二十話 傷心セオドール
◇◇◇
聞いてない聞いてない聞いてない。
マリアンナから誕生日のパーティがあることなんて。
午後の授業に向かっている最中、同じ言葉が頭の中をぐるぐると巡った。
『マリアンナ様から誘われてないんですか』
誘われてないよ!
なぜミリエラだけ呼ばれた?
前世で学園祭の前にパーティーに行った覚えはない。マリアンナの誕生日会なんて、いくら魅了の呪いにかかっていたとしても忘れるはずがないだろ、この僕が。
流れが変わった?
それは吉兆なのか、それとも……。
「セオドールどこに行くつもりだ。そっちは教室じゃないぞ」
「……ほんと、だ。僕としたことが」
フレデリクの声に足を止める。
気が付けば教室を通り過ぎ、突き当たりの倉庫の扉が目に入った。
呼び止めてくれなければ正面からぶつかっていただろう。
「昼によくわからない物でも食べたか? その辺の見知らぬ物を食べるのはお勧めしないぞ。保健室なら反対だが……ついていこうか?」
「拾い食いなんてしてないし、別にどこも悪くないよ」
フレデリクを振り返れば気遣わしげな顔。本当に僕が拾い食いをしたかもしれないと思っているようだ。
中に入り、フレデリクとほぼ定位置になっている前方の席に座った。
席の目の前には大きな地図が広げられている。授業で何度も使われたそれはいくつものピンが突き刺さり細かな穴が空いていた。
机の上に教科書を乱雑に置く。艶のある机の表面は滑りやすく、バサバサと音を立てながら教科書は床に落ちていった。
「…………はぁ」
「セオドール、ほら」
「ああ、……ありがとう」
僕が立ち上がるよりも早くフレデリクが拾い上げてくれた。もう落ちないようにと、丁寧に四隅を揃えてまで。
「本当に大丈夫か」
「大丈夫だよ」
フレデリクは先に着くと表情を曇らせる。何度か口を開きかけ、しばらくしてから言葉を紡ぐ。
「……もし昨日のことで不快にさせていたのなら」
「昨日って……なんのこと? ああ、テスト対策の時の? 何かあったけ、別に平気だけど僕は」
「なら、フェルディマンド嬢のことか」
「そう、マリアンナが……ん?」
「今朝、ミリエラがパーティーに誘われたと嬉しそうに報告してきた。社交界のマナーを改めて教えてくれと頼まれてな」
「え、今朝?」
今朝とは。僕もマリアンナと会っているが、何も聞いていない。
「セオドール、お前はどうする? 俺と妹は参加する予定なんだが……」
「え」
目を丸くする。
ミリエラと誰が何に参加するって?
「……セオドール、まさか」
「……誘われてない」
「な、それは」
戸惑うフレデリクの声。
待ってくれ。ミリエラだけじゃなくてフレデリクも誘われてるって……。
開催日時は来月頭の週末、夕刻かららしい。
「お、俺はたぶん妹の付き添いで呼ばれたんだろうが……だがセオドール、来月は国外から来賓が来る関係で学園を離れると言ってなかったか? もしかしたらフェルディマンド嬢はそれを知っていたのかもしれないし、その……あまり落ち込まなくてもいいと思うぞ」
「……そんな予定、父上達だけで対応すればいいのに」
「隣国の王太子とその妃が来るんだから、いたほうがいいと思うが?」
よりにもよって、隣国の王子達の来訪とマリアンナの誕生日パーティーは同じ日。通りで僕には声を掛けないわけだ。
ダンっと机に拳を打ちつけた。
さすがマリアンナ、スケジュール管理が完璧だ!
公爵も日程をずらしてくれれば!
思えば、前世でもマリアンナの誕生日当日に会うこと少なかった。その後も何か催し物に参加した覚えはない。どうしてか彼女の誕生日の前後で重要な公務が入りがちだった。
だがパーティーこそ参加しなかったものの、二人で過ごす時間はあった。
……前世でも誘いがなかったのは、きっと忙しい婚約者に気を遣わせないためで……。
「…………」
「セオドール、それとなく俺かミリエラからフェルディマンド嬢に話をしてみることはできるが」
「…………フッ、フフフ」
「セオドール?」
どうせ王太子達が来るのは昼で、すぐに帰るだろう。見送った後は適当に理由をつけて城を抜け出せば、公爵家のパーティーには間に合うはずだ。
城から公爵邸までの近道なら知っている。
「いや、マリアンナに直接尋ねてみるよ。気遣いありがとう、フレデリク」
「行く気だな……公務は果たせよ?」
「当たり前だよ。僕はこの国の第二王子だよ?」
「一応な。最近はただのマリアンナ様馬鹿だが」
「言うねぇ。堅物令息?」
マリアンナ馬鹿で何が悪い。
……まてよ。
ミリエラとフレデリクを呼んでいるのなら、ギルバートに声を掛けていないはずがないのでは。婚約者ではない弟の僕に誘いがないのは、ギルバートの返事を待っているからとか?
じわじわと、この頃の前世の記憶が鮮明になる。来訪した王太子達への挨拶の際、ミリエラを紹介したような記憶が微かにだがある。
本来同席させるならマリアンナであるべきだ。だが前世の僕が呼んだのはミリエラ。
ミリエラは今回、城には行かないだろう。ただの伯爵家の養子が隣国の王族に挨拶する必要はない。
兄が無理やりミリエラを城に呼んでいれば同席せざるを得ないだろうが……いや、図書室で自慢してきた彼女の様子からして、公爵邸に行くので頭がいっぱいなはずだ。よくわからないまま断っているか、そもそも誘いの言葉自体理解しなさそうである。
ミリエラは城には来ない。
そうなると、前世と行動が変わってくる。
「フレデリク、パーティーの誘いはマリアンナから直接言われた?」
「ああ。昼休みにな」
僕が図書室に行っている間か。
妹の方を誘った手前、オストナー伯爵家の長子であるフレデリクを無視することはできまい。
そして男子生徒を誘ったのなら、
「婚約者でもない僕はともかく……ギルバートには声はかけていると思っていい?」
「……?」
異性のフレデリクを誘ったのだ。
婚約者を祝いの席に呼ばないはずがない。不貞を疑われないためにも。
ギルバートにも確かめる必要がある。
下手すればこの状況を誰かに利用されかねない。
マリアンナとしてはミリエラを友人として、フレデリクは今後の家同士の付き合いのために誘っただけなはずだ。
マリアンナが他の男を誘った。
そんな話が歪められて広まれば、マリアンナだけでなくフレデリクまで針のむしろにされてしまう。
「……ずるいな、みんなして。僕も招待状を貰えないか聞いてみようっと」
「……予定は詰め込みすぎるなよ」
なんとしてでもパーティーには参加する。
この後の授業は、ずっと上の空だった。
学園祭も迫っているが、まずはフェルディマンド家のパーティーだ。
そもそも彼女の誕生祭に参加できないなんて。
もし誘われなかったら。
ギルバートが招待状を持っていたら、もぎ取ってでも参列してやるのだ。




