二十八話 聞き手、選ばれるのは
今年も無事に女神は目覚めたらしい。
教室で、学園祭を今週末に控えた僕らに担任の教師がそう告げた。
マリアンナの誕生日会から早くも数週間が過ぎた。待ち遠しかった学園祭はあと三日。
前世で女神が告げた予言はきっとこの世界でも詠まれる。
『王国を導く正しき聖女はミリエラ』
聞き手に選ばれる予定のギルバートが、洞窟にミリエラを引き連れて授かるのはそんな言葉。
王国の歴史をたどれば、国を導くのは王家とそれに連なる位の高い貴族の娘。聞き手になる王族とそれにまつわる言葉を授かるのが通常だが……。
つまり女神は例年とは異なる予言を詠むことになる。前世通り呪いに洗脳されている状態なら、兄はミリエラこそが正しい相手だとマリアンナを捨てるはずだ。
学園祭目玉のダンス会場で、ギルバートは婚約の解消を告げる。破棄を告げた瞬間、兄との契約は解消され公爵家と取り付けた僕との縁談が有効になる。
公衆の面前で晒されれば、父王も認めざるをえまい。僕の王家離脱も、ギルバートさえ残っていれば何も問題ないのだから。
机の下で拳を握る。
もう少しだ。前世では未来を奪ってしまった彼女を、今度こそ幸せにする。
王都から離れ、公爵家の農場でのんびり過ごすのも悪くない。彼女の隣で甘いリンゴの香りを堪能しよう。二人でひっそりと、王都の喧騒などから離れて暮らすのだ。
僕の頭の中では、すでに彼女との人生設計が思い描かれていた。
◇◇◇
学園祭前日ともなれば、準備で授業はすべて休講になっていた。
窓の外では小鳥が羽音を響かせながら飛び上がる。
部屋の隅に置かれたトルソーに視線をやった。明日着るための礼服の手配は全て整っていた。濃紺のジャケットの礼服。
コンコンと扉が叩かれる音が部屋に響いた。
白のシャツに紺のスラックス姿というラフな格好だが、男子寮の中で誰に見られようが構わない。
「誰かな」
「セオドール、俺だ。フレデリクだ」
「ああ、フレデリクか……」
尋ねて来たのは唯一の友人。
扉を開ければ、下唇を嚙みなにやら難しい顔をした彼の姿が。
「浮かない顔で、どうし」
「セオドール様ぁ! 助けてください!」
「は? ミリエラ嬢、なんでここに」
「すまん、俺が連れて来た」
扉の見えない個所から、大きな黒いタオルを被ったミリエラが姿を現した。男子寮にはいない筈の女子生徒の姿にぎょっとすると、急いで二人を部屋の中に連れ込んだ。
「フレデリク、女子生徒を寝室側に入れるなんて……先生方が知ったら内申点に響くよ。何を考えてたんだ」
「きゃー! 怒らないでください、セオドール様ぁ! お兄様はその、私が無理を言ったと言いますか」
「まあ、そうなんだろうけどさ。フレデリクを巻き込んでまで何の用」
腕を組み、寝台に深く座り込んで二人を見上げる。
はわはわと両手を体の前で震わせた彼女はフレデリクに何度も視線を投げかけていた。慌てる程に大事か。
やがて理由の説明を始めたのはフレデリクだった。
「ミリエラが予言の聞き手に選ばれた」
「ふうん……そうなんだ」
少し意外だ。前世では、ミリエラは聞き手には選ばれていない。
学園に王族が在籍してる時は大抵そこから選ばれるものだが。
「そうなんだじゃないだろう、本来選ばれるべきはフェルディマンド嬢だ。お前だってわかるだろ」
「別にいいんじゃない。予言の聞き手なんて誰だって」
「セオドール!」
適当に聞き流す僕に返ってくるのは怒鳴り声。
「僕としては、ミリエラ嬢が選ばれようが、歴代の聞き手たちみたいに王族からギルバートが選ばれてようがどうでもいいんだけど」
「あれは国の行く末を占う意味合いもあるがろうが、セオドール。うちみたいな伯爵家が選ばれるなんて……」
「ギルバートが選ばれると僕も思ってはいたけど。いいんじゃない? 聞いてくるだけだよ。どうせ先生たちもミリエラ嬢一人に行かせたりしない。選ばれるはずだったギルバートを同行させるはずさ」
王家を差し置いて聞き手に選ばれるなんてと、フレデリクもミリエラも恐れているのだろう。
フレデリクはというと、どうでも良さげな僕の反応に額から汗を流していた。そんなに焦らずとも良いのに。
「あの、セオドール様」
「何かな」
ミリエラがごくりと唾を飲み込みながら口を開いた。
「……ギルバート様なんですけど」
「うん?」
「ギルバート様も、選ばれてるんです……私と、二人で。先生から泉に注ぐ盃に名前が刻まれたって……本来ならマリアンナ様の名前が刻まれるはずなのに」
「盃に……君と兄の名前が入った?」
選定されたのは二人だったらしい。目を見張ると、ミリエラは僕に縋るように目の前で膝をついた。
「お、お願いします、二人で行くなんて無理です、代わりに行ってください、日没までなら代理人立てられるんですよぉ!」
「はあ? 嫌だね、何で僕が兄上と行かないといけないのさ」
「ギルバート殿下、先生に呼ばれても来なかったから私が呼びに行かなくちゃいけないんですぅ! 私から誘うなんて絶対無理なんで、セオドール様、代わりに行ってくださいよぉ!」
おんおんと泣きながら訴えてくるミリエラ。僕がギルバートの代わりを務めろと?
「マリアンナ様となら行きたかったのに……ぐす、私の代わりはお兄様にお願いするんで、ギルバート様の代理としてお願いしますぅ……二人で行ってきてくださいぃ……! えーん」
「僕とフレデリク?」
「ミリエラ、俺が行くなんて聞いてないんだが」
だんだんカオスになってきた。
盃に名前が刻まれているということは、女神直々に聞き手に指定されているのだ。男女を選んだのに二人とも代理で男同士なんて、女神が予言を降ろしてくれないのではないか。
「お願いしますぅ……神様仏様セオドール様ぁ……ううう」
タオルで涙を拭い始めたミリエラに、フレデリクと顔を見合わせる。
これは、僕らで行くしかないのだろうか。




