十二話 旧知、過去
すっかり怯え切ってしまった彼女達は、三人とも俯いてしまった。
僕は君たちが噂を流した犯人だなんて一言も言っていないのに。
カフェを後にする。
廊下を歩き、突き当たりの扉から外に出た。食堂のすぐそばには庭園があり、なんとなく散策することにした。
草花に水を撒く、口髭を蓄えた庭師の脇を通り過ぎる。四十代の見た目をした男は、僕が知る限りでも学園に長く勤めており、時々城の庭の手入れにも来てくれていた。
「やや、セオドール殿下。お一人ですかな」
おっと、話しかけられた。
庭師は水をやっていた手を止めると、僕に会釈をする。
邪魔をするつもりではなかったんだが。
「すまない、手を止めさせてしまって。お久しぶりですね、キャンベルさん」
「ふふん、私は何度もお見かけしておりますぞ」
おや、気付いていなかったのは僕だけか。
「今日はご友人は一緒ではないのですかな」
「フレデリクのことですか? ああ……彼なら今頃寮にいるはずですよ」
「そうですか。殿下に親しい友人が出来て、嬉しく思いますぞ」
ホッホッホと、老人じみた笑い方をする庭師のキャンベル。幼少の頃の僕を知る彼だが、まだそんな歳でもないだろうに。
不意に僕たちがいる方に駆けて来る足音が聞こえた。だばだばと慌ただしい足取り。耳を澄まさずともわかる音の発生源は、校舎側から。
「わ、やばいよやばいよー! ない……! ギルバート様から預かってた荷物が!」
庭の低木達の影から現れたのは、汗を流しながら走って来るミリエラの姿。
ギルバートの荷物を無くした? 何をしているんだか。
呆れていると、僕の存在に気がついた彼女は「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。令嬢としてあるまじき振る舞いだ。
「はあ……」
「や! あ、あの、……あ、良かった、セオドール様だ……いや、全然良くない! セオドール様でも!」
「だろうね。何、兄上の荷物を無くしたって?」
「うわあああん、セオドール様ぁ! 助けてくれませんかぁ!」
泣きついてくる彼女をサッと避ける。
「おやおやお嬢さん、君は……?」
「キャンベルさん、彼女はミリエラです。オストナー伯爵令嬢……フレデリクのとこの養女です」
「ああ、この間の転入生か。何やら大ごとのようだのう……」
ミリエラは青ざめた顔で僕に迫った。近い。
「セ、セオドール様ッ!」
「近寄らないでくれる?」
「ハッ!? パーソナルスペースが広いんですね! では」
意味のわからない単語を言って一歩下がった。パー、ソナル……何?
「あの、聞いてください。私、ギルバート様から鞄を預かってたんです! これくらいの革製のヤツを!」
ミリエラが体の前で、手で箱のような形を空中に描く。皮の鞄だとすると、ギルバートが学業用ではなく、個人的に使用している物か。城から持ってきた趣味で使うような雑貨類を詰め込んだヤツ。
「この世界、見たことない鳥とか生き物が多くて。面白いですねって言ったら、鞄ごといろいろお借りしたんです……。部屋に置いてたんですけど、失くなってて! 昨日借りたばかりなのに!」
「あーあ、やっちゃったねミリエラ嬢。王族の私物なんて、今頃質屋にでも入れられてるんじゃない?」
「えええ!? み、見捨てないでください!」
見捨てるも何も、紛失したくらいで君に夢中なギルバートはすんなり許してくれそうだが。
「そういえばゲームにもこんな展開あったかも……ああもう、なんで忘れてたんだろう……」
「ミリエラ嬢、心当たりのある場所は当たった?」
「はい! もう、全部!」
行動が早い。
相変わらず意味不明な言葉を繰り返す彼女を、僕は腕を組みながら見下ろした。
そういえば、うっすらと前世の記憶の中で、ミリエラに貸した荷物がなくなったような……。
「一緒に探してくれませんか……」
「嫌だよ。君が失くしたんだ、責任もって探すことだね」
「でも、早く見つけないと! マリアンナ様が先に見つけたら、誤解されちゃうんですよ!」
「誤解? 誰、に……ッ!」
そうだ、ギルバートだ!
記憶を振り返ってみれば、マリアンナが持っていたではないか。当時の僕は彼女がどこかで見つけて来たという説明も聞かず、すぐさま盗人だと決めつけた。ミリエラが失くすはずないだろうと。
「……チッ、まずいな。ギルバートに気付かれる前に発見しないと。場所はどこだ……マリアンナはどこで見つけたって言ってた……?」
「あれ? セオドール様、ご存じなんですか?」
「ご存じ? 知ってるも何も、実際に見て……」
慌てて口を閉じる。
僕が『ギルバート』だったことは知られていない。こんな様子がおかしいミリエラに知られれば、面白がられるだけだ。
ミリエラはキョトンとした顔で僕を見つめてくる。
「やっぱり」
やっぱり?
眉間に皺を寄せ見つめ返す。
「セオドール様も、転生者ってやつですよね!」
は、はあ……?




