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番外編:それぞれの新人時代 一ノ瀬の場合

「ただいまよりコミックマーケット1日目を開催いたします。会場内では危険ですので走らずゆっくりと歩いてください」


 10時の放送とともに一斉に巻き起こる拍手とともに、戦いの火蓋が切って落とされたのであった。



 ◇


「セブンティーンは1日目は企業回ってくれ、抱き枕カバー売り切れるまで周回頼む。恐らく2時くらいには本日分が終わるだろうからあとは自由にしていい」


「了解です」


 セブンティーンとハンドルネームで呼ばれた私。

 本名は一ノ瀬奈々、22歳、社会人1年目だ。実に安直なハンドルネームである。


 そして私に指示を出したのはスコッティさん、本名は知らない。

 PCゲームからコンシューマーに移植されたいわゆるギャルゲーと呼ばれるゲームのファンサイトで数年前からの知人だ。

 ちなみに私はコンシューマー版から始めたのでもとは18禁のエッチなゲームだということは後で知った。


 スコッティさんが続けて指示を出す。


「ソムリエはちょっと厳しいが東123の方頼む、一応優先順位と取得部数、行列時間の目安だけ書いておいた。参考にしてくれ。今日はあまり部数刷らないサークルが多い。お前の臨機応変な判断だけが頼りだ」


「任せるでござる」


 大量の汗を書きながら返事をした大柄な男性はソムリエさん。時刻は6時台。まだ日が出てくる前とは言えかなり蒸し暑い。拭けども吹けども滝のように汗が流れ出る。


 さらにスコッティさんは集まった面々に対し次々と的確な指示を出している。


 私たちが何をしているのかというと共同購入の分担をしている。


 コミケで販売される薄い本——同人誌は人気サークルともなれば1時間、2時間待ちは普通である。

 となれば一人で求める本をすべて購入することは不可能。

 ただ、サークルによって判断は異なるが1回で複数冊購入することも可能になっている。

 効率を求めた結果私たちは購入を分担するようになった。


 とここで私はいつもの顔がないことに気づいた。


「えーと、そういえば今日はゴロリさんはどうしたんですか?」


「あいつは今日は知り合いの手伝いで売り子らしい。開始30分は時間がもらえたらしいから400部しか刷らないおむすび山に行ってもらう」


 私たちは一般参加なためこうして始発から入場を待っているわけだが、同人誌を頒布するサークルとして参加される人間は先に入場することが可能だ。

 サークルおむすび山は超人気なわりに極少部数しか刷らないため普通に入場したのでは会場に入った段階で完売している恐れがある。ゴロリさんグッジョブである。

 ただ夏場の売り子は結構過酷なためあとで差し入れを持って行ってあげようと思った。

 ガリガリ君をどこかで調達しよう。


「スコッティさんは今日はどうされるんですか」


「俺は閉会までXYZだ」


「スコッティ殿、正気か」


 慌てるソムリエさん。それもそのはずXYZは商品数が多すぎて会計がものすごく遅いのだ。

 それでいて部数は結構あるから確実に閉会まで完売することはない。しかも委託販売は行わず常に在庫既刊をすべて持参してくることから雪だるま式に品数が増えてくる。

 炎天下の東ホールの外で一日過ごす、しかも列はほとんど進まない。苦行中の苦行である。


「俺がやらないと誰がやるんだ。死人でも出たら困る」


 スコッティさんマジかっこいい。

 見た目も普通に二枚目なのだが、三次元には全く興味がないらしい。

 何年か前に魔法が使えるようになっていないことにいたく憤慨していた……そういうことなんだろう。


 しかもハンドルネームの由来はスコッティでしか〇〇〇〇しないことから来ていると豪語していた。


 あの発言をチャット欄でみた時このグループを抜けようかと真剣に悩んだものだった。


 とは言えスコッティさんはこの共同購入の生命線である。

 メンバー全員の希望する冊子の把握から業務の分担からすべて一人で行っている。


 一番精神的にクるサークルも進んで並んでくれるし、みんなからは絶大な信頼を得ていた。


 ◇


 予測通り2時前には私の受け持ちである企業ブースでの抱き枕カバーは完売し、今日の任務は終了となった。


 閉会までは時間が結構あったため、少し遅い昼食を簡単に済ませてから、私は一次創作スペースに来ていた。

 コミケや同人誌というとどうしても二次創作、それも18禁が中心と思われがちだが、私はオリジナル作品が結構好きだった。雰囲気もいいし。

 いつも行ってるサークルの新刊を購入し、少し気に入ったサークルさんも新しく開拓することができた。


 ◇


 1日目の閉会を告げるアナウンスとともに盛大な拍手が起こった。


 私たちはとりあえず入口近辺に集合し、それぞれの物品を持ち寄った。


 お互いに希望する商品やお金の交換を行って、余剰分はスコッティさんに渡す。

 それら余剰分はスコッティさんの手によってまた別に共同購入グループとのトレード材料に使われるという話を聞いたことがある。

 こうして私たちは希望する同人誌を漏れなく入手することができるのであった。


 ◇


 1日目が終了した夜は宴会をすることが恒例となっていた。

 3日目だと体力も残っていないし、遠方からの参加者は帰りの都合もあるので1日目が予定が合わせやすかったのだ。


「そういえばセブンティーン殿は就職なされたと吾輩噂に聞いたのでござるが」


 そう聞いてきたのはソムリエさん。さすがに冷房がちゃんと聞いているので汗は止まっている。


「あ、そうなんですよ。研修やらなんやらで忙しくて。結局去年の冬振りになっちゃいましたね」


「学生の頃は金がなくて、仕事したら時間がない、うまくいかないもんだな」


 そう言ってビールを飲み干すのはスコッティさん。


「お前、そういや転勤ある仕事だっただろ、あのチャラい彼氏とはちゃんと続いてるのか」


「あー……実はもう別れました。自然消滅ってやつですかね」


 そう言うとちょっと会場がざわついた。誤解のないように説明しておくとこのメンバーに限っては誰も私に恋愛感情など抱いていない、はず。

 というのも私は髪も短いし、眼鏡だし、化粧もほとんどしないし、凹凸もあまりないしで、男の子に間違えられることもたまにあるくらいだ。


「ふーん、悪いこと聞いたな。まあセブンティーンは綺麗な顔してるし、またすぐ彼氏の一人や二人くらいできるだろう」


「正直しばらくちょっといいかなと思いますね、仕事も忙しくなりますしね」


 実は仕事を始めるようになって、化粧もするしコンタクトにもしているしで、どうやら私の見た目はそこそこ整っているのではないかということに最近気づきだした。

 会社の同期入社の男の子からもたまにアプローチかけられたりする。


 仕事もそうだが、やっぱり恋人よりもこうして気の合う戦友といるのが一番居心地がいいと思った。


「さて、今日は早く帰って明日に備えろ、風呂は絶対入れよ」


 スコッティさんの一言で宴会はお開きとなった。


 さて、あと二日、頑張るぞ!


なんとか開催期間中に投稿できました。


ちなみに私はもう10年以上参加できてないので10年以上前の知識です。


今年は四日間も開催されてるんですね。

参加されている方猛暑の中大変お疲れ様です。

熱中症には気をつけてくださいね

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