三十話 前世と、これからと
隣から痛い程視線が突き刺さってくる。女神も予言だけ告げればいいのに。今頃フレデリクの頭の中は僕の正体についての考察で混乱を来たし、何も考えられずにいる事だろう。
「どう、いう……ことだ……」
「……どうもしない、僕は双子だ。ギルバートとは魂の片割れみたいなものだし、同一人物みたいなものだろう?」
「いいえ。双子だからって魂の色は違うものよ。これはどうしてかしらねぇ……セオドールくん?」
水が跳ねる音を響かせながら、女神は僕らの岸の側まで近づいて来た。彼女の光を放つ瞳が、ギラギラと強さを増していく。
「あなたを見てると……すごく不思議。ねえ、セオドールくん……ううん、ギルバートくん、一度私から予言をもらっているわよねぇ?」
女神にはお見通しというわけか。
ゆっくりと立ち上がると女神と目線を合わせまっすぐに彼女の目を見つめた。
「ええ、そうですね女神様」
「やぁっぱり! うふふ、すごく不思議! ギルバートくんが来てるのに違う子だっていうから、私驚いちゃった。でも良かったわ、見間違えじゃなかった」
「め、女神。何を言って、セオドールがギルバート殿下……?」
「フレデリク」
「……あ」
体ごと友を振り返る。かつてない程にうろたえたフレデリクの顔は、王都で見た演劇役者のように大げさだ。
女神の甘い声が僕の背後で紡がれる。
「こんなの初めて……同じ魂を持った人間が二人も存在するなんて……すごく珍しいもの。ギルバートくんにあげる予言は、貴方はもう持っているからいらないわね?」
「ええ、予言が変わらないのなら。女神様のお言葉は、しかと国にお伝えいたします」
フレデリクは凍り付いたように動かない。
女神の前で嘘は付けない。晒されてしまったのなら、隠す必要もない。
「僕はセオドール……だけど前世はギルバート・フォレクシアだった。マリアンナの婚約者のね。僕は前世で女神から予言を授かっている。ここと似た世界で……といっても、君にはわからないだろうけど」
正体を告げることにした。
◇◇◇
洞窟を出ると、教師に予言を伝えに行った。
僕はギルバートのふりをして「ミリエラ嬢は気分がすぐれなかったから二人で行ってきた」と伝えれば、特に追及されることはなかった。
手ぶらになり、予言も無事に収めると気が楽になった。これで心置きなく明日を迎えられる。
寮に戻りながら、夜の学生棟への道を歩く。洞窟を出てから黙ってしまったフレデリクに、僕はいつものように話しかける。
「いやあ、それにしても無事に済んでよかったよ。だろう、フレデリク」
「…………」
「おーい?」
顔の前で手を振ってみるが、彼の目はどこかの宙を見たまま。
「……フレデリク」
よほど洞窟でのことが衝撃だったのか。
寮の建物前に着く。玄関に入る前に、もう一度友の名前を読んでみる。
もう就寝時間も迫った頃で、周囲に他の人の気配はない。
「……はあ、いつまでそうやって固まってるんだい? 僕だって生まれ変わった時は驚いたさ」
「セオドールは……」
やっと口を開いた。
「お前は……だから、フェルディマンド嬢を狙うのか」
「……うん。やっと納得が行った?」
深くゆっくりとフレデリクが頷く。
ならば僕がやろうしていることは、今のフレデリクならわかってくれるはずだ。
「お前は、ずっと一人で……」
「……明日、僕は兄からマリアンナを奪うよ」
「明日、なのか」
「そう、明日。決行するのに相応しい日はない」
「学園祭……ダンスパーティーで、か。明日にしたのは、ギルバート殿下がこれからどうするのか知っているからか?」
「記憶と違うことも多い。でも、明日起きることは変わらないと思ってる」
明日、ギルバートは側にミリエラを置いている。そして大広間に現れたマリアンナに、パートナーに相応しくないと婚約破棄を告げるのだ。
破棄の理由として述べられるマリアンナの罪状は前世とは異なるだろうが。
これまでの僕は二人の仲を引き裂くつもりでも、マリアンナが他の誰かに泣かされる姿が見たくない思いで、悪い噂が立つのを潰してきた。
それにマリアンナとミリエラの間にも芽生えている友情。
前世のようにマリアンナをただの悪者にし、国を陥れる破滅の魔女だと言って国を追放するまでには至らないはずだ。
公爵家の地位が、前世のように落ちることはない。
「僕は、今度こそ彼女に幸せな未来を歩んでもらうと決めてるんだ。この手で」
「……セオドール」
「なに」
「……ここまで、長かったな」
聞こえたのは否定でも拒絶の言葉でもなく。
ただ生まれ変わってからの僕の人生を認めてくれるような優しげな声だった。




