二十七話 とりつけた、約束
マリアンナとマクシミリアンが驚いた様子で振り向く。
「殿下……い、いらっしゃらない、はずじゃ……」
震える彼女の声。割って入るように彼らの前に進み、マリアンナの顔前に伸ばされていた手を弾いた。
「マリアンナ」
「!」
「君は誰の婚約者かわかってるのか――」
半歩後ずさった彼女に詰め寄り、細い手首を取り引き寄せる。きらりと彼女の髪飾りが階段の明かりに反射した。
「わ、私は……申し訳ございません」
「おやおやギルバート殿下、パーティーにはいらっしゃらないものだとばかり」
マクシミリアンは兄と勘違いしているようだ。それはそれで都合がいい。
婚約者がエスコートの相手のままなら、こいつがわざわざ学園に現れる必要はなくなる。
「口を慎めよ、マクシミリアン。彼女の立場をわかっていての誘いなんだろうな」
「あの、殿下、彼は」
「マリアンナ、君もだ。トランジニアの王子と懇意にしていたなんて……一言くらい教えてくれたっていいだろうに……いけないな、隠し事をするなんて」
きつくマクシミリアンを睨みながら、彼女の手が離れないように強く握る。
「残念だが彼女には相手がいるんでね……行くよマリアンナ」
半ば奪うように手を引きながら、階段を上りこの場から離れた。
一つ上の階、廊下の突き当りには庭を一望できるテラスがあり、その扉の前まで彼女を連れて行く。小走りでついてくる足音が、ぽすぽすと絨毯に沈み込んだ
テラスのガラス扉の、ふちを囲うように垂れた新緑のカーテンに彼女を追いこむ。
「っ……あ、あの、殿下。マクシミリアン様の件は」
「マリアンナ」
「……は、はい」
カーテンの緑色を背景に、彼女が少し震えながら見上げてくる。
よく見ればマリアンナは、少し濃い青のドレスを着ていた。胸元は編み上げのデザインになっており、その淵を紫のレースが柔く彩っている。厳かで落ち着いた色味のドレス。
「……学園祭の夜、大広間の扉の前で君を待つ。だから、誰の手も取らないで」
カチューシャの宝石に触れる。粒々とした感触が指先に伝う。
誰にも渡さない。マクシミリアンにも、ギルバートにも。
「で、ですが、もう当日はミリエラさんとお話をしていて」
「ミリエラ? またあいつか……、ごほん。パートナーにふさわしいのはどちらかな。彼女じゃ君のダンス相手には向いてないだろう? 正式な相手は誰か、胸に刻んでおくように」
ミリエラめ、手が早いったらありゃしない。
彼女たちの仲をいまさら引き裂くわけにもいかないのはわかってはいるが、ミリエラとの関係を続けていてもいいことはない。ギルバートはミリエラ選び、マリアンナは婚約者の肩書を失い国の母になる道を断たれる。
「七つの鐘が鳴る時、共に大広間に。約束だよ……アン」
一人で大舞台に立たせるつもりはない。
想定していた未来を迎えるためにも、僕が君の側にいる。
再度、青い宝石を撫でる。マリアンナはじっと僕の瞳を見つめ続けていた。きっと目の前の僕のことをギルバートと勘違いしているのだろう。
今はそれでいい。
「……はい、殿下」
彼女のリンゴのように赤い唇が、小さく返事を紡いだ。




