第21話 不死身の少女と曰く纏う魔法使い①
闇に沈んだ空間に、一つの灯りがゆらりと揺れた。
炎の明滅に合わせて影が寄せては引き、そこにいる者の表情をなまめかしく縁取っていく。
光と影が絡むその場所には、どこか甘く、息が触れそうなほどの近さが漂っていた。
「いいのね?アンジュちゃん」
フライヤの囁きは、耳殻にかすかに触れたかのような湿度を帯びていた。
アンジュはゆっくりとまぶたを伏せ、熱のこもった吐息をひとつ漏らす。
「………うん、いいよ」
その一言だけで、灯りが少し落ちたように空気が濃くなる。
フライヤは胸元を押さえ、小さく震えた。
「なんだか、緊張するわ………私───怖い」
薄明かりの中、フライヤの肩はぴたりとこわばっていた。その姿を見て、アンジュは小さく息を吸う。
「怖がらないで、フライヤさん………いくよ?」
「来て──アンジュちゃん」
誘うような声音。
指先が触れ合えば、心臓の音さえ聞こえてしまいそうな近さ。
アンジュは、ゆっくりと、慎重に、震えるフライヤの前で指を動かし——。
「────フルハウス」
カードがめくられる。
灯りが照らし出したのは、逃げ道のないほど完璧に揃った“役”だった。
「ちょ、ちょっと待って!?この流れで私が完敗ってどういうこと!?」
「いやぁ〜引いちゃったんだよね、たまたま!」
フライヤはわしゃわしゃと金髪をかきむしり、悔しさを全身で表現していた。
「ワタシの勝ち!勝ちだよね?やったー!」
アンジュは両手を高く上げ、無邪気そのものの笑顔で跳ねる。
その横では、モンスター・パニック・サービスの面々が野営の火を囲み、フライヤ提案によるカードゲームに興じていた。
結果は───アンジュの圧倒的な一人勝ち。連戦連勝である。
「………ちっ、くだらねぇ」
「やるな、アンジュ」
コマは悪態をつきながらも、結局すべてのゲームに参加し、そして見事にすべて散った。焚き火の前で貧乏ゆすりを続ける足だけが、敗北の悔しさを物語っていた。
一方、サカキも負けはしたが、気にする様子はない。まるで親が子どもの遊びに付き合っているような、柔らかな表情だった。
「アンジュちゃん、もしかして……やってた?」
「たま〜にね」
フライヤが興味深げに問いかける。
アンジュは特に誤魔化す気もなさそうだが、どこか会話に積極的でもなかった。
「アンジュちゃん、バギーを回収したら今度ちょっとだけ………いいえ!アンジュちゃんなら億万長者も夢じゃな────」
「悪銭身につかずだ!」
フライヤは完全に“才能”を見抜き、危うい副業へ引き込もうとしていたが、その目論見はサカキが珍しく声を張り上げて止めた。
(フライヤさん───そうとう浸かってるな〜)
アンジュは胸の内だけで呟き、口には出さなかった。
「それよりさ!次の依頼ってどんなんなの!?どんな生物!?」
(───話題を変えたな)
(───話題を変えたか)
(───諦めないわよ)
アンジュの明るい問いかけに対し、サカキとコマは同じ感想を抱き、
フライヤだけが、なおも虎視眈々と、アンジュで金策を企む未来を想像していた。
「次の任務はな、“対生物”ではないんだ」
「え、そうなの?」
「ああ、生物絡みであるヤマなのは間違いないんだが」
サカキは神妙な面持ちでフライヤに視線を送る。
するとフライヤは縮小魔法で小さくしていた依頼書を取り出し、元のサイズへと戻した。サカキはそれを受け取り、アンジュの前に差し出した。
* * *
《生物闇取引の調査・阻止依頼及び、被拘束生物保護依頼》
依頼番号:No.283
依頼区分:調査/保護
対象生物:行方不明生物
確認区域:ゴウライ大陸
危険度:★★★★☆
依頼内容:当局は本国にて、生物兵器化を目的とした闇市場の兆候が相次いで報告されている。さらに行方不明生物の急増と生物を違法に取引する組織の関与が確認されている。
しかし、取引現場は巧妙に隠匿され、内部構造・関係者の実態は未だ不明である。
安全確保を最優先としつつ、当該集団の拠点の特定、手口の解明、生物の保護および証拠の収集を依頼する。
報酬:なし
発行:ゴウライ大陸・西部/中核町治安局。
* * *
「生物の………密売?」
「そうだ、このゴウライ大陸で違法に───そして無作為に集められた生き物達が。この先の街に集まっているという情報があってな」
次の依頼は、生物の密輸取引の制止。
この先の町で“それ”が行われているとの、確度の高い裏取りがされていた。
「そこで集められた生き物達は、違法取引の末に、生物兵器として扱われているということも────な」
その一言が、アンジュの胸をわずかに刺した。
“生物兵器”という響きに、ふとスカイ・ファームが、あの召喚獣たちが、そしてミコトの顔が浮かんでしまう。
アンジュはその連想を邪念だと決めつけ、
ブンブンと頭を振って無理やり振り払った。
そして、依頼書を奪うように掴むと、灯りに照らされる紙へ、食い入るように目を落とした。
「あれ?この依頼って、報酬が……」
「ああ、無報酬だ」
サカキが表情ひとつ変えずに答えた。
「ってことは、今回はボランティア───」
「その先の発言には気をつけろよ?」
割って入るように、コマが苛立ちと殺気を込めて睨みつけてきた。
「…………ゴメン」
アンジュは怯んだわけではない。
ただ、自分の言葉が余計だったと理解し、静かに口を閉じた。
「まぁ、そういう依頼もあるってことだ」
サカキが静かに補足する。
説明は理解できるし、納得もできる。
だが、アンジュが本当に引っかかったのはそこではなかった。
───ただ一人、気になる人物がいた。
横目でちらりとフライヤを見る。
しかしフライヤは“無報酬”に対して怒りも不満も見せず、拍子抜けするほど、いつもの調子のままだった。
(う〜ん、フライヤさん)
モンスター・パニック・サービスに加わってから、アンジュの中でフライヤの印象は一貫している。
“依頼には真面目。金勘定にはもっと真面目”。
──いや、正確には がめつい。
報酬交渉。
依頼主との駆け引き。
成果による上乗せ。
そして得た金の管理まで、フライヤは容赦がない。
モンパニの信頼と実績の八割は、フライヤの交渉術と手腕よって勝ち取られていると言っても過言ではなかった。
(でも、それ以上に────)
アンジュが密かに最も萎縮するのは、《《依頼を承諾する前》》のフライヤだ。
───思い返すのは、いつもの夜。
皆が寝静まった後、焚き火の残り火の前で依頼書と向き合うフライヤは───。
「クソやっすいわね………」
「私たちを舐めてんの?」
「あ〜酒が飲みたい、博打がしたい、いっそのこと依頼主ごと───」
金勘定と悪態と陰謀を、まるで呪詛のように延々とつぶやき続けるのだ。
その異様な迫力を夜な夜な目撃してきたアンジュには、“無報酬”と“フライヤの“金欲”が、どうしても結びつかなかった。
もう一度、フライヤを見た。
やはり、いつもどおりだ。
緊張も不満も、影ひとつ見当たらない。
「お、お腹が痛くなってきた」
世にも珍しい“不死身の腹痛”だった。
* * *
長い移動を終え、夕暮れ色の風が変わった。
アンジュたちはようやく目的の町へと辿り着いた。
人影が遠くに揺れ、建物の影が夕日に沈み始めている。
「さて、我々はここまでだな」
「え?」
アンジュは歩みを止め、首をかしげた。
サカキが立ち止まったのは、町の入口からかなり離れた場所だった。
「今回は私とコマ、そして君もこの辺りで待機だ」
「えっ?オヤジもコマさんも待機!?」
「そうだ、今回は慎重さがものを言う仕事だ、私は人目の中では、少しばかし目出つ」
「少しばかし?───いや、なんでもない」
反論は喉まで来たが、面倒になったアンジュは黙って続きを待った。
「それにコマは───」
サカキの視線の先では、コマが苛立ちを隠しもせず低い声で独り言を続けている。
「さっさと突入して、締め上げれば済む話だ。細かいことは殺してから考えればいい」
「という具合なので、絶対にダメなんだ」
「そうだね」
アンジュは、コマの台詞を聞かなかったことにした。というか、聞き流さないと彼の精神衛生上よくない。
「…………ということは」
アンジュが恐る恐る視線を向けると、その先には———。
「フライヤ、後は頼むぞ?」
「はーい♡」
まるで散歩にでも行くような顔のフライヤが立っていた。
「フライヤさんがいくの!?一人で!?」
「あら?心配してくれるの?」
フライヤは平然としている。
そのままサカキの前へ歩き、杖をストンと差し出した。
「フライヤさん、それ!」
アンジュの声が裏返る。
フライヤは戦闘の際、必ず杖を使う。
それを預けるということは、丸腰で犯罪組織に突っ込むということだ。
もっともな疑問を向けるアンジュに対し、フライヤは相変わらず涼しい顔だった。
「町中に魔道具検知の設備が張り巡らされてるの、杖があると色々動きにくいのよ」
サカキに杖を渡すと、気軽な声で一言。
「汚したら、焦がすわよ?」
「こ、心得た」
「ワタシも行く!行きたい!行かせて!」
物事が一気に進んでいく空気に置き去りにされながら、アンジュの身体は思考より先に動いていた。
丸腰で危険な場所に入るなんて、どう考えても無茶だ。
それでも普段通りのフライヤを見た瞬間、アンジュの中にも“その先を見たい”という衝動が湧き上がった。
不安よりも、知りたい気持ちが勝っていた。
危険だとわかっていても、手を伸ばしてしまうような感覚。
「お願い!ぜっっったいに邪魔しないから!」
今にも地面に頭を擦りつけそうな勢いで懇願するアンジュ。
サカキは頭を掻き、ため息をひとつ漏らすと、フライヤに視線を送った。
「フライヤ───」
「大歓迎!!」
返す刀で即答するフライヤ。
「オヤジ、ありがとう!」
「くれぐれも無茶をするなよ?今回の目的は戦闘ではない」
そうしてフライヤとアンジュは。町へ向かって歩き出した。
その背中を見送るサカキとコマ。
静かな風が通り過ぎる。
おもむろに、コマが口を開いた。
「なぁ大将、標的って───」
「ああ、恐らく《《アレ》》の中にある」
そのひと言で、サカキとコマは同時に深いため息をついた。
* * *
町へ足を踏み入れたアンジュは、周囲を見回して思わず瞬きを繰り返した。
市場は活気に満ち、露店の呼び声が飛び交い、
子どもたちは追いかけっこをしながら笑っている。
どう見ても、“闇取引”などという不穏な匂いは漂っていなかった。
だが、フライヤは景色に目もくれず、
町に着くや否や、出迎えに現れた今回の依頼主である保安官の元へ、一直線に向かった。
「待っていたよ。すまないな、君たち程の大物に来てもらうことになって」
「気にしないで、《《仕事》》だから」
「うぐウ───!!」
その一言だけで、アンジュの胃がまた軋んだ。
“無報酬依頼”という現実がじわじわ蘇る。
「それで?状況はどうなってるの」
挨拶もそこそこに、フライヤは本題へ切り込んだ。
「ああ、この町の“ある場所”で生物の闇取引が行われているところはみつけたんだが」
「そこまで嗅ぎ付けたのだったら、さっさと捕まえちゃえばいいのに」
「それが、そうもいかないんだ………」
保安官は苦々しい顔で視線を落とす。
「奴らには、途轍もなく腕が立つ用心棒がバックについているらしくて、不用意にガサ入れできねぇんだ」
「───情けない」
「言葉もない」
フライヤの遠慮のない酷評に、保安官はさらに肩を落とした。
だが、その言葉を聞きながらも、口元には悔しさより“決意”が浮かんでいる。
「俺らが守る街で、争いの火種となってる兵器。それも生き物が闇取引されているのは我慢ならん!だからなんとしても奴らを挙げたい───だが闇雲に突っ込んで部下を犬死させるわけにはいかんのだ、みっともないのは、重々承知だ!」
拳を固く握りしめた手の甲には白い筋が浮き、
唇は怒りと無力さで噛みしめられ、血がにじみそうなほどだった。
彼も本当は、今すぐ飛び込みたいのだ。
だが、それをすれば、自分の手で仲間を殺すことになる。
その葛藤が、彼の胸を何度も締め付けていた。
「だから……だから頼───ッ」
「その言葉が聞けたら十分よ」
保安官が地に頭をつけようとした瞬間───。
フライヤが足先で保安官の顎を止めて制した。
「手錠の準備でもして待ってなさい」
「す、すまねぇ!」
真っ直ぐな笑顔で断言するフライヤに、保安官は胸を叩くように頭を下げた。
(………カッコいい)
アンジュには、その姿がまぶしくて仕方なかった。
「それで?その“ある場所”ってのは?」
「あ、ああ、裏町にある賭博場だ」
その言葉を聞いた瞬間───。
「───グフッ」
「あ、笑った」
フライヤの口元に、卑しい笑みが浮かぶ。
アンジュはその瞬間の変質者めいた笑顔を、しっかりと見逃さなかった。
* * *
保安官が示した賭博場は、裏町のさらに外れにあった。
夕方の表通りと違い、そこには怪しげな匂いが濃く漂っていた。
建物は妙に豪奢で、場違いなほど大きく掲げられた《カジノ》の看板が、夜の光にいやらしいほど目立っている。
物々しい空気の中、フライヤはもちろん、アンジュも怯む様子はなかった。
「意外と怖がってないのね?」
「うん、こーゆーのは慣れてる」
「あら?頼もしいわ~」
「お金がないときにはよく、自分を質に入れてたんだ」
「───え?」
「拷問とか、見世物とか、闘技場で無理やり戦わされたり、色々あったな~」
「…………」
「大体その後は、死んだふりして逃げ出していたんだけど」
「こ、今度話を聞かせてちょうだい」
(ほんと物騒なことサラッと言うわねこの子……)
あっけらかんと話すアンジュに、フライヤは一瞬だけ視線を落とした。
その笑顔の裏にある過去の重さが、かすかに滲んで見えた。
「それはいいけど、フライヤさん、そのカッコなに?」
「ん〜?まぁ………一応ね」
フライヤはフードを深くかぶり、口元を包帯で隠し、さらに黒いサングラスまで掛けた───明らかに“やりすぎ”な変装だった。
(なんか………訳ありみたいだな)
モンスター・パニック・サービスには誰しも何かしらの事情がある───。
アンジュも薄々察していたが、余計な詮索はしなかった。
特にフライヤは、魔法の質が他の“人種”とは明らかに異なる。
だからこそ、アンジュは本人の行動を汲み取って黙って後ろに付いていいき、フライヤは賭博場の扉を叩く。
「何の用だ?」
「はいこんにちは」
「さようならといったか?」
バタンッ。
扉は容赦なく閉められた。
フライヤは無言で再びノックする。
「何の用だ?」
今度は言葉も交わさず、フライヤは多めの賄賂を指に挟んで差し出した。
即座に扉が開く。
「うぎぃ!」
その瞬間、アンジュの腹が再びキリキリと痛んだ。
中へ案内された二人は、まず賭博場全体を見渡した。
カード、ルーレット、スロット。
音と光が混ざり合い、どこか健全、しかしどこか不健全───。
そんな絶妙に“灰色”の空気が漂っていた。
「ここだけでも、叩けば色々ホコリがでてきそうね」
「ワタシもそう思う」
「この国らしいといえば、らしいけど」
そんな会話の最中、店員が胡散臭い笑顔で近づいてきた。
「ようこそ───お見受けしない方たちですね、旅の方ですか?」
「そうですの、行商で各地を回ってましてね。少しばかり商いのゲン担ぎに来たのです。この子は私の付き人ですわ」
流れるような口調で話すフライヤの横で、アンジュは不慣れな仕草でペコリと頭を下げた。
「とりあえずチップが欲しいわ」
「かしこまりました、では、こちらへどうぞ、本日はどのような遊戯をご所望で?」
商人を演じながら、フライヤは店員の後ろへ滑るように付いていく。
(頼むわよアンジュちゃん)
フライヤが振り返り、静かに頷く。
視線だけで送られた合図を受け取り、アンジュはひとり場内に残された。
カジノのざわめきが耳にまとわりつく。
ルーレットの回転音、チップの擦れる音、酔客の笑い声………すべてが遠く、重く響いた。
(さてと………)
アンジュは深呼吸し、先ほどの打ち合わせを頭の中で反芻した。
* * *
「いい?アンジュちゃん。私が“商人役”、あなたは“付き人”として中に入るわ。その間に───あなたは怪しい場所がないか、探してほしいの」
「ワタシが!?いいの!?」
「もちろんよ!付いてきてくれたなら、むしろ貴方が適任よ」
その一言に、アンジュの肩がビクッと跳ねる。
「遺跡のときに見せてくれた“観察力”、正直───ものすごく買ってるの。頼むわね」
フライヤの言葉にアンジュの目に星の数ほどのきらめきが灯る。
戦闘になるとどうしても“腫れ物扱い”される自分。
だからこそ「頼む」という言葉は、胸の奥で音を立てて響いた。
* * *
(………応えたいな)
そう思った瞬間、アンジュの意識は一瞬で切り替わった。
視界がカジノの景色を“情報”として吸い込んでいく。
前を向いたまま、アンジュの視線だけがギョロギョロと高速で走り出した。
その速さは、素人では追えない。
そこへ、チップ交換を済ませて戻ってきたフライヤが声をかける。
「アンジュちゃん、お待たせ〜!」
「見つけた」
「はっや!」
戻ってきた瞬間、アンジュは迷いなく一点を指差した。
「───あそこ」
「VIPルーム?」
「うんあの扉からVIPルームにいけるみたいだけど………脇に“客用”じゃない扉があった。絶対あそこに、取っ掛かりがある」
フライヤは目を細め、アンジュの示した方向へ視線を流す。
「ということは、VIPルームにいく必要があるってわけね」
だが、そこへ入るには相応の“実績”がないと招待されない。交換したチップだけでは、到底届かない額だ。
「なかなかハードね」
「ねぇフライヤさん」
その時、後ろからアンジュがフライヤの服の裾をツンツンと突いた。
幼さの残る仕草とは裏腹に、その瞳はしっかりと獲物を捉えている。
「ん、どうしたの?」
「そのチップ………ちょっと借りてもいい?」
「アンジュちゃん………まさか?」
「要はVIPルームに招待されたらいいんだよね?」
アンジュはチップを指先でピーンと弾いた。
その指捌きは妙に板についていて、“腫れ物扱いされる少女”の面影は欠片もなかった。
「勝ち続けてたらホールも放ってはおけなくなるよね?そこが侵入のチャンスになる」
舌なめずりをしたアンジュの顔には───。
いつもの無邪気な少女とは別の───。
「獲物を見つけた肉食獣」の影が、再び宿っていた。
「そうかもしれないけど」
「このレベルなら何とかなるかも」
アンジュが頼もしすぎる一言を返し、フライヤは思わず息を呑む。
この規模の賭場なら、確かにアンジュのやり方のほうが確実だ。
「アンジュちゃん………最高。やはり私の目に来る言わなかったわ」
そう呟くと、フライヤの口元にも同じ光が宿る。
「私も、負けてられないわね」
指先でコインをくるりと回すフライヤ。
その金属光沢が揺れた瞬間、同じ意思が二人の間で火花のように弾けた。
軽やかにコインが跳ねる音───それが合図だった。
「それじゃあゲーム開始よ!」
「うん!」
二人の足取りは迷いがなく、一直線にホールの中心へ向かっていった。
* * *
一方その頃───。
町の外れでは、サカキとコマが暇を持て余していた。
何度目か分からないため息の後、珍しく落ち着かない様子のコマが、サカキへ話しかける。
「なぁやっぱ姐さんって、やっぱ《《アレ》》に……カジノに行くよな?」
「巣窟だ、結論としてそうなるだろうな」
「で、姐さんって、これまで通算、何度負け越した?」
コマは片手の指を折りながら、これまで見てきたフライヤの“戦績”を数えている。
その横で、サカキはゆっくりと両手を上げ───。
まるで髪型を整えるように、すっと撫でつけた。
「毛が足りん」
「毛がいるのかよ!!!」




