第156話 未来は僕らの手の中
2024年4月――
希美が言うには剛にとって257回目となる中学の入学をトーフ生として迎える事になる。
当然のように1年Aクラスには希美、翔、奈緒の姿もあった。
「いやぁ~~彼ピくんの言う通り、ホントに4人ともAクラスだったねぇ~~♪」
ニパニパと言う表現が似合う笑顔で奈緒が本当に嬉しそうに語り掛けてくる。
剛と希美からしたら学科試験を通過した時点で想定していた事であり、むしろトーフ入学については剛も希美も4人がAクラス以外になったと言う事を経験すらしていなかった。
「それでは、入学式が始まる前に話を済ませましょう」
カバンを自分の席のフックに掛けた希美が3人の顔をゆっくりと見回してから告げると、3人も希美を見据えて頷き、それを合図に4人は1年Aクラスの教室を後にする。
向かったのは――隣の1年Bクラスの教室。
目的は前世でも共に戦った同学年のトーフ生の内4名を、剛達4人の模擬戦に勧誘するためであった。
剛は前世でも所縁が深かった桂、希美は同じ剣遣いの山縣、翔は同じ小金井五小から進学した前原、奈緒は前世でチームアップ経験がある――とは言え奈緒自身は転生した訳では無いので記憶していないのだが――伊藤と、それぞれ話をする。
「へぇ……伝説の全色持ちから声を掛けてもらえるなんて光栄だね」
噂に聞いていたその相手とは早めに面識を持ちたいと思っていた桂であったが、その噂の張本人から会いに来るとは予想外であり、少し呆れたような笑顔で剛を迎える。
「桂の剣の腕前を見込んでの事だよ。都大会準決勝進出……Bクラスには勿体無いくらいだよ」
桂は剛がその事実を知っている事に驚きを見せる。少なくとも出場した剣道の地区大会にも都大会にもその名前は見た事が無く、生ける伝説である剛の事を自分自身が一方的に認識しているものと思っていたからであった。
「で、神野くんはその僕に何を言いに来たのかな?」
桂の言葉を聞いて剛は不敵な笑みを浮かべて答える。
「今日から俺、希美、翔、奈緒は模擬戦を始める。桂にも週1くらいは参加してもらえると嬉しいな」
今日から――まだ入学式もこれからと言うのに剛が語ったその言葉に、桂は唖然として言葉が続けられなくなるのであった。
その日の放課後、格技室に現れたのは桂と前原の2人であった。
「桂は……まあ、教える事は特に無いか。前原さんは何か武道経験……無かったよね?」
小金井五小の5年生の時に同じクラスになっていた剛は記憶を辿るが、前原が剣道とかやっていたと言う記憶は無かった。
「うん。でも翔くんが教えてくれるって言うから、今日からやってみようかと思って」
その言葉で剛は翔の方を見遣るが、その奥では剛にとって意味不明なガルガル状態の奈緒の姿があったが、余り気にしないようにして剛は前原に向き直る。
「分かった。じゃあ前原さんは翔に付いて何の武器を使うかってところから決めていこうか。そして桂は……そうだな、希美、桂の相手お願いできるかな?」
「嘘でしょ?!」
希美では無く桂が悲鳴のように声を上げる。剛はそんな桂を不思議そうに見るが、桂は更に抗議する。
「いきなり最強女子と模擬戦なんて無理に決まってるよね?!」
剛は桂の抗議にえーと困って天を仰ぐが、希美に視線を向けると首を振られてしまう。
「じゃあ俺とやるか?それとも奈緒とやる?」
その言葉を聞いた瞬間、桂は絶望しか無かった――良く考えたら剛達一団は誰と模擬戦やっても死に筋しか無い――なぜ態々死地に自ら足を運んだのかと、桂は頭を抱える思いであった。
結局桂は希望と模擬戦を行い――成す術も無く、3分半後に汗もかいていない希美から首筋に剣先を突き付けられるのであった。
希美と桂が模擬戦をやっている間、翔が前原にマンツーマン状態であるため残る一人――剛は奈緒を相手に模擬戦を始めるのだが、いつもと違うガルガルモードの奈緒に剛は手こずっていた。
(同じハンマーなのに……2割3割、早い気がする……)
経験値の違いで凌いでいる剛であるが、今のタイミングはどう考えてもずっと奈緒のターンであった。
(こんな鬼気迫る奈緒って……見た事無いぞ……)
そう思いながらも剛は奈緒のハンマーを振るわれた勢いに乗じて下に弾き落とすと、鋭い突きで奈緒の首元にハルバードの穂先を突き付ける。
「う……ううぅ……うわぁ……うわあぁ、うわーーーーーーーーーーん!!」
いきなり号泣し始める奈緒に剛は困惑する。今までも模擬戦で奈緒に勝った事は何度でもある――と言うより奈緒に負けた事の方が殆ど無かった剛であったが、このように号泣するなど一度も見た事が無い奈緒の姿を目の当たりにして、剛の方が思考停止してしまう。
これまで250回以上の人生の中で始めて見る奈緒の取り乱した態度に、剛は成す術も無く呆然とするしか無かったが、軽く肩を叩かれて振り向くとそこには桂との模擬戦を終わらせた希美の苦笑いの顔。
「私も言えた立場じゃ無いけど……貴方もこう言うの、下手よね……桂くんをお願い」
そう言うと希美は奈緒に近付いて二言三言話をすると、二人は翔と前原の方に向かい話をして、希美が前原を引き受け、奈緒が翔と模擬戦を始めた。
(……あれ?これって……俺が希美を取られたくない心情と同じ……なのか?)
ニコニコ笑いながら翔に向かってハンマーを全力で振り下ろす奈緒の姿を見て、剛は自分がまだまだ周りの人を理解しきれていない事を思い知らされていた。
「初日からこれって……僕ら来週には死んでるんじゃないか?」
3時間程の模擬戦を終えた後、桂は剛に恨みつらみを述べるが、剛はどこ吹く風と受け流す。
「毎日やって一週間もしたら、体が馴染んで当たり前になるぞ。下手に休み入れた方が、その後きついぞ」
軽口のように剛は桂に答えるが、それは剛自身が、或いは翔や奈緒が経験してきた、これまでの修練の経験を述べたものであった。
1日休むと取り返すには3日――事実かどうかは分からないが、剛としては過去の体験から休む事の必要性と危険性を感じ取っていた。
「神野くん達はこう言うのを明日もやるんですか?」
桂の言葉に剛はニヤリと言う笑みを浮かべて返す。
「日曜以外は毎日さ。ついて来れるか、桂」
剛から言われた言葉に桂は既に力を使い尽くしたかのようにへたり込むのであった。
最初の1か月の間、日曜以外毎日行われる剛達の模擬戦に、桂は週3回、他の3人は週2回のペースで参加し、毎回疲労困憊の状態となって日によっては帰宅するなりベッドに倒れ込んで朝まで起きない、と言った事も経験している内に、ゴールデンウィーク明けには桂も土日以外は毎日、他の3人も週3回のペースについて来れるようになっていた。
6月頃から剛達4人は前世までを1年以上先取りして、トーイチ生と模擬戦を行う事で更に技量に磨きを掛ける。
トーイチ3年生と剛達トーフ1年生では5学年の開きがあるのだが、互角以上に渡り合う4人に周りで見ていたトーイチ生も度肝を抜かれており、学年に関わらず『トーフの最終兵器』とまで呼ばれるようになった4人との模擬戦を行うために、放課後の格技室は予約が中々取れない状況となっていた。
当然ながら剛達の模擬戦相手の中には前世でも幾度となく対戦した2年生の平沢達や、1年生の伊達、富澤、井上、川島と言った面々もおり、相乗効果でトーイチ特技科生徒も過去に例を見ない程の力量を付けて行くのであった。
年末には特例法が可決成立して翌年4月から施行される。この事自体は前世までと同じであった。
だが、4月になった時にこれまでと違ったのは、剛達と模擬戦を戦って来た桂、伊藤、前原、山縣の4人がAクラスに昇格し、剛達4人はこれまで通り特技士に任命されたが、桂達4人も1年飛ばしで簡易特技士に任じられて、対妖魔の最前線に立つ事となる。
早速4月下旬には戸山公園大久保地区に対妖魔警報が発令され、桂達4人も妖魔討伐を経験する事でより一層鍛錬に熱を込めていくのであった。
第156話 『未来は僕らの手の中』 THE BLUE HEARTS




