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第13話 親密の産声と示す意思①

 スカイ・ファーム酪農区。

 空の牧場の中でも、比較的穏やかな時間が流れる一角だ。

 大小さまざまな生物たちが、夕暮れに差し掛かった牧草地で思い思いにくつろいでいる。

 鰐《わに》に似た牛はのんびりと草をはみ、翼を持つ山羊がふわふわと空を漂っている。


 その中の一頭、大型の草食獣が、茜色の空を見上げながら大きくあくびをした。



 ───その瞬間。


 パリィィィンッ!


 鋭く響いた破壊音に、思わず耳と首が跳ね上がる。

 音の方角───酪農区の奥。孵化場の方へ視線を向けるが………異変は見えない。


 やがて生物は、何事もなかったかのようにまぶたを閉じ、再び眠りへと沈んでいった。



          * * *



 孵化場の中───アンジュとミコトは呆然としていた。


 砕けたガラス片は足元に散らばり、破損した温室機の中では、卵の破片が無造作に散らばっている。


 だが二人が言葉を失った理由は、その乱雑な光景ではなく、その卵から孵った“中身”の方だった。


 卵の殻から現れたのは───。

 アンジュが遺跡で出会ったあの“巨大な龍”。


「ミィ〜」


 ───とは似ても似つかぬ、子どもの落書きのような、簡単な線と丸だけで描かれたぬいぐるみが、そのまま命を持って動き出したような姿だった。


 曲線はぎこちなく、輪郭もふわりと曖昧で、恐怖や迫力とは正反対な、あまりに無防備で幼い姿。


 真っ白な身体、顔の横へ“エラ”のような突起が三対。丸く大きな目の中央には、吸い込まれるような真っ黒な瞳があり、その一点がじっと二人を見つめていた。


「ミ───?………ミィ?」


 “龍の子”とでも呼べば良いのか───。


 その個体は小首をかしげ、状況がつかめないように辺りをキョロキョロと見回す。

 その仕草はやがて、むず痒さを覚えたように顔をくしゃりと歪ませ───。


「クシッ!」


 小さなくしゃみが、温室に可愛らしく響いた。


「な、なぁミコト………」

「アンジュちゃん………私もう我慢できない」


 沈黙のまま唖然としていた二人の肩が、ワナワナと震える。

 次の瞬間、耐えきれなくなったアンジュとミコトは、同時にガバッと龍の子に飛びかかった。



「「可愛い〜〜〜〜〜〜!!!!」」



 二人同時に、もふっと龍の子を抱きしめる音が温室に響き渡った。

 目をこれでもかと輝かせ、まっすぐ龍の子を抱きしめる。


「ミィ?」


 龍の子はキョトンとした顔で、間近から二人を交互に見上げていた。


「何だぁあ!?この瞳!!」

「つぶらだよ!アンジュちゃん!!」

「何だよこの甘え上手そうな顔!!」

「なんでもあげたくなっちゃう!!」

「そしてこのしなやかな身体!!」

「首にまいて一緒に寝たいね!!」


 あまりの愛らしさに、普段は控えめなミコトまでもが完全にはしゃぎ、アンジュの高揚に合わせてしまう。


「完ペキだ!可愛さが完ペキだ!」

「生まれてきてくれてありがとう!」


 二人はまるで神からの授かりもののように、龍の子を天へと持ち上げた。

 心なしか、天井から祝福の光が差しているように見える。


「ミィ〜!」

「んんん!?」


 すると龍の子が、ふわりとアンジュに顔を寄せ、スリスリと頬を擦りつける。


「この子、アンジュちゃんに懐いたみたいね」


 その様子に、ミコトは「いいな〜」と小さく呟き、ほんのり頬を膨らませた。


「お前………まさか───」


 アンジュは神妙な顔つきで、龍の子と視線を合わせ、そして───。


「ワタシに惚れたかァ〜?」


 ふにゃりと笑って頬をすり寄せた。

 堪らずミコトも飛びつくようにアンジュへ駆け寄る。


「ずるいアンジュちゃん!私にも抱かせ────ッ」


 ズウン!!


 次の瞬間───孵化場………いや、酪農区全体が、低く唸るように揺れた。


「───ッ!?また揺れたぞ!!」

「何か………落ちてきたみたい」


 二人は反射的に龍の子を庇うように身を寄せ合い、周囲を警戒する。


 ミコトは先日の混乱を思い出し、より強く龍の子を庇う。そんなミコトの姿を龍の子はじっと見つめていた。


 耳を澄ませば───ダダダダダダ!と地面を叩く足音が近づいてきた。

 直後、勢いよく孵化場の扉が開かれる。


「ミコト!いますか!?」

「グ、グレン班長!?」


 息を切らせて飛び込んできたのは、グレンだった。

 驚きに目を丸くしたミコトは、思わず声を上げる。


 荒く上下する肩を抑え、周囲を素早く見渡したグレンは、乱れた呼吸を整えると真っすぐミコトのもとへ、カツン、カツン、カツン、と足早に歩み寄った。


「…………この状況は?」

「アンジュちゃんの卵を温室機に───」


 ミコトが答えかけた瞬間、グレンのこめかみに一本、太い血管が浮き上がった。


「その温室機が一台、破損しているみたいですが?」

「そうなんです!急に制御できなくなって───」


 グレンのこめかみに、もう一本血管が浮き上がる。

 グレンの感情の変化に一切気づかず、身振り手振りで報告を続けるミコト。


「卵は………どうなったんですか?」

「あ、無事に孵りました!」


 嬉しそうに龍の子を両手で差し出し、「可愛いですよ!」と誇らしげに見せるミコト。


 だが、グレンの顔は、地割れのように割れた筋肉と、指数関数的に浮き出た血管で覆われ、もはや般若のごとき形相をしていた。


「貴様………勝手に何をしている」

「ヒイイイイイイイ!」


 ようやく状況を把握したミコトの悲鳴が、孵化場の卵たちを鋭く震わせた。


「上役の相談もなくこんなことをして!」

「すみません!すみません!すみません!」


 グレンの鋭い叱責が容赦なく飛ぶ。

 頭を下げるミコトの背に、反省と罪悪感の重みがのしかかる。


「一体何のために貴方を付けたと思っているのですか!?」

「すみません!すみません!すみません!すみません!すみません!すみま───」


 ミコトは腰を折り、床に額がつきそうな勢いで謝罪を繰り返す。

 その様を見てられないと思ったアンジュが歯をギリィと噛み締めて叫んだ。


「オィ!アンタ!」


 割って入った声に、グレンが怒りを収めぬまま、グルリと振り返る。


「ミコトに卵《コイツ》を孵すように頼んだのはワタシだ!頭ごなしに叱ってんじゃないよ!」


 龍の子を器用に肩に乗せ、腰に手を当てながら、もう片方の手でビシィッとグレンを指差し、グレンに啖呵を切るアンジュ。


「そんなんだからミコトがいつまで経っても────」


 言葉の途中で、アンジュの背中に氷を這わされたような悪寒が走り、彼女の上にふっと巨大な影が差し込んだ。


「君に要があるのはコッチだ………」

「───ですよね〜」


 振り返ったアンジュの視線の先には、空気を押し潰す圧をまとった、般若よりも恐ろしい鬼───すなわちサカキが立っていた。


「大人しく待つよう言わなかったか?」

「言われました」

「君はそれを守ったか?」

「守ってないです」


 あまりのサカキの表情に、アンジュは思わず敬語になり、罰が悪そうに目を逸らす。


「か、勝手に行動したのは、悪かったよ。でもコイツをどうするつもりだったのさ?」


 肩に乗せた龍の子へと視線を落としながら、アンジュは問いかけた。


「この個体はまだ詳細が分かっていない」

「その為、研究も兼ねて一時的に冷凍保存を───」


 サカキとグレンが卵の今後について口にした瞬間、アンジュの表情がさっと曇る。


「なんだよそれ」


 ギリッ、と再び奥歯を噛み締める音が響く。


「ここは世界で一番生き物を愛する場所じゃないの?」


 サカキの威圧をものともせず、アンジュは真っ直ぐな眼差しで叫んだ。


「そんな後回しなやり方じゃコイツが可哀想じゃないか!」


 初対面のグレンをも射抜くような強い視線。

 一瞬、場の空気すら押し返したように思えた。

 その勢いを受けたサカキも真っ直ぐにアンジュを見つめ───。


「それが後先考えずに勝手に孵化させる理由になる訳がない」


「超ゴメンナサイ」


 サカキが本日一番、鋭く険しい表情で即答する。

 それを真っ直ぐに受け止めたアンジュは───。

 目から「ピピピ」と音を出しながら涙をこぼし。

 一瞬で小鳥のように縮こまった。


「ミィー!」


 唐突に龍の子が、サカキに向かって噛みつくように鳴いた。


 まるで親を守ろうとする子どものように、小さな体を震わせながら必死に抗議している。

 その瞳と目が合った瞬間、サカキの動きがわずかに止まった。


(これが………“あの龍”だというのか?)


 遺跡で対峙した時の凶暴さ、荒ぶる力、そして垣間見たその圧倒的な“能力《ちから》”。

 その記憶とはあまりにもかけ離れた姿に、サカキは思わず息を呑んだ。


(フライヤの映像より明らかに幼体化している)


 魔法の映像で同じ個体を見たグレンも、信じ難い変貌に息を呑む。


(やはり、自己防衛によるものなのか?)


 所長室で語った己の持論が、ゆっくりと形を帯びていく。

 グレンは視線を細めながら、その答えを探るように龍の子を見つめた。


「ミィー!ミィー!ミィー!」


 龍の子は怒りに身を任せ、頭をぶんぶんと振る。


「おっおい!?落ちても危ないし、サカキ(あいつ)も危ないって!」


 肩から滑り落ちそうになった小さな体を、アンジュは慌てて抱き留める。


「………………」


 その光景を見つめるミコトの手に、ぎゅっと力がこもる。

 《《彼女も》》胸の奥で何かが熱く脈打つのを感じた。


「あ、あのっ!グレン班長!サカキさん!」


 震える声で呼びかけ、一歩、二人の前へ踏み出した。


「この龍《こ》とのいきさつは、アンジュちゃんから聞きました。確かに私たちのとった行動は軽率だったかもしれません───」


 萎縮する気持ちは消えない。


「でも!私はアンジュちゃんの意思が間違っているなんて思いたくありません!」


 それでも───アンジュと出会ってから短い時間の中で、彼女が見せた不器用な優しさを思い出し、足は震えながらも前へ出た。


「私は彼女を信じます!どうか………この子を恐れないでください!」


 胸の奥底にあった言葉を、震えた声で、それでも精一杯に放った。


「…………ミコト」


 アンジュは、その言葉を受け、表情を緩ませる。

 グレンは眉間にシワを寄せたまま、じっとミコトの言葉に耳を傾けていた


(……………“アンジュちゃん”か)


 その呼び方に、形のない何かが、グレンの胸の奥で静かに芽吹こうとしていた。


「しかしだなミコト君───」

「幸い現状は視覚的に大きな脅威はないようですね」


 サカキが説得を切り出そうとした、その時、グレンが背後から声を漏らした。


「グレン君!?」


 唐突に割って入る声にサカキが目を丸くする間もなく、グレンは言葉を重ねる。


「成り行きでこうなったとはいえ、卵を孵化させた起因を作ったのは私の“弟子”です。───師には、その責任を負う義務がある」


 そう言いながら、短く鋭い視線が、ミコトへと向けられる。


「うう………」


 咎められたミコトは、“弟子”という響きに気づかぬまま、しゅんと肩を落とした。

 グレンは、その小さな背を静かに見据える。


「確かに未曾有の存在とはいえ───龍の一体すら管理できないよう様では“空の牧場”の名折れ」


 グレンの声の調子がわずかに柔らぎ、視線が龍の子へと移る。


「したがって、この龍は我々が預かります」


「……………え?」


 思わず顔を上げたミコトの瞳に、かすかな光が宿る。


「アンジュさん………と言いましたね?」


 グレンの視線が今度はアンジュを見据える。


「我々は、生物管理のプロです」


 淡々と、だがその奥に確かな意志を含ませてグレンは言葉を紡ぐ。


「先ほどの無思慮な決議を撤回します。今一度私を………いや」


 スッと、アンジュに手を差し出す。


「スカイ・ファームを信用してはくれませんか?」


 その顔に浮かんだ笑みは、普段の厳格さとは別の色をしていた。

 アンジュは半信半疑のまま、その笑みに目を細める。


「ミィ?」


 抱かれた龍の子が、不思議そうにアンジュを見上げた。視線を合わせないまま、アンジュは龍の子をグレンに差し出した。


「ケガさせたら、承知しないからな?」


「もちろんです」


 短く返し、口元だけで笑うグレン。


「───ッグレン班長!」

「………致し方ないか」


 ミコトの声は、今度は弾み、喜びに満ちた笑顔を見せた。

 サカキもそれを見て、頭をかき、諦めたように一息ついた。


「───ってアレ?」

「ミィ!」


 当の龍の子は、ガシイッ!とアンジュの腕にしがみつき、離れようとしなかった。


「どうしたんだよお前!?」


 慌てたアンジュが声をかけるも、巻きつく力はむしろ強まっていく。


「お前はアッチに行くんだって!ほら!」

「ミィ〜〜〜〜〜!!」


 引き剥がそうと力を込めても、意固地な様子は変わらない。


「随分と懐かれた様ですね。いっそウチの職員になられては?」


 グレンが皮肉混じりに口角を上げる。


「だーーーー!もう!」


 アンジュが苦笑交じりに呻くと、そのやり取りにクスリと笑ったミコトが龍の子に近づいた。


「大丈夫だよ」

「ミ?」


 腰を落とし、同じ目線に合わせるミコト。

 その声色は、アンジュの快活さとは異なる、穏やかで澄んだ響きだった。


「ここにいる人たちはみんな優しいし」


 龍の子をまっすぐ見つめ、柔らかな笑みを向ける。


「私もついてるから………ねっ?」

「………」


 龍の子はその笑顔を、しばし黙って見つめ───。


「ミッ!」

「わっ?」


 小さな体を弾ませ、ミコトの腕の中へ飛び込んだ。


「ふふっ……いい子ね!」

「ミィ〜」


 ミコトが優しく頭を撫でると、龍の子は満足そうに目を細めた。


「やれやれ………」


 安堵の息をついたアンジュは、ふと眉をひそめる。


「ん?そういえば───」


 アンジュは、ふと何かを思い出したように顔を上げる。


「ここへはアンタら二人だけで来たのか?」

「グレン君と、フライヤを抱えて飛んできた」

「バケモンかよ………」


 サカキの何気ない返答に、アンジュの顔が引きつる。


「───ってフライヤさんは?」

「フライヤは途中で落としてしまった」

「はぁああああああ!?」



          * * *



 スカイ・ファーム樹海区。


 この深い森は、獰猛な猛獣と魔獣たちの息遣いで常にざわめき、回廊帯の制御下であっても互いのしのぎを削り合う場所。


 阿鼻叫喚のような咆哮が木々の間を震わせ、空気は常に張り詰めている。


 ───ふいに、その喧噪が止んだ。


「………殺す」


 奥に潜んでいた一頭の猛獣が、何かを察して身をすくませる。

 湿った土を踏みしめ、泥と葉にまみれた女が、獰猛な獣たちに目もくれず横切る。


「サカキ殺す、サカキ殺す、サカキ殺す、サカキ殺すサカキ殺すサカキ殺すサカキ殺すサカキ殺すサカキ殺すサカキ殺す。サカキ………殺す───」


 その口からは、呪詛のように同じ言葉が繰り返し漏れ続けていた。

 杖をつくその瞳は、猛獣よりも鋭く、魔獣よりも冷たい。


 般若や鬼よりも恐ろしい魔女、フライヤだった。



          * * *



「一大事じゃんか!」

「大丈夫だ、彼女は強い、それよりも───」

「それよるなぁ!!」 


 大した反省の色も見せず、さらりと会話を切り替えるサカキに、アンジュは食い気味に噛みついた。だがサカキは涼しい顔のまま、視線をアンジュに定める。


「想定外の事態になったが、卵の一件が落ち着いた今─── アンジュ、次は君の件だが」


 神妙な面持ちでサカキの目線だけが、アンジュに向かう。

 先ほどの叱責とは違う、標的を定めるようなその眼力に、アンジュは反射的に背筋を伸ばした。

 その言葉とともに、サカキは軽く顎をしゃくる。


「君のその底知れぬ《《再生力》》───そしてこの龍との《《繋がり》》」


 サカキの指先が、間を詰めるように伸び、アンジュの胸元を指し示す。


 彼女の胸元に刻まれ、未だ得体の知れない紋章を真っ直ぐ見つめるサカキにアンジュは思わず顔を赤らめ、そそくさと服で隠した。


「まだまだ、楽観視できる状況ではない、なので───」

「う、うん………」


 それは同意というより、軽口を挟めない空気に押し込まれた声だった。


「君とはここで別れる」

「───えっ?」


 唐突な宣告に、アンジュは反射的に声を漏らす。


「我々は、ここの復興にしばし助力し、次の依頼へと向かう」

「───えっ?」


「当然だろう?我々は、君と卵を引き離すことを懸念してここへの同行を依頼した。それが果たされた今、我々と君が連れ合う理由がない」

「───えっ?」


「君はここに残り、ゆっくりと時間をかけて調べてもらうんだ、問題がないのなら、後は君の好きにするといい」

「───えっ?」


 立て続けに突きつけられる言葉に、思考が追いつかず、気づけば口から出ているのは、同じ反応を繰り返す間の抜けた声だけだった。


「なんだよそれ!!」

「どうした?当然の筋道だろう?」

「そ、それはそうだけど………」


 アンジュの頭の中で急速に思考が巡る───。


 (え?置いてかれるの?こんな素敵な場所…………じゃなくてこんな所に!)


 確かにスカイ・ファームが凄まじい場所だと認めてはいる。だが、首をぶんぶんと振って、その思いを追い払う。


(確かにここなら………火の鳥の情報を手に入れられるかもしれない。今は手に入らなくてもこれだけデカい場所ならいつか───)


 アンジュは必死で考えをまとめ直し、自身の言葉を探す。


(でも!ワタシには《《無理》》だ………こんなチャンス、逃したら二度とない)

 

 脳裏に蘇る、ここまでの旅路。

 野営が中心の道中では、様々な危機が彼らを襲った。


 白昼の悪意、闇に潜む影。

 奇襲も、急襲も、強襲も。───その全てを、彼らは笑い飛ばすように返り討ちにしてきた。


 その圧倒的な光景を目に焼き付けたアンジュは、スカイ・ファームに到着する頃には、ひとつの答えに辿り着いていた。


「な、なぁ───」


 意を決して、アンジュは一歩踏み出した。


「ワ、ワタシ………もうしばらくアンタ達について行きたいなァ!!なんて………」


 わざとらしい笑顔と、ぶりっ子じみた仕草でサカキにねだる。


「ダメだ」

「早い!即答!これでもけっこう羞恥心を消費したのに!」


 天井を仰いで大げさに叫び、そのまま肩をがっくり落として項垂れた。


(フライヤの言う通りだ………やはり食いついてきたか)


 即時に断ったはずのサカキの目は、試すような光を宿していた。


「アンジュ………君は、火の鳥の情報を探しているんじゃないのか?」


(───火の鳥?)


 その名称に、傍らのグレンが僅かに目を細める。


「そうなんだけど………」


 言い淀んだアンジュは、ちらりと視線を泳がせる。

 何を言えば納得してもらえるのか、言葉を探しながら口を開く。


「ワタシ、アンタ達の仕事に………興味を持ったというか………」


 その言葉に、サカキの眉がわずかに動く。

 次の瞬間、真剣な光を宿した視線がアンジュを射抜いた。


「以前も話をしたが、我々の仕事は時に人に仇なす生物と相対する事もある、今回は、たまたま君の力が解決を導いたが───」


 サカキは鋭い指でアンジュを指差す。


「はっきり言う、君は“それだけ”だ。好奇心だけで付きまとう足手纏いを連れて回るほど、我々も、我々の仕事も甘くはない」


 突きつけられた言葉に、アンジュは焦って、身振り手振りで説得を試みる。


「た、確かにアンタ達の強さには遠く及ばないけど、戦闘以外でもワタシは役に立つぞ!」


「………例えば?」


 腕を組んだまま、わずかに眉を上げ、促すサカキ。


「この前も言ったケド、例えば金に困ったら身売───」

「やっぱり言わなくていい!」


 反射的に遮るサカキの声は、激しく裏返った。


「じゃあ“盾”とか!ほらワタシって不死身だし!」

「ならん!」

「何でさ!?」

「そんな悪徳な提案に、私が頷くと思っているのか!?」

「なんだよ!そっちから聞いといて!」

「とはいえ!言って良い返答と悪い返答が───」


 言い争いは加速し、軽口で始まったはずが、アンジュはともかくサカキまで気づけば興奮していた。


 軽率な提案をぶつけるアンジュに、至極真っ当で真摯な反論を返すサカキ───。

 しばしの間、言葉の応酬は止まらず、やがて互いの肩は上下し、息を切らしながら睨み合いに至った。


「い、いい加減に諦めろ、私は一度決めたことは覆さん」


 こう着状態となった状況に、肩で息をしながら断言するサカキ。

 反論する言葉を使い果たしたアンジュは、悔しさを滲ませ、ジーっと睨み返す。


 サカキもようやく折れたのかと思ったのか、深くため息をつく。だがアンジュは、その瞳をギラリと光らせて、口を開いた。


「…………言ってやる」

「んぉうん?」


 小さく、かすれるような声で呟くアンジュ。

 聞き取れず、思わず耳を傾けるサカキ。


「遺跡を壊したこと………やっぱり言いふらしてやる!!!」

「な、何ぃ───ッ!?」


 それは“空の火事”の調査中に、古代遺跡を派手に崩壊させてしまった件だった。

 これが公になれば、当国からの莫大な損害賠償は免れない。

 しかも、その一部始終をアンジュに目撃されていたのである。


「───遺跡?壊れた?なんのことです?」


 報告になく、聞き捨てならない単語に、グレンが眉をひそめる。


「なァーーーんでもない!その、なんだ………そう!“軌跡”だ!調査した軌跡のことだ!アンジュの推理力が冴え渡ってたんだよ!いやぁ素晴らしかったなぁーアンジュ!?ハッハッハッハ!」


 サカキは慌てて言葉をねじ曲げ、その巨体をできる限り低くしてアンジュの耳元に囁くように迫った。


「オイッ!?卑怯だぞ!」


 周囲に聞こえないよう、低く押し殺した声でアンジュに詰め寄る。


「うるさい!これもワタシなりの戦いだ!どうすんだよ?ワタシは本気だぞ!?」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ」


 たじろぎながらも、今度はサカキが奥歯を噛みしめた。

 互いの視線が絡み合う。意地の張り合いが、もはや会話ではなく駆け引きのように場を支配していく。

 やがてサカキは、ふっと息を吐き出した。


「………わかった」


 短く言い放つと、ゆっくりと立ち上がる。


「そこまで言うのなら一つテストをしよう」

「テスト?」


 首をかしげるアンジュに、サカキは視線を逸らさず告げる。


「君が本気で、我々の仲間になる気があるなら、その価値を示して見せろ」


「それって、まさか───」


 汗を垂らしながら、目をカッと開くアンジュ。


「面接………とか?」

「全然違う」


 即座に切り捨てるサカキの声は、今までより低く、重い。


「そうだな………とりあえず───」


 広間に、重く濃い沈黙が落ちた。

 今までの軽口や茶化しは、全て前振りだったかのように───その双眸《そうぼう》は、鉄よりも冷たく、刃よりも鋭く、アンジュを射抜いていた。


「私と戦って………勝ってみせろ」


 その目は、鈍く凶悪な光を放っていた。

 サカキは片手を上げ、指をわずかに開閉する。


 動作だけで、関節がゴキリと鳴り、耳に生々しい音が届く。


 その言葉を聞いたアンジュは、小さく息を呑み、そして───。


「………………はい?」

 

 間の抜けた笑みを浮かべた。





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