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変わらない日常と少し違う日常

 翌週は俺から円城寺への担当先引継ぎの期間として設定されていた。

 色々あったが10年以上お世話になった会社だ。これまで培った情報を漏れなく引き渡せるよう、書面の上でもスケジュールの上でも綿密なものを作り上げていた。

 

 退職にあたっての残務整理をしていたところ、一通のメールが届いていた。

 宛先は円城寺からであった。

 

 内容は以下のようなものであった。

 

『訪問、対面での引継ぎは不要ですので添付ファイルに必要事項を記載して返信ください』

 

 さすがにそれは無茶じゃないかい? 円城寺に電話を掛けた。

 

「六本木さんですか。メール確認してもらえましたか? お願いしますね」

 

「確認はしたけど訪問しないってのは無理がないか?」

 

 俺がそう尋ねると円城寺はため息をついてから答えた。

 

「あのねえ、六本木さん。自覚ないみたいだから言いますけど。あなたの身勝手で会社がどれだけ迷惑かかってるか分かっていますか?」

 

 そう言われてしまうと俺も何も言い返せなかった。

 

「円満退職みたいに普通に引継ぎされたらこっちが迷惑なんですよ。あなたは自分の都合で急に辞めた。僕は急遽担当を持たされた被害者。これでいいでしょう。何か文句ありますか」

 

「お前の言い分も分かるが、直接現地でないと伝わりにくいところもあるだろう」

 

「そのためにさっきフォーマット送ったんでしょう。漏れなく埋めておいてくださいね」

 

 こんなことで言い合いをしても疲れるだけなので、大人しく彼のやり方に従うことにした。

 電話を終えようと思ったら最後に一言こう言われた。

 

「くれぐれも会社の品位を損なうような行動を最後にしないでくださいよ」

 

 辞めるからと言って会社を非難するな、ということだろうが言い方というものがあるだろう。さすがに少しイラっとした。

 

 ちなみに円城寺から送られてきたフォーマットはとんでもない量があり、とても数時間程度では終わるような内容でなかった。

 

 ……これは土日返上だな

 

 

 ◇

 

 

「なにやってるんですか?」

 

「いや引継ぎ資料を作っててさ……」

 

 土日だというのにパソコンに向かって作業をする俺に声を掛けてきたのは一ノ瀬さんだった。ちなみにここは彼女の自宅。

 

 それなりに長い片思い期間を経て付き合い始めた俺たちだったが、この週末は彼女の希望もあってお互いの家で過ごすことになっていた。

 一ノ瀬さんは意外とインドア派で用事がない限りは家から出ることはないらしい。

 あと彼女は普段はコンタクトで家にいるときは基本的に眼鏡だそうだ。初めて見る彼女の姿はかなり新鮮に感じた。

「私深刻なドライアイで……なるべくコンタクト装着時間は短くしたいんですよね」

 と申し訳そうに話していたがなんというか女教師みたいで非常にそそられる。俺としてはあり寄りのありだった。

 ……本人にはとても言えないが。

 

「うわー、これものすごい量ですね」

 

「これ全部埋めろってさ。自分で作ってるやつもあったのになあ。完全に二度手間だよ」

 

 そうぼやいているとそれまで画面を一緒に眺めていた彼女が何か閃いたようだった。

 

「あ、この部分は転記するだけですね。これならちょっとショートカットできるかもです。ちょっと貸してもらってもいいですか?」

 

 そういう彼女にパソコンを渡すと、今まで見たことがない画面を開き、ものすごい勢いでキーボードをたたき始めた。

 

「えーと、ここをループさせて、ここ分岐させて……これで動くかな?」

 

「一ノ瀬さん、君天才?」

 

 見るとほぼ一瞬で転記部分が完成してしまっていた。一体どんな魔法を使ったらこんな結果になるというんだろう。

 

「いや、そんな大したもんじゃないですよ。ちょっとした効率化かな?」

 

 ちょっとしたどころか、ほとんどやることが終わってしまった。

 

「ありがとう。これならもう1時間くらいで終わると思うよ」

 

 そう言うと彼女はとても嬉しそうな笑顔を見せた。

 

「やったあ! じゃあもしかして映画一緒に見れそうですか?」

 

 そうそう元々は彼女のお勧めの映画を一緒に見るという約束になっていた。

 

 ほどなくして仕事もすべて完了すると彼女が上目遣いでこちらに伺いを立ててきた。

 

「えーと、六本木さんはアニメ映画とかは抵抗ないですか?」

 

「最近結構多いよね。俺は全然大丈夫だけど何か面白いのある?」

 

 そう言うと彼女は目を輝かせて、棚から一本のブルーレイディスクを持ってきた。

 

「これなんですけど……」

 

 パッケージを見ると魔法少女何某とある。パチンコ屋の看板なんかで見たことがあるかわいらしい絵柄だった。

 

「子供のころ、妹とおジャ魔女どれみとか一緒に見てたよ。女の子が変身するやつってイメージでいいのかな?」

 

「そんな感じです! これは名作ですので! 映画版は3本あるのでちょっと長いですけど……」

 

「そりゃ楽しみだ。一ノ瀬さんのお陰で仕事も早く片付いたし時間には余裕があるね」

 

 彼女はテキパキとディスクをプレイヤーにセットし始め、お菓子と飲み物を持ってきた。

 

 映画の感想だが……うん、これはいい意味で完全に裏切られた。衝撃的だった。

 

 すべて見終わる頃にはすでに深夜であった。

 

「いやー何周しても面白いですねえ。尊いです」

 

「いや、ほんと面白かった。正直ちょっと舐めてたけどこれは確かに名作だわ」

 

「まだまだおススメ作品がたくさんありますのでまた見ましょう!」

 

「そりゃいいね。でも今日はもう眠いな……」

 

 

 ◇

 

 

 ◇

 

 

「ねえ六本木さん、そういえばどこの会社のプロジェクト受けるかって決まってるんですか?」

 

「いや、まだ決まってないみたいだよ」

 

「そうなんですか……うちに来てくれたらいいのになあ……」

 

 言われてから気付く。そういえばその可能性もないわけじゃないんだよな。

 

「そうだったら嬉しいね」

 

「期待しないで待ってますね……」

 

 眠気のため薄れゆく意識の中で彼女の囁きを聞いていた。

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