後輩ちゃんのクリスマスイブ(後編)
私達は一定の距離を置きながら2人の後をつけた。
「どこに行こうとしているのかしら、あの2人」
普段あまり来ない駅だったため、私もさんちゃんもどこに向かってるかは全く検討がつかなかった。
後を追っている2人も同様に土地勘が無かったのか、時折周囲を見渡すような動きをとるため、こちらが見つからないかヒヤヒヤしながらの尾行になってしまった。
「確かにさんちゃんの言う通り、恋人って雰囲気じゃあないわね」
それなりに仲が良さそうなのは間違いないが、なんというか距離感が友人のそれなのだ。
具体的にどこがという確証はないが、直感としてそう思った。
……そう思いたかっただけかもしれないが。
「でしょ、ニノもそう思う?」
「ただのそこそこ仲良い友達って感じかなあ? あ! あっち曲がっていくよ」
見失わないよう物陰に体を隠しながら、行方を追う。
その先に現れた通りは街路樹だけでなくどの建物も華やかにライトアップされていて、思わず目的を忘れてしまいそうになる。
「……綺麗だねえ」
「綺麗は綺麗だけど、ここホテル街だよ」
言われて気付く。明かりで分かりにくかったが、どうやらここはラブホテルが立ち並ぶ一角だったようだ。
ただ、二人の目的がこことはとても思えなかった。
こういった場所にはそれなりにふさわしい雰囲気というものがあるものだ。
彼女の表情を窺うと、とても落ち込んでいるように見えた。色々推測してしまっているんだろう。
私は慰めるように言葉をかけた。
「ただイルミネーションを見に来ただけじゃないかな?」
返事はない。でも少しだけ顔色は明るくなった。
また私たちは尾行を再開した。
二人の様子は私の予想通り、イルミネーションを楽しんでいるように見える。
その姿を見てさんちゃんも安心したようだった。
せっかくだからと二人で追跡ついでにちょこちょこと鑑賞してしまった。
これ通りが通りでなければ、かなりの名所になっていたんじゃないだろうか……
来年も来よう。
やがて二人が通りの突き当りのホテルの前で立ち止まっているのを確認した。
なにやらやりとりをしているようだが、当然何を話しているのかは分からない。
観察しているとさんちゃんがぼそっとつぶやいた。
「料金交渉中……」
さすがにそれはないだろう。
ちょっとこの子精神が不安定になっているのかもしれない。
少しごたごたしていたようだが、やがて二人は意を決したようにしてホテルに吸い込まれていった、
驚いてしまった。二人はそんな風に見えなかったから。私の勘はアテにならなかった。
さんちゃんの方を見ると、青ざめた表情でこう言った。
「ボーナス一括払い、きっと」
割り切った関係、ということで考えたいのだろうか。あながち有り得ない話ではなさそうだが。
あれだけの美人だ、わざわざ六本木さんのような普通の男性を選ぶのはちょっと考えにくい。
実はすごい借金があって、肩代わりしてもらう代わりに愛人契約を結んでいるとかか。
……ばからしい。そんなことがあるもんか。
きっと二人は今日初めて思いが通じあったんだろう。そう考えるとあのぎこちなさも頷けた。
でも隣で震える友人のことを思うととてもそうは言えない。
私は思い付きで適当なことを言ってしまった。
「実はあそこはホテルに見せかけて隠れ家レストランだったりとか?」
我ながら苦しいこじつけだと思ったが、さんちゃんは割と信じてしまったようでちょっと唸っていた。
ついでに私はふと思いついたので提案してみた。
「一応確かめるために私たちも行ってみる?」
彼女もこのままでは納得できなかったのだろう。こちらの提案に乗ってきた。
「そうね、それは名案。先輩がパパ活に留まっているのか、犯罪者の仲間入りをしたのか確かめるのはとても大切なことだと思う。もし人身売買に手を出しているようなら私は体を張って止めなければいけない」
◇
「しゃいやせー」
エントランスから人気がいなくなったのを確認してから中に入ると、受付にはイカれた男がいた。
さんちゃんには私がちょっと聞いてくると言って、少し離れたところで待たせた。
「ごめんなさい、早速なんだけどさっき来た男女二人組の目的を教えて頂戴」
「お客さんの個人情報を公開するわけにゃいかないっすね」
それはそうだろう。ただこちらはそれで帰るわけにはいかない。
聞こえないくらいの声でささやいた。
「……そんなの分かってるわよ、あの子来たら話合わせなさい」
さんちゃんを手招きして呼ぶ。
「客の情報は漏洩できないわよね、あなたは何も話す必要ないわ。これならいいでしょ」
さんちゃんはポカンとしていたが、受付の男は察したようだった。
「さっき来た二人は食事をするためだけに来た。そうね?」
男は答えない。
「沈黙は肯定ととるわ。ありがとう」
私は言葉を続ける。男はこういう悪乗りが好きなのか、悪い表情を浮かべていた。
「で私たち二人で泊まりたいんだけど。あとこれはただの独り言だけど出来ればさっきの二人の隣の部屋なんて空いてたら最高ね」
黙ってカギを渡してくる男。なかなか話が分かる男のようだ。
◇
「ニノ、ありがとう付き合ってくれて」
さんちゃんはどうやら少しは落ち着きを取り戻したようだ。
「どういたしまして、こちらこそちょっと強引だったかな?ごめんね。替えの下着なんて持ってきてないわ」
「私も」
二人して笑いあった。
その後は部屋の扉をほんの少しだけ開けて二人で周囲の音に聞き耳を立てていた。
どうやら隣の部屋にルームサービスらしきものを運び込んでいるのか、六本木さんの声を聴きとることができた。受付グッジョブである。
「やっぱりただ食事しに来ただけじゃない。ほらここルームサービスのメニューえらい本格的だよ」
彼女に余計な想像をさせないように私は色々話した。
それからしばらくはメニューを見てながら、そういえばご飯途中だったね、と思い出したりして少し話していた。
ふっと会話が途切れた時に、彼女は真剣な表情で語り始めた。
「ごめん、私分かってた。先輩があの人のこと好きなこと。多分あの人もそうなんだと思う……」
気付くとさんちゃんは泣いていた。泣きながら本音を語ってくれた。
六本木さんのこととっても好きなんだね、言わなくても気づいていたよ。
こんなに可愛い子がそばにいるのに、気持ちに気付かないなんて、本当にあの男は朴念仁だと思った。
……ただこの時ばかりはその鈍感ぶりに感謝せざるを得なかった。
まだチャンスがあるってことだもんね。
しばらくして泣き止んだ彼女と冷蔵庫のビールを一本だけ飲んで、交代でお風呂に入った。
彼女は泣き疲れたのかすぐに眠ってしまった。
◇
「さんちゃん、目が腫れてる。かわいそう」
しばらく彼女の寝顔を眺めた。そのうち悪戯心が湧いてきてほっぺたをつねったりしてやった。
熟睡しているのかまったく起きる様子がない。かわいいやつめ。
これから私がしようとしていることを想像して心臓の鼓動が速くなる。
私は思い切って、そっと彼女の唇に触れるか触れないかくらいのキスをした。
――ごめんね、弱っているところに付け込んでしまって。
私悪い女なんだ。




