二十三話 切り捨てる者と救う者
フェルディマンド公爵家といえば、この王国の中では最も王家に近い貴族。歴史ある家柄であるマリアンナに縁談とは。ギルバートとの不仲がささやかれる中、直接公爵家に縁談を送りつけるとはただ事ではあるまい。
婚約を破棄される側の公爵家は、王家への信頼を失っても致し方ないが……。
思うが、ギルバートの話は諸外国にはどう広まっているのだろう。
テーブルの上で丁寧に書状を押し開く。
「差出人は……ふーん、『第三王子のマクシミリアン』か……」
「殿下もご存知よね、昨年の建国記念日の祝賀際にいらしていたもの」
「そうですね、夫人。会ったことはありますよ」
マクシミリアン……僕とマリアンナの三つ年上で、周辺国を遊び歩いてると噂だ。
公爵が顎に手を当てながら、悩んだような表情を浮かべながら口を開く。
「マクシミリアン王子だが、マリアンナとも面識がある」
「祝賀際でですか?」
「いや、もっと前から。半年に一度、うちが管理してる土地に訪れていて……」
「半年に一度も? 聞いていませんが」
「す、すまん……?」
マクシミリアンとマリアンナが昔から会っていた?
前世では、彼女から他国の王子と会っているといった話は聞いたことがない。
「さ、最近だといつだったか……」
「あなた、一月程前にいらしていたじゃない。マリアンナもほんの少しだけど、夕方に来てくれたでしょう?」
「ああ、そういえばそうだったな」
「先月……? あの夫人、マリアンナが来たとは」
会っていた? マリアンナが誰と?
学園で広まっていた噂話を思い出す。マリアンナがギルバートではない男と二人きりで会っていたという噂。マリアンナも心当たりはないと言っていたが、たまたまマクシミリアンと二人きりでいたところを見られていたら?
噂話の発端自体はでまかせだったとしても、事実ギルバート以外の男には会っている。これでは噂が本物となってしまう。
スッと冷たい物が腹の底に落ちる感覚。
あの放蕩王子が……っ。
僕の許しなしにマリアンナに会っていただなんて。
「そのご様子では、殿下の方には連絡はなかったのね。でも先日のは隣国に向かう途中で寄っただけだそうで……」
「へえ、そうですか」
どんどん声の温度が下がっていく。
マクシミリアンが属するのは貿易で栄えたトランジニア王国。昔から国際交流というのが盛んな国だ。たびたびこの国にも諸王侯らが訪れており、城にも出入りがあった。
奴も王位継承権三位にもなれば気ままな物だろう。第一王子の即位も近く、跡取り問題のしがらみもないマクシミリアンは相手もみつけず好き勝手に出歩いているらしく……。
「……それがどうしてマリアンナに縁談を? 向こうだってマリアンナの相手がギルバートだって知っているはずだ」
「それなんだがセオドール殿下……恐らく」
緊張した面持ちの公爵が、僕の様子を窺うように言葉を並べる。
「先月会った時に、マリアンナが学園でのことを話したらしく……マクシミリアンはそれでマリアンナを……憐れんだのだろう」
敬称を外した?
公爵は隣国の王子を呼び捨てで呼ぶ程の仲なのか……。
指先に力が入り紙にシワがよる。
「私も当時は冗談だと思っていたのだけど……『攫っちゃおうか』なんて、ねえ? あ」
グシャリと手元で音が鳴った。
攫う? 誰が誰をだって。
夫妻の目が驚いたように僕を見る。
ふつふつと腹の奥底で煮えたぎる感覚がする。溢れ出しそうになる思いを抑えながら、紡いだ言葉は地を這うように低かった。
「……お言葉ですが」
ギルバートとの関係を盾にしたいわけではないが、
「……勝手に兄との縁談を破棄するのは、王家の意向に背くのと同義ですが。しかもマリアンナを他国の人間にやろうだって……?」
公爵の僕を見る目が細やかに揺れている。夫人が戸惑う様子で公爵の手を取り握った。
「これは王家に対する裏切りですよ、フェルディマンド卿? ここに来たのが父上と兄上ではなくて良かったですね」
ギルバートならこの縁談の件も、マリアンナと縁を切るためのいい情報が手に入ったと喜んで利用していたに違いない。
「確かに、最近の兄は……おかしいのは否定はしません。貴方がたが不安に思うのもわかります。ですがもしも仮にトランジニアの王子の話を呑んだ場合……公爵家の王国内での評判はどうなるでしょう」
ギルバートによる婚約破棄が先でも後でも、すぐに他国に嫁ぐことになればマリアンナが不貞をしていたという話はすぐに出回るだろう。
娘が王子の婚約者だったからこそ、他家が公爵家に楯突く事はなかった。
トランジニアとの縁談締結が早い程、公爵家の王家への忠誠は元からなかったとみなされる。
「マリアンナには兄弟はいませんよね。跡取り問題も解消できていない……それで他国に娘をやって王家の不信を買ったら……?」
夫人が公爵の手を強く握った。
ミリエラの呪いに侵されている王家がするのは、一族諸共国外追放か。それなりの地位についている公爵にとって、身分を奪われるのは耐え難いだろう。
僕はかねてから考えていたことを、彼らに突きつける。
「もしギルバートに捨てられても心配しないでください。マクシミリアンの手を取る必要もない。僕が……公爵家に入ります」
二人が息を呑むのがわかった。




