そして
「実は今の会社を今月で退職することになってさ」
「ええええ!? なんでまた」
言わなくても耳に入るだろうが、自分から知らせたいと思った俺は一ノ瀬さんに連絡してご飯でも食べながら話す機会を作った。
なんと説明していいのか分からなくなってしまった俺は思わず適当な言い訳を並べた。
「自分の生き方は自分で決めたくなったからかな?」
正直に理由を言うのも恥ずかしかったし、何よりそれは自分の胸の内をさらすことにもなってしまう。
自分に自信が持てず思わず口から出た一言はちょっと夢見がちな表現になってしまっていた。
「なんかかっこいいですね……会社の都合に振り回されることって多いですもんね」
「そんな大層なもんじゃないよ」
俺は苦笑してそう答えると彼女は少し聞きづらそうにして、躊躇いながら聞いてきた。
「えと、それで……4月からはどうされるんですか」
「とりあえず4月からは東京の方で研修らしい」
そう告げたところ、少し彼女の表情が暗くなったような気がした。
願うことならそれが自分との別れを惜しんでいるものだと思いたかった。
いや、そうであってほしいと思っているから、彼女の様子が変化したと思いたいのかもしれない。
実際には研修が終わったらまたこちらに戻ってくるわけだが、すぐに事実を明かさなかったのは彼女の気持ちを試したいという浅はかな思いもあったのだと思う。
「そうなんですね……」
それきり彼女の口数は少なくなってしまって、ぼんやりとした様子を見せることが増えてしまった。
どこかで種明かしをしてやろうと思っていたが、予定していた料理は全て食べつくしてしまった。
話を切り出すタイミングを完全に逃してしまった。
◇
「せっかくだしちょっと歩こうか」
店を出た後、俺は彼女にこう提案した。まだ時間も早いし少しくらいいいだろう。
このまま別れるにはあまりにも忍びない。もう少しだけ彼女といさせてほしいと思った。
「ずいぶん暖かくなりましたねえ」
当たりを見回しながらそう話す彼女。
「そうだなあ。夜だけど今日は上着もいらないくらいかな」
三寒四温というが、この日は本当に暖かった。
日中は汗ばむくらいの陽気であった。
「そういえば俺たちが初めて会ったのも春くらいでこれくらいの陽気だったかな」
軽い調子で話してしまったが、初めて彼女を見かけた瞬間、初めて会話を交わした瞬間。
そのどれもが忘れがたい思い出であり、どのシーンを切り取っても今でも克明に思い出せる自分がいた。
「そうですね。あの時で必死で、色々と助けてもらって本当に感謝しています」
「もうすぐ1年か」
人生で一番素敵な1年間を本当にありがとう。
ただただ目の前の仕事をこなすだけの毎日だったのが、
「短かったなあ……本当にお世話になりました」
名残惜しそうにそう話す彼女。
「あ、あの木桜ですね。ちょっとつぼみついてますよ」
歩きながら、木のそばに近づいて見上げながら言う。
「そんな時期になったんだなあ」
俺もつられて見上げる形になった。
「お花見とか行きたいですね!……あ」
言ってからから彼女は気付いたようだった。
「六本木さんは東京ですもんね。残念だなあ」
来年は一緒に見ようよ、と言ってあげたかった。
そろそろ彼女を騙しているようで、申し訳ない気持ちになってきまった。
ここらで種明かしといくとしようか。
結局自分は何をしたかったんだろう。何を期待してたのだろうか。
いたずらに彼女の心を惑わせてまで。
自分でもよく分からなかった。
ただ、今言えるのは明るく笑ういつもの彼女が見たいということだった。
「一ノ瀬さん、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
彼女の方を向き直って俺は言った。
「はい、なんでしょう?」
何を言い出すのだろうかと思っているのか、ちょっと不思議そうな表情をする彼女。
「一ノ瀬さん、君のことが好きだ」
口から出た言葉は言おうと思っていたことと全然違うことになってしまった。
「ありがとうございます。私も六本木さんのこと好きですよ。尊敬しています」
今まで何度なく見た光景である。
相変わらず伝わっていないことに安堵しつつも、どこかで歯がゆい気持ちになった。
彼女をじっと見つめながら真顔でいると、こちらを覗うような表情で彼女が尋ねてきた。
「少し離れちゃいますけど、今生の別れというわけではないですしこれからもいい友人関係を続けていただけますか」
「いやそれは困る」
友人なんかじゃ困るんだよ。
「えと……ごめんなさい調子に乗っちゃいました」
泣きそうな表情になる彼女。
「ごめん……いや、そうじゃないんだ」
「どういうことですか」
聞き返してくる彼女。
「一人の女性として君を愛している」
偽りのない気持ちを告げた。
「嘘……」
続けて話す彼女。
「だって……だって全然そんなそぶりなかったじゃないですか」
「隠してたから」
「いつからですか」
「初めて会った時からかな」
今までが嘘のようにいくらでも正直な言葉が出てくる。
自分を取り繕って気持ちに蓋をしていたのが今となっては馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか……」
「どうしても自信が持てなくてさ。正直君と俺とじゃ吊り合わないと思った」
思っていることは全部吐き出せた。後は俺が彼女にどうしてほしいか伝えるだけだった。
「一ノ瀬さん俺と付き合ってもらえませんか」
「……はい」
こくりと頷く彼女。
「えーと、確認だけど。本当に俺でいいの?」
自分の気持ちが受け入れられるというイメージが全く出来なかったため、いまだに現実感がない。
だからこんなことを尋ねてしまったのだが、少しぶすっとした表情で彼女が言い返してくる。
「いいに決まってるじゃないですか。あんなに優しくしておいて……好きにならないわけないでしょ」
さっきの発言をそのまま言い返したい。君こそそんな素振り全く見せなかったじゃないか。
そりゃ気付くわけがない。
そんなことを考えてくるとふいに彼女がこう言った。
「私嫉妬深いですよ」
俺もすぐさま言い返す。
「気が合うね。それは俺もだ」
緊張の糸が切れたかのようにお互いに笑ってしまった。
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
そこまで言った後思い出したかのようにつぶやく彼女。
「でもしばらくは遠距恋愛ですね。さみしいなあ」
そういえば種明かしするの忘れていた。
「あ、言ってなかったっけ。研修終わったらこの辺りで働くんだけど……」
「初めからそう言ってくださいよ!!」
馬鹿、と言いながらこちらの胸を軽く殴ってくる彼女。
怒っている姿もとても綺麗だ。
あんまりにもその仕草が愛らしかったのでついつい抱きしめてしまった。




