第154話 A Thousand Years
剛と希美、そして翔の話が終わったのは午後4時半を回った頃であった。
翔としては理解できたのが3割程度――残り7割は、話としては聞いたが理解と言う状況には全く及ばなかった。
ただ一つ、翔は確実に理解した事があった。この先剛と、そして剛の暦年の――歴世のと言った方が正しいパートナーである希美の、二人の生き様をその目で確と焼き付けて、それを決して風化させてはいけない事。
当事者として剛達と研鑽し、当事者として希美達と戦い、当事者としてその生き死にを見届ける事。それが、小学4年生である翔にもひしひしと伝わっていた。
「じゃあ次は、奈緒に会わないと、ですね」
その希美の言葉に剛は頷くが、翔としてはさっぱり分からない。それも当然であった。翔には前世の記憶は全く無い。
「奈緒……?誰それ?」
翔の言葉に剛と希美は顔を見合わせると笑い始め、暫し笑い続けて翔に視線を向ける。
「翔の最高のバディだよ」
「翔が本当に活き活きとする相手ですね」
何じゃそれ?と翔は思うが、兎も角剛と希美が知っている――それは共に戦った相手である事だけは理解し、複雑な顔で頷くのであった。
「ちょっと待ってて」
そう言うと希美はリビングを出て、足音からして階段を上がって行き、自分の部屋に行ったようだった。
剛と翔は何が起こるのか分からずに顔を見合わせていると、30秒もしないで希美はリビングに戻って来る。
二人の目の前に置かれたのは500円玉。
「交通費。私が行きたいと思った場所に、二人を呼び寄せる訳だから、私が負担するのは当たり前、ですよね?」
剛は効果を手にして神妙な顔をする。
「悪いな、希美。トーフに入ったら返すから」
その答えに希美は笑みを浮かべて答える。
「トーフに入学してから言ってください」
翌日――
日曜日の朝から、剛と翔は希美と約束した時刻に間に合うように、JR中央線快速で武蔵小金井駅から吉祥寺駅まで来ていた。
南口に降りると既に希美は来ており、笑みを浮かべて二人を迎える。
「じゃあ、奈緒の家に行きましょう」
剛以上に前世で何度も奈緒の家に足を運んだ事がある希美は、躊躇なく吉祥寺南口の街並みを過ぎて井の頭公園も通過すると、込み入る住宅街の中から奈緒の家に真っ直ぐに辿り着くとインターフォンのボタンを押す。
「はーい。どちら様ですか?」
希美と剛にとっては聞き覚えがある奈緒の母親の声がインターフォンのスピーカーから聞こえる。
希美は剛に視線を送ると剛は頷き希美は頷き返し、スピーカーに向かって語り掛ける。
「私、星野希美と言います。奈緒さんはいらっしゃいますか?」
数秒の間をおいて、スピーカーから応えが返ってくる。
「居ますよー。ちょっと待ってくださいねー」
奈緒の母親の案内で、3人は居間――リビングでは無く、畳敷きの和室に通される。
まさにちゃぶ台と言うに相応しい卓の周りに3人が座ったその時に、奈緒が襖を開けて部屋に入って来る。
「吉祥寺のアイドル奈緒ちゃんで~~~~っす♪会いに来てくれて嬉し~~~~♪」
キャラ設定を知らない翔は呆然とするが、前世以前で何度も会っている――実は希美としては真面目な奈緒に会っている回数の方が多かったのだが――いつもの奈緒の姿を見て、苦笑しながら顔を見合わせる。
「星野希美です。突然来てすみません」
希美が言うと奈緒はキラキラと目を輝かせて希美の手を取って間近で応える。
「希美んだね♪来てくれてありがと~~~♪で、そっちの二人は?」
顔を向けられて剛と翔は自己紹介をする。
「神野剛です。よろしく、奈緒」
「え……っと、本田……翔っす」
「うん♪剛!翔!よろぴく~~~~♪」
ニコニコと言うよりニパニパしながら、奈緒が希美に向けて尋ねる。
「で、あたしに会いに来てくれたのは、スカウト?スカウトでしょ?!」
希美は奈緒の言葉に苦笑しながら――そう言えば剛と一緒に居た時はこう言うキャラだったな、と思い――奈緒の問いに答える。
「まあ、ある種スカウトかもしれません。奈緒さん、貴女、トーフに進学する事を希望してますよね?」
その言葉を聞いて奈緒は目をきょろきょろさせる。
「え?……希美ん初めて会ったよね……何で分かったの?!あ、あんたエスパー?!超能力者?!」
その言葉に剛と希美は声を押し殺して笑うが、翔は何の事かさっぱり分からず3人をきょろきょろ見回す。
「安心しました。いつもの奈緒で」
希美から言われて奈緒はほへぇ~~と言った声を出す。
希美が中心に、これまでの転生の経緯を剛も補足しながら奈緒に説明する。
時折奈緒は頭を捻り、口を捻じ曲げながら希美と剛の説明を聞いていたが、許容範囲を超えたのかいきなり立ち上がる。
「よーーし!希美んとその彼ピくんと、おまけくんと一緒に戦えばいいんだね~~~!」
「おまけくんって誰の事だよっ?!」
その遣り取りを聞いて、剛と希美は顔を見合わせて笑うのであった。
「うーん。話は分かったんだけど。希美んと彼ピくんは……何年生きて来たの?」
直球の質問をされて、剛と希美は面食らう。希美は回数こそ覚えていたが年数までは流石に計算しておらず、剛に至っては正確な転生回数は把握していなかった。
「えーっと……私の場合1年5カ月を128回だから……180年くらい……元々の人生合わせると、200年になるか、ならないか、かしら……」
そう言うと希美は剛に顔を向ける。剛の方が遥かに希美よりも生きてきたのは間違いなかった。
「……俺は……希美の200年くらいと、それに……4倍程だと……1,000年近い、のか……」
その言葉に翔も、そしてさしもの奈緒も息を飲んで何も言えなくなる。
誰も言葉を発せない沈黙が続いた中、剛は軽く息を吐いて言葉を繋ぐ。
「1,000年って言っても、そうだな……その頃は平安時代かな?そこを見て来た訳じゃ無いよ。この1年半とか、5年半を繰り返しての1,000年くらいだから、知っているのはこの今の世界だけだよ」
奈緒はその言葉を聞いて、ふーんと分かったような分からないような顔をする。そして、ちょっと思案すると剛と希美に向かって笑みを浮かべる。
「でも彼ピくんは希美んと1,000年過ごした、心の繋がりがあるんだよね?」
その言葉を聞いて剛は苦笑いでも、涙顔でも無い複雑な顔をして天を仰いで首を軽く振ると、奈緒の顔を直視する。
「ああ、そうだ。でもそれは翔とも、奈緒とも過ごした1,000年なんだよ」
その言葉を聞いた希美は、薄らと涙を浮かべながら剛の肩に頭をもたれ掛からせるのであった――
「彼ピくんはさ、1,000年も生きて来て、忘れた事なんて無いの?」
奈緒らしい直球の質問を受けて、剛は苦笑する。
「忘れた、と言うより、記憶が薄れた事は多分色々あると思うよ。でも、本当に大事な事は覚えている、かな」
そう言うと剛は希美の顔に視線を向け、希美はその視線を受けて軽く首を傾ける。その二人を見て翔と奈緒は顔を見合わせて首を傾げる。
「大事な事……?」
奈緒が尋ねると、剛ははにかみながら答える。
「何があっても希美の隣で戦う。それを約束した事だね」
奈緒はほへぇ~~と驚嘆の面持ちで、剛と希美を眺めて二人の関係性を思い知らされていた。
「1,000年……そうですね、そうなりますね」
奈緒の家を辞した3人は吉祥寺駅に歩きながら、希美は剛に向かって思いを吐露する。
「流石に……終わりにしたいね。俺も希美も、爺さん婆さん、じゃ済まないレベルだよ」
珍しく剛はお道化たように冗談を言う。
「良いじゃないですか。私も……千年女王?面白くないですか?」
剛と希美はクスクス笑いながら歩むが、翔としては話半分――むしろ話一割しか理解できておらず、二人の関係性を戸惑いながら眺めるしか無かった。
(この二人、夫婦どころか運命共同体――既に結ばれてるじゃねぇか……)
翔は前を歩む二人のその絆に、激しく嫉妬するのであった――
第154話 『A Thousand Years』 TOTO




