二話 学園生活、退屈な日々
◇◇◇
今日も僕のアンは麗しい。
学生棟から講義棟に移動する間にある広場で、アンの姿を見つけた。
女神の石像が立つ噴水の前に彼女はいて、取り巻きの令嬢が周りをぐるりと囲んでいる。アンの公爵家という肩書きにしか興味がないような奴らなのに、彼女は優しい笑みで語りかけていた。
なんて心優しい僕のアン。
「セオドール、何をニヤニヤしている。気持ち悪いぞ」
「今日は朝から素晴らしいのを見れたんだ。え? 君にはわけてあげないよ、フレデリク」
「いらん」
隣にいる友が顔を引き攣らせている。
フレデリクはオストナー伯爵家の長子で、この学園では僕の唯一の友人だ。艶のある短い黒髪に、ミッドナイトブルーの瞳。真面目で硬い性格。
身分が異なる僕らがなぜこうも親しいのか。
オストナー伯爵が転校生ミリエラの養父となっているからだった。つまりフレデリクはミリエラの義理の兄。彼との関係を築いておくのは、彼女の動向を探るのにちょうど良い。
「いいなぁ……混ざっていいと思う?」
「いきなりどうした。とりあえず、そのニヤケヅラをどうにかしろ」
「ははは、これ以上は不敬罪だよフレデリク?」
「……都合のいい時だけ権力を振りかざすな」
軽口を叩き合う。
はたから見れば仲のいい男友達同士。だが僕が彼の立場を利用したいと思っていると同時に、フレデリクもまた第二王子という僕の立ち位置に興味があるはずだ。
(伯爵家が王族とのコネクションを得る絶好の機会だからね)
僕がギルバートだった前世では、オストナー家は社交の場では引っ張りだこになっていた。
養女のミリエラが、国を貶めようとしていたらしいマリアンナのことを告発したからだ。それにより、オストナー家は一躍英雄に。
確かに国益難には陥っていたが、それをマリアンナの家の責任であると全ての原因を押し付けたのがこいつの義妹。それを王国中の人間が信じたのだった。
(公爵家がそんなことをするはずがないのにな……バカだな、あの時の僕は)
実際、ミリエラの洗脳が解けてから、マリアンナが愚かなことを企むはずがないとすぐに思い直したのだが時はすでに遅し。彼女の名誉を回復する機会は得られなかった。呪いが解けた直後に死んだのだから。
ミリエラが生涯宿し持った魅了の魔法は、国中の人間の思考を鈍らせた。
(今思うと本当にありえない。あんなでたらめにも程がある言葉を、全員が信じたなんて)
だが死ぬ前の世界でも、ただ一人魅了の魔法の効果が薄い人間がいた。それがこのフレデリクという男だ。
前世の記憶の中で、ミリエラはこの男に苦手意識があると語っていた。
「ねえフレデリク、君の進路は騎士団への入隊なんだっけ?」
「なんだ。人の進路を人質にして何かするつもりか」
「ちょ、まだ聞いただけだろう。信用ないな」
前世では、彼は騎士団に入隊していた。
実直で優秀と評され、若くして騎士団長の座まで登り詰めたフレデリクは、民衆からの支持も熱かった。
(ミリエラのわがままを嗜めていたのもこいつだ。どの人間も皆、彼女を称賛するばかりの中で声を荒げてまで叱っていたのはフレデリクだけだった)
彼の何が彼女の呪いを跳ね返しているのだろうか。
今生、ミリエラの化けの皮を剥がすのにフレデリクの潜在的な能力が役に立つかもしれない。
「仲良くしよう、僕たち」
にこりと笑顔を張り付ける。
「……気持ちわるい」
「フレデリクー?」
恐れ知らずだな、まったく。
今日の授業は三限目にアンがいるクラスと合同授業がある。魔法実技の授業だ。
「フレデリク、今日のペアは決まってるから」
「は? なんだいきなり」
昨日のマリアンナの姿を思い浮かべる。
ギルバートに弾かれ赤くなった彼女の手の甲。
(あんな風に拒絶したんだ。あいつはアンとは組まない)
あの馬鹿兄は学校という公衆の面前であっても、婚約者ではなく転入生とペアを組むだろう。
「……僕も同じクラスだったらなぁ。合同授業以外でも近くにいられるのに」
「なんの話だ、独り言が多いぞセオドール」
「兄上だけずるいんだ。幼馴染のマリアンナ嬢たちと同じクラスで。僕もさ、兄上と同じクラスでいいと思わない?」
「は?」
まったく、フレデリクは冷たい。
この世界の神もだ。ギルバートの双子の弟に生まれ変わらせておいて、アンの側にいられるようで簡単には触れられない位置に僕を置いた。
(……前世で彼女にした仕打ちを考えれば、これでも神は寛大なほうか)
今の僕は、前世での行いをむざむざと見せつけられている。
「……あー、楽しみだな。早く三限になればいいのに。もういっそのこと、永遠に三限が続いてていい」
「おい」
フレデリクの声を背景に、僕は教室に向った。




