テンカツ!~転職活動~
退職することは決定したので、仕事を探さないといけない。
ある人物に電話をかけた。
すぐに電話はつながった。
元気のいい声が響く。
「はい、吉村ですー。お久しぶりです六本木さん! どうしたんですか」
「ご無沙汰だね。忙しいところすまない。今時間大丈夫かな」
「全然大丈夫っすよ。暇なんでこれからサテンでも行こうと思っていたとこすから。まさかうちの会社来てくれるってやつですか!」
「話が早くて助かる。実はそうなんだ」
「マジすか!?」
耳が痛くなるほど大声で驚かれてしまった。そりゃそうか。
吉村は医薬品営業職の派遣会社に勤めており、数年前に同じ職場で働いていたことがあった。その時のツテを頼って連絡してみたわけだ。
反応からするとまだ転職していないみたいだった。
「マジだよ。実は今月で退職することになってさ。次の仕事探してるんだ。それでもしよかったら紹介してもらえないかなーと思って連絡してみたわけだ」
「そりゃまた急ですねー。あれですか、ご両親の体調でも悪いんすか」
「いやそういうのじゃないんだ。ちょっと個人的な都合でね」
「上司でもぶん殴りましたか!」
他人事だと思って楽しそうに話す吉村。こいつのこういう底抜けに明るいところが気に入っていて当時はよくつるんでいたものだ。
「まあちっちゃいことは気にしませんわ。六本木さん今どこで仕事してるんでしたっけ」
「今は兵庫にいるよ」
「オッケーす。んじゃちょっとそっちの県のプロマネに連絡しときますんで、六本木さんの番号教えちゃっていいですよね?」
「助かるよ。連絡待っているよ」
◇
すぐに俺宛てにマネージャーの方から連絡があり、日程をあわせて一度面談をすることになった。
マネージャーの方は五十嵐さんというらしい。駅前の喫茶店で待っているとのこと。
待ち合わせ時間の5分前には携帯にメールがあり、この辺りの座席で待ってますと場所が分かっていたので、すぐに気付くことができた。
新聞を読んでいる人物に話しかけた。
「五十嵐さんでしょうか」
「やあやあ六本木さん、初めまして。五十嵐といいます」
年は俺より少し上くらいだろうか、40いくかいかないくらいの風貌で、存外フランクに挨拶をしてきて、立ち上がると右手を差し出してきた。
「今回は急な相談にも関わらず時間をいただいてありがとうございます。よろしくお願いします」
「こっちもいいビジネスなんでね。ウィンウィンってやつでしょ。お気になさらず」
向かい合うようにして席に座る俺たち。五十嵐さんはメニュー表を手に取ると、こちらに声を掛けてきた。
「なんか飲みましょうか。せっかくだしタピる?」
「タピ……る?」
俺が言葉の意味が分からず、疑問形で繰り返すと呆気に取られた表情をする五十嵐さん。
「ああ、ごめんごめん。タピオカ飲みますかという意味ね。君若いから通じるかと思ったんだけど。いきなりアイスブレイクに失敗してしまったね。ははは」
けらけらと愉快そうに笑う五十嵐さん。最初からノリが軽すぎて全く緊張していなかったわけでいらぬ気遣いだったわけだが。
通りかかった店員さんを見つけると五十嵐さんは声を掛けた。
「お嬢さん、ブレンド二つ。あコーヒー大丈夫だった?」
「大丈夫です」
ほどなくしてコーヒーが二つ運ばれてくる。結構いい香りだ。
一度口をつけると話が始まった。
「で、早速なんだけど。六本木さん、弊社への入社を検討していただいていると伺いました。間違いないですか」
「はい、そのつもりです」
「それはありがたい。あともう1点、弊社で仕事するにあたって配慮してほしいことはありますか」
「勤務地だけは今と同じ県にしておいてください。それだけです」
そう俺が告げると、五十嵐さんは神妙な面持ちになってしまった。
「……それだけ?」
「はい、それだけです」
「君は欲がないんだねえ。僕はもっと吹っ掛けられると思ったよ。あとでがっかりされても困るから言っておくけど、仕事内容はともかく給料は結構下がると思うよ」
特に意外でもなかったので俺はその指摘にも回答しておく。
「そりゃそうでしょう。地域限定採用は給料3分の2くらいが相場ですからね」
「……君、変わってるって言われない?」
そう言われて俺は苦笑してしまう。
「最近まではあまり言われたことがなかったですね」
「まあいいや、深くは詮索しないよ。ああ給料の件だけど、今と同じくらいにしておいてあげるから履歴書と一緒に源泉徴収持ってきなよ」
耳を疑ってしまった。さすがにそれはないだろうと思った。
「先ほどと仰ってることが違ってますが」
「すぐ下げるとは言ってないよ」
「私がとんでもない無能だったとしてもですか」
あんまり過度に期待されるのも困りものなので一応確認しておく。
「ノープロブレム、僕の仕事は商品を仕入れ値より高く売ることだよ。あ、この場合の商品って君ね。君のキャリアはそれだけで高く売れそうだよ」
「……そうですか、今は会社の看板に感謝したいですね」
心からそう思う。
「まあ種あかしをしちゃうとさ、君の周りにも結構うちの社員多くてさ。評判聞いてみたってわけ」
最近はコントラクトMRも増えてきているとは聞いてはいたが、彼らの身元までわざわざ詮索したりしないため少し意外だった。
「あと谷脇君にも聞いてみたよ。彼大学のサッカー部の後輩なんだよね」
谷脇君? そんなやついたかな。不思議そうな顔をしていたら五十嵐さんは助け舟を出してくれた。
「誰を想像しているのか知らないけど、君のとこの所長さんだよ」
……絶句してしまった。所長は50代も半ばに近かったはずだ。対して目の前の人はどんなに大きく見積もってもいいとこ40代にしか見えない。
「……これが美魔女か」
俺が小声で呟いたのは聞こえなかったようだ。




