二十二話 思い通りにいかない、焦り
◇◇◇
何の成果も得られないまま何日も過ぎた。
そろそろマリアンナの誕生日当日も迫る頃、僕の手元には招待状もなければマリアンナからの声掛けもなかった。
すれちがえば「ごきげんよう」と挨拶はしてもらえるが、それだけ。
兄から時間割を借り、偶然を装い教室の近くをわざと通ってみたりもしたが効果はなし。
フレデリクの僕を見る目は痛々しく、日が過ぎるごとに絶望感は増していった。
今日もマリアンナとミリエラが腕を組み魔法薬学の教室に入っていくのを、廊下の角から壁に手を添えながら見送る。彼女達の後をギルバートが追いかけるように入っていったのも見届けながら、壁を削る勢いで指先に力を込め握った。
「落ち着け、セオドール。だから俺から聞いておくと何度も……。向こうの準備もあるだろうし、やはりフェルディマンド嬢には俺から尋ねてみるから」
「いい。誘ってくださいなんてそんな情けない真似できるもんか」
「今の自分の姿は情けなくないのか」
通りすがりの女子生徒達の視線がチラチラと向けられる。「あらセオドール様、またフレデリク様といらっしゃる……」「お二人は仲良しですわね」なんて言葉が聞こえてきた。悪いな他に友人がいなくて。
「もうこうなったら……」
「また変なことでも思いついたか?」
「どうせ兄上は行かないし、そもそもアイツなら顔パスで公爵家に入れる」
「顔パス……」
「ギルバートのフリをして乗り込む、もうそれしかない」
「……第二王子がご乱心だ。ああいや、いつものことだったか」
フレデリクはハッとした顔をすると、すぐに真顔に戻った。
マリアンナ、どうして僕以外は誘ったのに声をかけてくれないんだ。
ギルバートになりすます方法があるとは思っていたが、本当にそうなりそうである。
もうそれでいいやと半ば諦めていた僕だが、突如舞い込んだ公爵家からの報せで一波乱起きようとは思わなんだ。
◇◇◇
招待状が手元にない状態で迎えてしまった、マリアンナの誕生日前日。
僕は公爵家にいた。
「ご無沙汰しております、フェルディマンド卿、夫人」
「お久しぶりですな、セオドール殿下」
「貴方にお会いするのはいつぶりだったかしらね。また背が伸びたかしら……ふふ、お元気でした?」
爽やかな花の香りが漂う応接室。厳かな壁紙が使用された部屋でソファに腰掛けながら、僕は一人、公爵夫妻と向かい合っていた。
白髪混じりの、目の下に薄らとクマが透けて見えるマリアンナの父ことロクスウェル・フェルディマンド。彼の隣に座るのは、柔らかな亜麻色の髪を下ろした妙齢の女性こと、マリアンナの母キャサリン。
「ええ、僕は。公爵夫人も、お変わりないようで……いえ、以前よりお若くなられましたか? 義母上」
「あらあら、セオドール殿下ったら義母上だなんて。ふふ、お言葉がお上手なんだから」
「あはは、僕にとってはもう一人の母も同然ですから。昔から兄と一緒によく遊んでいただきましたし。卿のことも同じように思っていますよ」
「お、おお……うむ」
夫妻との間に置かれたローテーブルの上には、僕側に湯気が立ち上るティーカップが一組。夫妻の前には一通の封書が。
あれが今回僕を呼んだ目的かと当たりをつける。
「それで、公爵はどうして僕を呼んだんですか? しかも父上を通しておいて、ギルバートには内密にだなんて」
「……実はセオドール殿下に、確かめたいことがありましてな」
小さな咳払いをしながら、公爵は夫人と顔を見合わせる。
「マリアンナとギルバート殿下のことについてなのだが……近頃ギルバート殿下のお側には別の女性の影があるという話を聞いてしまってだな……その、貴殿ならば学園内の様子も詳しいと思い」
ほう……と胸の内で頷く。ミリエラの話は学園外にも広まっていたか。
「あなた、そんなまどろっこしく言っては伝わらないわよ。セオドール殿下、実はね……マリアンナにこんな書状が届いたの」
夫人がテーブルにあった封書を裏返す。
これは……!
封筒の隅には金の薔薇の刻印。少し角張った花のデザインは、うちではない別の王家の紋章で……。
ここにあるはずのない紋章に目を見張ったまま固まる。ゴクリと唾を飲み込み、封書を見据えながら尋ねた。
「公爵夫人、こちらはいつ届いた物ですか」
「つい一昨日よ。中の書状には、その……」
夫人は不安そうに旦那と顔を見合わせた。言ってもいいか迷っているような様子だ。
「あのね、セオドール殿下……この書状に、マリアンナがギルバート殿下と破局した時はぜひうちにって、要約すると書かれていたわ。そんな婚約が無くなるお話なんて私たちは聞いていない物だがら、陛下に確かめようとしたのだけど答えていただけなくて……そうしたら、あなたが来てくれたの」
そんな経緯があったのか。
父にはただ、週末フェルディマンド家に行ってこいと命令されただけで事情までは知らなかった。
これはマリアンナ宛の縁談。
僕を差し置いて……。
封書の中身を確かめてもいいか尋ねると、二人とも無言で頷いた。




