第28話 顕現と業縁③
その体躯が動くたび、巨大な爆発が起きる。
一歩踏み込むだけで大気が裂け、腕を振るうたびに地形が歪む。
衝撃は遅れて届き、爆ぜた空気が地を抉り、削られた大地が空へと巻き上がる。
もはやこの土地では、“遭遇”だけで、“死因”になる。
生きているだけで災害となり。
動くたびに森が裂け、地平が揺らぐ。
そんな破滅をもたらす存在が、二体。
同じ空間に立っていた。
「フハハハハァアアアアアアアーーーッ!!!!!」
───その片割れ。
コーネリアスが、喉を裂くような高笑いを放つ。
笑いは次第に濁り、やがて咆哮へと変わる。
歓喜、闘志、殺意。
それらすべてを混ぜ合わせた、獣の叫び。
その掛け声に身を委ねるように、コーネリアスの動きはさらに加速する。
「楽しいなぁあああ!?」
常人の視界では捉えられぬ速度。
無数の拳撃と蹴撃。
空間を裂き、衝撃を撒き散らしながら、凄まじい威力の猛攻が、サカキへと降り注ぐ───だが。
その全てを、サカキは片手でいなしていた。
炸裂した衝撃の中心で、サカキの足が、わずかに地を踏みしめる。
受けるでもなく、弾くでもなく。
流していく。
最小限の動きで、世界最強の一角の連撃を、淡々と捌いていく。
「────ッッッ!!!」
片手で捌けるほど、余裕のある相手ではない。
だが、サカキのもう片方の腕には。
意識を失ったアンジュが抱えられていた。
砕けたはずの肉片は、抱えられた腕の中で、ゆっくりと繋がり始めている。
裂けた皮膚は閉じ、抉られた部位は再生し、欠けた箇所には、新たな肉が芽吹く。
その瞼は、閉じたまま。
呼吸は浅く、脈も戻りつつある。
それでも―――。
アンジュの意識は、未だ、戻ってはいなかった。
その事実が、サカキの理性を縛っている。
「なぁ!!どうなんだぁあ!?」
コーネリアスの動きが、変わる。
細かな連撃を捨て、全身を叩きつけるような大振りへと切り替える。
サカキはその拳を避ける。
コーネリアスの拳が大地を穿つ。
───それだけで。
爆風は割れ、
衝撃は左右へと流される。
肩が軋み、筋肉が膨張し、振りかぶられた腕が、空気そのものを圧縮する。
「サカキよぉ!!!」
それは確認でも、挑発でもない。
ただ、“そこにいることを愉しむ”ための呼びかけ。
次の瞬間。
地に埋まったコーネリアスの拳が大地を抉り上げた。
空間を裂き、轟音を引き連れ、一直線にサカキへと叩き込まれる。
その瞬間サカキは、片足を上げ、足裏でその一撃を受け止める。
足裏と拳が接触した瞬間、衝撃波が大地へと逃げ場を求める。
だが逃げきれず、地面が、悲鳴を上げる。
あまりの破壊力に、サカキの巨体が弾かれ、吹き飛ばされる。
だが、腕の中のアンジュだけは、
一切揺らさない。
空中で大きく弧を描きながらも、その抱擁だけは崩れなかった。
着地は、静かに。
地面を抉ることなく、腕の中の少女を揺らすこともなく。
重心を殺し、何事もなかったかのように立つ。
───そして。
「ガァアアアアアア!!!」
サカキが言葉にならない叫びを放つ。
彼の赤く染まった瞳は、一切の怯みを見せない。
怒りを、そのまま外へ吐き出す獣の咆哮と共に、
サカキの姿が、掻き消える。
次の瞬間には、両者の空いた距離は、消えていた。
鬼神の如き踏み込み。
コーネリアスの煽り文句など、耳に入っていない。
ただ、目の前の敵だけを見据え、
拳が振りかざされる。
狙いは───頭部。
殺意を一点に収束させた一撃が、コーネリアスへと放たれた。
だが、間一髪。
コーネリアスは、首をわずかに傾げる。
拳は空を裂き、直撃を逃す。
外れた一撃は、衝撃波だけで、周囲一帯を吹き飛ばした。
遠方の木々が、根こそぎなぎ倒される。
“直撃していれば”そう思う暇すらない。
だが、コーネリアスは、冷や汗をかくどころか、目を見開き、さらに高揚を増していた。
───愉悦。
恐ろしすぎる一撃を前にしてなお、その笑みは、歪むどころか、より深く、濃くなっていく。
この男にとって、死線は恐怖ではない。
───最高の、娯楽だった。
「そのガキを喰い散らかしたことに、随分と腹を立ててるじゃねぇか!?」
言葉と同時に、コーネリアスの脚が跳ね上がる。
正面からの蹴撃。
轟くの稲妻のような爆圧を纏って、
真っ向からサカキへ叩き込まれる。
サカキは、アンジュを抱えたまま、もう片方の腕を盾のように構えた。
衝突し、再び爆ぜる衝撃が、衝撃波となり、周囲を薙ぎ払う。
地面が裂け、岩が砕け、空気が悲鳴を上げる。
それでも、拮抗している、
互いの力が、ギリギリと軋みを上げる。
「だがお前も空の牧場で、《《似た様なこと》》をしてたと思うがなぁ!?」
言葉が───刃となって、サカキに突き刺さった。
“効いた”。コーネリアスの口元が、歪む。
「己の所業を棚に上げて、たかが内輪のガキ一匹如き───」
その瞬間。コーネリアスの目が、見開かれる。
先ほどまで人のそれだった眼球が、ざわり、と揺らぐ。
無数の反射、幾何学的な光の分裂。
一つの景色が、数百に割れる。
その全てが、同時にサカキを映している。
それは、昆虫の複眼のような、異様な模様を描いていた。
「都合のいい様にキレやがって!!」
吐き捨てた、その言葉に。サカキの動きが、わずかに止まる。
ほんの一瞬、だが、確かにサカキに動揺が生まれた。
「“なぜそれを?”とでも言いたげだなぁ?」
コーネリアスは嗤う。
怯んだ相手を攻め立てるのではない。
むしろ、サカキの反応に、さらに怒気を孕ませていく。
「全部《《視られ》》てんだよ、テメェらは!!!」
複眼が、ギラリと光り、サカキへと、顔を近づける。
覗き込む訳ではなく、“映し出す”ように。
「この世界は“監視下”だ!!」
その言葉と同時に、コーネリアスの羽織るコートが、ざわざわと蠢き出した。
布生地のはずのそれが、まるで生き物のように波打つ。
内側から、何かが蠢いている。
「ダムセクトは、全てを視ている!!」
コートが、彼の感情に呼応するかのように、不気味にうねる。
その裾の隙間から、無数の“視線”のような気配が、
漏れ出していた。
「それだけじゃねぇ!」
先ほどまで、戦闘そのものを愉しんでいたはずの男が、突如として、感情の質を変える。
「《《テメェら》》は、この数百年、いや数千、数万年でどれだけの獲物を自分たちの都合で仕留めてきた!?」
癇癪にも似た怒り。
笑いではなく、苛立ちが声を震わせる。
「滅ぼした数………覚えてねぇだろ?」
問いという名の裁き。
その瞬間、コートの袖が、不自然に膨れ上がる。
「生きる価値を決めるのはテメェらか!?」
布地が内側から押し広げられ、波打つ。
明らかに風ではなく“脈動”で揺れている。
「大義名分を伴えば、“害獣”は殺して当然か!?」
本来ならば、腕を通していないはずの袖が───。
まるで“中身”を持っているかの様に───。
袖口から現れたのは、“黒い節”。
「俺とお前が───」
次に、無数の百足の脚。
それが“腕”ではないと理解する。
「どう違うか………言ってみろおおお!!!!!」
うねり、絡み、蛇のようにサカキへと殺到する。
サカキは、即座に動く。
抱えたアンジュを死角に入れぬよう身体を捻り、
迫る節をいなし、弾き、掴む。
だが、すべてを捌ききることはできない。
彼の鋼の肉体に、細かな裂傷が刻まれていき、徐々に血が、滲んでいく。
「だがこの“結果”は───」
その声に、コーネリアスの怒気が、ふっと引く。
「俺にとっては好都合だ!!!」
代わりに戻るのは、あの愉悦。
「俺とまともに戦り合えるのは、お前しかいねぇ!!!」
百足の群れを操りながら、
「使えない部下の尻ぬぐいに、手応えのない相手ばかり」
再び、闘争そのものを楽しみ始める。
「いっそのこと弱者はこの世から排除して、強者だけがこの世を再構築するべきだと思わねぇか?」
節が地面を削り、岩を砕き、包囲を狭める。
「淘汰は悪じゃねぇ、自然だ!!そんな世界のほうが、お前も生きやすいだろう!?」
「黙れ!!!」
サカキは怒号と共に、百足の一節を片手で掴み、握り潰し、そのまま掴んだ百足の部位を、まるで巨大な槌のように振り回す。
「確かに、我らも人の平穏に仇なす数多の存在を殺めてきた───」
遠心力に任せ、そのまま、叩きつけるように投げ飛ばす。
「綺麗事で誤魔化す気もない───」
巻き込まれたコーネリアスの身体が、一瞬、宙に浮く。
「だが、その覚悟も、責任も、思いも───」
サカキの指先に残る温もり、抱えたアンジュの重みを感じる。
彼女の血の匂いが鼻を刺す。
「軽はずみに、命を奪う貴様らとは程度が違う!!!」
「詭弁だなぁ!!!」
コーネリアスは空中で、胴体を縄の様にギュッとと縮める。
次の瞬間には、弾丸のように距離を詰め、サカキへと突撃していた。
ぶつかり合う、拳と拳。
その刹那サカキは叫んだ。
「命に生きる意思が宿るこの世界に、力のみの優劣はない!!!」
その叫びと共に、突き出された拳に更なる力が宿る。
弾き飛ばされた、コーネリアスは、すぐさま体勢を立て直し、両腕を、地面へと突き刺す。
「弱肉強食に背きすぎだ!!てめぇも!バジルも!」
コーネリアスの叫びを合図に突き刺された地面が波打つ。
腕から分岐した百足の部位が、地中へと潜り込む。
「鬼という一族はなぜそうも甘い!」
その言葉にサカキの眉間に深い皺が刻まれる。
次の瞬間───。
地面のあちこちが、盛り上がる。
節が這い出し、絡み合い、円を描く。
みるみるうちに、サカキの周囲は、無数の百足の壁に囲まれた。
次の瞬間、地中が弾け、百足の部位が、触手のように四方八方から飛び出した。
槍の如く。
鞭の如く。
絡め取り、貫き、砕くために。
「《《貴様ら》》と分かり合えるとは、思っとらん!!」
サカキが吠える。
片腕を構え、握る拳に、鬼の力を宿す。
皮膚の下で筋肉が膨張し、血管が浮き上がる。
振るわれた腕は、まるで巨大な金棒と化し、襲い来る触手を、一薙ぎで粉砕した。
節が千切れ、肉片と殻が飛び散り、周囲を巻き込みながら吹き飛んでいく。
だが、数は減ることはなく、払っても、砕いても、なお湧き出でてくる。
「コーネリアス!!」
排除した一瞬の隙に、赤く染まったサカキの瞳が、真っ直ぐに宿敵を射抜く。
「モンスター・パニック・サービスの名において───」
その言葉と共に、空気が変わる。
空間が、わずかに揺らぐ。
覇気が、形を持つ。
「今日という今日は、貴様という種を駆逐する!!!」
放たれたのは、宣告。
鬼でも、個としてでもない。
“名”を背負った、断罪。
サカキの全身から溢れ出た覇気は、やがて、濃密な殺気へと変質していく。
「面白い!!!」
コーネリアスの全身から、バキ、バキキ、と不快な音が鳴る。
彼の外骨格が軋み、ひび割れ、その内側から、輪郭が崩れ、人の形を捨て始める。
節が増え、殻が重なり、輪郭が、より怪物へと近づいていく。
「生存競争たぁ俺好みだ!!!」
サカキは、この決闘を長引かせるつもりはない。
コーネリアスは、長引くことを楽しんでいた。
だが今は違う。
より強い快楽が、それを上書きしていた。
歓喜に、闘争に、思想。
そして長き因縁を───。
次の一撃で、互いに、数百年に及ぶ業を。
この瞬間に終わらせる為に。
───だがそこまでだった。
眩い閃光が、戦場を裂く。
「────ッ何!?」
「あァん?」
サカキの腕に抱えられたアンジュの胸元。
そこに刻まれた紋章が、突如、強烈な光を放つ。
───水を差す様で申し訳ないが。
はるか天空。
“空の牧場”より、届け物がある。
ならば───受け取らせねばなるまい。
アンジュの胸の紋章は、脈打つように光を強めながら、その肉体から、ゆっくりと浮かび上がった。
引き剥がされるのではない。自ら、離れる。
紋章の力がサカキの腕を弾き、思わず、その身体を放してしまう。
地へと落ちるアンジュ。
だが紋章は、彼女から離れきらない。
糸で結ばれたかのように、すぐ傍に在り続ける。
そして膨張し、光の輪郭が、歪み、拡張し、瞬く間に巨大化していく。
人の背丈を越え、鬼の巨体を越え、ついには、サカキとコーネリアス、
二体の“天変地異”すら、覆い隠すほどにまで膨れ上がった。
(これは!?あの時の───まさか!?)
サカキの脳裏に、かつての光景が閃く。
「なんだぁ〜?」
対するコーネリアスは、首を傾げる。
災害の中心に立ちながらも、状況を楽しむ余裕を崩さない。
「そういや、“結末”までは聞いてなかったか…………」
興味深そうに、アンジュの方へと視線を向ける。
光は、次第に収束していく。
轟々と膨張していた輝きは、嘘のように静まり───。
やがて、巨大な紋章だけが───。
空中に浮かび、静かに漂っていた。
その中心が、揺らぎ、歪む。
そして───。
「ミィ!」
あまりにも場違いな、小さな声。
巨大な紋章の中から現れたのは、その威容に似つかわしくない、ちいさな龍。
「───ニアか!?」
サカキが叫ぶ。
その言葉の通り。
紋章の奥から姿を現したのは、遺跡で出会い、空の牧場にて“孵り直した”龍の子だった。
「ミ、ミィ〜?」
龍の子は、状況を理解できていない様子で、キョロキョロと周囲を見渡す。
血塗れの大地と、崩壊した地形。
対峙している鬼と怪物。
あまりにも場違いな存在。
まるで、迷子になった子供のようだった。
そして───。
その視線が、ふと、地面へと落ちる。
そこに横たわる、ひとつの身体。
「…………ミ?」
ニアは───気づいた。
血に濡れ、まだ完全には再生しきっていない。
大恩ある少女、アンジュの姿に。
ニアは───理解した。
震えの正体を。
胸の奥で暴れていた焦燥が。
誰の痛みだったのかを。
ニアは───探した。
誰がやったのかを。
血の匂い、破壊の痕跡。
殺意の残滓。
ニアは───見つけた。
あからさまな敵を。
立ち尽くす、異形の怪物。
外骨格を軋ませ、複眼を揺らし。
愉悦を隠さない存在、コーネリアス。
ニアは───分かった。
自分が“何をすれば良いか”を。
「───ミィ、ミィイイ」
小さな身体の奥で、何かが、せり上がる。
それは、初めて芽吹いた感情だった。
ニアは、コーネリアスを睨む。
「ミィイイイイイイイイ!!」
叫びが、周囲を響いた。
小さな喉から放たれたそれは。しかし音の大きさではない。
───質が違った。
「こ、これは───」
サカキが思わず息を呑む。
異変は、即座に周囲へ伝播した。
なぎ倒された木々が、みるみるうちに枯れていく。
葉が黒く縮れ、幹がひび割れ、命の水分を奪われたかのように崩れていく。
戦闘に巻き込まれ、既に命を落としていた生物達。
その亡骸が、次々と干からび、骨となり、骨すらも粉となり、灰へと変わって消えていく。
「ミィイイイイァアアアア…………」
生命力、生気。
命を形作るための、あらゆる“素”を。
この大地に残された、余剰の命をニアは吸収した。
だが───。
ニアは、その怒りに呑まれてはいなかった。
いたって冷静だった。
奪うのではなく、選び取っている。
アンジュの仲間であるサカキ。
そして明確な敵であるコーネリアス。
その二体は、吸収の対象から、外されている。
その様子をサカキは、ただ見つめるしかなかった。
理性を選び、道徳を捨てたこの小さな存在が、何を選び、何を為そうとしているのか。
だが、サカキにはその“結果”だけは、予測できた。
それが何を意味するのかを───。
「ニア………まさか」
その予感は、的中する。
メキィ!メキメキメキ!バキィ―――。
骨が生まれる音。
肉が引き裂かれ、再編される音。
ニアの身体が、震えながら膨張していく。
鰓はねじれ、角へと変わる。
胴体からは巨大な腕が生え、背の皺は硬化し、甲羅のように厚みを増す。
小さな龍の子は、もはやその枠に収まらない。
人から獣。獣から巨岩。巨岩から大木。
そして、その全てを凌駕する規模へと至る。
それは、かつて世界を滅ぼしかけた災害。
“寄生龍”レガシー・ギフト。
「グオオオオオオオオオ!!!」
天を裂く咆哮。
大気が震え、衝撃波が幾重にも空を走る。
成長したのか、あるいは、本来の姿へ戻ったのか。
だが、その区別に意味はない。
小さな龍の子は、空を覆う巨影へと変貌していた。
その一振りで、雲が裂ける。
角と巨腕は天を穿ち、硬化した背甲は、まるで移動する要塞。
そして、ゆっくりと。
巨龍の瞳が、ギロリと、コーネリアスを捉える。
「逃がさぬ」と言わんばかりに。
「ほぉ〜…………」
コーネリアスは、武者震いを隠さなかった。
突如介入した龍。
咆哮による衝撃。
変貌した圧。
そのすべてが、
彼の嗜好に、完璧に合致している。
興奮が、骨の奥から滲み出る。
「あのガキ────」
新たな“獲物”を前に、口元が、不気味に歪む。
低く呟くその声には、苛立ちも、焦燥もない。
あるのは───期待。
戦場は、拡張された。
二体の天変地異は、新たな災厄が加わり、
三つ巴へと変わる。
顕現と、業縁。
絡み合った因果が、更なる火種を抱え込む。
「───召喚士だったか」




