第148話 unlasting
翌日――2026年12月25日、クリスマス当日。
終業式を終えた剛と希美は昇降口に向かいながら会話していた。そして、その二人を眺めながら翔と奈緒が後からついて来ていた。
「翔んるん、殴って良い?」
「意味分からんわ。俺に当たるなし」
翔としても奈緒が言わんとしている事は分からなくも無い。剛と希美の間には誰も割り込めない絶対的な親愛が存在している事を感じていた。
だからと言って奈緒から殴られる謂れは無いので当然突き放す。
「うーーーーー。悔しーーい。しょうがない。翔んるん、クリスマスだしデートしよう」
「だから意味分からんわ。俺に絡むな」
奈緒としては剛と希美の関係性――絶大な信頼感に、想う所しか無かった。
翔としても、自分にとってのバディであるはずの剛が希美と共にある事は思う事が無い訳では無いが、絶対領域的に踏み込めない事は感じており、見送る他無かった。
「デートはしねぇけど取り敢えずメシでも食いに行くか?」
翔からの提案に奈緒はにぱーーーっと満面の笑みになり、翔の腕を取ってスキップをし始める。
「デート♪デート♪デート♪デート♪」
「違ぇって言ってんだろ!」
そんな翔と奈緒の遣り取りを背に受けながら、剛と希美は昇降口に向かう。
「どうする?一度家に帰る?」
剛の問い掛けに希美は首を振る。
「このまま行きます。着飾るようなのは無いですから」
着飾る必要なんて無いんだけどな……剛は思うのだが、そこはどれだけ経っても女心に疎い剛だからの想いであった。
二人は東京メトロ丸の内線の西新宿駅から電車に乗ると、荻窪駅でJR中央線快速に乗り換えて剛の自宅である小金井に向かうのであった。
「あらあら希美ちゃんよく来てくれたわねぇ。まぁまぁゆっくりして行ってちょうだい」
母親の雫が帰宅すると相変わらずの調子で迎えてくれる。
「毎年ありがとうございます。お母さんのおかげで自分の家みたいに過ごせるのは、本当に嬉しいです」
「まぁまぁ、本当に自分の家にしても良いのよー。さぁさぁ、上がってちょうだい」
剛としては何を言い出すんだと言う思いも無くは無いが、最早離れる事は考え辛い希美とのこれまでの関係――百回以上もの生死を――むしろ『死』を共にしてきた希美だからこそ、この先の人生が分かたれるとは剛からしたら有り得ない事であった。
剛と希美が二人で食事を終わらせた頃に恵が帰宅した。
「ただいまー。あぁーもぉあの教官いつもしつこーい……あっ……希美ちゃん、いらっしゃい」
そう言うと恵は希美の返事も待たずにそそくさと自室に向かう。
「……何か、悪い事したでしょうか……」
希美が沈鬱な顔をするが、剛は軽く肩を叩いて希美に寂しげな顔を向ける。
「理解したんだよ、状況から……俺と、希美が経験した事を……」
その言葉を聞いた希美は苦しげな表情をするが、剛は軽く叩いた肩をそのまま抱き寄せて苦しみを共有する――
既に昼食を終えた剛と希美が居る炬燵に恵がやってきて、昼食を取り始める。
恵が昼食を取りながら暫し沈黙が続く中、不意に恵は希美の顔を見上げるように眺めて口を開く。
「希美ちゃん……貴女も……剛と同じように……?」
尋ねられた希美はふっと表情を解き、恵から尋ねられた意図を頭の中で何度も反芻して応える。
「はい。私も64回……修羅に……天道に殺されて、今はここに居ます」
その言葉に恵は食そうとしていたさやいんげんの胡麻和えを摘まんでいた箸を取り落とす。
「ねえ……希美ちゃん……おかしいよ……おかしいと、思わないの?!」
恵の言葉に希美は剛の顔を見て、俯いて、そして恵の顔を見据える。
「分かってます、私がおかしいと言う事は。そもそも私は……バケモノですから」
「そんな事は!」
希美は悲し気ながらも薄らと笑みを浮かべて首を振る。
「恵さん……黒の個性から発動した特技、見た事ありますか?」
その言葉に恵は理解が追い付かずに呆けた顔をする。
「他の4色とは違うんです。何かを作り出したり生み出したり、そう言う4色の個性とは違い黒の個性は……その力を奪い、命を奪い、存在すら奪い取ってしまう……それが黒の個性なんです。そして、私は……黒の個性が一番最初に発現した、黒の個性の申し子、なんです」
その言葉を聞いた恵は呼吸すら忘れる程何もできなかった。噂話レベルで黒の個性の事は聞いた事があったが、実際身の回りで黒の個性を持っている者は目の前の希美以外に直接会った事が無く、どう言う物かを知っているつもりでまるで理解できていなかった事を痛切させられた。
「バケモノ、なんですよ……私は……」
「その希美に命を救われて、そして同じ時に殺された――俺は、希美と共に戦う事を誓ったんだ。一時、心が折れて一緒に居なかった……逃げた時も有ったけど、俺はもう希美と共に戦う事から逃げないと決めた。例え、父さん、母さん、姉ちゃんから、バケモノと呼ばれても、希美の隣で戦う。俺の願いは一つだけだ。天道――俺達を殺した修羅を討ち倒して、俺と希美の二人が生きる未来を、この手で掴む。そのために、俺も、希美も、今、生きてるんだ」
「何で……何で、あんた達……なの……」
恵は俯いて瞳から雫を零しながら、意味を持たないと分かりつつも訊かざるを得ない事を剛達に尋ねる。
剛は希美に視線を向け、希美は剛に視線を向ける。
お互いに苦笑いをするが、恵の問いに軽く流す訳には行かない事は二人にも分かっていた。
「姉ちゃん。修羅と――天道と戦っても、勝つ確率は1%……いや、0.1%とか、0.01%かも知れない」
恵は顔を上げて「じゃあ何で?!」と言いたいのだが、剛が言葉を続ける。
「でも、戦わなかったら勝つ確率は0%だ。俺と希美が生き残る確率、0%と0.01%と、どっちが上?」
既に恵は両の眼から無意識に涙腺が決壊しているが、それでも剛の言葉に食い下がる。
「逃げて!逃げて生き延びると言う事は――」
「ありません。戦う以外、ありません」
静かに断言しきった希美の言葉は恵の想いを遮断する。恵にしては自分の常識で語り掛けているつもりであるがそれは実は感傷でしか無く、それに対する希美の答えは現実である。
現実を突き付けられ、目の前に居る身近な二人に――片方はただ一人の弟と言う存在に――想像を絶する事がこれまでも、そしてこれからも起きると言う事実に、恵の心は理解を拒む。
「姉ちゃん……この話はもう終わりにしよう。話したところで姉ちゃんの気持ちの整理が着く事は無いよ。それは……俺と希美が修羅を……天道を倒したその後だよ」
最早食事に手を付ける事も叶わない様子の恵に対して剛が静かに語ると、恵も剛の言葉が正しい事を悟り俯いたまま静かに涕泣するのであった……
「母さん、ちょっと出かけてくるけど……姉ちゃんの事、頼むね」
そう言い残すと剛は希美を伴いマンションから出て小金井街道を北へ向かう。三校合同特別講習の日に発令された小金井公園での対妖魔特別警報において、御魂を含めた剛達5人による妖魔討伐のその後がどうなっているか、見に行く事にしたのである。
5分程歩いてコンビニの前にまで来た時、冬の厚く重たい雲が広がる空から静かに舞い降りてくる淡い色。
そう言えば、と二人は思い出す。以前二人揃ってトーフに通った時は都庁展望台に昇って見た事を。
暫しの間二人は無言で空からのクリスマスの贈り物を眺めた後、どちらからともなく、自然と手を、腕を絡ませて、再び小金井公園に向けて歩いて行くのであった――
第148話 『unlasting』 LiSA




