六話 過去の言葉、復唱
スタート地点の中庭に戻ると、他の生徒はすでに集まっていた。
「セオドール、これを使え。風邪を引くぞ」
「いつのまに取りに行ってたんだい、フレデリク」
「いまさっきだ」
フレデリクの手には、薄茶色のバスタオルが。
一緒に戻ってきたはずなのに。
差し出されたのを受け取ろうとして、ふと隣にいるマリアンナが上着を脱ぎ始めているのに気付いた。
「殿下、フレデリク様のおっしゃる通りです。小さいと思いますが、私の上着を羽織ってください。これで少しは寒さは紛れるかと」
「いいのかい!? じゃなかった。大丈夫だよ、マリアンナ嬢」
危ない、本音が。
小さく咳払いをして首を横に振る。
「風が冷たくなってきた時期だ。せっかく助けたのに君が風邪をひいてしまったら元も子もないだろう? それに僕は体温は高い方で……はっくしょん」
「早く使え、いわんこっちゃない」
ふわりと頭にバスタオルを被せられ、ワシワシと雑に拭われる。
自分でやるのに。
視界はタオル地一色に染まっていく。これではマリアンナの姿が見えない。
「服の方は……落ちないな。すまん、セオドール。制服だが、うちで弁償させてくれ」
「お待ちください、フレデリク様。殿下は私を庇ったせいで汚れてしまいました。こちらは私が」
「いいや、防げなかった俺も悪い」
「私が防御魔法を唱えていればこんなことには。ですので私が」
「待って二人とも。魔法で着いた色なら、反対呪文を使えば落ちるはずだ」
上着を脱ぎシャツ一枚になる。タイミング悪く、身体に風が吹きつけた。ぶるりと震える。
まったく、くしゃみが出たり震えたりと、これでは格好がつかないではないか。
「まあ……裏地にもシミが。落ちるでしょうか……」
「セオドール、やはり上着はうちが」
「だからいいって。兄のもあるし、足りなかったら借りるだけだよ」
頑なに弁償しようとするフレデリクに断る。
別に嬉しくもないが、ギルバートとは背丈も同じだ。使い回しできる。
「殿下。この間のハンカチまで……よろしければ、制服をお預かりしてもいいでしょうか?」
「マリアンナ嬢?」
「私が落としてみます。先日の物と、ご一緒にお返しさせていただきます。少しお待ちいただいてもいいでしょうか。それから殿下、その……」
口ごもるマリアンナに首を傾げる。彼女の視線は遠いところにいるギルバートの方に向いた。否、ミリエラか?
「あの方のこと、怒らないであげてください。彼女はまだ、この学園に馴染めていないだけだと思いますの」
「……は、はあ?」
「マリアンナ様、妹のことを気にかけてくださり、ありがとうございます」
「良いのです。きっと彼女はまだ、社交界での立ち回り方がわかっていないだけ。それに魔力の制御も、慣れが必要ですから」
ミリエラのことを気にかけるなんて。なんて優しいマリアンナ。
だが、自分の婚約者とべったりなことに関して、目をこぼしていいのだろうか。
(僕だからわかるが、ミリエラの呪いは強固だ。ギルバートは君を鬱陶しく思ってるぞ)
ミリエラへの思い入れが強くなればなるほど、マリアンナの存在が邪魔だった。タオルの蓋が視界の上にかかる中、僕は兄を睨む。
「……マリアンナ嬢が、それでいいなら。ああ、でも制服は僕が自分でどうにかするよ。君の心遣いだけ、貰っておこうかな」
こんなにも慈愛に溢れているのに。彼女の愛を一身に受けている本人は気付きもしない。
視界の奥で、ギルバートがミリエラの髪を撫でた。
「……あっ」
「マリアンナ嬢」
彼女の意識を僕へと向けさせる。ギルバートなんて忘れろ。あいつと同じように、君も捨てればいいんだ。
マリアンナの視界にギルバートが入らないように、彼女に一歩近付くと体で遮った。
「今日は僕と組んでくれてありがとう。君の魔法は暖かいねーー」
「セ、セオドール様……?」
パチクリと瞬きを繰り返すマリアンナ。
僕はかつて、『俺』だった時に、彼女によく語りかけていた言葉を紡いだ。
『君の魔法は暖かい。まるで陽だまりようだーー』
◇◇◇
汚れた制服を片手に寮へと戻る道の途中。
廊下の角を曲がった際に、ミリエラとぶつかった。ドンと胸元に彼女の顔が当たり、痛そうに鼻を押さえている。
「あいたたた……はっ! すみません、セオドール様!」
「……君か。こちらも不注意だった、すまない」
関わると面倒だ。急いで離れようと足早に歩き出したが、
「あ! セオドール様ぁ! 待ってくださーい!」
「……はぁ」
「ええ! なんで逃げるんですか!」
ミリエラの声が付いてくる。なぜ追いかけてくるんだ。振り切ろうと思っても、聞こえてくる床の音から彼女が走って追いかけているのがわかった。
何の用だ一体。
「君、次の授業に遅れるんじゃないのかい? 知らないよ、先生たちにどう思われても」
「先生にはちゃんと言って離れてます! あの、セオドール様待ってください! 私、謝らないと」
「謝る、どのことで?」
振り返ってやれば、ミリエラは表情を明るくさせる。謝罪しに来たとは。制服の件で、フレデリクから何か言われたのだろうか。
「先程の授業のことです……! すみませんでした。私の魔法が下手くそで、危うくマリアンナ様に……それにセオドール様も制服に色が残ってしまって、本当にすみません!」
彼女は腰から深々とお辞儀をして謝罪の言葉を並べた。マリアンナが言っていたが、本当にわざとではなかったらしい。
「ああ、そう。それだけかな? だったらもう行くけど」
「あの、もう一つだけ! えっとこれだけ!」
「何かな」
「セオドール様って……マリアンナ様のことが好きなんですか?」
「……」
勘のいい奴は嫌いだよ。




