犠牲も必要とはしていない、命は粗末にするな」
「まぁまぁ、そんな硬いこと言わずに」
諭そうとするサカキの言葉に、少女は手の平を擦りながら「ニヒヒヒ」と品のない笑顔でにじり寄る。
そんな少女の態度に、サカキの表情がわずかに険しくなる。
「…………くどいぞ?」
場の空気が、少しだけ冷えた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「す、すまん!!」
怯えた少女は、猫のように丸まり、地にうずくまりながら震えた。
慌てたサカキが更なる謝罪で少女に呼びかける。
実に不毛である。
そこへ、痺れを切らしたコマが割って入る。
「───おい、お前」
その呼びかけに少女は、ゆっくりと顔を上げる。
「助けたのは、気まぐれだって言ってんだろうが」
こういう手合いには慣れていた。
コマは、決まりのように冷たい視線を少女に向け、
一気に殺意のこもった視線を作りだす。
「いい加減にしないと………喰うぞ?」
低く唸る。
口元からは人とは思えない程の牙が覗く。
脅しだった。
だが大概の輩は、このやり手で退かせてきた。
だが───。
「いいよ?」
少女はあっさりとコマの脅しを承諾した。
「………コイツ」
その言葉が嘘ではないと分かった。
分かったからこそ、コマは余計に腹立たしくなり、拳に力が籠る。
サカキも真顔ではなく、真面目な表情となり、前に出る。
「冗談でも言うもんじゃない。もっと自分を大切にしろ」
真摯に語るサカキ。フライヤも続く。
「貴方の言う通り、私たちはこの町に雇われてやって来たわ。なぜ町の人は遠い所から、わざわざ私たちを雇ったのかしら?それはこの件が危険を伴うかもしれないからよ」
打って変わったフライヤの真剣な表情に、少女も黙って話を聞くしかなかった。
フライヤは腰を下ろし少女の目線に合わせて優しい表情になる。
「この仕事には、この町の未来がかかってるの、絶対に失敗できない。アナタが邪魔だからって訳じゃないのよ」
「うーん……」
「これが終わったら町長への報告をしに戻ってくるわ。その後でなら話せることがあるかもしれない。それじゃダメかしら?」
「むーん……」
(しぶといとわね………この子)
誠実な提案にも渋い表情で納得がいかない様子の少女。
フライヤも言葉の在庫が無くなり焦りが生じる。
「私たちは、チームで動く」
フライヤの様子を察したサカキが、無言で交代の意思を示した。
「生存の保証がない現場に信頼関係が構築されていない者が加わると、それだけで命取りになる………」
「───ッそんなの!!」
説く様な言い聞かせ。
否が応でも言い聞かされてる気分になった少女は声を上げ───。
「そんなの………やってみなきゃ───」
「分からないのであれば話にならん」
そして止めを刺された───。
「金になる仕事は山程ある、悪いが、他を当たってくれ」
黙ってしまった少女にサカキはそれが締めの言葉だと言わんばかりに、背を向ける。コマもその後に続き、フライヤだけが申し訳なさそうに手を振った。
「ぬぐぐぐぐぐぐ───」
少女は悔しそうに歯を噛み締めながら、手を振りかえす。その姿が見えなくなった後、彼女は小石を蹴り上げた。
「ちぇー!べっつにお金が目的じゃねーやい!」
───この少女の名は、“アンジュ・トライバル”
その宿命は、既に定められていた。




