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二十万円の笑顔  作者: 鍵しっぽハンター


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第二章 既読


 男は歩きながら話した。

 改札を出て、駅前のロータリーを横切って、人通りの少ない路地に入った。ゆうとはその後ろをついていった。男がどこに向かっているのかを聞かなかった。聞く必要があるとは思わなかった。

 路地の途中にある自動販売機の前で、男は立ち止まった。

 「飲み物、いりますか」

 「いいです」

 「そうですか」

 男はポケットから小銭を出して、缶コーヒーを買った。プルタブを開けて、一口飲んだ。それからゆうとを見た。

 ゆうとは男の顔を見た。

 印象に残らない顔だった。特徴のない目鼻立ち。表情がほとんどなかった。怖いとは思わなかった。ただ、どこにでもいそうな顔だった。

 「仕事の内容ですが」と男は言った。「住宅に入ります」

 ゆうとは聞いた。

 「留守宅に入って、金品を持ち出す。それだけです」

 それだけです、と男は言った。本当にそれだけのことのような言い方だった。

 ゆうとは何も言わなかった。

 「危険はありません。下見は済んでいます。家主が不在の時間帯を確認してあります。あなたの役割は、中に入って、指定されたものを持ち出すことです」

 「警備とかは」

 「ありません。確認済みです」

 「捕まったら」

 「捕まらないようにしてあります」

 それが答えだった。

 ゆうとは男の缶コーヒーを見た。男はまた一口飲んだ。

 「二十万は、一回ごとです」と男は言った。「終わったら翌日に現金でお渡しします」

 ゆうとは何も言わなかった。

 男はそれ以上説明しなかった。

 「やりますか」と男は言った。

 ゆうとは少し間を置いた。

 断る理由を、探した。

 思いつかなかった。

 「やります」と言った。


 家に帰ったのは十六時過ぎだった。

 リビングを通ったとき、母親がいた。

 「早かったね」と母親が言った。

 「うん」

 「用事、終わった?」

 「終わった」

 「何してたの」

 「友達と」

 「そう」

 それだけだった。ゆうとは自分の部屋に上がった。

 ベッドに座った。

 何かを考えようとした。

 でも何を考えるべきなのかが、整理できなかった。整理しようとすると、考えが滑った。つかまえようとするほど遠くなった。

 スマホを開いた。

 彩花からLINEが来ていた。




彩花 15:44

今日用事終わった?


彩花 16:08

ねえどうだった?




 ゆうとは既読をつけた。

 返さなかった。

 田中からも来ていた。




田中 14:52

今日暇じゃないの?

なんかしようぜ




 既読をつけた。

 返さなかった。

 スマホを置いた。

 天井を見た。

 「やります」と言ったとき、ゆうとは何も感じなかった。感じなかった、というのは、麻痺していたということではなく、本当に何も感じなかった。強いて言えば、手続きが終わったような感覚だった。面倒なことが一つ片付いたような、そういう感覚。

 でもそれが何の手続きなのかは、考えなかった。

 夕飯の時間まで、ゆうとは天井を見ていた。


 翌日、日曜日。

 ゆうとは昼近くまで眠った。

 起きると、航太がリビングでゲームをしていた。母親は買い物に出かけていた。父親は仕事だった。日曜なのに仕事だった。いつものことだった。

 ゆうとは冷蔵庫から牛乳を出して飲んだ。そのまま立ったまま、スマホを見た。

 彩花から夜のうちにLINEが来ていた。




彩花 22:31

ゆうと、大丈夫?

なんか心配


既読 22:47




 昨夜、既読だけつけて返していなかった。

 ゆうとは「大丈夫だよ。昨日疲れてた」と打って送った。




彩花 11:43

そっかあ

なんか元気なさそうだったから


ゆうと 11:43

ごめん

今日暇?


彩花 11:44

暇だよ

どこか行く?


ゆうと 11:45

駅前でいい?


彩花 11:45

いいよ

何時?


ゆうと 11:46

13時


彩花 11:46

わかった




 スマホを置いて、ゆうとはシャワーを浴びた。

 シャワーを浴びながら、昨日の男のことを思い出そうとした。

 男の顔が出てこなかった。

 声は少し出てきた。抑揚のない、平たい声。「やりますか」という言葉だけが、はっきりと残っていた。

 シャワーを止めた。

 タオルで髪を拭きながら、鏡を見た。

 鏡の中のゆうとは、いつもと同じ顔をしていた。


 彩花と会った。

 駅前のカフェに入った。いつもの席が空いていた。いつもと同じ席に座った。いつもと同じ飲み物を頼んだ。

 「昨日、何してたの」と彩花が言った。責めているわけではなかった。ただ聞いていた。

 「ちょっと用事があって」

 「うん」

 「バイトの話を聞きに行った」

 嘘ではなかった。ゆうとはそう思った。

 「そうなんだ」と彩花は言った。「どんなバイト?」

 「まだわかんない。詳しく聞けてないから」

 「そっか」

 彩花はアイスティーのストローを口に当てたまま、少しゆうとを見た。

 「心配させないでよね」

 「してないよ、心配なんか」

 「してる。LINEの返信来なかったから」

 「疲れてたって言ったじゃん」

 「うん、まあ」

 彩花は納得したような、してないような顔をした。その中間の顔。ゆうとは彩花のその顔を、前から知っていた。何かを言いたいが、言わないでいる顔だった。

 「夏、どこか行けそう?」と彩花が言った。話を変えた。

 「行けると思う」

 「お金は?」

 「なんとかなりそう」

 「なんとかなりそうって」

 「そういう感じがする」

 彩花はまたその中間の顔をした。でも今度は少し笑った。「なんで急にポジティブなの」

 「まあな」

 「バイトの話、うまくいきそうなの?」

 「どうかな」

 「どっちなの」

 「まあ、どうにかなるかな」

 「それだよ、それ」と彩花が言って、笑った。ゆうとも笑った。

 カフェの外では人が行き交っていた。日曜日の午後だった。みんな普通の顔をしていた。


 月曜日、学校に行った。

 朝のホームルームで、担任が進路調査の紙を早めに出すようにと言った。ゆうとはかばんの中に入れっぱなしの紙のことを思い出した。よれていた。

 「橘、まだ出してないな」と担任が言った。

 「すみません、明日出します」

 「明日じゃなくて今日だ」

 「今日出します」

 昼休みに、ゆうとは机の上で紙を広げた。

 志望校の欄、志望学部の欄、卒業後の希望の欄。すべて空白だった。

 ゆうとはしばらく紙を見た。

 ペンを持った。

 「大学進学希望」と書いた。それだけ書いた。大学名は書かなかった。書けなかった。どこでもいい、ではなく、どこにしていいかわからなかった。わからないものに答えを書くのは、間違っている気がした。

 担任に渡したとき、担任は紙を見て「大学名は?」と言った。

 「まだ決まってないです」

 「決まってなくても候補を書けるだろう」

 「はい、すみません」

 「放課後来い」

 「わかりました」

 放課後、担任に呼ばれて、進路の話をした。三十分くらいかかった。担任は真剣だった。ゆうとはその真剣さに、どう応答すればいいかわからなかった。うなずいて、「考えます」と言った。それしかなかった。


 八月になった。

 夏休みが始まった。

 男から連絡が来たのは、夏休みに入って三日目のことだった。




@quick_job_info → 橘ゆうと 8月4日 19:22

お疲れ様です。

来週の水曜日、動けますか。

詳細は当日お伝えします。

場所と時間は明日連絡します。




 ゆうとは通知でそれを見た。

 開かなかった。

 夕飯を食べた。航太がプールに行った話をした。母親が相槌を打った。父親が「橘くん、勉強してるか」と言った。「橘くん」というのは父親の口癖で、息子に対してもそう呼ぶ癖があった。「してます」とゆうとは答えた。してなかった。

 部屋に戻って、スマホを開いた。

 DMを開いた。

既読をつけた。

 返信した。




ゆうと → @quick_job_info 21:07

大丈夫です




 送信した。

 特に何も感じなかった。


 次の日、場所と時間が送られてきた。




@quick_job_info → 橘ゆうと 8月5日 10:14

8月9日(水)

22:00に〇〇駅南口に来てください。

服装は黒か紺で。

スマホは持ってきてください。

他の人間には言わないでください。




 ゆうとは一回読んだ。

 既読をつけた。

 返信しなかった。

 返信しないということは、行かないということではなかった。

 ただ、返信する言葉がなかった。「わかりました」を打ちかけて、でも打たなかった。打つのが億劫だった。億劫というのは、面倒くさいという意味で、面倒くさいというのは、そこに何かが引っかかっているという意味ではなかった。

 彩花から別のLINEが来た。




彩花 10:31

今日暇?

映画行かない?


ゆうと 10:33

いいよ

何見る?


彩花 10:33

これどう?

[画像]


ゆうと 10:34

知らんけどいいよ


彩花 10:35

適当すぎ笑

じゃあ13時に駅で




 ゆうとはスマホを置いた。

 着替えた。

 映画館に行った。

 映画は二時間あった。内容はほとんど覚えていない。彩花が二回笑った。エンドロールが終わったあと、彩花が「面白かった」と言った。ゆうとは「そうだな」と言った。

 帰り道、彩花がゆうとの腕を取った。夏の夕方の匂いがした。

 「来週どっか行こうよ」と彩花が言った。

 「いいよ」

 「海とか」

 「遠くない?」

 「電車で行けるじゃん」

 「まあな」

 「行こう。来週」

 「来週は……」とゆうとは言いかけた。

 水曜日が来週だった。

 「水曜日はちょっと無理かも」

 「なんで?」

 「用事がある」

 「また?」

 「うん」

 彩花は黙った。少しだけ。

 「なんの用事?」

 「バイトの話の続き」

 「夜も?」

 「夜になるかも」

 「そっか」

 彩花はそれ以上聞かなかった。聞かなかったのは、信頼しているからか、それとも聞くのをやめたからか、ゆうとにはわからなかった。

 「木曜日は?」と彩花が言った。

 「木曜日はいいよ」

 「じゃあ木曜日に海行こう」

 「わかった」

 彩花がまた腕を引き寄せた。ゆうとは引き寄せられた。

 夕暮れの商店街を、二人で歩いた。


 水曜日の朝、ゆうとは目が覚めた。

 カーテンの隙間から光が差し込んでいた。晴れていた。

 今日が水曜日だということは、わかっていた。わかっていて、それに対して何も感じなかった。感じなかった、というのは、今朝に限っては少し正確ではなかった。

 正確に言えば、何かが胃のあたりにあった。

 何かというのは、感情ではなかった。物体みたいなものだった。重さのある何か。それがそこにあるということだけがわかって、それが何なのかはわからなかった。

 朝ご飯を食べた。航太がいた。母親がいた。父親はもう出かけていた。

 「今日、夜遅くなるかも」とゆうとは言った。

 「何時くらいに帰るの」と母親が言った。

 「わかんない。遅くても今日中には帰るつもり」

 「誰かと?」

 「うん、ちょっと」

 「わかった。気をつけてね」

 それだけだった。

 ゆうとは飯を食い終えて、部屋に戻った。ベッドに座って、スマホを見た。

 彩花からLINEが来ていた。




彩花 8:02

今日は用事頑張ってね

明日楽しみにしてるよ




 ゆうとは少し画面を見た。




ゆうと 9:14

ありがとう

明日楽しみにしてる




 送信した。

 スマホを置いた。

 夜まで何もなかった。


 二十二時に指定された駅の南口に行くと、男がいた。

 今日は二人連れだった。男と、もう一人。もう一人は若かった。二十代の前半くらいに見えた。目つきが鋭かったが、何も言わなかった。ゆうとはその男の名前を聞かなかった。男も名乗らなかった。

 三人で歩いた。

 「今夜の場所は練馬区です」と最初の男が言った。「住宅街の一軒家。七十代の夫婦が住んでいますが、今日は妻が病院に泊まっています。夫も病院に来ています。二十三時には帰ってきますので、それまでに終わらせてください」

 ゆうとは聞きながら、うなずいた。

 「貴金属と現金を探してください。場所は教えます。見つけたら袋に入れて、すぐ出てきてください。鍵は開けてあります」

 「鍵は開けてある」というのが何を意味するのか、ゆうとは考えなかった。誰かが開けた。それだけのことだった。

 電車を乗り継いで、住宅街に入った。深夜の住宅街は静かだった。静かすぎて、自分の靴音だけが聞こえた。

 男が立ち止まった。

 「あそこです」

 一軒家だった。古い家だった。二階建て。庭に植木があった。電気は全部消えていた。

 「行ってください」と男は言った。

 ゆうとはうなずいた。

 もう一人の若い男も一緒に動いた。


 裏口から入った。

 鍵は確かに開いていた。

 中は暗かった。懐中電灯を使った。壁に家族の写真が飾ってあった。子供と、老夫婦と、もっと若いころの写真。ゆうとはそれを見なかった。

 引き出しを開けた。男に教えられた場所だった。現金が入っていた。封筒の中に、束になって。

 もう一人の男が別の部屋を探していた。

 ゆうとは言われた通りに動いた。

 考えていなかった。何も。

 寝室の引き出しを開けようとしたとき、廊下のほうで音がした。

 玄関が開く音だった。


 ゆうとは固まった。

 廊下に光が差し込んだ。懐中電灯ではない光。家の電気が点いた。

 「誰かいるのか」

 老人の声だった。男の声だった。

 ゆうとは動けなかった。

 もう一人の男が部屋から出てきた。廊下に出た。老人と向き合った。

 ゆうとはその場に立っていた。

 老人が「出て行け」と言った。その声は震えていた。

 もう一人の男が何か言った。ゆうとには聞こえなかった。

 老人が携帯電話を出そうとした。

 止まる理由が、思いつかなかった。

 ゆうとは動いた。


 外に出たとき、空気が冷たかった。八月なのに、夜の空気はひんやりしていた。

 三人で歩いた。誰も何も言わなかった。

 駅まで歩いた。男が「今日はここで」と言った。ゆうとはうなずいた。

 電車に乗った。

 座席に座った。

 スマホを出した。

 彩花からLINEが来ていた。




彩花 23:14

まだ終わらない?


彩花 23:41

大丈夫?




 ゆうとは画面を見た。

 既読をつけた。

 返さなかった。

 電車の窓に、自分の顔が映っていた。

 知らない顔だった、というわけではなかった。いつもと同じ顔だった。ただ、いつもと同じ顔を見ながら、それがいつもと同じかどうかを確認しているという事実が、少しだけ奇妙だった。

 次の駅でドアが開いた。誰かが乗ってきた。サラリーマン風の男だった。酒のにおいがした。

 ゆうとはスマホをしまった。

 窓の外は暗かった。


 家に着いたのは日付が変わる少し前だった。

 玄関を開けると、リビングの電気がついていた。

 母親がソファに座っていた。本を読んでいた。

 「遅かったね」と母親が言った。

 「うん」

 「ご飯、冷蔵庫に入れてあるよ」

 「ありがとう。いらない」

 「そう。疲れた顔してるね」

 「少し疲れた」

 「お風呂入ったら?」

 「入る」

 ゆうとは二階に上がった。

 風呂に入った。

 湯船の中で天井を見た。

 何かを考えようとした。

 何も来なかった。

 風呂から出た。歯を磨いた。部屋に戻る。ベッドに横になった。

 眠れるかどうかわからなかった。

 眠れた。


 翌朝目が覚めた。

 カーテンの向こうが明るかった。晴れていた。

 木曜日だった。

 彩花と海に行く日だった。

 ゆうとは起き上がった。

 スマホを確認した。彩花から来ていた。




彩花 8:17

おはよう!

今日楽しみだね

何時に出る?


ゆうと 8:33

おはよう

10時でいい?


彩花 8:34

いいよ




 ゆうとは着替えた。

 昨夜のことを、どこかに押し込んだ。押し込んだ、という意識もなかった。ただ、今日は彩花と海に行く日だった。それだけだった。


 海は思ったより混んでいた。八月だからしかたなかった。

 彩花は水着の上にTシャツを羽織っていた。砂浜を歩きながら、場所を探した。見つけて、荷物を置いた。

 「来てよかった」と彩花が言った。

 「そうだな」

 「なんか嬉しそうじゃないじゃん」

 「嬉しいよ」

 「顔が」

 「暑いから」

 彩花が笑った。ゆうとも笑った。

 波打ち際まで歩いた。波が来た。冷たかった。彩花が「わあ」と言った。ゆうとはそのまま膝まで入った。

 「深いとこ行かないでよ」と彩花が言った。

 「行かない」

 「行きそうな顔してる」

 「してない」

 また笑った。

 ゆうとは波を見ていた。沖のほうまで、ずっと続いていた。どこまでも同じ海だった。

 昨夜のことを、ゆうとは考えなかった。

 考えなかった、というのは、抑圧したということではなく、ただ今はそこにいなかった。今は海にいた。彩花がそばにいた。それだけだった。


 帰り道、電車の中で彩花がゆうとの肩に頭を乗せた。

 疲れたから、と言った。

 ゆうとは黙っていた。

 「昨日の用事、どうだった?」と彩花がぼんやりした声で言った。

 「まあ普通に終わった」

 「そっか」

 「うん」

 「バイト、始まりそう?」

 「そうかも」

 「頑張ってね」

 「うん」

 彩花の頭の重さが、肩にあった。

 ゆうとは窓の外を見た。

 夕暮れの街が流れていた。

 何も考えなかった。

 ただ、街が流れていった。


 数日後、男から連絡が来た。




@quick_job_info → 橘ゆうと 8月14日 15:03

お疲れ様でした。

明日の午後、〇〇駅近くの公園に来てください。

15時で。




 ゆうとは読んだ。

 既読をつけた。

 返信した。




ゆうと 15:11

わかりました




 翌日、公園に行った。

 男が一人で来ていた。ベンチに座っていた。缶コーヒーを持っていた。また缶コーヒーだった。

 ゆうとが近づくと、男は白い封筒を出した。

 「お疲れ様でした」

 ゆうとは封筒を受け取った。

 重さがあった。

 中を開けなかった。開ける必要を感じなかった。二十万円が入っているということは、わかっていた。

 「次の話が来たら連絡します」と男は言った。

 「はい」

 「何かあったら、このアカウントにDMしてください」

 「わかりました」

 それだけだった。

 男は立ち上がって、歩いて行った。缶コーヒーをゴミ箱に捨てながら、振り返らなかった。

 ゆうとは封筒を持ったまま、しばらくその場に立っていた。

 公園には老人が一人、ベンチで新聞を読んでいた。子供が一人、砂場で遊んでいた。日常だった。

 ゆうとはそこに立っていた。

 封筒を、ジャンパーの内ポケットにしまった。


 家に帰って、部屋のドアを閉めてから、封筒を開けた。

 お札が入っていた。

 一万円札が二十枚だった。

 数えた。二十枚だった。

 もう一度数えた。二十枚だった。

 机の引き出しにしまった。

 椅子に座った。

 天井を見た。

 二十万円。

 ゆうとはその数字を頭の中で転がした。二十万円というのが何と交換できるのかを考えた。

 彩花と旅行に行けた。それだけではなく、もっといいものも買えた。服を買ってもいい。ゲームを買ってもいい。何でも買えた。何でも、は言いすぎかもしれなかったが、何かはできた。

 どこかに食事に行こうと思った。彩花を連れて、いつもより少しいい店に。

 スマホを出して、彩花にLINEを打った。




ゆうと 16:44

今週末、どこかいいとこ食べに行かない?


彩花 16:46

いいとこって?


ゆうと 16:46

なんか、いつもよりちゃんとしたとこ


彩花 16:47

え、なんで急に

バイト代入ったの?


ゆうと 16:48

まあそんな感じ


彩花 16:48

やったじゃん!

どこ行く?


ゆうと 16:49

彩花が決めていいよ


彩花 16:50

まじで?

じゃあちょっと調べる




 ゆうとはスマホを置いた。

 机の引き出しに目をやった。

 閉まっていた。

 何も見えなかった。


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