引継ぎをしよう!
退職するということで今の担当先を後任者に引き継がなければいけない。
先に聞いていた通り後任者は少しだけ因縁のある円城寺のため、気が重かった。
「おーい、お前たち新しい所長来たから紹介するわ」
そう言えば所長は出向だから、代わりの人が来るんだよな。正直もう来月からはこの会社にいないのでさして興味も湧かなかったが、姿を見たらぎょっとしてしまった。
「来月からお世話になります。四条といいます。現場は久しぶりですが精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
現れたのは、俺の新入社員時代の教育係であった四条遥さんだった。
自分で言っている通り彼女はしばらく営業現場を離れてマーケティングやら研修やらの部署に行っていたので本当に久しぶりなんだろう。
それにしても40前で所長、しかも女性とはなかなかドラスティックな人事になったもんだ。
「仕事戻っていいぞー」
谷脇さんが気だるげにそう言ったとたん、立ち上がっていた面々は席につき仕事を再開し始めた。
遥さんは、というと相変わらず歩きにくそうなヒールでこちらにつかつかと近寄ってきた。
「六本木君、久しぶりね。元気してた」
「……ご無沙汰してます」
「しばらくみないうちに大人っぽくなったじゃない」
そういう彼女は年齢を感じさせない、相変わらずの美貌だった。
……なんか最近もこんなことあったな。
「まあ俺も立派なおっさんですよ」
自嘲気味にそう話した。
「そういう意味じゃないんだけど」
遥さんは苦笑して肩をすくめた。
「そういえばあなた会社辞めるんですって。残念だわ」
「ご迷惑おかけしてすいません」
「あら別に迷惑なんかじゃないわよ。色々事情もあるでしょう。ただ……」
谷脇さんは大分迷惑だったかもしれないけどね、と意地悪く彼女はつぶやいた。
「あんまり苛めないでくださいよ」
「まあこれくらいの恨み事は言わせてよ。久しぶりにかわいい後輩に会えたと思ったら会社やめちゃんですもの。私のこと嫌なのかと思っちゃったじゃない」
何年たってもこの人は変わらないな、と思った。
少し懐かしい気持ちになった。
「とこで今晩空いてる?」
「まあ特に予定はないですね」
「ちょっと付き合いなさいよ。積もる話もあるし」
お誘いのようだが、ちょっと気になることがあったので一応確認してみる。
「谷脇さんとはいいんですか」
「昨日散々二人で飲んだから今日はいいでしょ」
道理で谷脇さんが調子悪そうだったわけだ。遥さんは超酒豪で底なしの酒量だ。付き合ったらたまったもんじゃない。
「んじゃ付き合いますよ」
「そ、じゃあまた連絡するわ」
そういうと彼女は谷脇所長の元に行き引継ぎ業務を始めたのであった。
◇
「じゃ、再会を祝って、乾杯」
グラスをカチンと合わせた。
「送別会も兼ねてるけどね」
こうして二人で飲むのはもう10年ぶりくらいになるだろうか。当時はよく記憶がなくなるまで飲まされたものだ。
「それにしてもあなた、絶対定年まで勤めると思ってたから本当に意外だったわ」
やっぱりその話になるよなあ。
「10年もたつと考え方も変わりますよ」
それに、と俺は言葉と続けた。
「遥さんはあんまりそのあたりのことはうるさく言いませんでしたしね」
そう、彼女からは会社人としての在り方は口酸っぱく言われたが、別に勤め上げることに対してはそんなに拘りはなかった。
「まあそうね。別にキャリアアップにつながるなら転職もいいと思うわよ。それは否定しないわ」
「遥さんは相変わらず上昇志向ですね。そういえばなんで現場戻ってきたんですか。ずっと本社いるかと思ってましたよ」
「私も若い時に営業ちょっと触ってただけだからね。この辺りで一回現場のマネジメント経験入れておかないと舐められるのよ」
この人はリアルで島耕作みたいな生き方してるからなあ。感心してしまう。
「遥さんは何を目指してるんですか」
「変なこと聞くのね。笑わないで欲しいんだけど私社長になりたいの」
やっぱり、島耕作だった……
「それは壮大な夢ですね」
「まあ今のままじゃそう思うわよね」
冷やかしたかと思われてしまっただろうか、俺はフォローの一言を入れた。
「いや、そういう意味じゃなくて。やっぱり遥さんは変わらないですね」
「そう?すっかりおばさんよ。最近腰が痛くてねー」
よくよく見てみると目元のしわは少し増えたかな。
「いいのよ、自分でも分かってるから。とりあえず2年で現場で結果出して、その後は中国かどこか新興国の支社長にでもなれたら最高ね」
自分でレールを引いてる当たりがすごい。
「その後はマーケティングあたりの部長か支店長やって、50までには本部長狙いたいわねー」
楽しそうに話す彼女。ちょっと気になっていたことがあったので尋ねてみた。今更失礼でもないだろう。
「そういや遥さん、ご結婚は」
「嫌なこと聞くわねー。予定なしよ。どうせ私子供産めない体だし。そのうち気が向いたら考えるわ」
ちょっとからかってやろうという悪戯心だったのだが、思わぬ事実が発覚してしまった。
さすがにこれは気分を害しただろうか。
「すいません、変なこと聞いてしまって」
「いいのよ、変な気を使わないで。今更でしょ。昔と同じようでいいのよ」
そういうと彼女は気にするなというように、笑って手をひらひらさせる仕草をした。
「本音を言うと、私の野望のためにはあなたのような使いやすい駒があったらよかったんだけどねー。それだけは残念だわ」
俺は駒ですか。もしそんな立場だったら歩兵でも特攻兵でもなんでもやりましたよ。
何しろ新兵の頃は四条軍曹によって鍛え上げられましたからね。
返事は「はい」か「イエス」の二択ですよ。
「まあそれは後任君に期待しましょうか。円城寺君だったっけ。優秀なんでしょ」
「そう思いますよ。昔の遥さんにちょっと似てるところあるかもしれませんね」
主に向上心とか出世欲の部分でだ。視野が狭いところがあるのが大きな違いだが、今から心配させてもしょうがないだろう。
「それは扱いにくいなあ」
苦笑しながらそう話す彼女。
「そういえば六本木君、次の仕事って決まってるのかしら」
「はい、ほとんど決定ですね。この県に残ってコントラクトやるつもりです」
そういうと彼女は少し驚いた表情をした。
「君の進路に口出しするつもりはないけど、少なくとも私の敵になる可能性はあるわね」
「もしそうなったらお手柔らかに」
そう俺が言うと彼女は少し和らいだ雰囲気になりこういった。
「ふふふ、冗談よ。多分この時期からの入社となると外資系企業の6月決算に合わせて補充ってところでしょう。多分オンコロジー(癌)担当ってところじゃない。そうなるとうちとはカチあわないでしょ」
実に鋭い読みだ。とても営業現場を長く離れていた人とは思えない。恐れ入る。
「そうだといいんですけどね」
心からそう思う。この人は敵に回したくない。
「それにしてもあの六本木君がねえ」
にやにやとした表情に変わった。
「もしかして恋人のためとかかしら」
鋭い。けど惜しい。いや惜しくないのか? 現状ただの友達だもんな。
「遥さんもまだまだですね。残念ながらまだただの友達ですよ」
ワオ、と欧米人かと思う反応を見せる彼女。
「情熱的ねー。うらやましくなっちゃう」
「そうですかね? つい最近同じこと話したら馬鹿の金メダリストだって言われましたけど」
「そう? 別にいいじゃない。私だったら即オッケーだしちゃうわね」
「そういってもらえると助かります」
「今は女性も自立してるでしょ。献身的な男性は魅力的よ! うまくいくといいわね」
なんてことはない、年を取ったと思ってたけど結局いつになっても俺はこの人に元気づけられる立場なのは変わらないみたいだ。
◇
結局日付が変わるどころか、朝日が昇るんじゃないかという時間まで飲み明かしてしまった。
頭が痛い……
最後らへんは記憶がかなり朧気だ。
重たい体を起こして着替えていると携帯が鳴った。
画面を見ると五十嵐さんからだった。
「六本木さん、おはよう。朝早くにすまないね。一応君の採用決まったから。条件もほぼ希望通りといっていいと思うよ。雇用契約書郵送してあるから早めに必要書類を添えて返送を頼むよ」
「ありがとうございます。色々面倒をおかけしました」
「これくらいはお安い御用さ。お陰で僕はいい商品を手に入れらたしね。せいぜい高く売りつけるとするよ。また4月以降のスケジュールは追って連絡するよ」
五十嵐さんは少し咳払いをした後話をつづけた。
「ようこそ。末長いお付き合いを期待してるよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
目下の問題であった、職のことは何とか目途がついた。
これでようやく俺は一世一代の大勝負に臨める。
次回予告
すれ違い無し
でお送りします




