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新・チョコレート事件

 時間は少し遡る。


 いくつになってもソワソワしてしまう、今日はバレンタインデーであった。


「六本木さん、いつもありがとうございます。これみんなからの気持ちです」


 会社に行くと、社内の女性陣からの義理チョコ配布があった。賛否両論かもしれないが、このおかげでチョコ0を回避できていると考えるとありがたい。


 開封前に商品を検索して値段を控えておく。もちろんお返しをどれ位にするのかという材料にするためだ。やりすぎもよくないしな……



 ふと周りを見渡すと、三本松がちょいちょいと手招きをしている。


 近寄ってみると場所を移してこっそり紙袋を渡された。

 チョコならさっきもらったぞというと、溜息をつかれた。


「先輩にはいつもお世話になっているんで、これは個人的なやつです」


「大した事してないけど、悪いな。有難くもらっておくよ」


「本命ですからね!」


「はいはい」


 こういう調子のいい冗談はいつものことなので軽く流しておく。

 しかしこいつのこういうところ中には勘違いするやつもいるんじゃないか?将来事件にでも発展しないが少し心配になる。


 不意に耳元でそっと囁かれて一瞬ドキッとしてしまった。


「お返しは先輩の体でいいですからね」


「お前そういうこと言ってるといつか痛い目に合うぞ……」


「えー、私あんまり痛いの好きじゃないんですけど、先輩がそういう趣味あるなら当然付き合いますよ。道具とか使うやつですか」


 いい加減冗談に付き合うのも疲れてきたので苦笑いしてその場を離れた。


 ◇


 ちょっとアクシデントはあったがここまでは予定調和だ。


 目下俺の最大の関心は、一ノ瀬さんからはもらえるのか、否か、だ。


 ちなみに先週あったときは全くそういう話にならなかった。世間話として話題に挙げてもよさそうなものだが、わざと避けていたのかもしれない。


 この際本命チョコをくれなどという贅沢は言わない、義理でいい。義理すらもらえないとかもはや友達以下だろう。それだけは避けたい。


 病院に行くと当然のように一ノ瀬さんと出会う。

 俺は勘付かれないようにごくごくいつも通り振舞った。


「お疲れ様。今日は寒いね」


「あ、お疲れ様です……」


 気のせいかどこかよそよそしい彼女。

 何か違和感を感じる。焦った俺は何を血迷ったのか、バレンタインの話題に触れてしまった。


「そういや今日バレンタインだよね、会社とかたくさん配らないといけないから用意するの大変でしょ」


「あーそうでしたね。うちの会社そのあたり適当なので、後輩の子がブラックサンダーの業務用を会社に置いておいてご自由にどうぞですよ……」


「あれ美味しいからなあ。それは名案かもしれない」


 それきり会話が続くことがなかった。気まずい沈黙が続く。


 俺にはないの?と喉まででかかったが、そんなことは言わないのが大人のマナーだ。

 気持ちとしては叫びたいところだが。


 もしかするとこちらの魂胆が見透かされていたのかもしれない。

 期待してんじゃねーよおっさん、きもいんだよ。ってところか。


 …………泣きそう。


「あ、ごめんなさい私今日ちょっと用事があって。お先に失礼しますね」


 そう言って彼女は立ち去ってしまった。


 失意の俺はその後仕事に身が入るわけもなく、とぼとぼ帰宅したのであった。



 ◇


 家に帰っても引き続きなにもやる気がせず。だらだらとテレビをつけたままにして放心していた。


 時刻もそろそろ深夜に差し掛かろうとしたとしたとき、携帯が振動した。


 見るとメールが来ており、送り主は一ノ瀬さんであった。内容はというと。


「夜分遅くにごめんなさい、ご自宅でしょうか。近くにいるんですが渡したいものがあって少し時間ありませんか?」


 という内容だった。

 一体渡したいものって何だろう、と不思議に思ったが大丈夫だよとだけ返信しておいた。


 間もなく家のインターフォンが鳴らされ、エントランスのオートロックを開錠してそこで待っていてもらうようにお願いした。


「ごめんねわざわざ来てもらってしまって。それで渡したいものって?」


 おずおずと袋を差し出してくる一ノ瀬さん。


「あの、今日バレンタインだったじゃないですか。遅くなってしまったのですけど私から感謝の気持ちです」


 びっくりした。もしかしたらと一瞬思ったが昼間の雰囲気からはちょっと可能性は低いと思っていた。


「ありがとう。うれしいよ。家戻ったら早速食べさせてもらうよ」


「好みに合うか分かりませんが……」


「もしよかったらお茶でも飲んでく?散らかってるけど」


 言ってからしまったと思った。年頃の女性を部屋に招くだなんて下心しかないじゃないか。

 ……下心あるけどさ。


「お気遣いありがとうございます。でももう時間も遅いので今日はここで失礼しますね」


 ◇


 きっと俺が今日会ったとき触れてしまったから慌ててどこかで用意したんだろう。申し訳なく思う。

 でも現金なものでそんなことでももらって浮かれてしまっている自分がいた。


 部屋に入って中身を確かめる。うーん、あんまり見たことないブランドだな。


 悲しいことにいつもの習性で商品を検索してしまう。いやだって倍返しだよ倍返し。なんなら3倍だ。


 包装に書かれていた商品名を検索する。なんか変わった名前だな。


 検索結果は……「東急ハンズ」だった。


 どういうこと?




 ◇



「いやー、失敗した。作るのに時間かかっちゃった、喜んでくれるかなあ……」

最近重い話が続いていたので箸休めに軽めのコメディです

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