十八話 イベント回避
「あれは殿下の!? なぜあんなところに……」
ガゼボの屋根の裏側、柱の出っ張り部分に見覚えのある荷物が乗っかっていた。
マリアンナはあの鞄が誰のかわかっていたらしい。
出歩いていなければ危うく彼女があれを回収するところだった。
「一体どなたが……、届くかしら」
柱の側まで歩み寄った彼女は手を伸ばしてみるが、届く様子はない。僕でも頭一つ分以上は距離が離れてしまう。
ひっかける何かがあればいいが……。
「近くに箒か何かないか見てくるよ。ここで待ってい……て、マリアンナ? 何をしようとしてるの?」
庭師のキャンベルが使っている園芸倉庫があるはず。柄が長い何かを借りてこようとした時、マリアンナが突如柱に両手で抱え込み始めた。ガゼボの白い柱をじっと見つめている。
「の、登れないかと、思いまして」
「危ないよ!」
驚いた。
まさか柱をよじ登ろうとするだなんて。
「倉庫があるはずだから動かないで待ってて。いい? 登っちゃだめだからね」
「は、はい。ですが、いけそう……」
「絶対だめだよ?」
途中チラリと鞄の方に視線を投げたマリアンナに再度忠告する。行動力がある事には感心するが……。
思えば幼い頃の彼女はよく庭の木によじ登っていたっけ。一緒に気の上から公爵家の庭を眺めた記憶が……。
マリアンナから離れ園芸倉庫に向かう。たまたま壁に立てかけられていた熊手型の箒を手にとると急いで戻った。
くの字に曲がった先で、鞄のストラップ部分でもひっかければ取れそうだ。
急いで彼女の元に戻れば、ちゃんと柱の側で待機していてホッとする。
「お待たせ。これでいける……はず!」
箒の先を天井に向って伸ばす。熊手部分を使い上手く底部分や紐を動かし、箒の腹部分に乗せた。ズシリと重い感覚が手首に伝わる。
何が入ってるんだこんなに……。
ミリエラが言っていたのは双眼鏡だったか。鞄の大きさからして他にも入っていそうだ。
ゆっくりと箒を地面の方に下ろすと、マリアンナが鞄を受け取る。
「……ありがとうございますわ、セオドール殿下。やはりこちらは……ギルバート殿下の持ち物ですわね。どうしてこんなところにあったのでしょう」
「さてね。誰がさんがぶん投げて忘れて行ったのかな」
「まさかギルバート殿下が? そんなことなさるかしら……」
おっと、ギルバートがぶん投げたことにされた。
「中身は何かしら……、っ」
マリアンナが鞄を開けた時、かすかに表情を歪ませた。
中には双眼鏡と一冊の本、そして女物のハンカチーフ。レースと小ぶりなリボンをあしらった淡いキンマリ色のハンカチは、ギルバートの私物とは思えない。
これはミリエラの私物だ。
「…………」
「マリアンナ、これは僕が預かるよ」
「……いいえ」
「マリアンナ?」
鞄を持ったまま俯いた彼女を見遣る。
最近はマリアンナとミリエラの仲は良かったが、これで関係に亀裂が入るか。
ギルバートが持っているはずがないハンカチーフ。マリアンナは、自分ではない他の女の影を疑っている。
直接ギルバートに問いただすつもりだろう。これは誰のだと。
「私がお渡しに行きますわ。確かめたいこともありますもの」
「いいや。それでも僕から返しておくよ。君の手を煩わせるわけにはいかない。僕なら部屋もすぐ隣だし」
そう言って彼女てから鞄をそっと奪い取る。確かめずとも、最近のギルバートの様子からしてミリエラの物だということはわかっているに違いない。
それでも確かめたいのは、彼女の矜持からか。
「ですが、人の物を借りているのにこんなところに置き去りにしてしまうなんて。いくらあの方でも許せませんわ。私も参ります。最近のあの人は少々……いえ、だいぶお痛が過ぎますもの」
「ああ、ギルバートを怒りに行く感じね」
「セオドール殿下、貴方もです。あの方は貴方のお兄様でもありますのよ? 良いのですか、あのままで」
むすっとした表情を浮かべるマリアンナ。普段は冷静沈着な彼女が見せる感情の起伏。それをより一層可愛らしく見せているのが少し尖らせた唇だ。
感触と肌を撫でる感覚は決して嫌な悪寒ではない。
この人はいつだってかわいい。
「拗ねてるんだね、マリアンナ」
「す、拗ねてなど」
ついっと僕から目を逸らす。
君も放っておいたら良いのに。
「でも……これは僕から返しておこう。わざわざ君に時間を取らせることでも無い」
マリアンナはミリエラが借りていたことは知らない。鞄を後ろ手に隠すと、マリアンナにそう優しく告げた。




