三話 授業、波乱の予感
一度習った事のある授業は退屈だ。
王国の歴史の説明をする教師の話を聞き流す。
頭の中は三限目の合同授業のことで一杯だった。
◇◇◇
やっと終わった歴史の授業後、足早気味に向かった合同事業が開催される中庭で僕は一点を見つめる。
僕と同じ顔を持った奴が、ある女の側で表情を緩めていた。相手の女はミリエラだ。
「……ル、セオドール。おい、セオド……殿下!!」
ガツンと耳の中に音の塊がぶつかった。
「……フレデリク。殿下って呼ぶなって言ってなかった? 対等な関係にならないし、友達辞めようかな」
兄から目を逸らしフレデリクを見遣る。でかい声出すなよ、耳が聞こえなくなるかと思った。
「俺は構わんがな。呼ばせたくないならちゃんとしてくれ。で、何を見てたんだ」
フレデリクにこの揺さぶりは効かない。
普通の人間なら、せっかく繋がった王族との関係が危ぶまれた瞬間だというのに。
「何って、あそこにいる僕の愚兄」
「愚兄って。仮にも第一王子だぞ」
「フレデリクも酷いよね。はいはい、ソンケースルアニウエサマー」
「嘘つけ」
フレデリクには、僕がギルバートに嫌悪感を抱いていることは知られている。
婚約者がいるのにどこぞの女にうつつを抜かし、哀れを通り越して滑稽ではないかと愚痴をこぼしたら意気投合した。
(義妹が第一王子と関係を持ったことを、こいつは良く思っていない)
皆がミリエラの呪いで洗脳されてる中、フレデリクだけは違った。
前世でも大して僕への好感度は高くはなかったように思う。
だが表面上だけだったとしても、前世のフレデリクは王家に忠誠を誓っていた。
騎士という立場上、そして前世ギルバートの妻となった義妹ミリエラの兄という立場である以上、王家に反骨心を見せるわけにはいかなっただろう。ミリエラの呪いに支配されていた王国だ、変な真似をすれば謀反人として捕縛、あるいは国外追放されたに違いない。
(頭はいいからなあ)
きっとここでも彼は、『正義を貫く騎士団長フレデリク』として名を馳せるに違いない。
王位継承権の優先上位はギルバートである。忠誠を誓うのがあの愚兄になるなんて、フレデリクも哀れな男だ。
「おい、急に黙るな」
「……」
「あ! お兄様だわ。ねえギルバート様、セオドール様もいらっしゃるわ! お兄様ー! ごきげんよう!」
うわ、こっちに来た。
ひょこひょこと髪を揺らしながら、小さな背丈の彼女が近づいてくる。そのすぐ後ろには兄の姿も。
「ミリエラか……おい、セオドール、顔。ゲテモノを見たみたいに」
「ん、んん、ごほん。やあ、兄上」
こちらに近寄ってきた二人に、僕は仕方なく笑みを浮かべた。
「セオドール、今日はお前のところと合同だったな。二人組を作って待っていろと先生からのお達しだ。相手は見つかったか?」
「それがまだでして。兄上は? ああ、もうペアはいるんだったや」
「ふん。残念だな、セオ。彼女は先約が入っているんでな」
セオって呼ぶな。袖の皺を直すふりをして、さりげなく両腕をさする。
当然、常識があれば兄の相手はマリアンナのはずなのだが。ギルバートが抱き寄せたのはミリエラだ。
やめろ、見せつけるな。
「へえ、兄上なんのご冗談ですかね」
「冗談? 残念だがミリーはもう俺と」
「いえ、ちっとも残念じゃないですけど、ちょっと、なに、フレデリク?」
腰のあたりを小突かれた。なぜ。
「ギルバート殿下、よろしいでしょうか」
「なんだい?」
「俺の妹と組まれるそうですが貴方様には既にお相手がいらっしゃるはずでは」
「おや、なんの話かなフレデリク殿。授業の相手に世話役も何もないだろう? ミリー、僕たちは先に場所を取りに、!」
兄が視線を逸らすなり、不自然に言葉を切った。
僕もそこを振り向いてみれば、目を見張り固まるマリアンナの姿が。
「あっ、マリアンナ様! あの、これは、そのっ……授業で二人一組になる必要があって、殿下が気を遣ってくださって」
ミリエラが愚かしくも彼女の前に飛び出していき弁明を始める。
やめろ、白々しい。
ふるふるとマリアンナの体は震えだす。きっと婚約者の行いに、怒りを通り越してあきれている事だろう。
(こんな奴に怒る必要なんてない。アン、君には僕がいる)
さあ、彼女とペアを組むぞと踏み出した時。
なぜかミリエラが彼女の手に縋り付いた。
「マリアンナ様! わ、私とペアを組んでください!」
思わず「は?」と、低い声が出た。




