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四、縁は切る成り

「……はい?」


二度目だった。二度目の素っ頓狂な声だった。

自分が縁を持ったのは、憑かれたのは誘うものだけではなかったらしい。いやどこで。何で。きっかけは。それしか浮かんでこなかった。何時何分地球が何回エトセトラ、リピートしていた。


「人の心配ばかりしている場合ではない、ということだね」


にっっっっこり。憎たらしいほどに八つ当たりしたいほどに満面の笑みで譲は15年生きて初めてイラっとした。人がこんなに悩んでいるのに満面の笑みで、こんなに焦っているのに満面の笑みで。


整理しよう。譲は入学して2か月、友達もおらず3年間のぼっち飯を覚悟して毎日高校生活を謳歌(仮)していたところにお花のいい匂いする女子生徒に肩を組まれてドキドキした。帰宅部の名に懸けて素早く帰ろうとしたところに旧校舎につながる渡り廊下で肩を組んできた彼女に出会い、なぜか追わなければ、ついて行かなければと思って追いかけた。追いかけた先にこの部屋があり、眼帯生徒にこのままだと人間じゃなくなると言われている。しかも追いかけた彼女はもう人間じゃないと。は?

到底整理して理解できるものではなかったし、理解できるとも思わなかったが、目の前でにっこり笑っている彼へのイラつきは本物だと確信した。


今思えば彼女を追いかけなければと思ったときにはすでに、怪異とやらとご縁が結ばれてしまっていたのかもしれない。でもあの子のほかにどこで不思議なことにあっただろうか。


「あ、言っておくと君は以前から別の怪異と縁が結ばれていて、今回誘うものとも結ばれたんだ。端から縁は結ばれていたから他の怪異も呼び寄せたんだろう」


…。


「はあぁぁ!?!?」


由川譲15歳、高校1年生。生きてきて今までで初めてこんな大声が出た。


それもそうだろう、今日が初めてじゃない、以前から結ばれていたと言われたら。

おいおいおい、それじゃあ根底から話は覆るだろう。以前からっていつから?長い間憑かれていたら人間じゃなくなると彼は言った。なら以前からっていつ。もしかしてそろそろ人間じゃなくなる、もしくはもう人間じゃないのか。

気持ちが顔に出ていたのか、眼帯生徒は言う。


「大丈夫、君はまだ人間だよ」


大丈夫ではない。まだって言われたから。


「いつ頃だろうね、正確には分からないけれど。うーん、入学したころか?うん、きっとその頃だ」

「いや、もう2か月経ってるんですけど」

「そうだね、まだ2か月だ」


にっこにこの顔して何を言ってやがる。

この男のものさしでは2か月縁が結ばれたのはまだに含まれるらしい。


「行っただろう?”これは珍しい方が来た”、と」


確かに言っていたが、譲は恥ずかしながら自分の事だと信じていた。ここには人気がなくようやく来てくれた人間に対してのもてなしかと思ったら、どうやら譲はすでに縁持だったから歓迎されていただけのようだ。いや別に恥ずかしくないしだからと言って嬉しくもない。縁持だからようこそって嬉しくないでしょうが。


「ふむ。君自身も気づいてないのか」

「怪異なんて普通気づかないなら、僕も例に漏れないですっ!」

「いやはや、憑かれて記憶の混濁もあるのかな。君に憑いてるご縁は分かりやすい部類なんだけど…」

「素人に分かりやすいなんてないですよっ!初耳ですしっ!」


キャンキャンと吠える、まさに小型犬のごとし。いや、眼帯生徒よりは身長が高いから中型犬くらいか。


「どうにかならないんですか!僕このままだと人間じゃなくなるんですよね!?」

「まぁ大体はそうだね、そういうことだ」

「助けてくださいっ!!!!」


ここ一番の大声で、身を乗り出して頼み込む。まさか自分がこんなことになるなんて思ってもみなかった。誘うものに誘われてこんなことになったかと思いきや縁持だったから誘うものに誘われてこんなことになっていたなんて。

譲の必死の形相と懇願に彼はふっと鼻で笑い、口元は弧を描いたまま言った。


「そのお悩み、承った」


眼帯生徒は肘掛椅子から立ち上がり、傍らにある引き棚をがらりと開ける。追いかけて改めて棚を見ると、何やら異様な置物や数種類の札が何枚も置いてあった。彼はその中の一枚を取り出し譲に向き直る。


「そこに立ちたまえ」


言われたとおりの場所に立つ。これから何されるかなんてわからないけど、とにかく助かるなら何でもいいと譲は思った。このまま人じゃなくなるくらいならどんなことをされてでも助けてほしい。15歳、まだ15歳。まだ母親の作るごぼうの金平を食べていたい。


眼帯生徒へ背を向けて立つと背中にさっき手に取っていたお札を貼り付けられる。確か緑色の模様でなにか書いてあった気がする。

しっかりと撫でつけるように札を貼られ、上から指先で模様をなぞる。少しくすぐったいが、それよりもどこか生ぬるい湯に浸かっている気分になる。



「結びを絶ち、縁を返す。ここに在るもの、あるべき場所へ」



先ほどの笑みからは考えられない凛とした声が響く。途端、背中からぶわっと熱い感覚が広がる。ぬるい湯が急に熱湯になったようでのけ反りそうになるのを必死でこらえた。多分、ここで指から離れたら失敗すると本能が言っていたから。

背中から足と手の指先まで、頭のてっぺんまでが熱く包まれる。まるでぐつぐつと音が聞こえてきそうなほど。



「かしこみかしこみ申し上げる。此の縁にて結びしもの、ここに解き放ち給え」



べり、と何かが剥がれた。正確には感覚だけだが何かがはっきりと剥がれ落ちた。

さっきまで熱かった体は嘘のように冷え切っていて元に戻っている。背中に貼ってあったお札はいつの間にか消えて、否、譲の背中に溶け込んでいた。


「気分はどう?」

「あ、あえ」


油断していたところに話しかけられて思わず変な声が出てしまった。

正直に言えば気分は悪い。生ぬるい湯から熱湯をかけられ、何かがべりりと剥がれ落ちてどちらかと言えば気分は悪い方だ。しかしそんなことが言えるはずもなく、だらしない顔で笑みを浮かべてみた。


「まぁ、良くはないだろうね。顔が変わったんだから」


……ん?


「変わったというか元に戻ったんだが」


意味が分からない。顔が変わった?戻った?意味が分からない。なぜこの意味わからないセリフを簡単に吐けるのだろうか。

振り返り彼の顔を見つめる。彼のは背後に窓があり、部屋の中を反射していた。もちろん彼の後ろ姿と譲の顔も映し出していて。


そこに映っていたのはとんでもない美少年だった。


他に誰か入ってきたっけ。いや入っていない。僕とこの人だけだ。

譲はあたりをきょろきょろと見回したが誰もいない。自分たち二人だけ。

じゃあ、誰?


「驚いているね、無理もないか。その顔が君の本当の顔だよ」




「はい?」




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