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二、出会いは鐘鳴り

キンコンカンコン、キンコンカンコン。

東雲市にある超超超マンモス校だからって学校のチャイムが他の学校と違うわけではない。というか東雲総合学園_通称(ひがし)校_へ進学するものがほとんどなのでここが基準と言えばそうなのだが。


あの後譲は悲惨だった。かわいい女子生徒に声を掛けられ気分よくもう一度金平を頬張った瞬間に教室内でキャッチボールしていた男子生徒が突撃してきて思い切り舌を噛み、謝られるものの名前は覚えてもらっておらず、えーとえーとと繰り返すばかりの相手から逃げるようにトイレへ駆け込んだ。その瞬間「探偵事務所」という単語が譲から抜け落ちて何とか必死に注目の的にならないよう尽くした。教室内でキャッチボールなんかするな。

そうして譲の頭から完全に抜け落ちたままさっき帰りのホームルーム終了のチャイムが鳴った。今日は掃除当番でもないので帰宅部員の彼は光より早く帰る事に専念している。何を隠そう、ここ2か月教室から出るのは譲が一番早かった。


全校生徒数2000人にもなれば下駄箱への道も遠くなるわけで、早歩きで行ってもすでに生徒で溢れかえっている。しかし大部分は部活に所属しているので、旧校舎へつながる渡り廊下がこの時間一番込んでいる。ここまでのマンモス校ともなれば運動部も文化部も豊富だ。

この2か月で編み出した人込みをすり抜ける技で間を針の穴へ糸を通すような正確さで渡り廊下を抜けていく。残像が残るほど。


ふと、人との隙間を抜けている譲が止まった。

目の先にさっきの女子生徒がいたのだ。

こんなに生徒がいる中で一心に譲を見つめている。その熱心な視線にさすがの譲も気づいて止まる。なんなら心臓も止まりそう。

女子生徒はにこりと微笑んだまま佇んでいる。不思議なことに、彼女の横を過ぎる生徒たちが誰も彼女を気にしていないことだ。こんな人の流れで立ち止まっていれば怪訝な顔をされるかぶつからないようにあからさまに避けるかのどちらかなのに。現に譲はぼこぼこと肩が当たっている。が、止まった足は動かなくて彼女と見つめ合っていた。


「こっち」


彼女の口がそう動いた。否、正確には動いた気がした。そして綺麗な髪を翻し渡り廊下の先を歩いていく。

譲は不思議と追わなければ、そう思い身に着けた技で人の波をかいくぐり彼女の後を追う。

見失うほどの距離は空いてないはずなのに、高校生の男女の身長さはありありとしていて譲との身長差もあるはずなのになぜか追いつけない。綺麗な髪が歩くたびふわりふわりと靡いていく。


「あっ」


人の気配がまばらになったころ、初めて曲がり角で彼女を見失い譲は声を上げた。ここに来るまでで初めて駆け足になり曲がり角から身を乗り出すと、


「あれ、」


彼女の姿はなかった。人の気配も、なかった。


ここは超超超マンモス校で部活数も市内一を誇るというのに、ここには度の部室もなかった。しかし譲の視線は長い廊下の先、突き当りの空き教室に釘付けになって。

引きドア片面には紙が貼りつけられた60サイズほどの段ボールが机の上に置いてあり、紙には汚い字で「相談箱」と書かれて上に細長い穴が空けられていた。

もう片面のドアには長方形にかたどられた段ボールがガムテープで直接貼り付けられて「業願時ごうかんじ探偵事務所」とこれまた汚い字で書かれていた。


譲は臆することなくずかずかとドアに近づいていく。今日までこんなに積極的に何かに進んだことなんてなかったのに、不思議と足は止まらなかった。

ドアに手をかけて恐る恐る開けていく。からからと軽い音が耳に障り、窓から漏れた日差しが少し目に痛い。ほんのすこしだけ。

教室だと思っていたそこは縦に細長く長テーブルが真ん中にどんと鎮座してその先に肘掛椅子に誰か座っていた。座っている人間はゆっくりと机に組んでいた腕をほどきゆっくりと顔を上げる。顔の右半分を隠すように長い前髪の隙間から黒い眼帯が見えた。


「なにかお悩みかな?」


風貌とはかけ離れた凛とした声が、先ほどのドアの音を上塗りしていく。

それでも本能に任せてここまで来た譲は回答に困り、しどろもどろになってしまった。ぶつかってきた男子生徒の如くえーと、えーとを繰り返す。


「おや、これは珍しい方が来たね」

「はい?」


眼帯の生徒はゆるりと立ち上がり譲の傍へ寄る。身長は譲より少し低く、初対面にしてはずいっと顔を近づけてくる。

譲はというと何か話さなければと思いここまで来た経緯を咄嗟に伝えた。


「あの、僕あの、女の子、女の子追いかけてきたら、ここに来てて」

「ほう。追いかけて、気づいたらここに居たのか」

「そう!そうなんです!!!」

「実に面白い!!!!」


どこぞのガリレオばりなセリフを吐いて口元が弧を描いていく。顔はさっきよりもぐっと近づいた。この生徒からもふんわりと柔軟剤の香りがして鼻腔をくすぐった。


「そうかそうか、君はそうか、そうやってここにたどり着いたのか。そうかそうか」


何やらぶつぶつ呟きながら踵を返し椅子に戻っていく眼帯の生徒。戻りがてら、隣の椅子を引いていったのでどうやら歓迎はされているらしい。この椅子は教室によくある椅子なので彼の使っている椅子は自前なのだろうか。

譲はここまで来た様子とは真逆のびくびくした様子で引かれた椅子に着席する。なぜ着席しているのだ、俯瞰すると自分の行動がおかしかった。特に用があるわけでもないのにここに来て、ここに座っているのだ。それも姿を消した女の子を追いかけて。


「君、怪異は信じるかね?」

「かいい??」

「そう、怪異」


譲は言いなれない言葉に舌が詰まったが、眼帯の生徒は気にせず続けていく。


「怪異。人ならざる者。現代の科学では説明がつかない、あやしく不思議な現象や出来事、またはその主体…化け物や妖怪、幽霊などを指す。君はこれらを信じるかね?」


開いた口が塞がらず、下顎がそのまま溶け落ちそうになった。

由川譲、15歳。この世に生を受けて15年、幽霊を見たことなんて一度もないし、霊障を受けたことさえもない。よって譲はそれらすべてを信じない派に所属していた。

沈黙が答えとでもいうように、これ以上質問することはなかったが代わりに聞き捨てならないことを言い放つ。


「信じざるを得ないよ。君は怪異に遭遇しているのだから」

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