番外編:それぞれの新人時代 六本木の場合
「六本木君、あなたは会社に所属するサラリーマンよ、まずそれを自覚するべきね」
俺の教育係であった四条遥さんに言われたことは今でも思い出す。
「理想が高いのは結構。でもあなたは一番優先しないといけないのは会社の利益に貢献することよ。自分の主張は最低限会社からの期待に応えてから主張するべきね。義務を果たさないものに権利はないわ」
「ボランティアじゃないんだから。あなたが無償で働いているなら私は何も言わないわ。給料もらっているんだからせめてその分は働きなさい」
……今考えると結構きついこと言われてるな。
でも彼女のおかげで俺は今の今までなんとか会社人を続けて来られている。
◇
「今日からこちらの営業所でお世話になることになった新入社員の六本木です。ご指導ご鞭撻何卒よろしくお願いいたします」
俺は約半年間という長い研修を終えて、現場に配属された。
研修で勉強した知識を現場で活かすんだ、日本の医療に貢献するんだと強い使命感に燃えていた。
このころは景気もよく、新入社員数は過去最大であり、同じ営業所には同期入社の人間が何人もいた。
新人にはそれぞれ教育係となる先輩が付いた。俺の担当に指名されたのが遥さんだった。
彼女は入社五年目という若手ながら当時の営業所の中でもトップセールスであった。女性にしては長身で、少し気の強そうな雰囲気ではあった。
そして一番印象に残っているは恐ろしく高いヒールと、やたらと短いスカートであった。
時に優しく、いつも厳しく仕事の基礎の基礎から親身になって教えてもらった。
当時は働き方改革なんて言われてなかったから会社で日付を跨いでしまうこともざらだった。今にして思えば俺のせいで大分彼女個人の時間を使ってしまっただろう。
配属から数ヶ月たっても俺は目立った成果を出せず悩んでいた。
そんな俺を見かねたのか、遥さんからは普段と違った話を切り出された。
「六本木君、あなた一番仲がいいドクターは誰?」
「うーん……強いて言うなら、石岡クリニックの先生ですかね」
「クリニックね、ちょうどいいわ。あなたその先生にヨクサガールを100例新規頼んできなさい」
ヨクサガールってのはうちの主力製品である高血圧の治療薬だ。他社からも似たような製品が何種類も発売されている。
高血圧というのは内科ならどこでも多く診ている病気であり、どこでも2~300人は抱えているのが普通だった。
とは言え100というのは尋常じゃない。半分近くは使ってもらわないといけない。
「いくらなんでも100例は無理ですよ遥さん」
間髪入れず彼女から指摘があった。
「なんで無理だと思うの?」
「ヨクサガールの同効品も含めるとこの薬効で7割程度は処方されています。石岡先生は血圧管理はしっかりされているので管理不良例も少ないという話です。対象がいません」
遥さんは一瞬感心したような表情を見せ言葉を続ける。
「よく分析できているじゃない。どっちにしろそういうのは調べさせるつもりだったから話は早いわ。とにかく100例頼んできなさい」
「だから繰り返しになりますけど切り替えるメリットがありませんよ」
「本当にメリットないかしら?」
「僕が知ってる限りじゃ根拠となるようなデータはないですね」
「あなたやっぱり結構真面目なのね……」
真剣なお話中大変申し訳ないのだが、スカートが短いせいで遥さんが脚を組みかえるたび、下着がチラチラ見えるのです。……赤か。
あまり直視することもできなかったので俺は視線を逸らした。
「ちょっと、ちゃんと話聞いてるかな?ぼーっとしてない、六本木君」
「す、すいません」
慌てて視線を戻す。
「で話戻すけど本当にメリットないかしら? 例えば100例切り替えたらあなた嬉しいわよね?」
「そりゃそうですけど」
「それってドクターのメリットになると思わない? 六本木君が喜んでくれるなら僕も嬉しいって」
「そんな乱暴な」
「乱暴かもしれないけどね、それが仕事ってもんよ。悪いけど言わないだけでみーんな当たり前のようにやってるわ。あなただけ言わなかったらどうなると思う?」
俺は何も言い返すことが出来なかった。
「人ってね、理屈だけじゃ納得はするかもしれないけど決して動いたりしないの。人を動かすのは感情よ」
「100例も頼んで怒られませんか?」
「別に断られても、怒られてもいいわよ。多分怒られやしないけどね」
「そんなもんでしょうか。とりあえずやってみます」
「とりあえずじゃ困るのよ。綿密な準備がいるんだから、とりあえずもういい時間だしご飯食べてから準備しましょうか。隣のラーメン屋でいいわよね」
時計を見るとすでに時間は9時を過ぎていた。
うん、これ絶対今日中には帰れないやつだよね。
◇
「遥さん、うまくいきましたよ! 半分の50例で納得してもらえました」
彼女に準備を徹底的に手伝ってもらった結果、意外なほどあっさり成功することが出来てしまった。満額回答とはいかなかったがそれでも充分すぎる成果だ。
「シナリオどおりね、やったじゃない」
自分のことにように喜ぶ彼女。その日は二人で夜遅くまで飲み明かした。
それからしばらくすると、遥さんは本部のマーケティング部門に異動になった。
一緒に働いたのは一年にも満たない短い期間だったが、俺は彼女から先輩としての在り方を学んだ気がする。
◇
「おい、三本松お前今日スカート短すぎるんじゃないか」
「えー、そうですか? ていうか先輩そんなとこ見てるとかいやらしくないですか」
俺、遥先輩のようにビシッとは決められないようです……
しばらくは番外編になります。
次回の主役はこの季節にぴったりのあの方




