感動のクリスマスイブ
「デザートですー。あこれサービスのアイスワインっす。ドイツ産らしいっすけど自分甘いの苦手なんでよくわかんねっす。そういやオーナー、あシェフ兼なんですけど挨拶したいって言ってるんですけどあとで時間いいっすか?」
最後の料理が運び込まれた際にそのように相談があった。
驚いたことにオーナーさんが料理も作っているようだ。ラブホテルのオーナーなのにこの腕前とは恐れ入る。
どんな人なのだろうかと興味もわいたため、ぜひお願いしたいと伝えた。
「どんな方なんでしょうね?普通のレストランと全然変わりませんでしたよ……あ、おいしい」
デザートを食べながら感想を漏らす一ノ瀬さん。
ちょうど食べ終わるころに部屋の呼び鈴が鳴らされ扉を開けると、先ほどまでの男性と一緒に40代くらいの小奇麗な雰囲気の女性がいた。
これがオーナーだろうか。
部屋に招き入れると、オーナーらしき女性は姿勢正しく一礼をして、それから挨拶が始まった。
「本日は当ホテルにお越しいただき誠にありがとうございます。私柏木と申します。本日の調理を担当いたしました。いかがでしたでしょうか、お口には合いましたか」
「すっごくおいしかったです!」
一ノ瀬さんが目を輝かせながら答える。まったくもって同感である。
俺も彼女に従うようにおいしかったですと答えると、柏木さんはほっとしたような表情になり、少しくだけた調子で話を続けた。
「それはよかった!実は料理するのは久しぶりでして。精一杯頑張ったつもりだったんですが、少し心配だったんですよ」
隠れ家レストランとして日常的に腕を振るっている可能性も考えたが、そりゃこんなところで食事をしようという物好きは少ないだろう。
それにしてもこんな人がどうして、と思ってしまい不躾かとは思ったがつい疑問を口にしてしまった。
「久しぶりでこの出来は凄いですよ。こちらを経営する前は何をしてらっしゃったんですか?」
「海外が多かったですね、フランスとかイタリアとか、香港にも少しいましたね。とにかく料理することが好きでしたので」
「それはすごい。失礼ですが、なぜこのホテルを経営しようと思ったんですか」
少し考えた様子を見せた後に彼女は語り始めた。
「もともとここを経営していた父が体を壊したということもありますが、私は料理だけでは人を完全に満足させることは出来ないと思っていました」
「料理で満たせるのは食欲だけ。でもここなら他の三大欲求もみたせるでしょ?私の信念にぴったりだと思ったの」
自信満々にそう言い放つ。
確かに納得できる理屈ではあるのだが、聞いている身としては少し恥ずかしい。ちらりと一ノ瀬さんのほうを見ると目が合ってしまいお互い赤面しまった。
柏木さんは意地悪そうな笑みをたたえると、こちらを冷やかすように言う。
「本日はお泊りではないと伺っています、ですので非常に残念ながら睡眠欲は満たせませんが、是非心ゆくまでおくつろぎ下さい」
そういって深々と一礼する彼女。その後思い出したかのようにこう言った。
「そうそうこちらの浴室から見える夜景はどのお客様からもお褒めいただいておりますよ。期待して下さい。外からは見えないようになってますのでご心配なく」
退出していく彼女。そういえば完全に忘れてたけど、夜景が綺麗だったなこのホテル。
「旦那、旦那」
受付兼ウェイターの彼が手招きしながら小声でこちらを呼んでいた。近づくと何か渡された。
見てみると、なんともコメントしずらいものだった。
「ぶきやぼうぐは もっているだけじゃいみないぜ しっかりそうびしないとな!」
親指を立ててドヤ顔で話す。これも絶対言ってみたかっただけだろう。
呆れながら元の場所に戻ると一ノ瀬さんが不思議そうな表情をして何かあったのか尋ねてきたが、とても真実を伝えられないと思ったため適当にごまかす。
先ほどの話で色々想像してしまい、彼女の顔をとても直視できない。
ちらっと見たところ彼女も同じなのか、頬が赤い。
気まずい沈黙が流れる。雰囲気を変えるため先ほど言われたことを提案してみた。
「そういえば、浴室からの夜景が綺麗なんだって、見てみない?」
「え!?」
普段聞かないような大声で驚く彼女。何か俺変なこと言ったかな。
「え……だって一ノ瀬さんここの夜景楽しみにしていたんでしょ?」
「それはそうですけど……ちょっと心の準備が」
顔を真っ赤にして考え込む彼女。
一体何の心の準備が要るのだろう、浴室のドア開けるだけだよね?
もしかしてドアノブが金属製だから静電気の心配しているのかな。
冬場はウール製品が多くなるから確かに心配だよね。
「心配しないでもちょっと痛いだけだと思うよ」
「痛いんですか!?」
なんでそこで驚くんだ。静電気痛いでしょ。特にこの時期は。
「早く見てみようよ、時間ももったいないし」
そうなのだ、料理を結構ゆっくり食べたため、入室時間は後1時間もない。
「そ、そうですよね。私も覚悟を決めます。……六本木さんって結構積極的なんですね」
そう言って上に来ているニットを脱ぎ始める彼女。静電気対策だろうか。そこまで気にすることかなあ。
「そんな心配しなくても俺があけるからさ」
そう言って浴室のドアを開けたところガラス張りの浴室からは見事な夜景が広がっていた。
ニットを脱ぎ終えた彼女も呆然としている。それくらい幻想的な光景だった。
「これはすごいねー。ああ今まで通ってきた道上から見るとこんな風になってるのか」
あまりに感動しているのか一言も発しない彼女。
「……き、きれいですね」
最初はどうなることかと思ったが、おいしい食事に綺麗な夜景。最高のクリスマスイブだと思った。
欲を言えばさきほどのオーナーの言うとおり三大なんちゃらをコンプリートしたいところだが、まあ焦らず行こう。
確実に俺たちの仲は進展しているはずだ。




