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一、時は時成り

春もうらら、都心部東雲(ひがしくも)東雲市にある全校生徒数約2000人、1学年700人前後、クラス数15~18、1クラス35~40人。超超超マンモス高であるここ、東雲総合しののめそうごう学園高等部に一人の男子生徒が入学した。甘い蜜に群がるアリの如くいる全生徒から探し当てるのはとても難しい冴えないどこにでも居そうな_瓶底眼鏡のおかっぱ刈り上げ頭は今の令和、彼しかいないかもしれないが_男子生徒。由川ゆかわゆづるがそこにいた。


そして春もうららというには暑くなりすぎたし桜の木も遠の昔に疲労困憊した父親のように禿げてしまい現在青々とした葉っぱをぶら下げた6月頭には似合わない言葉だろう。譲は入学して早2か月、青春を謳歌すると決めた人が多いであろう高校生のこの時期にまだ、まだ一人教室の隅で母親手作り弁当を貪っていた。

幼いころから食事マナーには厳しかった母から叩き込まれた姿勢。食事中左手は隠さない。しっかりとお茶碗を持つ。くちゃくちゃしない。肘をつかない。箸は正しく持つエトセトラ。生まれて15年、記憶が残り始めて12,3年。どちらにしろ10年以上聞いてきた小言なのですでに耳タコ。しかし譲は表情に一切出さずに涼しい顔でこの小言を受け流してきた。両親の関係を見ていれば誰が家庭を牛耳っているのかなんて明白だったから。


今日も母お手製のごぼう金平を頬張り昼休憩1時間を何とか凌ごうと奮闘している。未だ友達と呼べる人間がいない者の教え其の一、誰の目にも止まるべからず。止まった瞬間、「あいつまだ一人じゃんやばくない?」「かわいそー」と同情の的になるか排他的存在になるかの二択だ。以上、由川譲考察談による。

なので極限まで気配を消す。誰とも視線を交わせないように弁当を一心に見つめて食べる。絶対にきょろきょろしない。会話に耳を傾けない。

入学して2か月、もう2か月。これからの高校生活にすでに悟りを開いてしまった譲なのであった。


「ゆ~かわくんっ」

「はわっ」


突然後ろから肩を組まれる形でスキンシップを図られた。むにりと右肩に感じる柔い感触には3秒遅れて気づいてしまった。瞬間鼻腔をくすぐる優しいお花の匂い、柔軟剤だろうか。多分消臭剤はワイドハイターEXかな、僕も使ってるし。というこの5秒間で分かった気持ち悪い思考を携えて、踏まえて譲はどきんと胸を高鳴らせた。

この2か月名前_苗字を含む_を呼ばれたのは担任教師の2回だけ。プリントを回すときでさえ前の席の生徒と目さえ合わないというのに、今譲はとてもいい匂いの女子生徒に肩を組まれているのだ。右肩に柔い感触を感じながら。

ありえない状況に口から金平が落ちた、それはもうぼろぼろと。しかし女子生徒はそれを気にするでもなく続けざまに言う。


「ねぇねぇこの学校に探偵事務所あるの知ってる?」

「はぇ…探偵、事務所?」

「そそそ!旧校舎にあるらしいんだけど~、実態は分かんなくて」


東雲総合学園は新・旧二つの校舎がある。旧校舎と言っても名から思い浮かぶようなおんぼろな感じではなく普通に新しいよ、と言われれば納得できる風貌だ。在校生は1年生から3年生すべての生徒が新校舎へ移され、現在旧校舎には部活動の部室が寄せ集まっている。それは譲も知っているがこの超超超マンモス校の部活動をすべて把握しているわけもなく、女子生徒の言葉に「?」を浮かべる。事務所と言っているが外部の人間が学校内に組織を組めることもないわけで多分部活動なのだろうと目星をつけた。


「なんでも生徒の悩みを聞いて解決するのが仕事だとか」


当たり前だろう探偵事務所なのだから。という言葉は当然出てこず未だお花の香りに鼻腔から脳みそは支配されている。


「な、なんでそれを僕に…」

「えーだってあたしら話したことないし、由川くんもこの話知らないかなーと思って」


事実である。今肩を組まれて話しかけられていなければ卒業まで学校に探偵事務所があるなんて知らなかっただろう。譲は眼鏡を押し上げる手が止まらない。右手の箸はぶるぶる震えている。


「まぁ誰も本当のことは分かんないみたいだけど、噂だし。部員も2年生が一人だけらしいんだよね」

「へ、へぇ」

「気になったら探してみてね!」


にぱ、と効果音の付きそうな太陽そのものの笑顔を向けられてぎこちなく目を反らした。このままでは惚れてしまう。15年間女性の影一つなかった譲には眩しすぎてすぐに惚れてしまいそう。

女の子ってこんなにいいにおいするんだ。


「マキ何してんの。自販機行こー」

「あ、はーい!」

「あっ」


何か話さなければと思った瞬間、人間は去っていくもの。譲が意を決して横を向こうとした瞬間、女子生徒_マキと呼ばれていた_は瞬く間に廊下に消えていった。知らない顔と声なのでもちろんこのクラスではないだろう。友達のいない譲にはこのクラスでさえ知らない人だらけだが。


探偵事務所。生きているうちでお世話になることはまず少ないと考えられる、名前だけ知っている実態は知らないもの。少なくとも譲の認識はそうだった。しかも巷でも探さないとないようなものなのに学校内で探偵事務所という名前を聞くなんて。

入学して早2か月、3年間ぼっち飯を覚悟した譲がここにきて初めて興味を持てたもの。

箸の震えはもう、止まっていた。



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