二十六話 階段、隠し事
フレデリクの脇を通り抜けようとすると、ミリエラの細い声が僕を呼び止める。
「え、どこに行くんですか?」
「マリアンナのところ」
短くそう言い放つと二人から離れ、屋敷の奥へと進んだ。
ロビーの端にある右の角を曲がると細長い廊下に出る。赤い絨毯は染み一つなく、均一な色が続く。会場として開け放っていない廊下は熱気もなく、肌寒さを感じた。
今頃奴と二人きりか?
腹の奥底で、怒りの感情がフツフツと煮えたぎる
階段の側に来た時、ふいに話し声が聞こえ足を止める。
……見つけた。
「……殿下ったら……なのよ。彼女だって、……してるわ。もう少し考えて……のだけど」
「学園で……君の婚約者が……んな態度、か」
マリアンナと男の声。きっとマクシミリアンだ。
聞こえてくる声音からしてマリアンナもかなり気を許していそうだ。
手前の曲がり角で立ち止まり背中をピタリと壁に付けると、少しばかり耳を澄ませてみた。
「ギルバート王子からは贈り物一つもなかったわけか」
「ええ……ですが、それは仕方ないと思っているわ。だってご公務で忙しそうだから」
「忙しいとは言っても、前々から用意するくらいできるだろ。それは?」
「あ……これは、セオドール殿下からで」
「……誕生花のカチューシャか」
彼らが話しているのは先日のマリアンナの誕生日に贈った装飾品。どうやら身に付けてくれているらしい。彼女の可憐さを引き立てるために選んだのは、左側に大きな白百合の装飾がついたカチューシャ。花の周りに青の細かな宝石を散りばめ、王家お抱えの職人に作らせた一点もの。
「今度は君の所で学園祭があるんだったな。この国の女神誕生祭に合わせて」
「ええ、学園一のお祭りだわ。お父様から聞いたことがあるけど、とても豪華なのですって」
「いいなマリー、俺も行ってみようかな」
ピシリと頭の中で亀裂が走るような音が聞こえた。
今マクシミリアンはマリアンナのことをなんて呼んだ。
廊下の角からひっそりと覗き見る。
少し波打った短い黒髪の男が目に入った。あいつがマクシミリアンだ。日に焼けた健康そうな見た目は周辺国をほっつき歩いているだけある。
陶器のような肌のマリアンナとは対照的だ。
「学園内は関係者以外は立ち入り禁止よ、マクシミリアン殿下」
「なら俺が関係者になればいい。学園に連絡すれば、入場許可くらい貰えるだろう? 婚約者の代わりにエスコートしようか」
手を添えていた壁を砕けそうなほど握った。
「あの人も……無碍にしたりしないわ、たぶん……」
「マリー、相手はこの国の王子だからとか気にする必要はない。マリーの気持ちの方が大事だ。公爵家の令嬢がパートナーもなく会場に現れればどうなると思う」
「わかっているわ。でもまだ日はあるもの」
「あいつの手を取らずとも、俺がいるだろう? マリー……俺の家が出した書状は読んだ?」
「あれは……」
「俺の手を取ればいい」
あいつめ、マリー、マリー、マリーとなんなんだ。
誰が学園祭に参加するだと。
「俺は本気だ」
「……マ、クシミリアン、さま」
マクシミリアンがマリアンナに身を寄せる。無骨な指が彼女の顔面に伸ばされようとした時、反射的に僕は体が動いた。
「まった」




