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第16話 遺物と選別

 スカイ・ファーム訓練場に、静寂が訪れていた。


 それはまるで、世界そのものが衝撃を受け、息を呑んでいるような、そんな重たく張り詰めた沈黙だった。


 あたりには濛々《もうもう》と粉塵が舞い上がり、視界は霞んでいた。


 訓練場の地面は荒れ果て、あちらこちらに崩れた岩壁と土煙が残っている。先ほどまでの激しい応酬、そして最後に放たれた龍の光線の余韻───。


 その威力の余波は、まだこの場から抜け切っていなかった。


 その光景を、コマとバジルの二人が立ち上がりながら眺めていた。巻き添えこそ免れたものの、その異様な空気に、思わず言葉を失っていた。


「…………なんつう威力だ」

「……………」


 呆然とつぶやくバジル。

 隣のコマも何も言わず、ただ目の前の龍をじっと見据えている。


 空中には、先ほど光線を放った龍───白き甲殻をまとった存在が、ゆるやかに宙に浮かんでいる。


 攻撃の直後、背中の甲羅状の噴射口からはブシューッ!と、音を立てて白煙が吹き出し、続いてガシャン!と、金属的な音を立てながら甲羅が閉じられた。


 だが、暴れる様子はまるでない。むしろその姿は、どこか落ち着いた雰囲気だった。まるで全てを終えた後の余韻に浸るかのように。


「────とゆうか………」


 ぽつりと漏らしたバジルが、粉塵越しに視線を下ろし───叫んだ。


「訓練区があああああああ!」


 サカキと龍によって破壊されたその場所は、もはや訓練場とは呼べぬ有様だった。


 せっかく整備し直され、均整の取れた訓練スペースには巨大なクレーターと地割れが走り、分厚い壁に至っては、中央から抉り取られ、貫通した光線の痕跡がはっきりと刻まれている。


 バジルは両手で頭を抱え、絶望と悲鳴を混ぜたような声をあげた。


「………随分と派手にやられたなァ」


 そんなバジルをよそに、コマはニヤリと笑い、粉塵が漂うその中心へと目を向けた。


「えぇ?大将」


 ゆっくりと、粉塵が晴れてゆく。


「………ふぅむ」


 そしてその中から現れたのは、両腕を交差させ、防御姿勢のまま立ち尽くしていたサカキの姿だった。


 龍の強烈な一撃を正面から受け止めたにも関わらず、サカキの肉体には傷一つない。


 ただ、土埃が衣服にまとわりつき、わずかに汚れている程度───だが爆風によってチリチリに焼けた髪は、まるで爆発でもしたかのように見事なアフロヘアーとなり、見事な丸さを誇っていた。


 彼は額に手をやると、そこにあったはずの“印”がすっかり消えていることに気づいた。


「確かに………やられたな」


 苦笑を浮かべつつ、ふうっと息を吐いたサカキが、上空の龍へと視線を送る。


 そして、次に視線を向けたのは、アンジュだったのだが───。


「───アンジュ!?」


 彼女の姿を見たサカキは思わず叫んだ。


 どれだけの攻撃を受けても倒れなかった少女。

 だが、その体はふらりふらりと揺れ───そして力尽きたようにバタリと、前のめりに倒れた。


「──カ──ッカハ──ッッ………」


 アンジュの全身の肌は、ひび割れた粘土のように干からび、目は水分を失い、茶色く燻った肌は生命の色を失っていた。


 今にも風化しそうなその姿は、まるで枯れ葉のようだった。


(───ッ奴に生気を吸われたのか!!)


 地面に倒れ込んだアンジュの姿に、サカキが咄嗟に駆け寄ろうとする。


 だが、その巨体が動き出すよりも早く、舞い降りた影があった。


 静かに地を踏むその龍は、かつて見せた凶暴な瞳ではなく、穏やかで澄んだ光をその目に宿していた。

 まるで───自分の犯した過ちを悔い改めるかのように。


 その巨大な鼻先が、そっとアンジュへと近づく。

 微かに動いたアンジュの目が細く開かれ、干物のようにカラカラに乾いた手が、持ち上がる。


 指先が、龍の鼻先に触れた、その瞬間だった。


 シュウウウウ───。


 まるで空気が抜けるかのような音を立て、龍の巨体がゆっくりと縮みはじめる。

 あれほどの暴威を振るった龍が、再び可愛らしい幼体へと戻っていく。


 そして────。


「限りなく無事ィーーーーーーー!!」


 バチン!と目を見開いて、アンジュが飛び起きた。

 その動きはまるで、寝坊した子供のようだった。


「ゲーッホ!ゲホゲボオー!死ねるかと思った!!」


 むせながら地を転げ回り、大の字になってのたうちまわるアンジュ。

 その姿に、戦慄していた周囲も呆気に取られて、ようやく安堵の空気が流れはじめる。


 そんな彼女の傍らに、ぺたんと小さな音が落ちる。それは完全に縮みきり、再び稚拙な姿に戻った龍の子だった。


「ミィ〜〜」


 龍の子は、オズオズとアンジュに近づいた。

 申し訳なさそうに、うるんだ目でアンジュの顔色をうかがう龍の子。


 その様子に気づいたアンジュは、少しの間だけその子を見つめ────。


「やぁッ!元気?」


 ポンッと頭を撫で、ニカッと笑ってみせた。


 その一言で、龍の子の表情がぱあっと花開くように明るくなった。


「ミィーーーー!!」

「わああ!なんだよ!?」


 歓喜の勢いそのままに、龍の子がアンジュに飛びつき、彼女とじゃれ合いを始めた。


 騒がしく地を転げまわる二人の様子を見守りながら、サカキの肩から力が抜ける。


「………フッ」


 一人と一匹の命に別状はなかった。

 それを確信し、自然と笑みがこぼれる。


「どーすんだよ?」


 その隣には、いつの間にかサカキの隣に立っていたコマが、ぶっきらぼうな声で質問を投げかける。

 


「あのバケモンも“手段”に入ってのんか?」

「まぁ────」


 サカキが曖昧に返事を返しかけた、その時。


「見いィィーーーーーつけた♡」


 不意に頭上から、甘く、それでいて鬼気迫る声が降ってくる。その声に二人は視線を空へ向ける。


 そこには、浮遊する一人の麗人。

 雷のように鋭い視線をサカキに突き刺しながら、フライヤがふわりと空に浮かんでいた。


 彼女の腕や足には、樹海区の猛獣たちがしがみつき、ガジガジと噛みついているが、本人はどこ吹く風。杖の水晶からは、バチッバチバチ!と、雷が漏れ出し、今にも爆発しそうな勢いだった。


「その髪型好きねぇ〜〜〜?サカキ」


 甘く響くその声色、艶のある微笑み。

 だが、その目は決して笑っていなかった。


 ギロリと視線を走らせるフライヤに、コマの額から汗がダラダラダラと落ちる。


「フライヤか、随分と遅かったな、どこで道草をくってた?」


 サカキのその一言が“撃鉄”となった。

 カチーン、と空気の中に明確な音が響いた気がした。フライヤの口角が更に上がり、彼女の瞳に届きかける。


 ここまでしれっと逆鱗に触れることができるのか───コマはサカキを見捨てて走る。


「もっとオシャレにしてあげるわ!!」


 天に響く雷鳴。

 稲妻が弾け、訓練区に巨大な雷の柱が炸裂した。


「お前らいい加減にしろーーーー!!!」


 バジルの絶叫が空にこだまし、そしてスカイ・ファームに虚しく響いた。




          * * *




「まったく君たちは………無茶しすぎ!!」


 所長室に響いたのは、まるで怒られているはずなのに、どこか説得力の欠けた叱責の声だった。


「スカイ・ファームは君たちの多目的広場じゃないんだよ?」


 怒号を放ったのは所長───。

 樹の種子に手足が生えたような彼の額には、赤く膨らんだ怒りの印が浮かんでいる。

 

 だがその丸っこいフォルムと甲高い声のせいで、誰一人として緊張感を覚えていないのが現実だった。


 怒りの矛先にあるのは、モンスター・パニック・サービスの面々とアンジュ。並んで立たされた彼らだったが───。


「申し訳ございません」

「俺は何もしてねぇぞ?」


 サカキだけが律儀に深く頭を下げる。

 その隣で、コマは胸を張って冤罪を主張し、全力で責任を回避する。


 フライヤはというと、所長の言葉など一切聞く気はない様子で、椅子にもたれながら煙草をくゆらせ、ゆっくりと吐き出した紫煙を見つめていた。


 その様子を見て、リゼが肩を揺らしてケタケタと笑い出し、バジルは深々とため息をつくと、もはや何も言う気になれず頭を掻いた。


「それと────」


 所長がくるりと振り返り、足をちょこちょこと運んで正面を変える。


「ミコト君、キミもね!?」


 その視線の先にいたのは、縄でぐるぐる巻きにされ、地面に正座させられたミコトだった。


「ごめんなさい!ごめんなさい!まさかこんな事になるなんて!」


 涙目で謝罪を繰り返すミコトの背後には、顔を引きつらせながらも怒気を隠しきれないグレンの姿があった。縄の端を握り締め、こめかみには青筋が浮かび、まるで歯を砕かんばかりの音で食いしばっていた。


「ミコト!?どうした!何があったの!?」

「アンジュちゃん………」


 その異様な光景にアンジュが駆け寄る。

 俯いたまま情けない声で答えるミコト。


 そんな二人のやりとりをものともせず、グレンの声が冷たく響いた。


「洗いざらい、何をしたのか説明《はき》なさい」


 ギロリと向けられた視線に、ミコトの背筋がビクンと跳ねる。


「はいいいいいい!!」


 反射的な返事とともに、ミコトは何度も縛られたまま頭を下げるのだった。



          * * *



 訓練場で“試験という名の処刑”が始まっていたその頃───。


 スカイ・ファーム内の一室───来賓室では、ミコトがひとり落ち着かない様子でソファに座っていた。


 その膝の上では、卵から孵ったばかりの龍の子が、すうすうと静かな寝息を立てていた。


 部屋は豪勢な調度品で飾られ、食事や飲み物も申し分なく用意されている。だが、部屋の扉には内側からしっかりと施錠がされていた。


 もてなしではあるが、明らかな“軟禁状態”だった。


 ミコトは心ここにあらずのまま、龍の子の頭を優しく撫でている。彼女はアンジュのことが気になって仕方がなかった。


 ───その時、唐突に異変が起きた。


「うぅっ──ッ!?」


 ミコトの視界が、ぐらりと揺れる。

 世界が砂嵐に包まれたように、視界がぶれる。


 目の前の景色が二重、三重にずれ、異質なものが差し込まれるような、嫌な浮遊感を覚えていた。


「何、これ───?」

「ミ、ミィ!?」


 膝の上で眠っていた龍の子も、はじかれたように飛び起きて、ミコト同様に、辺りをキョロキョロを見渡しながら混乱している。


 どうやらこの異変はミコトだけではなかったようだ。


「こ、これは────?何か………視えて………?」


 やがて、視界のノイズの中に、何かが映り始める。

 見えるはずのない景色が、割り込んでくる。

 そしてミコトの口から、自然と声が漏れた。


「アンジュちゃん!?」


 そこに映っていたのは、訓練区の光景。

 サカキと対峙するアンジュの姿があった。音はない。だが一目で分かる───彼女は追い詰められていた。


「これは貴方が視せているの!?」

「ミィ!ミィ!ミィ!」


 ミコトが振り返ると、龍の子が必死に首を横に振っていた。その焦りから、これが龍の子の力ではないことだけは伝わった。


「じゃあ、いったい誰が───これを?」

「ミィーーーー!」


 暴れ出そうとする龍の子を、ミコトは両腕で包み込み、宥めるように声をかける。


「落ち着いて!大丈夫………だから」


 だがミコトの心にも、龍の子と同等にアンジュを案じる気持ちが浮かんでいた。


(サカキさんが言ってた“テスト”………まさか《《あんなの》》だなんて)


 サカキの言葉は、孵化場で聞いたときから、ミコトにも嫌な予感はあった。だが、まさかここまで一方的なものだとは思っていなかったようだ。


 すると───。


「ミィィィ!」

「キャア!?───なに!?」


 唐突に、ミコトの背中に向かって、龍の子が体当たりしてきた。


 ごろんと倒れ込むミコト。

 見上げた先で、龍の子は真剣な目つきで彼女を見据えていた。その視線から、龍の子が何を訴えているのか、ミコトには痛いほどよく伝わった。


「まさかあなた……アンジュちゃんを助けたいの?」

「ミィ!ミィーーー!」


 ミコトの問いに、即座に大きくうなずく龍の子。


「そ、そんな………無茶よ」


 すぐに否定してしまった。

 彼を抱き上げ、宥めようとするも、その程度では龍の子の意思は揺るがなく、腕の中で暴れ続ける。


「相手はサカキさんだよ?あなたが行ったところでどうこうできることじゃ」

「ミ”ーーーー!」


 怒号のような鼻息と共に、龍の子は激しく身をよじる。焦燥したミコトの目も潤んでいた。助けたい気持ちは彼女も同じだからだ。


「連れて行ってあげたいけど、ここから出られないし、勝手なことしちゃ……ダメ………だよ」


 イデア・コアへ種子を転送した勢いはどこへやら。

 まどろこっしくウジウジしているミコト。


 ならば少し手を貸してやる他はなかった。


「────な、なに?」


 ミコトの視界が、一気に切り替わった。

 そして脳内へ、直接情報を流し込んでいく。


(なにこれ?この子の情報が伝わってくる………分解方法も圧縮も、再構成魔術も───全部わかる)


 もう少しだけ、手助けが必要だった。

 気づけば、ミコトの手元に魔術式が展開されていた。自分の意志とは無関係に、転送魔術が組み上がっていく。


(か、体が勝手に………)


 だが、その手は魔術は構築を止めなかった。

 制御ができないその術式の向かう先は───龍の子。


(ダメ、止まって………止まってよ………やめて!!!)


「────ミ?」


 龍の子は、頭を傾けている。

 自分に向けられているものが何なのか、まだ分かっていない。


(アンジュちゃん!!!)


 心の中で叫んだその瞬間。

 口が、呪文を紡いでいた。


「………CALL」


「ミィ────」


 光に包まれ、龍の子の身体がふわりと浮かび、弾けるように───消えた。


「て、転送………しちゃった」


 せっかく転送に成功したというのに。

 ミコトは、顔面蒼白。呼吸もままならない。


「どうしよう!出口もないのに!あの子、どこに転送されたの!?」


 錯乱し、部屋を駆け巡るミコト。


「私、なんてことを───ッ!?」


 ドオオオオオンッ!!!


 次の瞬間───。

 来賓室の外から、凄まじい轟音が鳴り響き。

 部屋全体がビリビリと衝撃で震えた。


「キャアア!?」


 ミコトはバランスを崩しながらも、すぐさま窓際へ駆け寄った。ガラス越しに目にしたのは───。


「あそこは………訓練区!?」


 空を割るような閃光と共に、訓練区から放たれた、極太の光線が天を突き抜けていた。


 呆気に取られるミコト。その来賓室の外から、ダダダダダダダダ!!と足音が迫ってくる。


 ──── バァン!!!


 扉が爆発するように共に開かれる。

 その音にビクッと体を震わせたミコトは、恐る恐る振り返ると───。


 そこにいたのは、怒りに燃える瞳。

 怒髪天を衝く、般若の如き形相。

 紛う事なき、グレンだった。


「ヒィイイイイイイイイイ!!!」


 ミコトのその悲鳴は、しっかりとイデア・コアに届いては───いた。



          * * *




「情報の………可視化?」


「───はい」


 ミコトの説明に、リゼが誰よりも強く反応した。

 言葉が終わるや否や、彼女はパッと走り出し、龍の子にダダダッと接近する。


「なんと素晴らしい!私にも視せてくれ!キミの全てを!!隅々まで!!!」


 リゼの目は輝いているが瞳孔が開いていた。

 口元は笑っているが涎が垂れていた。


「ミッ!?」


 まさに理性の規制が外れた研究者の顔。

 鬼気迫る笑みと異様な熱量に、龍の子はビクッと身を引く。


「情報がわかったとて、よく転送できたな」


 そんな空気に構うことなく、バジルがミコトの背に指先でピッと一線を引いた、するとミコトを縛っていた縄が音もなくほどけ、パラパラと地に落ちる。


「あくまで仮説だが───」


 リゼは妖のようにグルリと振り返り、今度はアンジュを射抜くように見据える。


 その目に捕らえられたアンジュは龍の子と同じく、ピクッと反応して硬直した。


「この龍と遭遇した際に、君の胸に刻まれたというその紋章………君と龍を繋ぐ、絆というか、道標の様なものだろう。この龍は紋章《それ》を介して君に直接魔力を送り───強引に君の元にたどり着いたんだ」


 リゼの視線は、アンジュの胸元の紋章を、確かめるようにじっと見る。

 グレンとは異なり、リゼは純粋な興味のみで仮説を繋いでいく。

 頭の中ではもう何百もの考察が、火花を散らしながら組み立てられているのだろう。


 やがて、少し落ち着いた様子でリゼはミコトへ目を向けた。


「ミコトの力を借りてね」


 思いがけず、ミコトの失敗が“協力”という形で塗り替えられる。リゼの擁護されるような説明に、ミコトは目を丸くしてしまった。


「じゃあ、ミコトがコイツを送ってくれたのか?」


「う、うん………まぁ」


 アンジュの素直な問いかけに、ミコトは言葉に詰まりながら頷く。するとアンジュの目がパァッ!と輝いた。


「すっごいじゃん!さすが転送士!!!」


 その一言に、ミコトの頬がふわりと赤く染まる。


 ───いつか、言われたかったその《《言葉》》。

 それが、こんなに唐突に、しかもアンジュの口から出てきた。


「い、いや!たまたまだよ!まだ見習いだし」


 手と顔をブンブン振って即座に否定するミコト、だが口元の緩みは止められない。

 思わず頬をペチペチ叩くが、グレンの刺す様な視線に気づいて、慌てて背筋を伸ばす。


「そんな何なから何まで想定外な、このワンパク君だが………リゼ君」


「はぁ〜い!」


 所長の呼びかけに、リゼはひょいと手を挙げて応じる。楽しげにデバイスを操作すると、室内の壁に一枚の映像が映し出された。


 それは、ある“壁画”の写真。


 そこには、長い巨大をうねらせる一体の龍───。


 そして、それに立ち向かうように描かれた、《《旗を掲げた》》十体の巨大な兵士たち。


 その異様な構図に、アンジュは思わず息を呑んだ。


「“寄生龍”『レガシー・ギフト』今から数万年前に生息していた、ワイアーム型の龍です」


 リゼの説明が始まると、場の空気が変わる。


「この世界に二度、訪れた大量絶滅の一つ。『第二次生命界大絶滅《だいにじせいめいかいだいぜつめつ》』通称───“C/N 境界”を引き起こし、“ある文明の兵器”によって滅ぼされたと言い伝えられています」


 グレンは静かに目を閉じ、リゼの説明を傾聴する。

 アンジュはその場の誰よりも息を呑んだ。


(絶滅………?コイツが?)


 困惑の渦に呑まれながら、アンジュは龍の子に視線を移す。だがその龍の子は、そんな戸惑いなど露知らずに「ミィ〜♪」と頬を擦り寄せてきた。


 その様子を見ていたフライヤが言葉を放つ。


「そんな物騒な生物がどうしてこの龍《こ》と結びつくわけ?この世界に生気を吸収する魔獣なんて、ごまんといるわ」


 フライヤは、アンジュの不安を代弁するかのように、議題に新たな視点を投げかける。


 その問いに対し、静かにグレンが割って入った。


「だが形態変化を同時に行う種は存在しません」


 告げられた一言。グレンの推論ならば反論の余地がないと悟ったフライヤは、気に食わなさげにタバコを咥える。


「伝承では寄生龍は他者に取り憑き、生命力を吸収し、そのエネルギーで自在に身体の内部構造を変化させる───その“記憶”を引き継ぎながら」


 確かな実感を持つグレンの言葉は止まることはない。


「通常、魔力で幼体化した生物はそれまでの記憶を一才失う。だがこの龍が見せたアンジュさんに対する信頼度………“刷り込み”にしてはいささか“懐き”に方向が向いています」


 一呼吸置いて、グレンは話の総括に入った。


「サカキ殿の調査で、この龍がアンジュさんに寄生し、卵状にまで急速に退化させ休眠状態となった。そして酪農区でイデア・コアから回廊帯を糧に、だがエネルギーを最低限に保つため幼体化したままで活動を再開。訓練区で“やむを得ず”アンジュさんの生命力を吸収し、急成長を行なった………彼女を助けるために」


 情報量の多い一連の説明にも関わらず、皆は静かに耳を傾けていた。それほどまでに、グレンの言葉には説得力がある。


「その所業───魔力をもった既存の生物の特徴とはまるで一致しない。この個体を寄生龍たらしめる理由です」


 確信を込めた結論。反論の余地もなく、一同は息を呑む。

 その静寂を破ったのは、コマだった。


「なんだってこんなヤツに取り憑いたんだ」


 その問いは、誰かに向けたものではなかった。

 純粋な疑問、そして核心への一歩だった。

 それにサカキが相槌のように呟く。


「────“回復力”か」


「なるほどな、コイツの異常ともいえる回復力。そこに居座れば“食糧《メシ》に”困ることはないってワケか」


 コマの予定調和のような返答に、フライヤが眉を寄せる。


「寄生龍《こいつ》はそれに本能的にそれに気づいたって訳か」


 合理性が見え隠れするその推論に、バジルもまた目を細めながら龍の子を見つめた。


「実に興味深いね………君、今夜ヒマ?後で私の個室《ラボ》に来ない?」

「え──えっ?え?」

「困らせてんじゃないわよ」


 リゼが誘う様にアンジュの顎に手を添える。

 その唐突な誘惑に、アンジュの顔が見る見るうちに赤くなったので、フライヤが鋭く一喝し、アンジュを庇った。


「大まかなことは分かった。要はコイツの“危険性”だろう?」


 空気が逸れかけた隙を逃さず、コマがきっちりと議題を戻し、誰もが心なしか避けていたその本質を語った。


「世界を滅ぼした種の生き残りだ、中途半端に生かしておいても責任はとれねぇぞぅゔぇあ!?」

「大丈夫なんじゃない?」


 その言葉に、フライヤが即座に反応し、杖の先端でコマをはたき飛ばす。

 メコォ!と鈍い音と共にコマは吹っ飛んだ。


「この龍《こ》と戦ったとき、アンジュちゃんはこの龍《こ》を“悲しんでいる”と言ったわ」


 語るフライヤの目は、アンジュに寄り添っているようだった。


「もし───この龍《こ》が誰彼かまわずに生命力を吸収するのを嫌がって、自らの空腹と戦って苦しんでいたとしたら?」


 彼女は一歩踏み込むように、言葉を続けた。


「その苦しみに耐えきれず、自らを捕食───いいえ、自らの命を断とうとしていたのであれば。少なくともこの龍《こ》はあの能力《ちから》を積極的に使うとは思えない」


「こじつけが過ぎる」


 フライヤの理想に対し、現実主義者のコマが立ち上がりながら冷静に応じる。


「あら?いいじゃない」


 フライヤは突然アンジュの肩を掴み、自分の方へと引き寄せた。


「そっちの方が───愛があって」


 からかうようにアンジュを胸元へと抱き寄せながら、彼女はアンジュに向けてパチリと、ウインクした。


「フライヤさん………」


 アンジュは照れながらも、その胸の中でそっと笑みを零した。


「聞けばさっきのこの龍《こ》の攻撃も、アンジュちゃんを守る為だったんでしょう?あながち的外れだと思わないわ」


「「うーむ」」


 サカキと所長が同時に唸る。その反応を見たリゼが、現実的な視点を戻すように口を開いた。


「だが並外れた回復力を持つアンジュちゃんを、仮死寸前にまで追い込んだ吸収力。とても楽観視できることだけじゃないね」


 立場上、リゼの放つ一言が、これまでの希望的観測に冷水を浴びせる感情をもたらす。

 中でも、最もミコトの表情に強くそれが現れ、彼女はおずおずと前に出る。


「牧場での保護は………難しいってことですか?」


 その問いに対し───。

 班長たちは、誰からともなく各々の眼鏡を正す。

 そして、静かに笑みを浮かべた。


「愚問ですね」

「余裕だな」

「解剖したい」


「グレン班長!バジルさん!───リゼさん!?」


 聞き逃せなかったミコトが声を上げると、リゼは肩をすくめて、いたずらっぽく笑いながら返す。


「じょーだんだよ〜」


 だがその声は、冗談に聞こえない不気味さを帯びていた。


「詳細はあくまで詳細。私たちのやるべきことに変わりはありません」


 スカイ・ファーム育成班の班長。グレン・フォードが背筋を伸ばして言い放つ。


「訓練のしがいがあるじゃねーか」


 スカイ・ファーム訓練班の班長。バジルが大声で笑い、豪快に拳を握る。


「いざという時は、回廊帯をたらふく食べさせてあげる」


 スカイ・ファーム化学班の班長。リゼ・ピクトグラムも不気味に口角を上げながら、冗談とも本気とも取れる調子で続けた。


(さすが班長達、頼もしい)


 所長は三人の姿を誇り、満足そうに頷き、小さく笑みをこぼす。


「とにかく難しい話はここまでだね!」


 そして、満場を締めくくるように、所長の声が響く。


「モンスター・パニック・サービス一同、“空の火事”の調査。よくやってくれた、改めて例を言う。この龍は我々スカイ・ファームが確かに預かった!」


 場の空気が一気に落ち着くなか、サカキが深々と頭を下げた。


「────よろしくお願いします」


「それで報酬なんだけど───」


(キタキタ……)


 所長のその言葉に、フライヤの瞳の奥の奥が、鈍く光を宿す。


「今回君たちが破壊した訓練区の修繕費から引かせてもらうよ?」

「勿論です」


 そのやり取り───わずか2秒。

 報酬という名の糧が、言葉ひとつで霧散した。


「サァアアカアァアアキィイイイイアアアアアア!!!」


 フライヤの腹の奥の奥から怒りの雄叫びが轟いた。

 その怒号も虚しく、所長はサカキへと視線を戻す。


「新たな依頼もあるだろうし、すぐにでも発つのかい?」


「そうですね………明日にでも出発しようかと」


 フライヤの咆哮をまったく気にする素振りも見せずに所長とサカキは言葉を交わし、そして──。


「ウチに“新人”も入ったことですし」


 何気ないサカキの一言に、アンジュの肩がピクリと反応した。


「────え?いま、なんて?」


 顔を上げたアンジュに、サカキがゆっくりと視線を向ける。


「手段は問わないと言っただろう?君は見事、その龍を味方につけ、私の眉間に一撃を当ててみせた───つまり勝負は、私の負けだ」


 サカキの言葉にアンジュは呆然としている。


「アンジュ………君の意思に伴った行動力と成果。見事だった」


 深く息を吸い、サカキは言葉を紡いだ。


「我々に同行することを、認めよう」


 静かに、けれど確かに。サカキはアンジュに向けて、笑みを浮かべた。


「我々の仕事は甘くはないぞ?しっかりとついて来い」


 その言葉に、唖然としていたアンジュ。時間差で実感が湧いたのか、みるみるうちに顔に赤みが増し、拳を握りしめ、大きな笑みを浮かべた。


「────望むところだ!」


 ようやく、自身の“居場所”と、“野望への光明”を見つけた。そんな実感が、アンジュの胸を熱くする。


「ウェルカム!アンジュちゃん!これからもよろしくね!今回の報酬はアンジュちゃんよ!」


 フライヤが無報酬のうっ憤を晴らすようにアンジュへ抱きつく、アンジュも照れながらその抱擁に身を預けたが───。


「…………フン」


 ただ一人、コマだけが不満げに目を細め、遠くからアンジュを睨みつけていた。


 そんな中、賑やかな輪の中に一人のミコトが歩み寄る。


「アンジュちゃん」


「ミコト………?」


 振り返ったアンジュに、ミコトはこの日最大の笑顔をぶつけた。


「………よかったね」


 その一言で、アンジュの目に涙が溢れた。


「ミゴドォオオ!お前のおかげだよぉ〜!」


 感情が溢れ、抑えきれない涙とともにアンジュはミコトへと抱きつく。


「なんだか私の時より喜んでないか?」

「妬いてんの?気持ち悪いわね」


 アンジュの様子を見て、サカキが指を差す。フライヤが煙草の煙を吹きかけながら呆れ顔をする。


「そ、そうだアンジュちゃん」


 ミコトが少し困ったように、抱きしめるアンジュをなだめる。


「ここを離れたら、しばらく会えなくなるでしょう?」

「ん?そうなるの?………さびしい」

「うん、だから───」


 そう言いながら、ミコトは促すように龍の子へと視線を送った。


「あの龍《こ》に………名前をつけてあげて?」


「────名前?」


 アンジュはきょとんとした顔で問い返す。


「いけません!これから飼育する種に愛称《なまえ》など───っもがぁあ!?」


 グレンが声を上げて止めようとするが、バジルが彼の顔を覆い、リゼの操る機械の腕が手際よく両手両足を縛り上げた。


「名前………名前かぁ」


「ミィ?」


 アンジュは真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐに、龍の子を見つめ、龍の子もまっすぐに見返してきた。


「うーん………」


 しばらく悩んだ末に、アンジュは目を輝かせて宣言した。


「『ニア』────お前は、ニアだ!」


 その瞬間───“命の契約”が正式に結ばれた。


「ニア、さっきは助けてくれて、ありがと!」


「………ミィー!!」


 にっこりと「ニシシシ」と笑うアンジュに応えるように、ニアは嬉しそうに身体をうねらせ、そのまま勢いよくアンジュの顔へ“巻きついた”。


「うわあ!ちょっ!ちょっと!」


「ミ”ーーーーーー!」


「息ができな………苦し………!!」


 皆が見守る中、騒がしくも温かな空気が流れる。

 誰よりも嬉しそうにその光景を見ていたミコトが、そっと呟いた。


「親密《ニア》───いい名前」


「ミ” ミ” ミ” ミ”イーーーー♪」


「あ、本当に………意識が………落ちマース」



          * * *



 ───その後、モンスター・パニック・サービスの面々は、その後も各地区での復興活動に尽力した。


 サカキは得意の腕力を活かして瓦礫の撤去や建築の補助に。


 コマは、意外にも懇切丁寧な対応で、作業員たちの小さな相談にまで応じている。


 そしてフライヤはというと───。

 次の依頼への報酬を吊り上げるべく、事務棟で値上げ交渉に没頭していた。


 アンジュとニアは、化学班の手によってそれぞれ身体検査を受けることになった。


 不死身の少女と、かつて世界を滅ぼした龍の子。


 二人の体には特異な要素が多く見受けられたが、少なくとも性急な危険な兆候は見られず、物理的に離れていても問題はないとの診断が下された。


 一方───グレン、バジル、リゼといった班長たちも、現場に顔を出せる限り出向き、部下たちへ的確な指示を与えながら、それぞれの業務と復興作業を同時に進めていった。


 やがて日が暮れ、空が濃い藍色に染まる頃。

 スカイ・ファームは次第に夜間業務へと移行していく───。


 そして中央棟の高層階。

 リゼは、各種装置と自らのデバイスに囲まれた研究室で、機械音の合間に問いかけた。


「“W・O・N・D・E・R”───スカイ・ファームの復旧プロセスは?」


『演算………おわった…いい感じ……みなの次第で……再生……まであと5日』


 仄暗い部屋に、どこか間延びした音声が返る。

 昼間とは異なる“助手”とのやり取りを終えたリゼは、軽く背を伸ばして息を吐いた。


「そうか、これでアイツらも少しは寝れるかな?」


 天井を仰ぎ、独り言のように呟いたそのとき、控えめにノック音が響く。


「リゼさん………いま大丈夫ですか?」


 声の主に反応し、リゼはすぐさま口を開いた。


「ミュート」


 その一言で、室内のモニターやホログラムは一斉に光を失い、まるで存在ごと消されたかのように沈黙した。


 その後、リゼは照明を灯し、部屋を“普通”の空間に戻してからドアに向かう。

 扉を開けると、そこには遠慮がちに立つミコトの姿があった。


「おやミコトか〜〜?どしたの?」

「リゼさん、急にすみません」


 研究に浸っていた直後とは思えぬほど軽い調子で声をかけるリゼ。


 だがミコトの方は、モジモジと、少し言い出しにくそうに視線をさまよわせ、やがて意を決したように、静かに口を開く。


「実はお願いが────」



          * * *



 ────スカイ・ファームの中央棟にある食堂は、今日もいつも通りの喧噪に包まれていた。


 昼間の業務を終えた職員たちは、交代の挨拶もそこそこに、貪るように食事へと手を伸ばし、浴びるように酒を喉へ流し込んでいく。


 酔いと疲れが渦巻くその宴会場の片隅の、少し離れたカウンター席に、二人の影が並んでいた。


 サカキとフライヤである。


 ナグニへの“ツケ”ということで注がれたフライヤへの酒は、天井に届きかねない高さ巨大グラス。

 そのなみなみと注がれたアルコールを、彼女はグラスと同等に長いストローで、まるで蚊のように吸い続けている。


 一方、サカキの前には、自身の爪先よりも小さなグラスがちょこんと置かれていた。

 ほんの一口。されどその一口で、彼の意識はすでに夢見心地だった。


「それで?───どうだったの?」

「なにがだ?」


 フライヤの問いに対し、サカキは気の抜けた返答を返した。その目は半分閉じかけ、すでに酩酊している様子が一目でわかる。


 彼女は深いため息をつくと、言葉を続けた。


「アンタ、最初《はな》からアンジュちゃんを連れていくって決めてたんでしょ?」


「でも、何も話してくれないあの子の本音を引き出させる為に“面接《テスト》”をした」


「なぜ、あの子が火の鳥………“フェニックス”を追いかけてるのか、聞けた?」


 フライヤの問いは、真意を探るような静かな刺を持っていた。だがその直後、サカキは「ヒック…ヒィーック」と小刻みにしゃっくりを繰り返し、何も考えていないかのような間抜けな様子を見せた。


 だが、ぽつりと天井を見上げながら呟く。


「あの執念、天弓神《てんきゅうしん》を愚陋《ぐろう》な理由で追うには、潔が良すぎる」


 サカキはそのまま俯き、溢れだすように呟いた。


「フライヤ………ニライ・カナイ国の“ナゴ村の悲劇”を覚えているか?」


「やっぱり───そうなのね」


 フライヤはその地名が出た瞬間、彼女はストローを噛み締めるように咥え、酒を一気に喉に流し込む。


 大量の酒が一気に体内に吸い込まれ、「ブシューー!」と大きな吐息が漏れた。

 すぐに、煙草に火を灯し、その煙とともに呟く。


「サラに伝えるべきだわ」


 だがその意見に、サカキはただ静かに視線を伏せたまま───もう、それ以上の言葉は発さなかった。


 その頃、アンジュはニアに抱かれながら、ぐっすりと眠りに落ちていた。




          * * *




「世話になったな」


 ───翌日。

 荷物を背負い、旅の支度を整えたモンスター・パニック・サービスの一行が中央棟前に姿を現す。


 見送りに現れたのは、グレン、バジル、リゼ、そしてミコト。少し寂しげな空気が漂う中、代表してグレンが一礼する。


「次の調査も期待しています」


 いつものように淡々としたその言葉には、確かな信頼と労いが込められていた。そのとき───。


「アンジュちゃん!」


 名残惜しさを隠せず、ミコトがぱたぱたと駆け寄ってくる。


「これ………」


 彼女からおずおずと差し出されたのは───。


「これは────指輪?」


 アンジュが手に取ったそれは、彼女の小指にちょうど収まる、小さな銀の指輪だった。アンジュは思わず眉を上げる。


「うん、中に通信機能が付いているの………昨夜リゼさんに作って貰ったんだ」


 ミコトは少し照れたように打ち明けた。横目でリゼを見ると、彼女の目の下には深いクマ───徹夜の成果なのは明らかだった。


「なんでも世界の果てでも、繋がるみたい」

「ス、スゴイなあの人………」


 自分で言ってて恐れ多いミコトと、その言葉に恐れ多くなるアンジュ。

 リゼのその鬼才ぶりに、思わず二人は同時に身をすくませた。


「でもなんで、これをワタシに?」


 当然の疑問を口にするアンジュに、ミコトは少しモジモジと恥ずかしそうに笑うと、そっと自分の左手を見せた。その小指にはめられていたのは、渡されたのとまったく同じ指輪。


「────ッ!!」


 何かが弾けたように、満面の笑みでアンジュはそれをギュッと握りしめた。


「ミィ〜〜」


 その様子を見ていたニアが、不安そうな鳴き声を漏らす。ミコトの腕に包まれながら、じっとアンジュを見つめていた。


「寂しいのか?───ワタシもだよ」


 アンジュはニアの顔に自分の額を近づけ、ふっと笑顔を浮かべた。


「大丈夫だよ!また必ず来るから!いい子にしてるんだぞ?」

「………ミィ」


 旅立つ者の言葉に、ニアはゆっくりとうなずいた。


「ミコト………ニアを頼むね!」

「うん!」


 二人の想いが、交わる。

 そんな二人の姿を見届けながら───。


「では、そろそろ行くか」


 サカキがくるりと踵を返し、出発を告げる。


「どうやって行くのよ?今回の報酬はあってない様なものだから、飛空艇なんて手配できてないわよ?」


 それを聞きつけたフライヤが、無報酬をまだ根に持っているかのように皮肉を投げた。


「何ッ!?」


 完全に想定外だったらしく、サカキは心底驚いた顔で振り返る。


「………前途多難だな」


 コマが深々とため息をつき、静かに現実を受け入れた。


「仕方がない」


 サカキはあっさりと気を取り直すと、右手でコマを、左手でフライヤを軽々と担ぎ上げた。


「ちょっと………サカキ?」

「アンジュ、私に乗れ」

「え?う、うん!」


 フライヤの不穏な予感。その様子を見ながら、コマは諦めたかのように脱力している。サカキは深くしゃがみこみ、アンジュに指示を出す。


 アンジュは慌てて指輪を右手の小指にはめると、その背にしがみつき、サカキの首元にしっかりと腕を回した。


 そして───。


「では皆の者、さらばだ」


 そう告げたサカキは、次の瞬間───地を蹴り、一気に宙を駆け上がった。


 ドウッ!!!


 再三の音速を超えるような衝撃と共に、一瞬で彼らの姿は空の彼方へと消え去った。


 かすかに聞こえたのは、アンジュとフライヤの悲鳴………かもしれない。



「………まったく」

 グレンは肩をすくめて小さく息を吐く。


「ブッ飛んでやがる!」

 バジルはまるで我が事のように誇らしげに笑った。


「呆れたねぇ〜」

 リゼは薄く目を細め、動物観測のように、その軌道を見送った。


 ───そして、感情を抑えきれないミコトは、空へ向かって駆け出すと、力の限り叫んだ。


「アンジュちゃーーーん!!気をつけてねーーーー!!」


「ミィーーー!」


 ニアもまた、空に向かって鳴き声を放つ。


 その声が届いたかどうかはわからない。

 だが、確かにその想いは、アンジュが飛び去った空へと、真っ直ぐに放たれたのだった。



          * * *



 ───その頃。

 見送りには姿を見せなかったスカイ・ファームの所長は、どこか静かな部屋の奥で、目を閉じていた。



「そうか───ミコト君を選んだか」




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