第152話 太陽が昇らない世界
剛と希美は東都医科大学付属病院前から青梅通りに出ると新宿警察署に向かい、幾つもの群れを成す妖魔を討伐しながら駆けて行く。
既に二人とも2,500体を超える妖魔――中にはサイクロプスやケルベロス、ワイバーンも含む――を討伐しているが、出現した妖魔は20,000体を超えており中々減った感じがしなかった。
一向に数を減らさない妖魔の集団に剛も希美も次の手を考えようとしていた、その時――
西新宿駅直結の40階を超える高層ビルが、突如崩壊した。
その場にいる誰もが、何事が起ったのか、何者が成し得たのか……
圧倒的な破壊の[力]を、その禍々しい[圧力]を、そして近づけば……死。それ以外を感じることが出来ない、そんな理解不能な存在を何百人もが見止めていた。
だが、剛と希美は違う。何者が、何を行ったか。確信を持って駆け寄って行く。
これまでに何十回と、何百回と経験してきた、この西新宿における災禍の元凶。現世においても5年以上に渡り研鑽を続け、それを倒す事だけを目指してここまで生きて来た――剛と、希美にとって、生き延びるためには乗り越えなくてはならない巨大な壁。
破壊された高層ビルが崩落して巻き上がった粉塵が収まって、元凶であるその姿を目撃した瞬間、剛も、希美も、思考が停止する。
天道光であったであろう何か……吉祥寺の厄災において希美が切り落とした左腕が存在したであろう場所からは、5mを超えるタコともイカとも形容し難い軟体の触手のような物が20本以上生えて蠢いており、知っていなければこれが天道だとは気付く事も出来なかったかも知れない。
襲い掛かって来た触手を寸でのところで剛が斬り落とすが、斬り落とされた触手が地面に触れるとアスファルトが解け始めるのを見て二人は戦慄する。
「剛!直ぐにあいつを止めないと!」
「ああ!こいつは本当にヤバい!」
天道に駆け寄りながら二人は襲い来る触手を斬り飛ばすが、斬られた端から新たな触手が生えてくるのを見て取ると何か別の手段を考えなくてはならないと実感する。
〈溶岩弾!!〉
〈火炎矢!!〉
範囲よりも指向性と二人は考えて100を遥かに超える銃弾サイズの溶岩と鉄も焼き切る熱を持つ矢を放つと、全てが天道――と呼んで良い物かすら分からない悍ましき物に命中する。
高熱を持つ特技を身に受けて劫火に覆われたその物は激しく燃え上がる。
だが、剛も希美もまだ終わっていない事を激しく肌を指す悪意と殺意で感じ取る。
すると炎に焼かれながら触手が何本も剛達に襲い掛かり、剛は剛力斬で、希美は炎刃で斬り飛ばしながら、再び天道であった物に駆け寄りながら違う特技を放ち始める。
〈破砕光球!!〉
〈氷矢!!〉
〈光防壁〉
直接脳に響くような不気味で耳障りな声が響くと天道であった何かの周りに薄く輝くドームが形成され、剛が放った光球も希美が放った矢も全て弾かれる。
それでいながら触手はその防壁を擦り抜けて剛達に襲い掛かって来る。
「厄介な!それならっ!」
剛はハルバード型特装器の穂先を差し向けると緑の法力を込め始める。
〈火口炎!!〉
剛達が放った攻撃を弾いた輝くドームの内側は剛が発動した火口炎の噴き上がるマグマに満たされ、限界に達してガラスのように割れて飛散すると20mの高さまでマグマが噴き上がる。
普通の生命体――妖魔や修羅を普通の、と呼んでいいのか甚だ謎ではあるが――であれば、生きているどころかマグマの高熱で蒸発していてもおかしくないはずだが、剛にも、希美にも、まだそれは死んでいない事が感じ取れた。
希美は素早く周囲を見回すと妖魔の大きな群れを見付け、切っ先を向けて法力を――希美の最大の個性である黒の法力を込める。
〈法力吸引〉
希美の特技で法力を、生命力を奪われた50体を超える妖魔は悉く地に倒れ伏して塵となって消えていく。
その様子を希美は眺める事も無く再び切っ先を何かに向けて、奪い取った法力ごと特装器に込めていく。
〈――重力特異点――〉
希美が特技を発動すると特装器の先端から黒い霧が生じて何かのすぐ目の前に渦を巻き始め、収束してソフトボール大に形作るとあらゆる物を吸引する暴力的で凶悪な重力を生じさせ、何かを重力の井戸に引き摺り込んで行く。
だが、その重力の井戸に引き摺り込まれているのは何かであって、天道光の核とも言える部分は全くその重力を感じさせる事無くその場から微動だにしなかった。
剛は素早く天道に駆け寄るとまだ暴力的な重力が支配する場を必死に堪えながら、特装器に赤の法力を込めて振り下ろす。
〈紅炎刃!!〉
白色恒星さながらの1万度を超える地上ではあり得ぬ超高温を纏った斧頭を振り下ろして天道を斬り裂くが、斬り裂いたのは左腕があった場所に生えていた無数の触手のみであり、天道本体に刃を届かせる事ができなかった。
その瞬間、特異点は直視したら網膜を焼き切る程の、その場に恒星が生じたかのような強烈では済まない光を撒き散らしてその姿を消すが、目を背けるのが一瞬遅れた剛は凶悪な光量を目に受けて視界を奪われてしまう。
「剛!!離れて!!」
希美の声で剛は瞬発的に大きく後ろに跳躍し、視力の回復を待つ間聴覚を、嗅覚を、触覚を研ぎ澄ませて再び生えて来た何かの触手による攻撃を回避し、切り落としている隙に希美が剛と何かの間に走り込んで炎刃で纏めて触手を斬り落とす。
〈光防壁!〉
希美は4色目として獲得した白の個性による特技で剛を包む防壁を生み出すと、何かに向けて駆け寄り炎刃を発動して斬り掛かる。
「希美!よせ!一人じゃ無理だ!!」
まだぼんやりとしか回復していない視界に僅かに見て取れた希美の行動に危機感を覚えた剛は止めるべく声を張り上げるが、希美は触手を斬り落としながら何かに駆け寄って行く。
剛は剛力斬で防壁を破砕すると覚束ない視界で希美を追い掛けるが、その時に再び頭に直接響くような悍ましい声を感じ取った。
〈――神力の刃――〉
背筋どころか全身が凍り付くような焦燥感と忌避感を感じ取った剛が何かに向けて駆け寄りながら、徐々に回復して行くその視界で捕らえたのは――
胴の真ん中から斬り裂かれて上半身が跳ね飛ばされている、希美の姿――
「希美ーーーーーーー!!!!!!」
剛は込められるだけの赤の法力を特装器に込めると特技を発動させる。
〈紅炎刃!!〉
「てんどーーーーーーーーう!!!!!!」
剛は何かに向けて走りながら、特技を発動させた状態でまだ10m以上離れた場所に居る何かに向かって特装器を投げ放つ。
投げ放たれたハルバード型の特装器は一直線に何かに向かって矢のように飛翔すると、その何かのど真ん中に命中して大穴を穿ち、何かを、そして天道光を塵に変えて霧散させる。
だが、その光景を目にしながら、剛は自分の胸から下が焼けるように熱い事に気付く。
視線を落とすとそこには天道が振るった神力の刃が左脇から右胸の半ばまで斬り裂いている光景。
相打ち――剛は天道を討ち果たす宿願を成し遂げたのだが、同時に天道によって己の命も奪われた事を自覚した。
そこにあるのは天道を討ち果たした喜びでも、生き延びる事ができなかった虚しさでも無く、希美を護り切れなかった悔しさのみ。
(畜生……畜生!畜生!!……次こそ……次こそ二人で生き延びて天道を討ち果たす!!)
朦朧とする意識の底で思いながら、剛の五感は深淵に引き込まれて行く。
― 人類個体識別番号 281474976710655、転生を開始します。 ―
第152話 『太陽が昇らない世界』 Aimer




