二十四話 贈り物、執着心
「……で、殿下、正気で」
「はい。僕はずっと正気です、生まれてからずっと」
夫妻は明らかに狼狽えている。夫人が震えながら口を開く。
「で、でも……貴方には辺境伯の娘との縁談が来ていたと思うのだけれど、そちらはどうなったの……
「辺境伯? いつのお話でしょうか。そんな昔の話、とっくのとうになくなっていますが」
ほほ笑んで言い返す。
公爵家にとっては悪い話ではない。ギルバートから切り捨てられても、僕がいれば王家とのつながりを完全には断たれることはない。
これまで通り、王の側に仕え続けることができる。一人娘のマリアンナも、家に残しておきながら。
夫人がハッとした表情を浮かべる。
「……もしかして、セオドール殿下」
「はい、何でしょう夫人」
「貴方はもしかして、ずっとうちの子のことを……」
察した様子の彼女は、最後まで言い切ることなく口を閉じた。
少し皺が付いてしまった書状を引き延ばし、丁寧に折りたたむと封筒の中にしまう。本当はこの場で破り捨て、王家の家紋を付けてマクシミリアンの元に送り返したいくらいだが。
「ええ、マリアンナは僕が貰います。他国のフラ付き野郎になんて上げないでくださいよ……それでいいですよね、フェルディマンド卿?」
書状を公爵に差し出しながら、深く笑みを刻んで言った。
マリアンナを他国になんて渡さない。
彼女の居場所は、僕の隣だ――。
◇◇◇
翌日のこと。
寮の僕の自室にフレデリクを呼び付け、公爵家であったことを伝えた。
座る場所もなくフレデリクを寝台に、僕は机の付属の椅子に腰掛け、背もたれに寄りかかりながら語る。
「――と、言うことがあったんだ。だからフレデリク、応援よろしく」
「何がどうなってそうなった。というか、ついに言ったのか。国王にも言ってないんだろう、その件は。ギルバート殿下とどうなっても知らんぞ。それにフェルディマンド嬢がトランジニアの王子と懇意にしていたのをお前は知らなかったのか、セオドール」
フレデリクの言葉は止まらない。
「それがそうなんだよね……僕としたことが調べが足りなかった」
「マリアンナ様バカのお前がな……」
友のつぶやきに、やれやれと肩を落とす。
「それでセオドール、誕生日パーティーの招待状はどうなった。チャンスだと言って意気込んでただろう、貰えたのか?」
「勿論。公爵からちゃんと貰ってきたとも」
これで正式にパーティー会場に入れるという物。
これで新しく湧いて出て来た恋敵のマクシミリアンにも出遅れる事はない。
「じゃ、フレデリク。僕はこれからマリアンナにプレゼントを渡しに行ってくるから。ミリエラ嬢を見かけたら足止めよろしく」
机の上に置いていた白い包み紙の箱を手に取る。片手でも持てるくらいの大きめの箱は、細やかな花の模様が浮き出た特殊紙で包まれている。その上には、濃紺と水色のグラデーションになっているリボンを巻き付けていた。
「用意していたか……招待状を貰うのに必死だったのによく時間が作れたな」
「当たり前だよ。僕が用意しないとでも? ちゃんとね、毎年用意はしているんだ」
いつもギルバートとは異なるものを贈っていた。マリアンナが好きそうなアクセサリーや王国の工芸品である染物のストール、ある時はアクセサリーボックスに文房具。できるだけ使いやすい物を選んで贈り続けた。
彼女が目の前で使ってくれたことはないが。
「そのリボンの色……」
「もうそろそろ、マリアンナは僕のものになる。もう、染め上げてしまっても構わないと思わない?」
「セオドール……」
兄の色から僕の色に。
双子の王子には見分けがつきやすいようにと私物を色分けされていた。ギルバートは金と赤の装飾品を身に付けることが多かったが、僕はその反対とも思える銀や青を与えられることが殆どだった。
片手でそっと包装紙に触れ吐息をこぼす。
「公爵家の方には話は通してあるし。公爵夫妻なら、僕とギルバートのどちらでも構わないってさ」
「そんなまさか。トランジニアの方はどうするんだ。向こうも家を通して送ってきているんだろう」
「そんなもの僕の権力でねじ伏せるよ。公爵家との繋がりは、うちのフォレクシア家の方が長い。マリアンナの祖父は先王の兄弟だし、それにマクシミリアンより僕の方が貴族達からの評判はいい」
「……」
「疑ってる?」
「まあ……、他国との事情はよく分からんが……」
「ま、むこうはうちの問題には首を突っ込んでこれないってことさえ頭に入ってればいいよ」
ギルバートが手放す前にマリアンナを連れ去れば国交問題。
あの兄が提訴するか? 兄はともかく、僕はマリアンナを離すつもりはない。目の届かないところに行かせるとでも。
「セオドール……悪い顔をしてるぞ」
「いやだな、悪くない面だって言ってよ」
箱の表面を撫でながら、くつくつと笑う。
マリアンナがトランジニアに行くという選択肢を消し去ってしまえばいい。
そうだ、一泡吹かせてやろうあの王子に。
まだフリーでもないマリアンナに縁談だなんて。これは我がフォレクシア王家への宣戦布告だ。喜んでその喧嘩を買ってやろうではないか。
あの男のせいで、マリアンナは不貞の疑いを掛けられてしまうかもしれないのだし。
マリアンナの表情を曇らせるなんて……。
「面は悪くないぞ、いつも通りだが……まるで悪役みたいだな」
「悪役、か。いつだったか君の妹にも言われたっけ」
悪役王子って。
にやけた口元を隠すべく、片手で顔を覆う。
前世で一度、彼女の人生を奪った僕にはふさわしい肩書だ。




