四話 合同授業、的当て
「ミリー!? 俺は!?」
兄の叫ぶような声。
背筋を汗が伝う。ミリエラがマリアンナに自ら接触するだと。
たまらず兄を指差しながら声を張り上げた。
「ミリエラ嬢! お前にはそこのギルバートでいいだろうが!」
兄が「えっ」と、こちらを見た気がしたが知ったことか。
「マリアンナ嬢。君はまだペアが決まっていないはずだ。男女ペアの方がいいだろう? なら僕と組もう。兄上、早くミリエラ嬢を連れて何処かに行ったらどうですか?」
しっしと手で払う仕草をする。
「ひ、ひどいです、セオドール様! 私もマリアンナ様と組みたかったのに……それにセオドール様がペアを作ったらお兄様は!」
「忠告しよう、ミリエラ嬢。ただの伯爵家の養子に迎え入れられた分際で、公爵家のマリアンナと組もうだって? 最近兄上が君にべったりだから、勘違いしてるみたいだね。身の程を弁えなよ」
「おい、セオ! ミリーになんてことを!」
兄の声を無視し、ミリエラのそばに歩み寄ると上から見下ろした。顔に影が落ちた彼女は、ごくりと喉を鳴らす。
「ほら、フレデリクもそうは思わない? 今のうちに身分の差って奴を叩き込んでおかないと。オストナー家も苦労するだろう」
「……ミリエラ。セオドールの言う通りだ」
「! お兄様……も、申し訳ございませんでした、マリアンナ様も……」
「い、いいえ」
マリアンナは戸惑ったような表情を浮かべながら、しょぼくれた様子のミリエラを見つめていた。
重い空気が流れる。
程なくして沈黙を破ったのはミリエラだった。
「このままじゃ、マリアンナ様ルートの開拓ができない……」
ルートの開拓? なんの話だ。
彼女を見遣るが俯いてしまっている。
今のうちに移動するか、静かになった隙に。そう思いマリアンナに向き直る。
「ではマリアンナ嬢、僕と一緒に」
「ま、待ってください、セオドール殿下!」
ミリエラの耳をつんざくような声が響く。
「なら! マリアンナ様はギルバート様と組むべきですよね! 婚約者ですもん! さ、さあ! ギルバート様!」
「なんっ、何を言うんだミリー」
兄が戸惑うと同時、僕はきつく彼女を睨んだ。
彼女の言葉は真っ当だ。
だが余計なことを!
「わ、わたくしは……で、殿下、その」
「御手を失礼」
戸惑うマリアンナの手を取る。
このままでいたら彼女とペアを組むという計画は失敗に終わる。
「マリアンナ嬢、ギルバート兄上にはもうペアがいらっしゃるようなので僕と。ほら、フレデリクも行くよ」
フレデリクを呼びつけると、そそくさとこの場から立ち去った。
去り際にギルバートが手を伸ばしてきたが、触れられる前にさっと避ける。
まったく気分が悪い。
あの女、何のつもりなんだ。
前世でのミリエラは、アリアンナに興味を示していなかったはずだ。
どういうことなのか。
程なくして教師が現れる。
「あの、セオドール殿下」
「なにかな、マリアンナ嬢」
ギルバートの方を向きながら不安そうに僕の名を呼んだ彼女の顔を覗き込む。
「や、やっぱり、わたくし、別の方と」
「ダメだよ? 兄上以外に君と組める人はいないでしょ。でも兄上にはもうペアがいるよね? なら、僕しかいない。僕はペアが欲しい……ほら、ちょうどこれで解決だ」
「あ、で、ですが、フレデリク様が。誰と組まれますの?」
「俺は構いません、マリアンナ様。二人が良ければ、俺はその辺で見学してるので」
「ちょっとフレデリク、どこに行くのさ。僕の外聞が悪くなるから、僕らは三人組でいいだろう?」
離れようとするフレデリクの腕を鷲掴みする。
前世ではこんな粗暴な真似はしたことはなかった。
これもフレデリクの僕に対する態度が雑なのがいけない。誰にでも対等。それがこいつの良いところでもあり、気に入ってはいるものの……。
「諸君! 授業を始めるぞ! もっと中央に集まりなさい!」
担当教師の野太い声が響いた。
筋肉隆々の体格のいい若い男性教師だ。魔法実技科のグランベル・カートナー。かつて騎士団に所属し、怪我で引退後は学園の教師の座に籍を移した。
「今日は二人一組で、攻守を決めろ。的当てゲームをする。得点が多いペアには、期末試験の実技試験でいくらか加点しよう」
グランベルの言葉に周囲はざわめき立つ。
的当てゲーム、生徒同士で魔法の当て合いをしろとのことだ。
そんなおまけに興味はないが。ちょうどいい、兄上に攻撃する絶好の機会だ。
日頃の鬱憤をここで晴らさずして、どうしろというのか。
どうせ奴のペアはミリエラだ。かすめても他の令嬢より問題にはなるまい。
「セオドール、何か良くないことを考えてるだろ」
「……なんでそんなに察しがいいのかな」
「セ、セオドール殿下?」
「なんでもないよマリアンナ嬢」
フレデリクとの関係は浅いのに、僕の思考を熟知している。まるで長年の友のように。
手を挙げ先生の気を引く。他は二人組だが、僕らは三人だ。
「先生、一人余ってしまいまして。僕たちは三人でもよろしいでしょうか?」
「おお、そうか。ではそちらは三人で」
「ありがとうございます。……良かった、フレデリク。君と敵対しないで済みそうで」
安心したふりをして微笑んだが無視された。
おいまて。
「では三分後に開始だ! 範囲はこの中庭から森の入り口までだ! ……はじめ!」
それぞれのチームは散っていく。周囲を何度も見渡すマリアンナに手を差し伸ばした。
「僕たちも行こう、マリアンナ嬢。そばから離れないで」
迷うように震えている手が僕の手を掴む。彼女の細い指を落ち着かせるようにぎゅっと握った。
「っ、セオドール殿下……?」
「僕が守るよ。君には絶対当てさせない」
彼女の目が僕を捉える。光を取り込んだ瞳は、彼女の潤んだ目を一層輝かせていた。
「……セオドール、邪魔をして悪いんだが始まってるぞ」
「おっと、そうだった」
空いている方の手のひらに魔力を集中させ、彼女の足元に解き放つ。月と星を描いた魔法陣がマリアンナの足元で広がる。彼女に纏わせたのは矢よけの魔法。
「僕らは生き残るぞ、フレデリク。こちらに向かってくる者には容赦はしない」
「ああ。お前に当てる気がある奴がいればの話だがな」
「僕は学生の身だよ? 授業の時くらい、身分なんて気にするなって僕も兄上も言ってるじゃないか」
「本当は思ってもいないくせに」
「はは、狙わないならこっちから行こう」
学園の外ならば王族への攻撃は問題視されるだろうが、あくまでもこれは授業の一環。他生徒から距離を置かれていないかと言われれば、フレデリク以外に絡んでくる奴もいないので、僕らの言葉を真に受けている人間は少ないのだろう。
当たり前か。ちゃんとした家柄の者なら、おいそれと王族に声はかけまい。
当ててこようとしたって僕は何も思わない。実戦は大事だ。何より学園内なら余程のことが起きない限り適切に対処される。
こんな実践に向いている環境は他にないのだから。
ニタリと口の端が上がる。
さあ、兄上を探しに行こう。




