十七話 落とし物
目が覚めると、部屋の中はまだ薄暗かった。寝台の上で横になったまま、頭上の脇にある窓の方を眺める。
「……はぁ」
明るさからしてだいぶ早く目覚めたようだ。
それにしてもずいぶん懐かしい夢を見た。
前世での、まだミリエラと出会う前のマリアンナとのやり取り。今生では、兄が同じ事を繰り返しただろうか。
「……マリアンナ」
ポツリと彼女の名前を呼ぶ。
生まれ変わったこの世界で、彼女が夢で見たデザインのドレスを着た覚えはない。
寝台の軋む音を響かせながら、僕は起き上がる。
寝覚めは割とすっきりとしていて、寝直す程の眠気はなかった。
デスクの上を見れば、テスト対策にと昨日の夜から置いたままになっている教科書が。それを見てふと思い出す。そういえば、ミリエラが失くしたギルバートの鞄はまだ見つかっていない。
「……探しに行こうか。マリアンナが見つける前に」
布団を避ければ、朝の冷たい空気が肌を覆った。
クローゼットから制服のシャツを出し、着替えていく。授業までは時間もある。簡単にシャツとスラックスでいいだろう。
思い出せ。
マリアンナはどこにあったと言っていた?
生まれ変わってから十何年の時が過ぎ、前世の記憶は濃い物もあれば薄れてしまった物もある。全てを事細やかに覚えていたら良かったが。
マリアンナが出歩きそうな所を、手当たり次第に見て回るしかない。
この世界がマリアンナを陥れようとするなら、僕が先回りするだけ。
クローゼットの内側に取り付けられていた姿見を覗き見る。前世とは寸分違わぬ顔がそこにはあった。
寮を出る。
向かうは講義棟とミリエラ達が良く使用しているであろう図書室。
全てを見て回ることはできないが、以前ギルバートから聞いた時間割を頼りに使用頻度が高い場所を当たった。
だが借りた鞄は小さな物でもないのに、なかなか見つからなかった。
バードウォッチング用の双眼鏡があるならと庭園にも出てみたが発見には至らず。ミリエラの話からして数日経っているかもしれない状況、見つかれば庭師のキャンベルが知らせてくれるはずだ。
外はかなり明るくなってきていた。
朝露を帯びた草花が、陽光を返し光り輝いている。そろそろ部屋に戻り授業の準備をしたほうがいいだろう。
また放課後に探そう。
撤収しようと思った時、校舎側から歩いてくる人影が見えた。見覚えのある背丈と髪色に鼓動が跳ねる……マリアンナだ。
彼女と会えるとは思わず鼓動が跳ねる。
どうしてここに。
「あら、今日は先客がいらっしゃったのね……まあ! あなたは」
マリアンナは制服姿の上にグレーのショールを羽織っていた。
まるでいつも来ているような口ぶり。彼女は僕を見て驚いているようだ。
「セオドール殿下、ですわよね……?」
「そうだよ、マリアンナ。おはよう」
僕は彼女がいる方に歩み寄った。寝起きなのかマリアンナの顔色は少しばかり青白く、それが彼女の可憐さを引き立てている。
「おはようございます。お早いのですね、殿下は」
「今日はたまたま。君はいつもここに来ているのかい?」
「ええ。朝の庭園を歩くのが好きでして」
「昔から君は庭が好きだね」
「え」
マリアンナが拍子抜けしたように固まる。その時、ずるりと彼女の肩からショールがずり落ちそうになり急いで拾った。
そっと優しくマリアンナの肩にかけ直す。
「元々ここは静かだけど、朝はより閑静で良いところだね。僕もこれから毎朝来てみようかな」
「あ……あ、朝の散歩はいい物ですわよ。活力が湧いてきますもの」
「確かに。体を動かしたからか温まっている気がするし、頭も普段より冴え渡っている気がするよ」
「ですわよね? ふふ」
笑った。マリアンナが僕に。
今は二人きり。このまま彼女の手を取り、庭をエスコートしたい。
誰に見られたって構わない。どうせ皆ギルバートと見間違える。
「マリアンナ、少し一緒に歩かない?」
「……良いのですか、殿下」
「大丈夫だ。僕らは……家族みたいな物だろう? それに僕とギルバートの見分けがつく奴なんてこの学園にはいないよ」
「フレデリク様を除いて、ですか?」
「そうだね、アイツくらい?」
「…………セオドール殿下、では」
後ろめたく思わないでいい、マリアンナ。
君の隣にいるのは『ギルバート』でもあるんだから。
彼女に連れられ、庭の奥を進む。
赤薔薇のアーチを抜けた先、大理石で造られたガゼボがある場所まで辿り着いた僕らはある物を目にする。
「あ、あれは、あのお荷物は……!」
マリアンナがガゼボの柱の元まで駆け出すと頭上を見上げた。その視線の先には、見覚えがある鞄。
思わず僕は目を見張った。
ミリエラが言っていたギルバートの荷物だ!




