十五話 狙いはただ一人
「公爵家に入るつもりか!?」
「しいっ……声が大きいよ、フレデリク。まだ誰にも言ってないんだから。あくまで僕がそう考えてるだけ。とりあえず公爵家も体裁は保てるだろう? 僕が王子という身分を降りても、王家との繋がりが完全に途絶えるワケじゃない」
「そ、それは……彼女に兄弟は」
「いないよ」
フレデリクも家のことを考えれば、悪い話ではないはずだ。
「君のオストナー家は玉の輿、公爵家は跡継ぎ問題をクリアできて僕はマリアンナとハッピーエンド。ほら、ミリエラがギルバートと結ばれることでお互いメリットしかない。妙案だ」
「……そういう物じゃないだろ、セオド、」
ギイと重い扉が動く音がロビーに響いた。人が入ってきたことに気付いたフレデリクは慌てて黙る。口が開いたり閉じたりと大変そうだ。
気配が遠ざかって行くと、僕は戸惑うフレデリクに追い打ちをかけるように話を続けた。
「何が問題? 君にとってもプラスでしかないはずだ。就職先にも有利に働くだろう……ミリエラ嬢のおかげでね。君の進路希望先、騎士団だったよね。団長に話を通してあげるよ。もしギルバートが融通してくれないなら僕から。王族の身分がなくなっても、それなりに僕だって口利きできる」
「……その言い方、まるで学生のうちから動くみたいに言うな」
「そうだよ」
深くゆっくりと頷いて言った。フレデリクの表情は固いまま。
「なぜ、そう言い切る」
「兄は近いうちにマリアンナを手放す」
「国王が決めた許嫁なんだろう。いくら王子でも、家同士の取り決めは」
「いいや、そうなるよ。ギルバートはマリアンナを突き放す。手を取ることはない」
「なっ、まるで決まった運命みたいに。泉の女神の予言でもあるまい」
泉の女神とは、学園の近くの洞窟にある伝説の地に住まう運命を司る神のことだ。心が清らかで、強い魔力を持ち合わせる者の前に現れては、運命を予言してくれるという伝承がある。
かつて『ギルバート』だった時に、ミリエラと訪れたことがあった。あの時の予言は未だ覚えている。
「ねえ、フレデリク。次の学園祭で、洞窟の入り口が開くよね。新しい予言が生まれるかも。『この国を導く聖女の誕生だ』って」
「聖女……」
「清く、したたかな霊力を持つ少女……気高き身分の子。代々聖女に選ばれてきた人はそう言われてきたっけ。選ばれるのは誰かな」
「代々王家に連なる者が選ばれているはずだ。正しく選ばれるなら……フェルディマンド嬢、彼女のはずだ」
「そうだね」
だが違う。
ミリエラが現れる前までは、皆マリアンナが聖女に選ばれると思っていたはずだ。だが、聖女ではなく魔女の悪名を着せられることになる。王子を裏切った悪女として。
「でも、選ばれるのはミリエラ嬢だよフレデリク」
「ミリエラが? なぜまたそう言い切れる、セオドール。まるで全て知っているみたいに……」
「決まっているからさ。学園祭の日、『王国を導く正しき聖女はミリエラ』だと、女神は告げる」
「ま、さか……」
唖然とした表情のフレデリク。まるで理解を拒むかのような反応に、僕はどうしてかおかしく思いくつくつと笑いが込み上げる。
「セオドール、お前……」
「はははっ、いい顔。怖がらないでよフレデリク。僕達の仲だろう? 君の悪いようには進まないから」
勉強会を続ける雰囲気ではない、ここでお開きか。
全く復習できなかったが、特段難しい内容でもない。所詮は小テスト、寝る前に軽く見返す程度でいいだろう。
教科書を手に取り立ち上がる。
フレデリクは座ったままで動こうとしない。
「今日はお開きにしよう。じゃあ、また明日フレデリク」
「……セオドール、お前は」
低く小さな声。
「お前は……何者なんだ」
フレデリクの弱々しい声が、静かなロビーにこだました。




