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三、怪異は縁成り

「……はい?」


素っ頓狂な声が出た。生きてきてこれまでこんな声を出したのは、母がピーマンの肉詰めにひき肉ではなく豚バラ肉をそのまま詰め込んでいた時くらいだ。それ以外はかなり平穏に過ごしていたためこんな声を出す機会さえなかった。

しかし今、目の前の眼帯生徒に「怪異と遭遇している」などと意味の分からないことを言われて譲は当時を超えた素っ頓狂な声を出している。


いつ、どこで。何時何分地球が何回回ったとき。と、幼稚な考えが脳みそをぐるぐる回っている。譲の目もきょろきょろとせわしなく動いていた。


「いつ、どこで、何時何分地球が何回回ったとき」

「えっ」

「大体の人はそうだ、自分が怪異に遭遇したなんて気づきもしないし誰も教えてくれない。教えられたところで信じられないと決めつけてそう思うだろう」


エスパーか何かかな。この教室に入った時、否、彼女にここまで連れてこられた時から感じていた何か異様な雰囲気。何せここは、空き教室がこんなにあるのにここにしか部活動がないのだから。だから譲も異様な雰囲気が振りまいていることにはすぐに気が付いていた。彼はその雰囲気の中心人物なのだろう。だからエスパーでもあるのかな。すぐに結論へ着いた。


「怪異にはさまざまなものがいるんだ。日本の怪異、世界の怪異、発生経緯の分からないルーツ不明の怪異…本当にさまざまだ。しかしどの怪異にも共通点はある」

「共通、点」

「あぁ、共通点」


彼はぴん、と人差し指を一本立ててまっすぐ譲を見つめる。白く細長い指、爪が少し伸びているようだ。


「巻き込まれた人間は、祓わなければ人ならざる者へ堕ちる」


譲の目の動きは止まり、代わりに机の下で指がせわしなく動いた。焦ったりするときの癖なのだろうと無理やり結論付けた。


人ならざる者へ堕ちる。彼が言っていることが本当ならば自分は人ならざる者へ堕ちる、すなわち人間じゃなくなるという事だろうか。

ばかばかしい。真剣に聞いていたのが恥ずかしいじゃないか。

そう思う割には指の動きは止まってくれない。頭のどこかで事実だと認めてしまっているのかもしれない。


「通常、人は世にはびこる怪異など知らずに生きていくんだ。すぐ横にいる友人が人間じゃないかもしれないなんて疑わず生きている。しかしごく一部、ほんの一部に怪異に干渉されてしまう人がいる。僕はその人間を”縁持えんもち”と呼んでいる」

「えんもち…」

「怪異と”ご縁”を結んでしまったものは放っておくと自分が”怪異そのもの”になってしまう」

「えっ」


彼が言うことがその通りであれば譲は”縁持”となり怪異との”ご縁”を結ばれてしまっている。そしてそのまま放置していれば譲自身が怪異となってしまうのだろう。

机の下の指が一層激しく動いた。ばかばかしい、そう思っているのに指の動きは止まらない。額にもなんだか汗がにじんでいる気がする。


「ぼっ僕はどうなるんでしょうか、あの、僕は」

「落ち着きたまえよ。縁結びという言葉があれば縁切りという言葉もある。怪異と結ばれた縁は正しく縁切りすればどうということはない。ただ、」


眼帯生徒はひどくもったいぶってその先の言葉を渋った。肘掛椅子でくるくると何周かした後、左目だけで譲を見据えた。その眼光は固めだというのに鋭くて自然と背筋が伸びて。


「一度”縁持”となったものは今後も干渉されやすくなる。これは逃れられない運命だ。怪異にとって自分たちに気づいてくれる人間は憑りつきやすくて都合がいいからね」


ひゅう、がらがら、どすん。

崖から突き落とされたようなそんな気がした。

ならば譲は正しく縁切りをしたとしても今後も怪異と出会う確率は高いまま。開いた口が塞がらなくて、瓶底眼鏡の奥の目が一層見開かれた。

それに気づいたように彼はにんまりと笑った。


「君がここに連れてこられた女子生徒。あれはきっと”いざなうもの”だろう」

「い、いざなう」

「ウサギを追いかけて異世界に行った、魔女にカボチャの馬車を用意してもらい舞踏会へ行ったエトセトラ。これらすべては”誘うもの”だ。君が追いかけた女子生徒もおおむねそうだろうと予想する」

「で、でもあの子はちゃんとここの生徒で、」

「”誘うもの”に憑かれたものは無性に噂話がしたくなることがあってね。心当たりはある?」


あ。3年間覚悟したぼっち飯の最中。急に肩を組んでこの探偵事務所の話をしてきた、譲が追いかけてきた女子生徒。噂だけど、とそう言っていた。


「心当たりがあるような顔だ」

「つ、憑かれたって…」

「その子は”誘うもの”に憑かれ、縁持となり噂話を広める。憑かれた時間が長いんだろう、もう手遅れだね」

「へ」


助からないとそう断言されている。譲が初恋に落ちそうになった彼女はもう人ではないらしい。可哀想、それから罪悪感。僕がもう少し早くここにたどり着けていたら、なんて善人お人好し過ぎる思考が譲を苛む。今更どうしようもないのに。


「人を非日常へ誘い込むもの。”誘うもの”に誘われたものは非日常に巻き込まれていくのが運命だ」

「え、じゃ、じゃあ、僕もですか」

「ここに誘われたのが運命なのだからそうだろう?」


なぜ僕はときめいてしまったんだ。なぜ僕はついてきてしまったのか。これだって今更悔やんでも仕方ない、けれど後悔しまくっている。後悔先に立たずとはまさにこのことだ。


「あぁでもね、君がご縁を結んだ怪異は”誘うもの”だけじゃないよ」


目の前の眼帯生徒はにっこりと、本当ににっこりと気持ちいいくらいに満面の笑みを浮かべた。

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